表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/222

第140話 侯爵様と一緒に貧民街に行った。ちょっと可哀そうな事になった。

「ふむ。着いたようだな。……いつまでそのような顔をしているのだ? もう過ぎた事であろう?」


 馬車が緩やかにその動きを止めたのを感じ取り、侯爵様がやや呆れた目で俺達を見る。

 そんな目を向けられるのはもちろん、俺もメリアさんも先ほどの侯爵様のカミングアウトのダメージが抜けていないからなのだが……。


 …………………………よし、切り替えた。

 確かに侯爵様の言う通り、もう過ぎた事だ。今更悩んだりしても遅い。覆水盆に返らず、という奴だ。

 第一、あれはこっちの落ち度なんて何もないんだし、堂々としてればいいんだ。王女様も侯爵様も事情を知っている。話を聞きつけたどこぞの輩が難癖を付けてきたとしても、この二人に泣きつけばなんとかなるだろう。二人とも本来なら雲の上の存在で、俺達如きが話をするどころか、近づく事すら出来ないような方々なんだし。


(えぇ…………レンちゃん、アレで復活するの? ちょっと心が強すぎないかなあ……?)


 違うよメリアさん。これは復活したんじゃなくて、全てを侯爵様と王女様にぶん投げただけだよ。諦めたとも言う。


(いや、そんな事が出来る事自体が、普通有り得ないと思うんだけど……)


 俺を見つめるメリアさんの目に呆れの色が濃く乗っているが、そんな俺の態度に気分が軽くなったのか、その顔色も幾分か良くなったようだ。


「はっはっは。貴殿らは本当に面白いな。――――さあ、雑談はここまでだ。依頼内容としてはここからが本番。報酬は弾むので、しっかり護衛してくれたまえ」


 そんな俺達の様子に侯爵様は可笑しそうに笑ったが、御者の人の手で馬車のドアが開かれた瞬間、その表情は一瞬で威厳溢れる領主の物に切り替わった。


 その変わり身の早さに俺達は一瞬だけ面食らったが、すぐさま俺達も気分を切り替える。侯爵様の言う通り、今回の依頼、『貧民街、並びに孤児院視察に伴う護衛』はここからが本番。例えその実情が只の道案内だとしても、少なくとも『ちゃんと護衛してますよ』アピールはしなくてはいけないのだ。


 俺とメリアさんは素早く馬車から降り、ドアの両サイドに立って周囲の警戒を行いつつ、侯爵様が馬車から降りるのを待つ。


 警戒がてら、侯爵様の私兵がどこにいるのかを把握しておこうと視線を巡らせるが…………見当たらないな。隠れているのか? ……いや、視察なんだからそこはおおっぴらにやった方が……あ、待てよ? 貧民街に兵を動員なんかしたら、鳴り物入りで貧民街を潰しに来たように見えるか? だから隠れてる? いや、それを懸念しているなら侯爵様がここに来ないだろうし……。


 …………まあどっちにしろ、俺達以外の護衛の人との摺り合わせは必要だな。カッコ悪いが背に腹は代えられない。侯爵様に護衛の人の場所を聞く事にしよう。


「あー…………。侯爵様、護衛の兵の方と方針等の摺り合わせをしておきたいのですが、どちらにいらっしゃいますか? ちょっと私達では見つけられなくて……」


 おずおずと話しかけると、侯爵様は『何言ってんだこいつ』みたいな目で俺を見てきた。いやだって、マジで見つけられないんだもん。メリアさんも首振ってるし。俺だけならまだしも、メリアさんも見つけられないって相当だよ? どんだけ練度高いんだって話だよ。


「兵など連れてきておらぬよ。護衛は貴殿らがいるであろう」


 ――それにほら、屋敷に着いてすぐ、そういう話し合いとかする間もなく馬車に乗せられてここまで来たんだし、タイミング的には今しか…………え?


「え? 護衛がいない? 視察なのに? ……貴族なのに? え? なんで?」


「護衛は貴殿らがいるであろう。それで十分だ。第一、そんな大量の兵を引き連れていては、それは視察ではなく武力による弾圧だ。今回の目的に沿わん」


 余りに予想外な侯爵様の言葉に、大分失礼な物言いになってしまったが、侯爵様は気にする事無く端的に説明してくれた。

 その説明の内容自体は俺も考えていた事なので納得は出来るのだが……。理解したくない。貴族で領主な侯爵様の護衛を、俺とメリアさんの二人で熟すの? …………まじで?


「理解したかね? では向かうとしよう。ここでの用が済んだら、次は孤児院だ。無駄な時間を過ごす余裕はないぞ」


「まじか……。まじかぁ…………あ! ちょ! 待ってください! 先に行かないで! なんで護衛対象が先行っちゃうんですか!? あーくそ! ほらおねーちゃんしっかりして! 行くよ!」


「――――ハッ! あ、ちょ、ちょっと待ってよレンちゃん!」


 衝撃的な内容に呆然としている俺達を置いて、侯爵様が裏路地に足を踏み入れた。

 その動きにギリギリ気づけた俺は、想定外のダメージで白目になっているメリアさんの腕を叩いてフリーズから復帰させてから、慌てて後を追いかける。

 いや侯爵様! あなた道知らないんじゃないの!? ちょっと、待――あーもー! 分かったよ! 分かりましたよ! 道案内と護衛! まとめてやってやるさちくしょー!


(おねーちゃん! 俺が前に出て、道案内しながら前方の警戒するから、おねーちゃんは後ろについて、後方と左右の警戒をお願い! ちょっと範囲が広いけどよろしく!)


(わ、わかった!)


 【念話】でサクッとお互いの役割を決めた後、俺は駆け足で侯爵様の横をすり抜け、三メートルほど先行した所で減速、侯爵様の速度に合わせる。距離についてはなんとなくだ。近すぎると邪魔だし、遠すぎるといざって時に守る事が出来ないから、こんなもんかなと。

 後ろに視線を向けると、メリアさんも侯爵様の背後数メートルの位置に移動し、険しい表情で周囲に目を光らせているのが見えた。なんかその目に悲壮な決意みたいな物が見え隠れしている気がするが指摘はしない。気持ちは分かるので。


「来たか。では案内を頼むぞ」


「……はい」


 やっぱ道知らねえのかよ! 自信マンマンに先行するから、実は知ってるのかと思っちゃったじゃないか!


 不満が顔を現れそうになるのを必死に隠しつつ、裏路地を進む。とうっても行先が決まっている訳ではない。俺も二回しか来た事ないし、ここの地理なんて良くわからん。

 でも大丈夫。こうやって奥に向かって進んでいけば――――


「待ちな。ここはあんたらみてぇのが来るような場所じゃ…………ってお前かよ。何の用だ? 炊き出しか? 俺らとしちゃあありがてえが、次は明日って言ってなかったか?」


 ――――ほら、強面おじさんが出てきた。確定エンカウントだ。


「うん。申し訳ないけど炊き出しは明日だね。こっちも色々準備があるから……。今日は違う用事だよ。人を連れてきたんだ」


「は? 人? ここにか? なんでこんな所に……」


 そこで侯爵様が俺の背後から移動し、強面おじさんの前に立った。ちょっと! 護衛対象がいきなり前に出ないで!?


「お初にお目にかかる。私はフロフィル王国侯爵にしてイースの街の領主、ジルベルト・オー・イースと言う者だ。ここの責任者に会いたいのだが、どちらにいらっしゃるかね?」


 俺の焦りと苛立ちを余所に、強面おじさんの前に立った侯爵様が堂々と名乗りを上げた。それを受けたおじさんは状況の把握に時間がかかっているようで、アホ面を晒したまま固まっている。


「え? こうしゃく? りょう、しゅ? ……………………っ!?」


 数秒ほどフリーズした結果、目の前の人物がどのような立場の人なのかを理解したおじさんは、その怖い顔をサーッと青褪め、続いて頭が膝に付きそうなくらい頭を下げた。

 俺に対してはかなりアレな態度を取る強面おじさんも、貴族にして街の領主である侯爵様には礼を尽くすらしい。……当たり前か。比較対象にもならんわ。


「も、も、も、申し訳ありましぇん! りょ、領主様だとは知らず、ひど、酷い態度をっ! お、おゆりゅしを!」


 緊張と恐怖からか、噛みまくりながら謝罪するおじさん。


「気にするな。先触れも出さずに来た私にも責はある。……して、責任者はどちらにいらっしゃるかな?」


「へ、へいっ! こちらになりやすっ!」


 おじさんは冷や汗に塗れた顔を上げると、何故か三下口調になりつつ、道案内の為に裏路地を奥に進み始める。

 大丈夫かな? 手足の同じ側が一緒に出てるぞ。…………いやそんな目でこっちみんな。俺のせいじゃねえ。俺が頼んだ訳じゃねえ! 俺は悪くねえ! むしろ俺達も被害者だ!


 ……


 …………


 ガッチガチに緊張しながらも時折すごい顔で俺を睨みつつ、侯爵様へは下っ端臭溢れる笑顔を向けるという、なかなか器用な事をしながら先を歩くおじさんの後を追う事暫し。


 俺とメリアさんは護衛の為に気を張っており、おじさんは緊張で同じく会話をする余裕なんてない。

 侯爵様も険しい顔で周囲を確認しており、何かを口に出すような事はなかった。

 よって、全員が無言でひたすら足を動かすという、精神をガリガリと削られるような沈黙が生まれていた。

 そこへ持ってきて、視界の端々には貧民街の住民の人達が、戦々恐々といった様子で遠巻きに俺達を観察しているというオマケ付き。

 ぶっちゃけ超しんどい。早く目的地に着いてほしい。緊張で吐きそう。


 そんな状況が続く中、前回炊き出しを行った広場を超えてさらに少し進んだ先、周りよりちょっと大きい建物の前でおじさんは足を止めた。目的地に着いたらしい。助かった。そろそろ限界が近かったんだよ……。


「こ、こ、ここが、ここらへんの奴らの、ま、まとめ役が住んでる家でやす」


「そうか。感謝する」


「い、いえ! ちょ、ちょいとお待ちくだせえ。話を通してきますんで! すぐ! すぐ終わります!」


「そうだな。宜しく頼む」


「へ、へい!」


 侯爵様が感謝の言葉と共に頷いたのを受けて、おじさんは直角に腰を曲げて頭を下げた後、ぶち破らんばかりの勢いでドアを開け、建物の中に飛び込んでいった。


 十秒後。


『な、なぁにぃいい!? な、な、なんでこんな場所に領主様がっ!?』


『そんな事俺が知るかボケ! おらさっさと準備しやがれ! もう外に侯爵様がお待ちなんだよっ!』


『はぁああああああ!? お、おま! もっと早く教えろやぁああああああ!?』


『そんな余裕あるわきゃねえだろが! こちとら侯爵様の前を歩いて来たんだぞ! 緊張で死にそうだったわ! つーかんなこたぁどうでもいいんだよ! これ以上領主様を待たせられねえ! 連れてくんぞ!?』


『は!? ま、待て! なんにも準備が……!』


『知らん! 今すぐなんとかしろ!』


『ざっけんなあああああ! くそがあああああああ!!!』


「「「…………」」」


 ドタバタドタバタ――――

 ――ダダダダダッ!


「お、お待たせしやした! もう大丈夫です! こちらへどうぞ!」


「そ、そうか……」


 …………ほんとに大丈夫なの?

お読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマの程、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まあ、本来なら下手打てば物理的に首が飛ぶ相手だからねぇ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ