第17話 初めての依頼に出発して、無力感に苛まれた。
無事冒険者になった俺とメリアさんは装備を整え、初めての依頼を受けに朝早くから組合に向かった。
ところが、朝の組合では依頼争奪戦という仁義なき戦いが繰り広げられていた。
その状況に唖然としつつも依頼をゲットするべく特高した俺達だったが、見事に玉砕。依頼をゲットすることはできなかった。
意気消沈しつつも、明日こそは! と気合を入れ、これからどうするか話し合っていた所で、ジャンから依頼の手伝いを要請される。なんでも大量の物資を運ぶ必要があるらしく、俺の持つ〈拡張保管庫〉の力を借りたい、とのことらしい。
依頼が受けられず暇を持て余していた俺達はその話に乗ることにした。
自分で受けた依頼ではないが、初めての依頼が今、始まる!
「…………レンちゃん、何あらぬ方を見ながらニヤニヤしてるの?」
「……なんでもない」
依頼を受けた嬉しさで漫画の予告みたいな事を考えてたら、メリアさんから呆れ顔で突っ込みを受けてしまった。
しかもニヤニヤしてたらしい。恥ずかしい!
「まだ街道沿いとはいえ、街から出たんだ。気を抜くなよ」
「ごめんなさい……」
ジャンからも怒られてしまった。
ちょっとテンションが上がりすぎていたな。反省。
街から出たって事は、魔物に遭遇する可能性もあるんだ。気合入れないと。
「今度は一瞬で滅茶苦茶気合入ったな……。悪い事じゃないが……」
「初めての依頼で浮かれてるんじゃねえか?」
「まあ、初めての依頼というのは往々にしてそんなものですよ」
俺の百面相に困惑しているジャンに、俺の代わりにレーメスとキースが答えた。間違っていないから困る。
「やる気に満ちている事は良い事ですが、今からその調子だと目的地に着く前に疲れ果ててしまいますわ。リラックスしつつ周囲の警戒を怠らない、というのを心がけておくと良いですわよ」
「リラックスしつつ警戒を怠らない…………。うん、分かった。やってみる」
セーヌさんのアドバイスを受けて、言われた通りにしてみる。
……してみる。
……どうやんの?
言ってる事は分かるけど、どうやればいいか分からん……。
「ま、そこは慣れだ。何回か依頼を受ければ自然に出来るようになるさ。最初は疲れない程度に周囲を警戒してりゃいい」
混乱していた俺にジャンから追加のアドバイスをしてくれた。おお、それなら出来そうだ!
「極めると、寝ながら周囲を警戒なんつー離れ業もできるようになるらしいぞ」
「まじで?」
それはあれか? 漫画や小説でたまに見る、寝てても頭の一部は起きてる、って奴か? 野生動物かよ。
「らしいぜ? パーティを組んでるなら必要ない技能だがな」
確かに、交代で見張りをすればいいだけの話だな。その技能が役立つのは一人で野営をしなくてはいけない場合だし。
そんな話をしながら歩き続け、街道から離れ、森林地帯に入った。目的地はこの森の中にあるらしい。
さきほどまでの見通しの良い街道と違い、そこかしこに生える植物によって視界がかなり悪い。
お互いの死角をカバーするように適度に距離を開けつつ、森の中を進んでいく。
慣れない森歩きに周囲を警戒し続けなければいけないストレス、いつ魔物に襲われるか分からない緊張と恐怖。
どれもが初めての経験で、俺の体力と精神をガリガリ削っていく。
「よし、今日はここで夜営だ」
森に入ってどれくらい経っただろうか。疲労で意識が朦朧とし始めた頃、先頭を歩いていたジャンが立ち止った。
今の今まで気付かなかったが、すでに日が落ち始めており、少し辺りが暗くなり始めていた。
「レーメスとレミイは哨戒を頼む。ついでに薪も集めてくれ。一時間で戻ってこい。キースは寝床の用意、セーヌはメシの準備だ」
夜営場所を決めた後、ジャンがテキパキと作業を割り振っていき、それに合わせてみんなすぐに動き始めた。さすが高レベル冒険者だけあって動作が機敏だ。
パーティメンバーに一通り作業を割り振った後、ジャンの視線が、行動を始めたメンバーを呆然と眺めていた俺とぶつかった。
「……お嬢ちゃんは無理そうだな。周囲を警戒しつつ体を休めておけ。メリアさんは大丈夫そうだな。俺と一緒に食いものを探すぞ」
俺と違ってメリアさんは結構余裕そうだったので、仕事を割り振られた。
ヘロヘロになっている俺を見て、メリアさんが心配そうに頭を撫でた。
「レンちゃん。お姉ちゃん、食べ物取りに行ってくるね。美味しい物取ってくるから、そこで休んでてね」
「うん……」
メリアさんは俺に手を振ってからジャンと共に森に消えていった。
これで俺以外の全員がなにかしらの作業に従事している事になった。
俺だけが何もしていない。
周囲の警戒を命じられてはいるが、期待されていないのがありありと感じられた。『邪魔だから何もするな』と言われたも同然だ。
「レンちゃん。荷物を出していただけますか?」
自分の不甲斐なさにションボリしながら見張りをしていると、背後から声を掛けられた。
振り向くとセーヌさんがしゃがみこんで俺と高さを合わせて微笑んでいた。声を掛けたのは彼女のようだ。その後ろにはキースも同じく微笑みながら立っていた。
「あ……はい。ごめんなさい…………」
今回、突発的に使用する可能性がある物以外は、全て俺の〈拡張保管庫〉に仕舞ってある。俺が荷物を出さないと二人共作業を進める事が出来ない。
自分が動かないせいで、二人の作業を止めてしまっていた事にしょんぼり度合いを増しながら、要求された荷物を取り出していく。
「自分だけが仕事をしてない、と消沈しているようですが、冒険者になりたてなのです。私達と同じように動けないのは当然ですわ」
俺が凹んでいるのを見かねて、セーヌさんが慰めてくれた。頭をポンポンと優しく叩きながら優しく諭してくれる。
「でも、一緒に冒険者になったおねーちゃんは普通に動けてるし……」
「あの方は何年も、あの場所で一人で生活していたのでしょう? だとすれば、このような場所の歩き方も慣れていて当然ですわ」
「でも…………」
「むしろ、レンちゃんはよく頑張ったと思いますわ。正直な話、途中で音を上げると思っていましたもの」
そんな風に思われていたのか。まあそうだよな。強力な【能力】が使えるったって子供だし。
「そうですね。そうなった時にどちらがレンさんを背負って運ぶか、セーヌさんとレミイさんの間で熾烈な争いがあったくらいですから」
「ちょ、ちょっとキース!」
突然の暴露に顔を真っ赤にして慌てるセーヌさん。普段はおっとり系お姉さんだけど、キースの言葉に恥ずかしがる彼女は年若い少女のようで可愛らしかった。
にしても、熾烈な争いって何? 一体二人の間に何が……。聞くの怖いから聞かないでおこう…………。
「セーヌが言っている事は事実ですよ。あなたは頑張っています。誰でも最初は上手くできないものです。先輩冒険者である我々を見て沢山の事を学べばいいと思いますよ」
わたわたしているセーヌさんを無視してキースは話を続けた。この人、存在感が薄いと思ってたけど、なかなかやりおる……。
あ、セーヌさんが疲れた顔して諦めた。
「そうですわね。……さて、ジャンが戻ってくる前に作業を終わらせてしまいましょう。かわいい後輩に、怒られている所を見せる訳にはいきませんわ」
セーヌさんは俺が取りだした荷物を抱えて立ち上がった。
「お、俺も手伝う!」
「駄目ですわ。あなたは周囲の警戒を割り当てられているでしょう? 手伝おうとしてくれるのは嬉しいですが、自分の仕事を放棄するのはいただけませんわ」
「そっか……そうだね。分かった。このまま周囲の警戒を続けるよ」
「偉いですわ」
そう言ってセーヌさんは俺の頭を撫でて、食事の準備に戻っていった。キースも作業に戻ったようだ。
ディスプレイに飲み込まれ、女神様に会って、通常一人一つである【能力】を三つも授かった。
俺は特別な人間だと思った。まあ事実特別なんだろう。
やろうと思えばなんでもできると思った。【能力】に頼った事なら、単純計算で他の人たちの三倍できるだろう。
だが実際の俺は、子供で、なりたての、しかも見習いの冒険者。
中身はいい大人ではあるが、平和な世界のただのサラリーマンで、整備されていない森を歩きまわる経験もないし、ましてや危険から身を守る為に周囲を警戒する、なんて考えた事すらなかった。
出来る事なんてほとんどない。
だが、このままで終わる気もさらさらない。
メリアさんへの恩返しが全くできていない。
どうすれば恩返しにになるのかすら分からないけど、少なくてもこのままじゃ駄目だ。
漠然としたものでいいから目標を立てて、それに向かって努力する事にしよう。
ふーむ……うーん………………。
……よし。とりあえず、メリアさんが一生懸命に働かなくても生活できる基盤を確保する。にしよう。
これについてはちょっと考えがある。うまくいけば生活基盤は構築できる、と思う。
だが、その考えを行動に移すにはそれなりの額のお金が必要だ。
で、後ろ盾も何もない俺が手っ取り早くお金を稼ぐには、身一つで生計を立てる冒険者しかない訳で。
結局の所、冒険者としての技能を磨く事が、目標への近道って事だな。
今回の手伝いは、俺達のレベルでは絶対に受ける事ができない高レベル向け依頼。しかも先輩付き。
盗める物はなんでも盗み、学べる事は何でも学んでやる。メリアさんへの恩返しの為に!
と、両手で拳を握りふんす、と気合を入れていると、気配らしきものを感じた。
何故らしきものなのかと言うと、前の世界を含め、今まで気配、というものを感じた事がないからだ。
今まで、気配を感じよう、と考えた事すらないからね!
初めて感じた気配らしきものは、なんとなくそっちに何かいる気がする、程度の物だったが、何故か確信があった。
何かあってもすぐ動けるように立ち上がり、重心を下げ、気配を感じた方向を睨みつける。まっすぐこっちに近づいてくる。気配は二つ。
「二人共。何か近づいてくる」
俺の言葉に二人は一斉に作業を中断し、俺の前に立った。二人共杖を俺が睨んでいる方向に向け、戦闘態勢に入った。
「レンちゃん。気配を感じたからと言って、その方向にだけ集中してはいけませんわ。その方向への警戒を強めつつ、全方向への警戒は維持するのです」
俺が気配を感じた方向を睨んでいるのを見て、セーヌさんが注意した。
確かに、気配を感じてから周辺への警戒を怠ってしまっていた。無言で頷いて、周囲への警戒を強める事で返事とする。集中しすぎて、言葉を発する余裕がない。
どれくらい時間が経っただろうか。数秒かもしれないし、数分かもしれない。
俺達が睨んでいる方向から何かが出てきた。一気に警戒度を上げる。
「戻ったぞ…………なんだお前ら、怖い顔して」
ジャン達でした。
足の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。本日二回目だ。
「いや、レンさんが、近づいてくる気配に気づいて警告してくれたんですよ。まあ、ジャン達だったので杞憂だったんですが」
警戒を緩め、突き付けていた杖を降ろしながらキースが説明してくれた。俺が言うべき所なんだろうけど、あひる座りで座り込んでいる俺に気を使ってくれたんだろう。
「そうか。しっかりと警戒していたんだな。気配を察知できたのはいいが、次はその気配の敵意も感じ取れるとようになれ。あと、目に見えた相手に敵意がなかったからって気を抜くな。座り込むなんて以ての外だぞ」
「は、はい。ごめんなさい」
言われて慌てて立ち上がる。膝がガクガクで苦労したがなんとか立ち上がる事が出来た。
「レンちゃん! 見て! おっきいの獲れたよ! あと、野草と茸も取ってきた!」
ジャンの後ろからメリアさんが顔を出して、喜色満面で獲物を掲げた。
持っていたのは、猪だった。頭がないが、それでも二メートルくらいありそう。それを片手で持っている。
「おねーちゃん、力持ちだね…………」
「ん? そお? 普通でしょ」
「いや、さっきも言ったが、普通じゃないぞ……。普通はナイフ一振りで猪の首は飛ばん。どう考えても刃渡りが足りてないだろう」
「んー。言われてみればそうだねえ。……まあ、できるからいいんじゃない?」
雑! メリアさん雑! 『なんで』出来るかが気になる所なんですが!
「そ、そうか。…………で、夜営の準備は出来てるか?」
ジャンはそれ以上追及する事を諦めたらしい。セーヌさんとキースに視線を移した。
「もうちょっとですね。準備をほっぽり出して警戒していたので、」
「こっちも同じですわ」
二人の答えにジャンは小さく頷いた。
「そうか。じゃあさっさと終わらせるぞ。レーメス達もそろそろ戻ってくるだろう。そしたら食事だ」
「「「「了解」」」」
その後、大して間をおかずレーメス達が戻ってきたので全員で食事となり、その後交代で休息を取る事になった。
猪の肉は獣臭かったけど結構美味かった。でも一頭分はさすがに量が多かったので、食べきれなかった分は俺の〈拡張保管庫〉に突っ込んだ。
それを見たジャン達が羨ましそうな目で見てきたのが印象的だったな。
交代での見張りではジャンとペアになったので、色々話を聞いた。
俺とペアになれなかったメリアさんがぶーぶー文句を負っていたけど、俺としては冒険者について聞くことができたので、とても有意義だったよ。
そして翌日。
俺達は日が昇ると同時に移動を開始し、今回の目的地らしい場所にたどり着いた。
そこは、大量のゴブリンが跋扈する洞窟だった。