表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

172/222

第150話 組合長とクリスさんからお願いされたけど断った。

「組合長っ! レンさん達が来ました!」


 クリスさんの先導の元、組合長の部屋の前に着いた所で、クリスさんはノックもせずにズパーンッ! と勢いよくドアを開けた。


「本当か!? おお……おお…………! やっと、やっと来てくれたのか……!」


 普通であれば、ノックもなしに入室したことに怒るべき所のはずなのだが、組合長はそれを気にする様子を見せない。むしろ嬉しそう……いや、泣いてる? …………あれ? 組合長、なんか萎んでない? 一回りくらい小さく見えるよ? 穴が開いて空気が抜けたのかな。


「組合長、気持ちは痛いくらい、本当に痛いくらい分かりますが、今は話を進めましょう。私達の心の安寧の為に……!」


「グスッ。……ああ、そうだな。早く終わらせてしまおう。俺達の心の安寧の為に……!」


 そして、なんだか聞いてて悲しくなるスローガンと共に、力強く握手をするクリスさんと組合長。その間、俺とメリアさんは放置である。


「ああ、すまん二人とも。お前達が来てくれた事があまりに嬉しくてな、ちょっとはしゃいじまった」


「そ、そうですか……」


 あれは誰がどう見てもはしゃいでない、と口をついて出そうになったが、すんでの所で堪えた。今のクリスさんと組合長からはなんというか怖い。あまり刺激したくない。


「ゴホン。……それで、俺達を呼び出したのはどういう用件でしょうか?」


 とは言っても、これを聞かない訳にはいかない。なるべく波風が立たないよう、声の強弱にも細心の注意を払って質問する。

 それが功を奏したようで、なんとか変なスイッチを押さずに済んだらしい。組合長は一つ大きく頷いて、俺の問いに答えた。


「ああ。その件についてだが………………二人とも、レベル六になってくれないか?」


「「…………はい?」」


 なんで?


「まあ、いきなりそんな事言われても意味わからないよな。大丈夫だ、ちゃんと今から説明する。だから! 是非! レベル六に! なってくれ!」


「お願いします!」


「ちょ! 近い近い近い!」


 鼻と鼻がくっつきそうなくらい接近してくんな!? おっさんの顔のドアップなんて見たくない!


「ハア、ハア……。すまん、取り乱した」


 全力で仰け反って、迫りくる組合長の顔から逃れていると、少し落ち着きを取り戻したらしく、椅子から上げていた腰を下してくれた。

 すると、僅かに椅子から腰を上げていたらしいメリアさんが、元の位置に戻りつつ冷えた声音で組合長に言った。


「いいから早く説明してください。理由を聞かないと答えようがありません」


「あ、ああ。……ゴホン。まず、レベル六から指名依頼を受ける事が出来る」


「あ、多分わかった」


「わかってくれたか!?」


「今ので分かったの!? 早くない!? まだ何も聞いてないよね!?」


 メリアさんが信じられない、といった表情で俺に顔を向けるが、最近俺達の周囲で起こった事柄を思い返せば、おおよその予想はつく。

 これ、多分あれだろ? レベル零と一冒険者である俺達に、侯爵様が指名依頼を出してきてる事が原因だろ? 本来指名依頼を受けられないので断る所だが、相手が相手なので無下にする事も出来ず、みたいな感じだろ?

 で、それを解消する手っ取り早い方法が、俺達をレベル六にする事。レベル六になれば大手を振って指名依頼を受ける事が出来るからね。

 

「まさしくその通りだ! 仕方がないので、通常依頼の体で、しかし依頼内容を極力変えず、かつ受注条件にお前達くらいしか当てはまらないように弄るんだが、それがまた大変で大変で…………!」


「条件があまりあからさますぎると怪しまれるので、適度にあり得そうな感じにするのが難しいんです……! ぶっちゃけもうネタがないんですよー!」


 組合長とクリスさんの血を吐くような表情での告白を聞いた俺は、その様子に軽く引きつつ、ふと気になった事があったので聞いてみる事にした。


「えーっと、その依頼なんですが、掲示板に貼ってるんですか?」


「当たり前だろ、依頼なんだから」


 何を言ってるんだこいつは、みたいな顔を向けてくる組合長。その隣でクリスさんもウンウンと頷いている。

 そんな二人の様子にちょっとイラッとしながらも、表情にそれは出さず、淡々と言葉を続ける。


「それなんですけど、怪しくない程度に適当に依頼を作って、掲示板に貼らずに抱えてればいいんじゃないですか? で、俺達が来たら直接手渡せば、違う人に依頼が流れる事も防げると思うんですけど」


「「…………あっ!?」」


 俺の案を聞き、揃って声を上げる二人。まじかよ。てっきりアイデアとしてはもう出てて、何か理由があってやってないんだと思ってたのに。


「い、いや、組合の長ともあろう者が、そんな不正に手を出す訳には……!」


 想像以上に現状を打破できるアイデアに、しかし何故か組合長が異を唱える。

 ふむ。確かに、俺は知らないけど、組合の職員規定かなにかでそういうのを禁止しているのかもしれない。だけど。


「レベル零と一の、しかもほとんど依頼を受けてないような底辺冒険者を、早急にレベル六まで引き上げるのって、真っ当な方法で出来るんですか?」


 いや、普通に依頼をこなしていけば、いつかは上がると思うよ? でも二人の様子からして、なるべく早く、下手したら今日中には上げて欲しいくらいのニュアンスに聞こえた。


「それは……、担当受付と組合長の権限で依頼達成数をゴニョゴニョして…………」


「モロ不正じゃねえか! ……あのさあ、俺達が組合にあんまり来ないで、店で働いてるのはここの人達、みんな知ってると思うよ? なんてったって客として来てくれてるし。そんな俺達がいきなりレベル六なんかになったら、怪しいにも程があるでしょ。しかも担当受付のクリスさんも絡ませるとか、速攻でバレるに決まってるよ? そしたら組合も困るだろうけど、それ以上に俺達が困るの。分かる? 俺達が組合長の弱みか何かを握って、無理やりレベルを上げさせたって思われるかもしれないんだよ? そんな悪名が広まったりなんかしたら、店の売上に大打撃なんてもんじゃないよ。下手しなくても潰れるよ。そうなったらどうしてくれるの? うち、大家族なんだよ。二十人以上いるんだよ。有難い事にお客さんが沢山来てくれるからなんとかなってるけどさ。でもね――――」


 クイックイッ。


「レンちゃんレンちゃん」


 組合長のあまりにもあんまりな言葉に、敬語をかなぐり捨てて説教を行っていると、服の袖をクイクイ引かれる感触と共に、メリアさんが話しかけてきた。


「――ん? どうしたのおねーちゃん。まだ話は終わってないんだけど」


「うん。それは私も見てたから分かるんだけどさ、そろそろ勘弁してあげた方がいいんじゃないかなあって。ほら」


 メリアが指差す方へ顔を向け直すと、そこには傍目から見ても分かるくらいションボリしているクリスさんと組合長の姿。

 いや、メリアさんから言われるまでもなく、二人がどんな状態なのかは知ってたけどね。二人に向かって話してた訳だし。

 でも、さっきまでは勢いのに乗ってたからガンガン説教できたけど、それを止められた事で上がってたテンションがニュートラルに戻った。


 ……というか、今になって罪悪感が沸いてきた。ちょっとテンションに任せて言い過ぎた気がしてきた。それくらい二人の凹みっぷりが尋常じゃない。子供に叱られたっていうのが堪えたのかもしれない。


 うーむ。俺の所為なんだけど、部屋の空気がめっちゃ重くなっちゃったから、なんとかこの空気を払拭したいな……。


「……ふう。色々言ったけど、クリスさんも組合長も、すごく頑張ってくれてたってのは分かるよ。だけど、組合長がさっき言ってた方法は良くないから、もう一度落ち着いて考えてみよう? いい案が思いつくまでは、俺が言ったやり方で凌げばいいんじゃない?」


 意識して優しい表情で話しつつ、最後はお茶目な感じを出しつつウインクを一つ。秘技、【可愛いは正義】! 前の世界じゃ絶対使えなかった最強技だ。

 なお、今更感があるので敬語には戻さない。言われたら戻すけど。


「…………フッ。お前のやり方だって、割と灰色じゃねえか。だがまあ、そうだな。権限を使って強引にレベルを上げて、後でボロが出るよりは、そっちの方が幾分ましだな」


「フフフ。そうですね。私、少しおかしくなってしまっていたようです。レンさんの仰ってた方法でお茶を濁しつつ、もっと良い手がないか考えてみますね」


 さすが最強技。俺の【可愛いは正義】により、クリスさんも組合長も正気に戻ってくれたようだ。


「それじゃあ、直近の問題は解決したみたいし、俺達は行くね。そろそろ貧民街に行かないと、炊き出しを始めるのが遅くなっちゃう」


「ああ、領主様からの依頼の奴か。終わったらまた来い。それまでに依頼を作っておく」


「りょーかーい。それじゃ、また後でー」


 クリスさんは組合長と話す事があるそうなので、俺達二人だけで組合長の部屋から出る。

 そのまま一直線に組合から出て、さらに数分歩いた所で俺は小さくため息と吐いた。


「ふぅ。なんとかレベル六にされないで済んだ。黒っぽい手だったから断るのも簡単で良かったよ。変な規則を持ち出されたら、内容によっては断れなかったかもしれないからね」


「どういう事? レンちゃんはレベル六になりたくなかったの? いや、組合長の言ってたやり方でレベル六になるのは良くないのは分かったけど」


 横から口を挟む事はせず、事の成り行きを見守っていたメリアさんが、俺のため息交じりの言葉に疑問の声を上げた。あれ? メリアさんはレベル六以上の冒険者になるメリットとデメリットについて知らなかったのか。


「端的に言えばそうだね。俺も前にジャンから聞いて知ったんだけどさ、レベル六以上になると受けられるようになる指名依頼って、結構断れない物が多いんだって」


 主に貴族や有力商人からの依頼といった物だ。一応冒険者側にも断る権利自体はあるのだが、相手の力が強すぎて、ほぼ強制と同義らしい。というか指名依頼を掛けてくる相手はほとんどがそういう輩なので、指名依頼は拒否できないと言っても過言ではない。


「〈鉄の幼子亭〉での仕事は俺達の手から離れつつあるけど、だからといって暇になった訳じゃないでしょ? 下手すりゃさらに忙しくなってるまである。そんな状態で、指名という建前の強制依頼なんて受けてられないよ」


「なるほど……。それはちょっと勘弁だねえ。さすがレンちゃん! よくやったね! うりうり~」


「ちょ! やめて! 髪がぐしゃぐしゃになる!」


 髪をかき混ぜるように頭を撫でてくるメリアさんの手から逃れつつ、俺達は〈拡張保管庫〉カモフラージュ用の荷車を回収する為に〈鉄の幼子亭〉へと取って返した。

お読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマ、いいね! の程、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まだしばらく安泰( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ