第145話 久々に〈鉄の幼子亭〉で働いたらとても忙しかった。
無事、孤児院の人達に仕事を依頼出来た翌日。俺は数日振りに〈鉄の幼子亭〉で働いていた。
「三番~。 クロケット三~、メンチカツ二~、ステーキ五~、パン十です~」
「依頼します。一番、こちらはメンチカツ六。全てデミグラスソースです」
「侯爵様からデミグラスソースの持ち帰り希望! レンちゃん任せた!」
「はい! メンチデミ六お待ち! 三番はもうちょい待って! てか侯爵様ぁ! デミグラスソースの持ち帰りは受け付けてないって言ってるでしょう!? 何回も言ってるのに、来るたびに注文しないでください! 諦めて!」
「いや、この流れに紛れ込ませればイケるかな、思ってな?」
「なんですかそのコスいやり方!? あんまりしつこいようなら、侯爵様だけデミグラスソースの注文受け付けないようにしますよ!」
「ま、待て! 分かった! もうしないからそれだけは、それだけは勘弁してくれ!」
久しぶりの〈鉄の幼子亭〉は今日も盛況。俺も侯爵様の我儘を一刀両断しつつ、厨房で必死に注文を捌いていく。つーか忙しすぎぃ! 注文が! 注文が途切れない!
「…………なあ。あの人、すっげえ豪華な服着てっけど、もしかして貴族様じゃね? つーか侯爵様って聞こえたんだけど……」
「あん? お前ここ来るの初めてか? そうだぞ? 貴族様というか、領主様だな」
「はあ!? 領主様って、ここのか!? そんな人が、こんな街中の食堂に来んのかよ!? おかしくねえ!? つーかあの子供、領主様に楯突いたぞ!? 大丈夫なのかよ!?」
「結構頻繁に来るぞ? そんで、領主様とレンちゃんの掛け合いはここの名物だ。最初はみんな似たような反応をするが、すぐ慣れる。慣れたらなかなか見てて楽しいぞ?」
「まじかよ。すげえなこの店…………」
侯爵様の所為で、変な噂が流れていそうだが、今の所マイナスな影響はないみたいだからいいや。つーか忙しすぎて別の事考える余裕がねえ! くっそ、誰も休憩入れてねえ! 忙しすぎるんですけどおおお!
……
…………
「お疲れー……」
「お疲れ様ー。……いやー、数日振りにここで働いたけど、相変わらずすっごいよねえ。有難い事なんだけど、疲れた……」
今日の営業が終了し、最後の客が店から出ていったのを確認した瞬間、俺とオネットを除く全員が、近場のテーブルに突っ伏した。俺も突っ伏したいが、生憎厨房にいるので不可。気力を振り絞ってメリアさんと同じテーブルまで移動し、そこで撃沈した。
オネットは人形らしく疲労、という概念がないようで、テーブルの側で立ったままだ。座ると重みで椅子が壊れるからというのもあるけど。マリもオネットも総金属製だからね。しょうがないね。……あ、ごめんなさい。そんな目で見ないで。
「いや、いくらなんでも忙しすぎない? 毎日これだっていうんなら、ちょっと色々考えないといけないんだけど。狐燐にも働かせるとか」
家族の一員になってから、一度たりとも働いている光景を目にした事がない、ぐうたらエロ狐を頭に浮かべる。狐燐一人が戦力に加わった所で焼石に水だろうが、いないよりはマシ。そう思えるくらい忙しかった。具体的に言うと、今後もこの忙しさが続くと、そう遠くない内に誰かぶっ倒れる。
そんな確信にも似た予感に震えていると、オネットから否定の声が上がった。
「いえ~。それは違いますよ~。ワタシはマリ姉さんと交代で毎日出てますので~、忙しい日の共通点が分かります~」
「え? まじで? マリとオネットってそんな事出来んの?」
「はい~。ワタシ達は魔人形なので~、これくらい簡単ですよ~」
魔人形だと簡単らしい。
…………あー。そういや、マリとオネットってデータリンクが出来るんだっけ。防衛の為とか言って、どっちか片方は必ず〈鉄の幼子亭〉に出勤してるから、統計を取って共通点を洗いだす事が出来るって事か。すげえ便利だな。
「まじかー。で、その共通点って?」
「はい~。それは~。なーさん達がいる事です~」
「…………は?」
まさかの俺が原因だった。
「なーさん達が〈鉄の幼子亭〉で働いている日は~、早朝の来客数は平均値ですが~、お昼前頃から来客数が激増します~。なお~、このような流れになったのは~、お二人が色々忙しくなって~、〈鉄の幼子亭〉への出勤率が減少してから顕著です~。『お! 今日はあの子いるじゃん!』『まじか! おおっ! 本当だ! こりゃ運がいいな! 今日はいい事ありそうだぜ!』『食い終わったら他の奴らにも教えてやろーぜ!』『だな!』――という事みたいですね~」
「…………」
オネットが提示した来客数のデータと、声帯模写、というか録音レベルの声真似による客の台詞を統合すると…………朝に来店した客が店内で俺を発見し、その旨を言い触らす事で俺を一目見ようと客が押し寄せる、という流れらしい。俺はツチノコか。……そういや前からそういう扱いだったわ。
「レンちゃん…………」
「うん。待ってね。ちょっと考える…………」
ちょっと未だに信じ切れてない、というか信じたくない気持ちが強いけど、実測値による統計なら信じざるを得ない。
つまり、誠に遺憾ながら、俺がシフトに入らなければ、ここまでの忙しさにはならない、という事らしい。
いやまあ、貧民街と孤児院の炊き出しもあるし、前ほど〈鉄の幼子亭〉で働けなくなってきていたから、俺とメリアさんをシフトのローテーションから外すのは構わない。というか助かる。俺達が別の用事で出る事になる度に、都度シフトを調整するより健全だし、余計な手間も減る。
だけどそうなると、単純に人員がマイナス二名な訳で、シフト調整の手間が省ける代わりに、他の皆の負荷が増大する。かと言って、それを補う為に俺が入ったら本末転倒だから……。
「…………人手が足りねえ」
結局はこれに帰結するのかー……。
今の〈鉄の幼子亭〉って、【魔力固定】での食器類の大量生産、使用済み食器の消去と、〈拡張保管庫〉に料理を作り置きする事による調理時間の省略で成り立っている。【魔力固定】はともかくとして、〈拡張保管庫〉はあまり大っぴらにしたい物じゃないから、身内以外を雇うのが難しいんだよなあ。契約で縛ったとしても、強制力がある訳じゃないし、ポロッと漏らす人が絶対出る。
孤児院の時みたく、侯爵様の威光を使えれば楽なんだけど、あれはあくまで孤児院救済という侯爵様お墨付きの仕事だから出来ただけの事で、食堂の業務の機密保持の為に使えるもんじゃないし。
狐燐が連れて来た子供達はまだ勉強中で、お店で使えるレベルまで来てないし、他に俺達の事を良く知ってて、手が空いてそうなのは…………あ。
「マリアさんとオーキさんは?」
二人とも、屋敷から出てるのを見た事が無いよな。俺が知らないだけで、メリアさんは知ってたりするのかな?
「マリアとオーキ? あの二人は……あれ? そういえば、二人とも普段何してるんだろ。イースに来てから、働いてる所、見た事ない、かも」
まさかのメリアさんの家族、ニート説。
それに気づいたメリアさんは、その事実に愕然としている。
「えーと……いやほら、もしかしたら二人とも、屋敷の仕事を手伝ってくれてるのかもしれないよ。とりあえず屋敷に帰って頼んでみよう」
「そうだね。私が必死に働いてるのに、二人は何をしてるのか、じっくりと聞かなきゃね……」
「あー。えっと、お手柔らかにね?」
久しぶりに、メリアさんの背後の風景が歪んで見える。これはオコだ。かなりオコだ。
とりあえず、その理由は置いておいて、メリアさんの帰りたい欲が高まったので、さっさと後片付けをすて帰ろうか、と疲れた体に鞭打って椅子から立ち上がった所で、入口のドアからコンコン、とノックの音が聞こえてきた。
「あー。そういや看板変えてなかった」
入口の看板を開店表記のまま変えていなかったのを思い出し、俺は溜息を吐きながらドアに向かう。
「すみませーん。今日はもう閉店……ってジャンか」
断りの言葉と共にドアを開けると、そこに立っていたのは見慣れた人物だった。
「よう。悪いなこんな時間に。ちょいと話があるんだが、入っていいか?」
「ん-……。別にいいけど、これから後片付けだから、端っこの席で待ってて」
「おーう。いいってよ」
俺が許可を出すと、ジャンは背後の暗がりに向かって声を掛けた。ん? ジャン以外に誰かいるのか?
「はーい!」
「失礼しますわ」
「悪いね。邪魔はしねえからよ」
「端っこって、あそこですかね。ほら、邪魔にならないようにさっさと移動しますよ」
ジャンの呼びかけに応えて暗がりから出てきたのは、レミイさん、セーヌさん、レーメス、キース――――久しぶりに会った、ジャンのパーティメンバーだった。
「ちょ、ジャンだけじゃないのかよ。……はあ。すぐ終わらせるからちょっと待っててね」
「「「「「お構いなくー」」」」」
はあ。さっさと後片付けを終わらせて、話とやらを聞くとしますか。
……
…………
三十分程度で後片付けを終え、俺とメリアさんは近くのテーブルから椅子を移動させ、ジャン達が座っているテーブルに座った。ジャン達が話があるのは俺とメリアさんらしいので、いつも通りの無表情ながら疲労が滲み出ていたメイドには帰ってもらった。お疲れ様でした。
なお、オネットは明日の開店まで店の警備をするので、少し離れた場所で待機している。
「……で? なんでわざわざこんな時間に来たの?」
さっさと終わらせて早く帰らせろ、という気持ちを込めて聞くと、ジャンは肩をすくめた。
「ああ。悪いとは思ったが、あんまり大っぴらに話す内容じゃないと思ってな。お前を捕まえられて、かつ他に人がいないってーのが閉店直後くらいしか思いつかなかったんだよ。っつっても、それもお前が店に出てなきゃ意味ないんだが、今日は久しぶりにお前が店に出てるって噂になってたから、丁度いいと思ってな」
「あー…………」
俺の出勤の噂はジャンの耳にも入っていたらしい。もしかして、街全体に……いやいや、俺別に有名人じゃねえし、広まってたとしても局所的だろ。冒険者界隈とか。
「まあ、この時間に来た理由は分かったよ。で、要件は――――」
「レンちゃん達がどんな所に住んでるのか見たい!」
なんなのさ? と続くはずだった俺の声は、ズイッと体を乗り出したレミイさんに遮られる事となった。
どんな所に住んでるか? なんだってそんな事……あー、なんか前ジャンがそんな事言ってた気がするな。
「街中の宿を探しましたけど、どこも『そんな人達は泊ってない』と言われまして……。お二人がおかしな所に寝泊りしていないか心配だったんですの」
「こんな繁盛してる店持ちなんだから、心配ねえって言ったんだけどなー。あ、俺はジャンがすげえ美人とこの店から出てきたって聞いて、その真相を知りたくてな」
「私はただの付き添いですね。……まあ、レーメスの言ってる事も気になってるのは確かですが」
「って事だ。すまんが、お前の住処に案内しちゃくれねえか? ……後、コリンさんに会いたい」
レミイさんに続くように、次々とここに来た理由を語る三人。それを〆るように、ジャンは前半は苦笑と共に、後半は真剣な表情で言った。
…………ジャン、あんたレミイさん達の事はついでで、本当は狐燐と会いたいだけだろ。そんなキメ顔すんな。
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