表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

163/222

第141話 侯爵様の口から貧民街について語られた。

 とりあえず、強面おじさんから『入って大丈夫』と言われたので、孤児院よりはマシだが、それでもそこそこにボロい建物の中に入ると、年季物のテーブルの前に一人のおじさんが直立不動の姿勢で立っていた。

 この人がまとめ役の人かな? 確かにここに来るまでに見た人達より、多少はまともな服を着ているし。

 ……あれ? なんかこの人、見覚えある気がするな。うーん…………?

 あ、分かった。この人、ここで炊き出しした時に、強面おじさんの次に食べてくれた人じゃん。

 へー。このおじさんがまとめ役だったんだ。前見た時はもっと小汚い恰好だったから一瞬分からなかったよ。

 なるほどなあ。他の人達が遠巻きに眺めるだけだった中、恐る恐るながらも他の人達に先んじて出てきてくれたのはそういう理由からだったのか。


「お、おま、お待たせしました……。俺、いや私が、こ、ここいらのまとめ役をやらせてもらっている、フレ、フレッドと言いやす」


「うむ。すでにあの者から聞いていると思うが、私はイースの街の領主であり、フロフィル王国侯爵、ギルベルト・オー・イースだ。フレッド殿、よろしく頼む」


 炊き出し二番目おじさん改め、貧民街のまとめ役、フレッドさんが全身をカタカタ震わせて、つっかえながら名乗ると、それに侯爵様が自らも名乗りをあげる事で応えた。

 その威風堂々たる振る舞いにフレッドさんの震えがさらに大きくなり、歯の根も合わないのかカチカチと歯を鳴らしている。


「へ、へ、へい。聞いていやす。あ、ど、どうぞお座りくだせえ」


「ありがとう。では失礼する」


 フレッドさんに勧められ、侯爵様は一つ頷いて一番近くの椅子に腰掛けた。

 もちろん俺達は座らず、侯爵様の背後に二人並んで立っているよ。護衛だからね。


「…………」


「…………」


「…………フレッド殿も座ったらどうだ? 少々話しづらいのだが……」


「あ! へ、へい! 申し訳ありやせん!」


 暫しの見つめあいの後、侯爵様にそう言われ、フレッドさんは慌てて椅子に腰掛ける。その際勢いをつけすぎたのか、ミシミシィ! と結構やばめな音が聞こえた。

 一番距離が離れている俺達にも聞こえるくらいの、割と大きな音だったのだが、当のフレッドさんの耳には入っていないのか、全く気にする様子がない。侯爵様も眉一つ動かさない。ビクッとしたのは俺達だけだったらしい。


「…………そ、それで、領主様はまた、な、なんでこんな場所に? こ、ここに、領主様が見るようなモンはないと思いやすが……。こ、ここは、色んな理由でマトモな職にありつけない奴らの、ふ、吹き溜まりなもんで。…………ま、まさか、ここの奴が表の方々に何かご迷惑を……!? も、申し訳ねえです! 探し出して良く言って聞かせますので、どうかご容赦くだせえ……っ!」


 緊張の余り悪い想像が膨らみ、侯爵様はまだ何も言ってないにも関わらずガバッと頭を下げるフレッドさん。

 これを見た侯爵様は、ゆるゆると頭を横に振り、フレッドさんの妄想を否定した。


「領主である私が、自分の治める街の中で見る必要がない場所などないさ。そして、フレッド殿が考えるような事は、私の知る限り起こっていない。…………というより、だな。何も起こっていないからこそ、私がここに来たのだよ」


 何も起こってないからこそ来た? どういう意味だ? なんかの謎かけ?


 ……いや、ここに来た意味は予想がつく。ハンスさんに貧民街と孤児院の惨状を伝えた後に、こうして貧民街に向かっている事。そして、侯爵様が馬車の中で言った『愛する民達に仕出かしてしまった』という言葉。


 つまり、なんらかの理由により、貧民街と孤児院の人達に想定外の不利益を与える事になってしまっており、その謝罪やら補填やらの為にここに来たんだろう。多分これは間違ってない。この侯爵様、俺がマンガやら小説からのインプットで形成した貴族のイメージとは違うからね。

 ああいう娯楽作品に出てくる貴族って、大体は選民思想がすごくて、庶民なんか道端に転がってる石ころ程度の認識な事が多い。

 その点侯爵様は、自分達貴族が誰のおかげで裕福な生活が送れているかをしっかり認識しており、民を守る為に一生懸命だ。ノブレス・オブリージュという言葉をしっかりと体現している。

 それは、イースの街の貧民街の規模が、俺の想像より遥かに小さい事からも分かる。その所為で炊き出しの分量を見誤った訳だし。


 ……ちょっと思考が脇に逸れてしまった。


 まあ結局の所、俺には侯爵様の言葉の真意を推し量る事は出来なかった訳だ。それはメリアさんも一緒だったようで、可愛らしく小首を傾げている。


「……は? …………も、申し訳ありやせん。仰る意味が、良く分からないんですが……」


 そしてそれは、今回の話の主役であるフレッドさんも同様だったらしい。

 さすがに侯爵様も、先ほどの言葉で伝わるとは思っていなかったようで、小さく頷いた。


「うむ。さすがにあれだけで察せとは言わんさ。もちろん今から説明するとも。事の始まりは――――」


 そんな始まりで侯爵様の口から語られたのは、侯爵様本人としては隠せるものなら隠しておきたいであろう、自身が犯したミス、その全容だった。


 ――侯爵様自身、貧しい人達が集まる地域が存在する事は把握していたが、そこまで問題視していなかった事。


 ――その理由として、人が集まり街が出来る関係上、多少なり貧富の差が出る事はどうしようもない事だと考えたのと、日々の領主としての仕事が多忙を極めており、忙しさにかまけて視察を怠って書類だけで街の状況を確認しており、その書類上では問題提起がされていなかった事。


 ――貧民街に暮らす人々が何か問題を起こしたのであれば報告が上がってくるのだが、そういった物もなかった事。


 ――本来であればそのまま話が流れていってしまう所だったが、俺達が貧民街と孤児院の状況を見て、ハンスさんに報告した事で、ようやく貧民街の惨状が明るみに出た事。


「――――そして今日、状況をこの目で確認するために、ここに来たという訳だ。メリア殿達の報告を疑っていた訳ではないのだがな。そしてそれは正しかった。私の怠慢でここに暮らす皆には迷惑を掛けた。…………申し訳ない」


 侯爵様は苦虫を噛み潰したような顔でそう締めくくり、フレッドさんに向かって深々と頭を下げた。

 そんな侯爵様の行動に、当のフレッドさんは大いに慌て、両手を前に出してワタワタと振った。


「ちょ! あ、頭を上げてくだせえ! た、確かに生活は苦しくて、領主様の事を悪く言う奴らもいます。それでも、こんな俺達みたいな何も持ってない、どん底にいる奴らでも生きていけたのは、領主様がこの街を立派に治めてくだすっているからでさぁ!」


 侯爵様になんとか頭を上げてもらおうと声を張るフレッドさん。

 そんな必死な様子が伝わったのか、侯爵様がゆっくりと頭を上げた。


「そうか……。そう言ってもらえると救われるな。感謝する。……だが、だからといってこのまま終わらせるつもりは毛頭ない。私は私の街で暮らす皆が健やかに暮らす事が出来る事を望んでいる。どうだ? 何か望む事はないか? 今まで辛い状況に置く事になってしまっていたのだ、内容次第ではあるが、可能な限り叶えると約束しよう」


「い、いきなりそんな事言われても…………」


 頭を上げるや否やグイグイ来る侯爵様に、フレッドさんはタジタジだ。侯爵様は姿勢が前のめりになっているし、フレッドさんはそんな侯爵様から少しでも距離を置こうと仰け反り、フレッドさんの体重をモロに受けている椅子の背もたれから、さっきよりヤバイ音が聞こえてきている。

 しょうがないな。ここは俺が助け舟を出す事にしようか。これ以上放置してると椅子の寿命が尽きてしまいそうだ。


「侯爵様、ちょっと先走りすぎです。あくまでフレッドさんはまとめ役なんですから、物事を一人で決めている訳じゃないはずです。ここは一度時間を空けて、ここに住む人達の中で話し合ってもらった方がいいでしょう。今回の話を伝えてもらう必要もありますし」


「む…………。そうか。そういう物か」


 侯爵様は俺が窘めた事で少しは冷静になってくれたようで、前のめりになっていた姿勢を元に戻し、フレッドさんは大きな安堵の溜息をつきつつ、仰け反っていた姿勢を戻した。椅子の命は守られた。


「確かに言われてみればその通りだ。一刻も早く状況を打破しようと気が急いてしまった。申し訳ない」


「い、いえ……」


 再び侯爵様がフレッドさんに向けて頭を下げるが、今回は下げる角度が浅かったのと、少しは慣れたようで、フレッドさんも取り乱すような事はなかった。代わりに俺に向かって畏怖の感情がガンガンに籠った視線を投げかけてくるので、俺もフレッドさんの方へ顔を向けるとサッと目を逸らされた。解せぬ。


「だが、私がもう一度来るのは難しいな……。実際今日も、かなり無理を通してきた訳だし……。ハンスに離れられると私の仕事が遅れてしまうので、これも難しい、か……。かと言って、全く話を知らない者を連れて来た所で…………おお! そうだ!」


 侯爵様は少し俯いた状態で顎に手を当て、考えを整理する為かブツブツと独り言を呟いていたが、突然顔を上げて手をポンと叩き、グリンと首を回して俺の方へ顔を向けた。


「貴殿らがいるではないか! 貴殿らであれば、事の発端であるし、今回の経緯も知っている! しかも、先ほどここまで案内してくれた者とも顔見知りのようだったな!」

「え? いや、その」

「のようです。……実はそこのお二人さんは、二日前にここいらの奴ら相手に炊き出しをやってくれたんでさあ。そん時に数日おきに来てくれるって話をしてたのを聞きましたが……」

「いや、それは」

「なら余計好都合だな! よし! ならばいっその事、炊き出し自体も指名依頼にしてしまうか! もちろん費用はこちらで持つし、報酬も支払おう! フレッド殿への御用聞きも別途報酬を支払う! どうだ! やってくれないか!? ああもちろん、前回行ったという炊き出しは別に支払うぞ!」


 当事者のはずの俺が口を挟む事も出来ないままドンドン話が進み、気が付けば依頼を受諾するか否かの所まで来ていた。

 侯爵様とフレッドさんからは期待に満ちた、メリアさんからの憐みに満ちた視線を向けられた俺は――――


「………………はい。分かりました……」


 いや、こう答えるしかないよね。割り込めないながらも話は聞いていたから、その内容がこちらにとって不利益がある物ではないのは把握していたし。むしろ炊き出しの時にちょっと追加作業を熟すだけで報酬が貰えるとか、美味しい依頼ではある。あるんだが……。


 ごめんなさいクリスさん。これから暫く、領主様直々の指名依頼を処理していただく事になってしまいました。

 あなたの胃にダメージを与える日々が続きそうです……。

お読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマの程、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] レンちゃん中間管理職になる( ˘ω˘ )
[一言] クリスさん南無
[一言] スラムで問題が起きないようにしてたとかおっさんマジで有能ですね 領主さんは気づけてよかったねぇ、おっさんが倒れたりしたら一気に噴出しかねなかったし 現実でもありますね、仕事してなさそうな人…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ