第156話 耐えられないのじゃ!
ヨゼフの村への旅も五日目。ヨゼフの話によると、大体半分を超えた辺りとの事じゃ。
あの後、魔物の襲撃が二、三回あったが、妾は何もしなかった。というか何もさせてもらえなかったのじゃ。
二回目の襲撃の際、一回目と同じように火の玉で迎撃しようとした所、全員に止められてしもうた。
なんでも、あまりに派手過ぎて目立ってしまうから、らしい。
目立つ事の何がいけないのか、正直妾には理解出来なかったのじゃが、ジャンが丁寧に説明してくれた。
旅の最中は基本、目立つのはご法度らしい。下手に目立ってしまうと、魔物や野盗の類を呼び寄せてしまうし、その規模によっては強大な魔物の類が暴れていると勘違いされ、別の村や街から討伐隊が押し寄せてくる事態にもなりかねないらしい。
討伐隊の類であれば説明すれば帰ってくれるが、魔物や野盗はそうはいかん。撃退が簡単だとしても、頻繁に襲撃に遭っていては心身に疲労が溜まってしまうし、旅の行程が長引いてしまう。利点が全くないのじゃ。討伐隊への説明もかなり時間がかかるらしいしのお。
ジャンからの説明を受けて納得した妾は、素直に襲撃への対応はジャン達に任せる事にした。まあジャン達もなかなか強く、荷車に魔物の類が近づいてくる事は一度もなかった。
とはいえ、何もしないでひたすら荷車でボーっとするのは暇すぎるのじゃが、それを察したらしいジャンが、レミイと位置を交換して話し相手になってくれた。おかげで暇に感じる事はなくなった。なくなったのじゃが、代わりに別の問題が浮上してきた。
「もう保存食は嫌じゃああああああああああああああああ!!!」
「いや、そんな事言われましても……」
地面に寝っ転がり、ジタバタと手足を振り回す妾の姿にジャンが困り顔を浮かべ、他の者達からは可哀想な者を見る目で見られているのを感じるが、今の妾にそんな事を気にする余裕はない。
旅の最中は、どこかの村に着くまでは手持ちの保存食で飢えを凌ぐ必要がある。
一日目は保存食の物珍しさもあって、味については二の次で楽しく食べる事が出来た。
二日目には干し肉の塩辛さと、パンの石のような硬さが気になり始めた。
三日目にはさすがに飽き、食事の時間が苦痛になり始めてきていたが、『旅とはこういう物だ』と自分を無理やり納得させながら食べた。
四日目は心を無にし、強引に腹に詰め込んだ。
じゃがもう無理じゃ! もう耐えられん!
柔らかく、小麦の香りと仄かな甘みを感じるパン! 香しき脂の焼ける匂い! 芳醇なデミグラスソースの味わい!
あの妾の舌を楽しませて止まない料理の数々が、妾の頭の中をグルグルグルグル回っておる! ああ考えるだけで涎が溢れる!
どうにか、どうにかしてあの料理達を食べたい! 思うさま口に詰め込みたいのじゃあああああ!!!
何か、なにか手はないのか…………?
「ハッ! そうじゃ!」
「おわ!?」
そこで妾の頭脳に天啓が舞い降り、妾は身体をガバッと起こした。すぐ隣で妾を見下ろしていたジャンが慌てて飛びのいたが、今の妾にそんな事は関係ない。
そうじゃ! ご主人たちに食べ物を持ってきてもらえばいいのじゃ! ご主人たちは【いつでも傍に】という【能力】で転移が出来る! それだったらちょっと食べ物を持ってきてもらう位大した手間ではないのじゃ! 妾、天・才!
善は急げと妾は【念話】を発動し、ご主人達に呼びかけた。
(ご主人! レン! 食べ物を持ってきて欲しいのじゃ!)
(は? いきなり何、食べ物なくなったの?)
妾の【念話】に答えたのはレンじゃった。これは都合が良い。レンは根が甘いから、妾が必死に訴えれば応えてくれるはずじゃ!
妾は可能な限り絶望感に塗れた感じを出して、レンに訴えかけた。実際絶望しておるので演技の必要もない。
(いや、食べる物自体はあるのじゃ……。だがもう保存食は嫌なのじゃ! 塩辛いだけの干し肉も! 味のしないパンも! ただの水も! もう食べたくないのじゃああああ!! 果物食べたい! コロッケ食べたい! メンチカツ食べたい! ビーフシチュー食べたいいいいいいいいいい!!!!!)
(あー……。動物狩って食べれば? 焼肉なら割と美味しいでしょ)
レンは一瞬納得したかのような様子を見せたが、すぐに代わりの案を出してきた。確かにレンの言う事も一理ある。野生の動物を狩れば、新鮮な肉を食う事が出来る。それならば保存食を食べる必要もなくなる。見事な解決策じゃ。
だが、そんな事は妾だって承知しておる。すでに通ろうとした道じゃからな! 通ろうとしたのはジャン達じゃが!
(近くに食べられる動物がいないみたいなのじゃ……。毒持ちやら肉が固すぎて食えない奴やらばかりらしくてのお……)
ここで悲壮感を全面に押し出す。声音だけで表情が見えそうなくらいの臨場感で!
唸れ妾の演技力!
(あー、それは……ご愁傷様というか、なんというか……)
よし! 揺れておる! あと一押しじゃ! いくぞ! ここは勢いでいくのじゃ!
(ご主人とレンなら転移で妾の元まで来れるじゃろ!? ピューンと飛んできて食べ物を持ってきてほしいのじゃ! 後生じゃ!)
(……そうだね。分かった。ちょっと待ってね。軽く準備してから持っていく――――)
(ダメだよ)
レンが妾の訴えに絆され、妾の要望を飲む直前の所で、今まで沈黙を貫いていたご主人が話に割り込んで来た。くっ、もう少しじゃったのに!
(ダメだよ。そんな事したら、私達が転移出来るのがバレちゃうでしょ。ジャン達は知ってるから良いけど、ヨゼフさんもいるでしょ?)
(あー、そっか。そうだね。さすがに会って間もない人に知られるのは嫌だな……)
ご主人の、我儘を言う子供を諭す母親のような声音の説得力は抜群で、あっという間にレンは言いくるめられてしもうた。
(でしょ? って事で、そっちに食べ物を持っていくのは無し。食べ物が無くなった訳じゃないんだから、ちょっとくらい我慢しなさい)
ま、まずい! このままでは妾の計画はご破算になってしまう。なんでもいい、何か解決策を……。
(そうじゃ! だったらヨゼフを気絶させて、その間に食えば……)
(そんなのダメに決まってるでしょ! ヨゼフさんは大事な顧客候補なんだよ!? そんな事して取引がオジャンになったらどうするの!)
妾の決死の提案は、ご主人の一喝で吹き飛ばされた。殺す訳でもなし、別に問題ないと思うんじゃが、ご主人的には許されないらしい。
(じゃあ、じゃあ妾は一体どうすれば……)
(我慢しなさい。もうちょっとで村に着くんでしょ? 後数日の辛抱だよ。じゃあがんばってね)
(あ! 待つのじゃ! まだ話は終わってないのじゃ! ちょっと! おい! おーーーーーい!)
(………………)
ご主人の冷え切った一言を最後に、妾がいくら呼びかけても返事が返ってこなくなってしもうた……。
繋がりが切れてしまったかのように、全く反応が返ってこなくなった現実に打ちひしがれ、妾はその場に崩れ落ちた。
「ぬおおおおぉぉぁぁああああああああぁぁぁぁ…………」
妾が四つん這いで声にならない叫びを上げていると、頭上に影が差した。誰かが近づいてきたらしい。
ゆるゆると顔を上げると、ジャンが涙で滲んだ視界に入り込んできた。
「コリンさん。これ持ってるの忘れてました。どうぞ」
苦笑いを浮かべながらジャンが差し出してきたのは、手の平の乗るくらいの大きさの、四角い銀色の…………なんじゃこれ?
「これ、最近発売された保存食なんですよ。ここをこうやって……ほら」
ジャンが四角い物体の皮を剥くような動作をすると、中から黄土色の物が現れた。
ジャンからその物体を手渡された途端、妾の鼻に甘い匂いが届いた。匂いからして、干した果物か何かが練りこんであるようじゃ。
数日振りに感じるその香しい匂いに、妾はむしゃぶりつくようにその物体を頬張った。
「う、美味いのじゃあああああああああああああああ!!」
旅の最中に食べたパンと違い、噛むとザクっという歯ごたえと共に嚙み切る事が出来る。多少固いが、これくらいなら全然許容範囲内じゃ!
そして噛み締めた瞬間に口一杯に広がる干し果物の甘み! 途中に感じるポリポリとした歯ごたえは豆の類かの? 炒ってから練りこんだらしいこれらも、特有の食感と味で妾の舌を楽しませてくれる!
というかこの黄土色の部分。パンと同じく小麦で作ってあるようじゃが、生地自体が仄かに甘い! この味は……そうか! 生地に蜜が練りこんであるのか!
素晴らしい! なんて素晴らしい食べ物なのじゃ! これが保存食じゃと? それだったら今日まで食べて来たあれはなんだったのじゃ!
「それ、中に干し果物やら蜜やらを練りこんでいるのと、保存性を高める為に特別な包装をしているらしくて、結構高いんですよ。後、かなり甘いんで、好き嫌いが別れるんですよね。俺達の中に甘い物が苦手って奴はいないし、それを定期的に食っておけば冒険者病にならずに済むって謳い文句なんで、多少は買ってますが」
ジャンが何やら言っておるが、目の前の食べ物に集中していた妾の耳をほぼ素通りした。
じゃが、ある一点だけはしっかりと聞いたぞ!
「んぐ。多少は買ってある……という事は、まだあるんじゃな?」
甘露な四角を食べ終え、ゆらりと立ち上がりながら問うと、ジャンは気圧されたように一歩後ずさりながらも答えた。
「え、ええ。確か……大体二十本くらいですかね? これは冒険者病の予防としてたまに食べる目的で持ってるので、そこまで量はないですが」
二十本……それしかないのか……。それじゃと、思うさまに食べると一日でなくなってしまうのお。この四角、美味いのじゃが、いかんせん小さすぎる。二口で食べきってしまう。
…………いや、じゃが、一日一本でもこれが食えるのなら、妾は生きていけるのじゃ!
冒険者病というのがどんな病なのかわからんが、万一誰かが冒険者病とやらで動けなくなったら、妾が全速力で運んでやろうではないか!
だから! だからこの四角を妾にいいいいいいいいいい!!
「ジャンよ……。これ、一日一本でいい。食わせてくれんかの……?」
荒れ狂う心の内を抑えつけ、出来る限り冷静な声を作って懇願すると、ジャンは笑って頷いた。
「ええ、いいですよ。元々そのつもりで出しましたし。今回くらいの長さの依頼なら、わざわざそれを食べる必要もないと思いますしね」
「っ! 感謝するのじゃ! お主は妾の命の恩人じゃ!」
「さ、さすがにそれは言い過ぎじゃないですかね……?」
そんな事はないぞジャンよ! 食事の質の向上は、妾にとっては死活問題なのじゃ!
本当に助かった。これでこの旅の間は凌ぐ事が出来るのじゃ!
じゃが、それもあくまで一時しのぎ。一刻も早くご主人達の元へ帰りたいのお……。
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