第152話 求めていた物が見つかった。
「うーむ…………」
孤児院の職員さんから、孤児院裏の畑を拡張する理由を聞いてから十日程経過し、その間ずっと代替案について考えていたのだが、未だこれといったアイディアは出ていない。
現在も貧民街の炊き出しをしながら考え中だ。
「まだ考えてるの? もうあの案でいいじゃない。何か問題があるの?」
メリアさんの言う『あの案』というのは、二日目くらいに思いついた物で、日々仕入れる芋から少しずつ避けておいて、一定量が溜まったらそれを使ってビシソワーズを作る、という物だ。貯金ならぬ貯芋だな。
日々避ける芋の量をごく少量に設定すれば、他の料理への影響はほぼ無視できるくらいには小さくできるし、悪くない案だとは俺も思うんだが……。
「それだと孤児院に出す分くらいしか確保出来ないんだよね。どうせ考えるなら、屋敷でも〈鉄の幼子亭〉でも出せるようにしたいじゃん?」
狐燐がビシソワーズを気に入ったようなので、たまには出してあげたいし、何より店のメニューにビシソワーズを追加したい。
孤児院でメリアさんにメニューへの追加を進言された時は、街への影響を考えて否定したが、俺だって出せる物なら出したいのだ。孤児院の人達の反応を見るに、ビシソワーズは絶対売れる。商人の端くれとして、ほぼ確実売れる商品があるのならなんとか売りたい。
後俺が飲みたい。好きなんだよビシソワーズ。ぶっちゃけモチベーションの半分くらいはこれで占められている。
「まあ確かに、あれはお店で出せば売れる事間違いなしだからねえ。気持ちは分かるけど、無いものはどうしようもないよ。ほら、炊き出しも終わったし、帰るよー」
「あ、ちょっと待ってよ!」
中身がなくなって軽くなった荷車を牽いて、メリアが俺から離れていく。
俺はそれを見て思考を一時中断し、慌ててその後を追った。
今日のスケジュールは、貧民街の人達への炊き出しが終われば後はフリーだ。フリーか。何しようかな? 普段は…………あれ? 何してたっけ? なんだかんだで完全なフリーってずっとなかった気がするぞ。
………………ま、まあいい。とりあえずフリーだ。何をしてもいい。
という事なので。
「とりあえずブラブラしようかな」
「だったら私も付いていくよ。やりたい事もないし、第一レンちゃんがまた拐われたりなんかしたら嫌だからねえ」
そうだった。前こんな風に街をブラブラした時に拐われたんだった。前科があるからメリアさんが不安になるのもしょうがないか。
俺としては、メリアさんとお出かけするのは結構好きだから全然構わない。むしろウェルカムである。
「よし、じゃあ一緒に行こうか。さーて、なんか面白い物ないかなー」
通りをゆっくり歩いていると、普段目に入らなかった色々な物が見える。
軒先で雑談に興じる主婦らしき人達。
声を張って呼び込みに精を出す、様々な店の店員さん達。
革製らしき胸当てを付けて、腰に剣を差しているの少年は冒険者だろうか。胸当ても剣もお世辞にも質は良くなさそうだし、駆け出しかもしれない。依頼達成の暁には是非ご来店を。安くて美味い料理あるよ。
道端に布を敷いて、雑多な商品を並べている人もいるな。行商人かなにかだろうか。
…………前はああいうのを見てて拐われたんだよな。今回はメリアさんがいるから大丈夫だろうけど、一応気を付けておかないと。
うーむ。でも、ああいう所に面白い物があったりするんだよな。……ちょっと見てみようかな? メリアさんもいるし、前みたいな事にはならないでしょ。
なんとなく目についた、アクセサリーらしき物を売っている露店に近づこうとした所で、その声が聞こえたのは完全に偶然だった。
「さあさあ、ここらではお目にかかれない芋だよ! なんとこの芋、食べても喉に詰まらない! ネットリした食感と、ほんのりした甘みが病みつきになるよ!」
声が聞こえた方へ目を向けると、四十台くらいのおじさんが、ずた袋が満載された荷車の前で一生懸命声を張り上げていた。袋の中は見えないが、口上を聞くに芋を売っているらしい。
だが、その頑張りに反して、おじさんの前で足を止める人は一人もいない。チラチラと目を向けている人はそれなりにいるので、興味がない訳ではないようだが、そこ止まりだ。
「芋なのにネットリだって。しかも甘いのかあ……。うーん、全然想像つかないなあ。芋でそんな冒険するの、私はちょっと勘弁かなあ」
俺が見ている事に気づいたメリアさんが、おじさんの売り口上を聞いて少し苦笑いを浮かべた。
確かに、言っちゃ悪いが、芋ごときで冒険しようとする人は少ないのかもしれない。未知の物、特に食べ物にお金を出すのは、なかなか勇気が要る事だからね。口に合わなかったら金をドブに捨てるようなもんだし。どんな物なのか気になっても、どうしても守りに入ってしまって、結局いつもと同じ食材を買っちゃうんだよな。気持ちはよく分かる。
実際、俺がコロッケを売り出した時も、初日は散々だった。冒険者組合で試食会を開いて冒険者の人達にコロッケを食べてもらい、そこから口コミで情報が広がる事で、ようやく売れるようになったのだ。百聞は一見に如かずならぬ、百聞は一食に如かずって事だな。
…………だが、他の人にとっては未知かもしれないが、恐らく俺にとっては、この世界よりも食文化が格段に進んでいた世界から来た俺にとっては違う。
「…………もしかして」
「え? なんて言ったのレンちゃん……あ、ちょっと待ってよ」
芋なのにねっとりとした食感、そしてほんのりと甘いという口上。
俺の知っている芋の種類は多くないので現時点で断定は出来ないが、あの芋は俺の求めている物である可能性が高い。
万一違ったとしても、別の使い方はいくらでもあるから損ではないだろう。可能性としては……サツマイモかな? それはそれでいいな。焼き芋食べたい。
「おじさん。その芋、食べた感じが他の芋と違うって本当?」
「ん? ああ、その通りだお嬢ちゃん。この芋は茹でてもパサパサしなくて、食べても喉に詰まりにくいんだ。俺の村で作ってる芋なんだけどな。これに慣れちまうと、他の芋なんざ食えねえぜ!」
俺が話しかけると、おじさんは嬉しそうに笑い、ここぞとばかりに売り込みを掛けてきた。見た感じ、全くといっていい程売れていないどころか、まともに話を聞いてくれる人もいなかったようだから、話しかけられたのが嬉しいのかもしれない。たとえそれが、パッと見では金を持ってなさそうな幼女でも。
「へー。それじゃあ、とりあえず二個ちょうだい。食べてみて美味しかったらまた買いに来るよ」
「おお! そうかそうか! これから暫くはここに居ると思うから、よろしく頼むぜ! ほい、二個ね。毎度! お母さんにもよろしくな! 今日中に食えよ!」
ガシガシと乱暴に頭を撫でられ、頭をグワングワンさせつつも、なんとかお金を払い、おじさんから芋を二個、裸で受け取った。
あれ? 芋って日光に当てちゃダメだったような気が……。ああ、だから今日中に食えなのか。なるほど。でも当てないに越した事はないよな。さっさと仕舞っておこう。
後、お母さんというのは、俺の後ろに立っているメリアさんの事だろうか。半端ないレベルの若作りで、実年齢は三十五歳にも関わらず、十台後半くらいにしか見えないメリアさんだが、母性が溢れ出ているからな。子の親だというのが分かったんだろう。まあ俺の母親ではないんだが。実の娘は多分、今も屋敷でダラダラしております。
「その芋買ったんだ。なんか気になる事でもあったの?」
「うん。ちょっとね。早速試食したいんだけど、調理ができる場所でここから近いのは……〈鉄の幼子亭〉だな。端っこにいれば大して邪魔にはならないでしょ。行こうおねーちゃん」
とりあえず買った芋をコートのポケットに突っ込んだ俺は、何故か滅茶苦茶嬉しそうにニコニコしているメリアさんを引き連れ、〈鉄の幼子亭〉へ足を向けた。
……
…………
〈鉄の幼子亭〉に到着した俺達は、表の入口から入ると給仕の邪魔になってしまうかもしれないので、裏口からこっそり侵入。必死の形相で〈拡張保管庫〉から料理を取り出しては配膳している厨房担当に手を挙げて軽く挨拶してから、許可をもらって厨房の端っこに陣取った。
そこで俺はポケットから芋を一個取り出して観察してみる。
「……うん。多分合ってる」
今まで買っていた芋と色合いは同じだが、全体的にツルっとしていて細長い。やっぱり俺の記憶の中のあの芋と似ている。こっちの世界特有の作物だったりするとどうしようもないが、これは期待が持てるんじゃないだろうか。
よし。じゃあ早速食べてみよう。今回は味見なので、シンプルに茹でるだけでいいかな。
まず水洗いする。綺麗になったら芽を取る。で、ちょっとだけ切れ目を入れてから、水を入れた小さ目の鍋に入れて水から茹でる。大体二十分くらい茹でたら、串を刺してみてスッと通ったらオーケーだ。
「ほい完成」
「茹でただけじゃない……。もっと凝った物を作ると思ったのに」
「いやいや。今回はこの芋がどんな感じなのか確認するだけだから。下手に凝るより茹でるだけの方が分かりやすいでしょ?」
「それはそうかもしれないけどさあ……」
編な期待をしていたようで、ちょっと残念そうなメリアさんに茹でた芋を小皿に一個取り分けてフォークと一緒に渡し、自分の分も同じように取り分ける。塩が入った入れ物も準備した。さすがに塩くらいはないとね。
よし。いざ実食……!
「むぐ。……芋だね」
「芋だからね」
俺より先に芋を口に入れたメリアさんの言葉に、俺は間髪入れずに返した。一体、塩を掛けただけの茹で芋にどんな味を求めていたのだろうか。
ちょっとションボリしつつ、モグモグ口を動かしているメリアさんは放っておいて、まず芋の皮を剥く。切れ目を入れた部分から皮を剥いてみると……ふむ。普段使ってる芋よりちょっと黄色味が強いかな? あと皮も剥きやすい。これも俺の知ってるあの芋と特徴が一致している。
続いて、皮を綺麗に剥いた芋を一口大に切り分け、少し塩を掛けてから口に入れた。
途端、口の中で熱さが爆発し、追い打ちをかけるように、掛けた塩のしょっぱさが舌を強く刺激する。
「熱っつぁ! ホフッホフッ」
口の中を火傷しないよう、口を軽く開いて熱気を逃がし、少し冷めた所で噛み締めると、俺は口角をニンマリと上げた。口の中に広がるのは、芋特有の淡泊な味わい。だがその中に、いつも食べている物より少しだけ強い甘みを感じる。
だがそれよりも俺を喜ばせたのは――――
「んっく。ああ、確かに、いつもの芋に比べると粉っぽさが控え目で、喉に詰まりにくいかな? ネットリって程じゃないけど」
メリアさんが口の中の芋を飲み込んだ後の感想に、俺は小さく頷く。
そう。食感だ。普段料理に使っている芋より粉っぽさが控え目で食べやすい。かと言って、里芋のような粘度の高さはない。これはもう確定でいいんじゃないか?
「当たりだ……!」
メークイン(っぽい芋)、ゲットだぜ!
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