第151話 孤児院の人達でなんか始めてた。
組合長とクリスさんからのレベルアップ懇願事件から数日。俺とメリアさんは旧女神の美食亭、現孤児院の借宿に向かっている。
理由はもちろん炊き出しだ。ぶっちゃけ様々な面で結構辛いが、孤児院の運営が軌道に乗るまではがんばって続けよう。レベルアップに興味はないけど、冒険者としての依頼扱いだしね。
ちなみに今日のメニューはビシソワーズ。裏ごしがめちゃくちゃ大変だったけど、前回出した時かなり評判が良かったからね。たまに出してあげようと思う。その分、他の料理に使う分の芋の在庫を削ってしまったので、なんとか遣り繰りしなければ。
…………昨日の夜に屋敷で作っている最中に狐燐にバレて、すごい物欲しそうな目で見てくるので、少し食べさせたら大層お気に召したようなので、今後は屋敷でもちょくちょく出す必要がありそうだ。絶対手伝わせよう。裏ごしのしすぎで腕をプルプルさせるがいい。
そんなこんなで借宿の前に到着したので、ドアをノック――するのはメリアさんに任せる。さすがに何回も子供の波に飲まれれば俺も学習するのだ――が、反応がない。
あれ、留守かな。今日来る事は伝えてるはずなんだけど。
「すみませーん! メリアとレンでーす! 炊き出しに来ましたー! 誰かいませんかー!?」
メリアさんが先ほどより強めにドアを叩きつつ声を張ってみると、奥の方からバタバタ足音が聞こえてきた。何の事は無い。建物の奥にいて聞こえなかっただけだったようだ。
ドアが開き、中から院長さんが顔を覗かせた。開けたドアの先から漂う香りから、デミグラスソースを仕込んでいたらしい事が分かった。なるほどね。この建物の厨房と入口は正反対の位置にあるから、聞こえないのもしょうがないか。
「ああ、レンさんにメリアさん。ようこそいらっしゃいました。もうそんな時間なんですか? すぐに準備をします、と言いたい所なのですが……。すみません、今ここには私ともう一人の職員、あとは小さな子しかいないのですよ。子供達と残りの職員は旧孤児院へ行ってまして…………」
心底申し訳なさそうに言う院長さんに、俺とメリアさんは顔を見合わせた。
旧孤児院って……今あそこは絶賛新孤児院の建築中で、いわばただの建築現場だ。わざわざそんな大人数で行って見るような物はないはずなんだけど……。
「ああ、建物に用があるのは建物ではなくて、裏にある畑なんですよ。できるだけ大きくするそうで」
……
…………
いい時間なので連れ戻してきて欲しい、と院長さんから頭を下げられたので、メリアさんと連れ立って旧孤児院に向かう。体よく使われている気がしないでもないが、孤児院を空にする訳にもいかないので、仕方がないと思う事にする。ついでに新しい孤児院建築の進捗確認と、裏の畑とやらを見学する事にしよう。
「到着っと。どれどれ孤児院は……うん。まだまだかかりそうだね」
「まあ、一から建ててる訳だしねえ。結構時間がかかると思うよ?」
新しい孤児院は、元の孤児院の手前の位置に作る事になったらしい。数人の大工さんらしき人達が忙しなく働いているのが見て取れる。
少し離れた場所をゆっくり歩きながら工事の様子を見ると、今は土台の部分を作っているらしい事が分かった。つまりは基礎も基礎だな。確かにまだまだ時間がかかりそうだ。
でも基礎がしっかりしていないと、上の出来が良くてもすぐ駄目になっちゃうらしいし、大工の皆さんには是非頑張っていただきたい。
……おおー。あんなぶっとい丸太を持てるとか、すげえなあ。
一人で俺のウエストより太そうな丸太を抱えて歩く大工さんが目に入り、つい足を止めて眺めていると、今度は別の大工さんが寄ってきて、おもむろにでっかい岩を持ち上げた。
うおおお。あれ絶対俺の何倍も重いよ。あんなん一人で持つの? 大工ってすげー。
……いやまあ、ぶっちゃけた話、あのくらいメリアさんなら片手で持てると思う。そういう事をしているのを見た事はないが、俺は身を以て知っているからね。ビンタを食らったら、吹っ飛ぶんじゃなくてその場で回転するんだぜ? どこのバトル漫画の世界だよ。
でもなんというか、メリアさんの場合、見た目とのギャップがありすぎて、そういった光景を目の前で見ていても現実感がないのだ。出来の良いCGか何かを見ている気分になる。
それに比べて今俺の目の前で丸太を担いでいる大工さんはどうだ。
組合長には劣るとは言え、紛う事なきマッチョである。重い物を持っていても安心して見ていられるし、素直に感心出来る。
あ、念のため断っておくが、俺は別に筋肉フェチという訳ではない。男は大なり小なり引き締まった筋肉に憧れるものなのだ。異論は認める。
改めて見てみると、先ほどの二人以外の人達も、程度の差こそあれ悉くマッチョで、みんな何かしら重そうな物を運んでいた。
いやー、こっちの世界の大工ってみんな力持ちだなあ。
……あー、そりゃそうか。こっちの世界には重機なんて存在しないんだから、必然的に代替手段は人力になる。毎日のようにヘビーなウエイトトレーニングを続けていれば、自然に体が鍛えられていくよなあ。ちょっと考えれば分かる事だった。
「ほらレンちゃん。そんないつまでも見てないで、お仕事の邪魔になるから、そろそろ行くよ」
感心しつつ大工さん達を眺めていると、メリアさんに先を促された。
む。俺はただ見てただけなんだが。声をかけたりもしてないんだから、邪魔にはなってないはず。
「言いたい事は分かるけど、大工さん達のお仕事止まってるのは本当だからね? ほら」
いつもの洞察力で、俺の考えている事を読み取ったメリアさんが指差す方から現れたのは、以前一緒に旧孤児院の見学に来た親方だ。
「ごるぁっ! 手前ら何サボってやがる! とっとと持ち場に戻りやがれっ!」
親方が怒鳴り付けると、大工さん達は慌てて持ち上げていた丸太や岩を地面に置き、その場を離れて行った。
ええー…………。あれ、仕事で持ち上げてたんじゃないのかよ……。もしかしなくても、俺が見てたからマッチョアピールしてただけ? ……なんか萎えるわぁ。
なんとも微妙な気持ちになってしまったのと、メリアさんの言う通り、俺の存在が仕事の邪魔になってしまっている事が理解出来てしまったので、すでに先に歩きだしていたメリアさんを追って、そそくさとその場を離れた。
建築現場から畑まではすぐだった。元々孤児院に隣接していたらしい。
旧孤児院はすでに解体され、ガレキも残っていないのだが、そんな孤児院跡地で、職員さんと子供達が一緒に農具を持って地面を耕している。まあ、子供達は耕しているというよりは、土で遊んでいる感じだが。
「……ふう。あれ? メリアさんじゃないですか。どうしたんですかこんな所に」
想像以上に堂に入った農具捌きで地面を耕していた職員さんの一人が俺達に気付き、不思議そうな顔で声を掛けてきた。
「はい。もういい時間だから連れ戻してくれないかって院長さんに頼まれたんですよ。もう炊き出しの時間ですよ?」
「えっ! もうそんな時間ですか!? そ、それは失礼しました!」
農具から手を離して頭を下げる職員さんに、メリアさんは手をヒラヒラ振った。
「大した手間じゃないですし、気にしないでください。ほら、子供達を呼んで早く帰りましょう?」
「はい! みんなー! そろそろ帰るよー! メリアさん達が料理を持ってきてくれてるから、おうちに帰ったら食べるよー!」
『わーっ!』
職員さんの号令に子供達から歓声が上がり、手に持っていた農具を放り投げてこちらに駆け寄って――――いや待て。何故全員、俺の姿を認めた瞬間に俺の方へ方向転換してくる。おい待てやめろこっち来んな。お前達はさっきまで土弄りして……。
「うぼぁーーー!?」
泥だらけの子供達に揉みくちゃにされ、俺も泥だらけになってしまった。こいつら、絶対分かってやってるだろ。
そろそろ俺、マジ切れしてもいいと思うんだが、楽しそうに笑う子供達を見ると、上がっていた怒りのボルテージがみるみるうちに下がっていき、最終的には『子供のやる事に目くじら立ててもなあ』となってしまうんだよな。子供ってズルい。
……子供達が駆け寄ってくるのを見た途端、巻き添えを食わないよう移動していたメリアさんには、何かしらのお返しをしてあげよう。夕食のメニューをメリアさん以外ハンバーグにするとかな!
「で、なんで今になって畑を広げようとしてるんですか? 前ならともかく、今はそこまで食べるに困るような状態じゃないですよね?」
服がドロドロになった俺にペコペコ頭を下げる職員さんに、なんでもないと手を振っていると、メリアさんが俺も気になっていた疑問を投げかけた。
そうなんだよね。俺達が定期的に炊き出しをしているし、侯爵様からの補助金もちゃんと出るようになったので、前を比較して格段に生活が楽になったはずの、このタイミングでの拡張。一体どんな意図があるのだろうか。
それに対しての職員さんからの答えは、俺達の想像の斜め上を行く物だった。
「はい、それが……。以前食べた、芋で出来た汁物……ビシソワーズ、でしたか? あれを子供達がとても気に入ったようで、作って欲しいと強請られてしまいまして……。芋がないと作れないと言ったら、じゃあ畑を広げて作ろう、と言い始めまして。一から作物を作るのは時間が掛かる事も教えたのですが、それでも諦める様子がなくて…………気づけば孤児院の跡地で農具を握っておりました」
そう言って恥ずかしそうに頭を掻く職員さん。……いや、流されすぎじゃね? そんなんで子供達の教育なんて出来るの? メリアさんも呆れ顔だ。俺も似たような表情を浮かべている事だろう。
にしても、なるほど。芋を、ね。
それほどビシソワーズを気に入ってもらえたのなら、料理を提供する者としては嬉しい限りだが、うーむ。
以前話した通り、これ以上八百屋で芋を買い占める事は難しい。俺達以外にも芋を買う人はいるからな。むしろ現状でもちょっと買いすぎな気がしているくらいだ。いくつかメニューを増やしてはいるが、それでもコロッケの人気が衰えないのだ。最初期から出している〈鉄の幼子亭〉の看板メニューというのもあると思うが、コロッケって安くて、美味くて、腹に溜まるからか、収入の少ない駆け出し冒険者等がこぞって食べているのを良く見る。
それは置いておいて、八百屋からの購入以外で芋を手に入れるとなると、パッと思いつくのは三種類。
八百屋さんじゃない商人から仕入れるか、芋を栽培している農家の人から直接仕入れるか、自分で作るかだ。孤児院では三つめを選択した訳だな。
買う、という選択肢が最初に出てこないのは、今までの貧乏生活で、気軽に物を買えない状況が続いていたからだろう。なんとも世知辛い。
今回は偶然、炊き出しのメニューとしてビシソワーズを持ってきたので、これで満足してもらえるだろう。
だが次回以降が問題だ。ビシソワーズに使う分を確保する為に、他の料理に使う芋をずっと絞るなんて事はやりたくない。
料理を提供する者として、求められているのなら、是非食べさせてあげたい所だが、農家や商人とのコネなんて俺にはないし、自家栽培は時間が掛かりすぎる。
うーむ……。どうしたもんか。
お読みいただき、ありがとうございます。
新年度になりました。今年から社会人になる方、進級、進学した方もいらっしゃると思います。
ただでさえ情勢が不安な中、環境が激変して大変かと思われますが、日常のちょっとした息抜きに拙作が少しでも役立てば嬉しい限りです。




