第153話 買い取りに成功した。メリアさんがノリノリだった。
偶然見かけた露店で売っていた芋は、メークインのような芋だった。
探していた物が見つかった嬉しさから無言でガッツポーズをしていると、メリアさんが変な人を見るような目で俺を見つめている事に気づいた。
「この芋がそんなに嬉しいの? 確かにあの荷車に載っていた分を買い取れば、在庫に多少余裕が出来るとは思うけどさ」
「ふぉれふぁけはないふぉ」
「何言ってるか分からないよ……」
おっと、まだ芋が口に残ってたんだった。嬉しさの余り忘れてたぜ。
「もぐもぐもぐ……んっく。それだけじゃないよ。あのおじさんは、この芋を自分の村で作っているって言ってたでしょ? にも関わらず自分で売りに来ているって事は、どっかの商会に卸したりはしてないって事だよね? つまり、今なら俺達が契約を結ぶ余地があるって事だよ。これは是が非でも契約を結ばなくっちゃ。独占契約とか出来ないかなあ」
「いや、そうかもしれないけど……さっきも言ったけど、芋だよ? そこまで必死になって買わなきゃいけない物?」
芋を飲み込んでから説明をするも、メリアさんはいまいち理解できていないのか、首を傾げている。ふふん。メリアさんはまだ、この芋の素晴らしさに気づけていないようだね?
「なんでそんな勝ち誇った顔してるの……ちょっとイラっとするからやめて」
あ、ごめんなさい。ドヤるのやめるからその手を下して。こんな所でどつかれたら床が割れちゃう。後俺の頭も割れちゃう。
「この芋はね。ここらへんで売ってる物とは品種が違うんだよ。前の世界ではメークインって言われてた品種によく似てるんだ。ちなみに、普段食べてる芋は男爵って品種にそっくりだよ」
「だ、男爵……。またすごい名前だね。芋なのに貴族様なんだ……」
言われてみれば確かにその通りだ。こっちの世界じゃちょっと考えられないよな。芋の名前に爵位と付けるなんて。ちょっとおもしろいから、もう一個教えてあげよう。
「ちなみに、メークインの『クイン』ってのは、俺の世界で『女王』って意味だよ」
「女王!? 芋なのに!? レンちゃんの世界の芋って、一体なんなの……?」
さあ? 名前自体は知ってるけど、なんでそんな名前になったのかは知らない。つまり、これ以上掘り下げる事は出来ないので、サラッと流す事にする。
「で、この二種類の芋、それぞれ合う調理法が違うんだけど……メークインは、ビシソワーズを作るのに向いてるんだ」
「よーし! 買いにいくよ! 荷車に載ってた分は全部買い占めて、村で作ってる分も卸してもらえないか相談だね! ほら早くしないと売り切れちゃうよ!」
ビシソワーズの話を出した次の瞬間には、メリアさんは裏口の前で手招きをしていた。先ほどまでの、芋の名前についての驚愕はどこへ行ったのか。
そして、さっきまでの『なんでそこまでこの芋に拘るの?』というスタンスはどこに行ったのか……。
というか、さっき見た時は全くと言っていいくらい売れてなかったんだし、そこまで急ぐ必要はないと思うんだが……。
俺はメリアさんの、いっそ清々しいまでの手の平返しに苦笑いを浮かべつつ、ほんの数秒待たせただけで焦れ始めたメリアさんの元に小走りで向かった。
……
「お? 芋を買ってくれたお嬢ちゃんじゃねえか。こんなに早く戻ってくるなんて、どうし……なんでそんなに息上がってんだ?」
「ぜえ……ぜえ……。ちょっと、はあ、色々、あってね……はあ」
まさか、走らなきゃいけなくなるくらい引っ張られるとは思わなかった……。メリアさん、気合入りすぎ。
自分のペースで走れなかったせいで、変に疲れた……。
「こんにちわ。私、この子の保護者のメリアって言います。さっきこの子が買った芋を食べさせていただいたんですが、とても美味しかったです。もっと欲しいんですが、まだ残ってますか?」
俺が必死に息を整えていると、メリアさんがズイッと前に出た。詰め寄らんばかりの勢いで。表情は笑顔で、口調も穏やかだが、圧がすごい。半歩ほど後ろにいる俺からでさえ感じられるほどだ。直接対峙しているおじさんが感じている圧は、それはもうすごいのだろう。その証拠に、おじさんはメリアさんが前に出てきた瞬間、それに呼応するように半歩ほど後ずさりしていた。背後には荷車があるので、それが限界だったんだろう。荷車がなかったら逃げてたかもしれないな。気持ちは分かる。
「は、はあ。情けない事にあれから全く売れてないので、まだまだ残ってますが……」
メリアさんの圧に怯みつつ、おじさんは困り顔でそう言った。確かに、おじさんの背後にある荷車に積まれているずた袋は全く減っていない。なんだかんだで、俺が芋を買ってから一時間くらいは経っていると思うのだが、その間に追加で売れたりはしなかったらしい。
おじさんにとっては困った事態かもしれないが、申し訳ないが俺達にとっては有難い事だ。まあ、これからおじさんにとっても有難い事になるんだけど。
「そうですか。それは良かったです。じゃあ、全部ください」
あ、おじさんがフリーズした。
「……………………はい? ぜ、全部?」
おじさんは、たっぷり十秒ほど固まった後、ちょっとアホっぽい表情で聞き返してきた。気持ちは分かる。さっきまで全く売れてなかった物を全部買うなんて言葉を聞いても、聞き間違いか何かだと思うよね。
「はい。その荷車に載った芋、全部ください」
だが、聞き間違いじゃないんだな、これが。
「…………えぇーー!? 本気ですか!? 滅茶苦茶ありますよ!? 何人家族なのか知りませんが、絶対こんなに食べきれないですって! 一袋くらいで十分じゃないですか!?」
余りに突拍子もない買い占め宣言に、おじさんが止めに入ってきた。確かに、自分たちが食べる分だけなら、一袋買えば十分だろうな。見た感じ、一袋五キロくらいはありそうだし。だけど、俺達はそれっぽっちじゃ足りないんですよ。
「ああ、そういえば言ってませんでしたね。実は私達、食堂を営んでまして、お陰様でそれなりに繁盛させていただいているんですが、芋料理が人気なんですよね。そこに持ってきて、新しく出そうと思っている料理も芋が主役なので、正直、芋はいくらあっても足りないくらいなんですよ」
「食堂を……。なるほど、それなら納得です。……ええ、どうせこのまま続けても、ほとんど売れないでしょうし、正直俺としても助かります」
という事で、無事売買は成立した。俺達は大量のメークインっぽい芋をゲットしてホクホク。おじさんは半ば不良在庫化しかけていた芋が捌けてホクホク。お互いに良い取引が出来たと言えるだろう。
……だが、俺達の話はまだ終わっていない。むしろここからが本番と言える。
「それで、一つ確認なんですけど……えーと」
「ああ、そういえば名乗ってませんでしたね。俺の名前はヨゼフです」
口ごもるメリアさんを見て察したらしいおじさんが名乗ると、メリアさんはニッコリと笑って頷いた。
「ありがとうございます。それでヨゼフさん。今回、商人を頼らずに自分で売りに来たみたいですが、伝手等はないんですか? お住まいの村がここからどれくらい離れているかは分かりませんが、その方が自分で動くより危険も少ないでしょうし、確実でしょう?」
メリアさんの至極尤もな質問に、おじさん改めヨゼフさんは苦笑いを浮かべた。
「私はただの村人なんで、商人に伝手なんてありませんよ。たまに行商人が村に来たりはしますが、それだけです。その行商人も、芋はほとんど買い取ってくれないんですよ。『そんな嵩張るばかりで碌に売れもしない物を買い取る事は出来ない』ってね」
温情なのか、少しは買い取ってくれますがね、と笑うヨゼフさん。
まあ、温情もなくはないと思うが、理由は単純に空荷にしたくないからだろう。空荷だと利益は零だからね。ほんの僅かでも利益が出れば御の字、程度の感覚で買っているんだと思う。『可哀想だから買ってあげた』体にすれば恩も売れるし、最悪売れなくても、行商の最中の食糧にでもすればいいしね。
そんな感じで、たまに来る行商人へ少しだけ芋を売りつつ、余った芋は非常時の備蓄として取っておいていたそうなのだが、いよいよもって在庫が溢れて来た。かと言って生産量を絞るのは村人達の反発があって出来なかったそうだ。
曰く、『生産量を絞る事で空いてしまう時間がもったいない』、『空いた時間に何をすればいいか分からない』、『毎日の生活リズムを変えたくない』という事らしい。
代替物を作る、という案も出たそうだが、そっちも『ノウハウがないのでやりたくない』と反発が出たらしい。
話し合いを続けたが代替案が出ず、このまま腐らせるくらいなら、とヨゼフさんがイースまで芋を売りに行く事になって今に至る、という事だそうだ。
……うーん。生活リズムを変えたくないなんて、保守的な人達だなあ。……いや、ヨゼフさんの村の人達に限らないか。どの時代、どの国だって、安定している生活を変えたくないと思う人は一定数いる。前の世界でもそうだったし、俺自身、元々はそっち側だった。今でこそこっちの世界で色々やっているけど、それも根底には、『前の世界での安定した生活を、こっちの世界でも構築したい』という気持ちがあるのだ。なので、その考えは理解できる。
ふむ。それじゃあ、双方の利害も一致している訳だし、村の人達が生活を変えなくても済むよう、俺達が一肌脱ぎますか。予想通り競合もいないみたいだし、ここを逃す手はないな!
そこまで考えた後、メリアさんをチラっと見ると、メリアさんもこっちを見ていた。めっちゃ目が笑ってる。どうやらメリアさんも俺と同じ結論に行きついたらしいな。じゃあ俺もニンマリと笑いつつ、頷いておこう。それで通じるはず。
俺の行動を見たメリアさんは俺と同様、小さく一つ頷いた後、人好きのする笑顔でヨゼフさんに提案を持ちかけた。
「なるほど。それは大変でしたね。……一つ提案なんですが、今後も芋を買い取らせてもらえませんか? もちろん、村の人達が食べる分は遺してもらって大丈夫です。あくまで余った分を買い取りたい、という事です」
「え、ええ? それは有難い話ですが、そこまで大事となると、俺だけじゃ決められないですね……。村長に聞いてみないと……」
「確かに、それはそうですね。……ではこうしましょう。ヨゼフさん。もう売る物もないでしょうし、近い内に村へ帰りますよね? その時に私達もご一緒させていただいて、村長さんと交渉させてください。実は私達、それなりに融通の利く腕利きの知り合いがいるので、その人達に頼めば道中の護衛も行えますよ? どうでしょう? 悪い話ではないと思うのですが」
「え、あ、はい。分かりました。よろしくお願いします……?」
メリアさんの息も吐かせぬゴリ押しに押し切られる形で、ヨゼフさんは俺達の同行を受諾。近日中にイースを出る事になった。帰る日取りが決まり次第、〈鉄の幼子亭〉に足を運んでもらう約束をして、俺達はヨゼフさんと別れた。
いやー、楽しみだ。どれくらい買えるかなー。いい契約が結べるといいなー。
イースから離れるのも久しぶりだなー。最後に離れたのは、メリアさんの故郷に帰った時かな? 楽しい旅になるといいなー。
…………そういえば、メリアさんが言ってた『融通の利く腕利き』って誰の事だろう……? そんな知り合い、いたっけか?
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