第149話 呼ばれているらしいので冒険者組合に行った。クリスさんが超怖かった。
「あ”ー……ちょっと楽になってきた……。あ、そうだ。思い出した。おいレン、組合長が呼んでたぞ。組合に顔を出して欲しいってよ」
お腹に優しいスープを飲んだ事で少し体調が良くなったらしく、顔色がゾンビから人間に戻ったジャンは、ふと思い出したようにそう言った。
「組合長? ……どこの?」
「は? あー、そうか。お前は商業組合にも登録してるんだったか。冒険者組合の方だ。つーか、俺達は冒険者組合の方にしか登録してねえから、商業組合の方は全く縁がねえよ」
「知らんがな。……まあ正確には、商業組合に登録してるのは、おねーちゃんだけなんだけどね。……にしても、呼び出し? なんかあったっけか」
えーっと、冒険者組合に最後に行ったのは…………。ああ、侯爵様からの指名依頼を受けた時か。って事は、今回もそれ関係か? いやでもなあ…………。
「クリスさんじゃないの?」
呼び出しがクリスさんからなら、指名依頼関係だろうって分かるんだけど。組合長から呼び出しを受けるような内容に思い当たりがないのだが、ジャンは頭を振った。
「いや、組合長だ。なんかえらい必死だったぞ、お前何したんだよ」
「何もしてないよ。冒険者としての活動自体ほとんどやってないよ。なんで俺が何かやらかした前提なんだよ」
「お前だからに決まってんだろ。お前、人に迷惑こそ掛けねえが、色々やらかすからなあ」
やらかしって言うな。確かに色々手は出してるのは事実だけど。
とはいえ、それでも組合長から呼び出しを受けるような事はやってない……はずだ。
んー、一体なんなんだ。全っ然わからん……。ま、いいや。行けば分かるだろ。
「うるさいよ。まあ分かった。どのみち今日は予定があるし、そのついでにでも寄ってみるよ」
「いや、最優先で行けよ。お前は冒険者で、相手は組合長だぞ…………?」
ジャンが呆れた顔をするが、そんな事言われても、ぶっちゃけ俺、自分が冒険者だって自覚があんまりないからなあ。さっき言った通り、冒険者としての活動、あんまりしてないし。最近の依頼もボランティアみたいな物で、いまいち冒険者って感じじゃないしな。
「そんなもんか、じゃあ先に寄る事にしますかね。おねーちゃんもそれでいい?」
「いいよー。というか、今から貧民街に行っても早すぎるし、組合に顔を出してから向かえば丁度いいんじゃないかなあ」
メリアさんの言葉に俺は、食堂の天井に近い位置にある窓に目を向けてみると、まだちょっと薄暗い。確かに早すぎるな。
「そうだね。じゃあそろそろ行こうか。ジャン達はどうする? 一緒に組合行く?」
「貧民街って、お前ら今度は何してんだよ……。いや、俺達は今日は休みにする……。すまんがもう一日泊めてくれ……多少楽にはなってきたが、今日一日は動けなさそうだ…………」
ジャンは一瞬訝し気な表情を浮かべたが、すぐに眉をへんにゃりと下げ、情けないお願いをしてきた。そしてそれを聞いたキースの除いたパーティーメンバーが辛そうな表情に頷く。
「はあ……。別にいいけど、今日は酒止めなよ? 明日も二日酔いとかだったら、まじで追い出すからね?」
「おう、悪いな……。言われなくても飲まん。しばらく酒はいい…………」
酒飲みが二日酔いになるたびに言うであろう、口だけ禁酒宣言を聞き流し、一番近くにいたリーアに声を掛ける。
「え。今日は、飲まぬのかえ……?」
「え、あ、う……」
ジャンの禁酒宣言を聞いた狐燐が悲しそうな声を上げると、ジャンは目に見えて狼狽えた。おい。しばらく酒はいいんじゃなかったんかよ。
「飲むなよ? ほら狐燐も、具合悪そうな奴に無理に飲ませようとしない」
「そ、そうじゃな。すまぬジャン殿。昨日が楽しくて、つい……」
「い、いえ! 食事! そう食事ならご一緒出来ますんで!」
「そうか! 次の食事の時間が楽しみじゃのう! ルナに頼んでたっぷり用意してもらうとしようかの!」
「は、ははは……。お手柔らかに……」
今日の昼食と夕食はすごいボリュームになりそうだ。自分で言いだした事なんだからがんばれよ。骨は拾ってやらんが。
引き攣った笑い顔を浮かべるジャンから視線を切り、リーアに向ける。
「ということらしいから、もう一日よろしく。動けるようになったら、部屋に案内してあげて」
「畏まりましたのです。昨日の時点でお部屋の準備は整っていますので、すぐにでもご案内できるのです」
「ありがとう。じゃあ俺達は出るから、後よろしくね」
「はい。いってらっしゃいませなのです」
「帰ってきたら、さっきの貧民街がどうのって奴、聞かせろよ。なんか手伝えるかもしれねえしよ……う。頭いてえ」
リーアが頭を下げ、ジャンが襲い来る頭痛に頭を抱える中、俺とメリアさんは【いつでも傍に】で〈鉄の幼子亭〉に飛んだ。今日は屋敷を出るのが少し遅かったので、今日のシフトの子達はすでに店で開店準備中だったから楽が出来たな。
〈鉄の幼子亭〉に到着したら、開店準備を進めている子達に一声掛けてから店を出て、冒険者組合に足を向けた。
「にしても、組合長直々の呼び出しって、一体なんなんだろうねえ」
〈鉄の幼子亭〉から冒険者組合への、そう遠くない道のりを歩く中、メリアさんが話しかけてきた。話を聞いてからここに至るまでずっと考えていたが、正直全く見当がつかない。……あ。なんかそれっぽいの思い出した。
「そういえばさ。王女様んとこの……近衛、だっけ? そんな感じの奴がいたじゃない。名前忘れたけど。あれをおねーちゃんが一撃でノしたから、ある程度の体裁を取り繕う為にレベルを上げるとか? ほら、レベル一の冒険者に瞬殺されたって言うより、レベル二とか三の相手に倒されたっていう方が、少しはマシに聞こえるし」
瞬殺された事実は変わらないけどね。侯爵様が言うに、近衛ってかなり偉いっぽいから、そういう面子とかすげえ大事にしそう。あれ? これ当たりじゃね?
我ながら冴えた推理に内心ドヤっていると、メリアさんが呆れ顔でこちらを見てきた。
なんでそんな顔で見るの?
「なんで私だけなのさ……。それだったらレンちゃんだって、同じ相手を竜巻に巻き込んで気絶させた挙げ句、失禁までさせたじゃない」
「あー…………。そういやそんな事もしたなあ。あれはいいんだよ。ふざけた事をほざいたあいつが悪い。おねーちゃんの事を化け物扱いしやがって……。あ、思い出したらまた腹立ってきた。また吹き飛ばしてやろうかな。今度は気絶したら起こしてあげつつ、お空の旅にご招待」
「どう考えてもやりすぎだからね? もう許してあげなよ…………」
そんな事を話している内に、気づけば冒険者組合の前に到着していた。
ドアの前で立ち止まる理由もないので、さっさと開けて建物に入ると、中にはそこそこの数の人が。依頼が張ってある掲示板の前の混雑はある程度治まっているので、一番殺気だった時間帯からは少し外れているようだ。良かった。
最初の時以来全く見てない掲示板を横目に受付を足を向けた所で、その受付の一角から大きな声が上がった。
「レンさんっ! メリアさんっ! ああっ! やっと、やっと来てくれたんですね……っ!」
聞き覚えのある、しかし聞いた事のないボリュームの声を上げつつ、一人の女性が受付を軽やかに飛び越え、こちらにダッシュしてきた。そう。飛び越えて。
受付の人が受付飛び越えちゃダメじゃね? 職務怠慢じゃん。等と考えている内に、気づけばその女性は俺達の前までたどり着いており、ガンギマッた、もとい、感極まった表情でさらに声を上げる。そのボリュームと、受付の人が受付業務を放棄して特定の冒険者の元へ駆けつける、という珍事に、建物内の視線が集まる。
「待ってました……ずっと待ってましたよ! 何度お店で声を掛けようと思った事か……! ですが、組合の職員が、組合の建物の外で冒険者の方に対して依頼等の話をするのはご法度、必死に耐えましたよ……! 間に合った……私はまだ生きていけます……っ!」
ギャグマンガか何かのように、涙をダバーッと流しながら力説する女性。
話を聞くに、この女性は俺達を一日千秋の気持ちで待っていたらしい。……うーん?
「えーっと…………すみませんが、どちら様ですか?」
おお。メリアさんが行った。俺が言うべきか悩んでいた内容を、事も無げにメリアさんが聞いた。
そう。俺達にはこの女性が誰か分からないのだ。
声には聞き覚えがある。俺達担当の職員であるクリスさんの声によく似ている。髪色も目の色もそっくりだ。
じゃあクリスさんなんじゃね? となる所だが、そうは問屋が卸さない。
俺の知ってるクリスさんはこんなに頬がこけてないし、髪ももっとツヤツヤしてるし、唇もプルプルだし、目もギラギラしてないし、肌も綺麗だ。
よって、目の前のヤベエ女性は、断じてクリスさんではない。
うむ。さっきの呼び出し理由の推測といい、今日の俺、冴えてるな! この場で密室殺人事件とか起きても解決出来るんじゃね?
「酷いっ! つい数日前に会ったじゃないですか?! クリスですよ! お二人の担当職員のクリスですっ!」
「「えっ?!」」
冴えてなかった。まさかのクリスさんだった。
まじで?! 本当にクリスさんなの?! なりすましとかじゃなくて!?
「い、言われてみれば、確かにクリスさんですね……。一体なにがあったんですか?」
メリアさんは、持ち前の洞察力で目の前の女性がクリスさんだと判別出来たらしい。
いや、メリアさんでも言われないと分からないレベルって時点で相当ヤバイんだが。
メリアさんの若干引き気味の問いに、クリスさん? は乾いた笑いを浮かべた。
「何があったか、ですか? はは。ええ、色々ありましたとも……。いえ、その話は組合長の部屋でしましょう。組合長もレンさん達が来るのを待ちかねていますよ。ええ、私以上に」
い、行きたくねー。こんなんになったクリスさんより待ちかねているとか怖すぎる。
「え、と。俺達これから用事が……」
「そ、そうだね。クリスさんも忙しそうだし、また次の機会に……」
「来て、いただけますね?」
「「はい。逝きます」」
逃げの一手を打とうとしたが、途端に目から光が消えたクリスさんの一言に屈服した。
怖い。クリスさんまじ怖い。ハイライトの消えた目で笑顔を浮かべるのはやめてください。こんなクリスさんを前に『ノー』なんて言えない…………。
「ありがとうございます。それでは参りましょう」
俺達の返答に目に僅かに光が戻ったクリスさんは満足そうに頷いて、組合長の部屋に向かって早足で歩き始めたので、慌てて後を追う。
……大丈夫ですから。ちゃんと付いていってますから。だから三歩ごとに振り返って無表情でこっちを見ないで。
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