第16話 争奪戦に負けてジャンを手伝うことになった。
「おおー。めっちゃ人いるなあ……。これ、全部冒険者なのかな?」
「見た感じ、そうみたいだね。……にしても、昨日来た時とは比べ物にならない数の人だねえ」
今日は朝から組合に来ている。もちろん依頼を受ける為だ。
昨日はあの後すぐにベッドに入ったんだけど、興奮してなかなか寝付けなかった。
しかもいつもより早い時間に目が覚める始末だ。
さすがにその時点ではメリアさんもまだ寝ていたので、起こさないように気をつけながらベッドから出て、持っていく荷物の確認をしていた。
しばらくしたらメリアさんも起きたんだけど、俺がすでに起きていて、荷物の確認をしているのを見ると、ちょっと驚いた顔をした後、『そういう所は見た目相応だねえ。』って言って、笑いながら頭を撫でられた。
頭を撫でられるのは気持ち良かったけど、我ながら子供っぽいと思ったよ。
まあ、それでもワクワクは抑えきれなくて、予定より早く組合に来てしまった訳だが。
「みんな朝に依頼受けるんだねえ」
冒険者って自由人っぽいから、朝まで飲んで酔い潰れて、昼過ぎから活動する人が大半だと思ってた。
掲示板に群がる冒険者たちを眺めながら言うと、メリアさんが頷いた。
「みたいだねえ。複数日にわたる依頼でも、一日で終わるような依頼でも、早くから動いた方が色々都合がいいからだろうね」
「それじゃ、俺達でも受けられそうな依頼を探してみようか」
俺達はどんな依頼を受けようか相談しながら掲示板の前に向かった。
人が多すぎて目の前まで行く事はできなかったが、掲示板には所狭しと大量の紙が張り出されているのが分かった。あれ、全部依頼なのか。というか、紙同士が重なってる所も結構あるんだけど、見えるのかあれ。
「冒険者の数もだけど、依頼の量もすっごいね…………」
「まあ、それだけ困ってる人がいるって事だよね。……にしても、ここに飛び込むのかー…………嫌だなあ」
メリアさんが掲示板前の惨状を見てうんざりした顔をしている。
掲示板の前は冒険者でごった返している。さながらセール品に群がる主婦のようだ。
依頼の奪い合いで喧嘩らしきものまで発生しているが、誰もそれを止めない。組合員さえもだ。これが日常なんだろう。
正直言うと俺も行きたくない。あんな所に行ったらどうなるか分かったもんじゃない。
……いや、分かるわ。分かりたくないけど分かっちゃうわ。
しばし、二人してまごまごしていたが、メリアさんが気合を入れるように両手で頬を叩いた。
「よし! このままここで立ってても埒が明かないし、行くよレンちゃん。手をしっかり握って。離さないでね」
「了解」
メリアさんが手を伸ばしてきたので、固く握りしめた。何があっても離さないように。
「すう…………はあ…………いくよ!」
「おう!」
大きく深呼吸してから、俺達は決死の覚悟で荒れ狂う冒険者の海に飛び込んだ。
「……まあ、こうなるんじゃないかとは薄々感じてたけどさ」
俺は一人ごちていた。
そう、一人だ。
お互いの手を握って掲示板に向かった俺達だったが、即効ではぐれた。
絶対に離さない、と固く繋いでいた手も、屈強な冒険者達の圧力にあっけなく引き剥がされた。
そしてサイズが小さく馬力もない俺は、盛大に冒険者の波に飲まれ、あれよあれよと流されていき、気づいたらスタート地点に戻っていた。
残ったのは揉みくちゃにされた事による全身の痛みと疲労感のみ。
もう一度入ってもどうせ同じ事になると思ったので、このまま待っている事にした。
俺は学んだのだ。あれは俺の手に負える物ではないと。
「メリアさんがいい依頼を見繕ってくれるのを祈るしかないなー……お?」
こんな事になるなら、どういう系統の依頼を受けるか決めておけばよかったなー、と考えながら待っていると、メリアさんが焦った様子でキョロキョロしながら集団から出てくるのが見えた。スタート地点、つまり俺の今立っている場所だ。から随分離れてる。あそこまで流されたのかな?
合流する為にそちらに向かって歩き出すと、メリアさんも俺に気付いたらしく、猛ダッシュでこちらに向かって来た。
そこまで離れている訳じゃなかったのでダッシュする必要はないと思うんだけど……。
……近くまで来たのに減速する気配を見せない。…………むしろ加速してないか?
「え? いや、ちょ」
「レンちゃあああああああああん!!」
メリアさんは最高速のまま俺にタックル、じゃなく抱きついてきた。
「ぶえっ!?」
そんな勢いで来たのを体の小さな俺が止められるはずもなく、ふっ飛ばされた揚句そのまま二人でゴロゴロと転がっていき、五メートル程転がった所で止まった。
「ああよかった! 無事だったんだねレンちゃん! 手が離れちゃった時どうしようかと思ったよ! 大丈夫? 怪我してない?」
「今怪我するところだったよ……うえっぷ」
しかも、メリアさんの胸の位置に頭が来るように抱きつかれたのだが、いつもと違い今日のメリアさんは革製(裏地に金属板入り)の胸当てを装備している。なので、いつも抱きつかれた時に感じる柔らかい感触ではなく、硬い革が頬に直撃する形となった。
頬への打撃と転がりのダブルパンチで頭がぐわんぐわん揺らされてしまい、フラフラになってしまった。
「気持ち悪いの!? 風邪!? 今日はお休みして宿に戻ろう!?」
いいえ、あなたのタックルが原因です。
とは言えなかった。本気で心配してくれてるんだもん。
「いや、すぐ治るから大丈夫…………。で、依頼は? いいのあった?」
ゆっくりと体を起こしながら聞いてみた。ちょっとまだ素早く動けない。動いたら出ちゃう。
「レンちゃんとはぐれちゃったからそれどころじゃなかったよ!」
「……ああそう」
まあしょうがないな。メリアさんが俺とはぐれた状態で依頼を探すとは思えないし。過保護だし。
吐き気を堪えながら掲示板の方に目を向けてみると、すでに目ぼしい依頼は取られた後のようで、人の数は大分減っていた。
少し離れたここからでも明らかに張り出されている依頼の量が減っている事が分かる。
「あー、完全に出遅れたね」
「とりあえず見に行ってみようか。もしかしたら低レベル向けの依頼は残ってるかもしれないよ?」
メリアさんが俺を抱き起こしながら掲示板を指差した。メリアさんも俺と一緒に転がりまくったのに全く酔った気配がない。
話しながら少し休んだから大分ましになったとはいえ、まだフラフラしている俺が虚弱なのか?
……いや、十年も野性的な生活をしていたメリアさんお体が強靭なだけだ。そう思う事にしよう。
「……そうだね。可能性はあるし、見てみようか」
俺達は改めて掲示板の前に向かった。俺だけいまだにちょっとフラフラしながら。
「やっぱなんもないね……」
「だねえ。あるのは高レベル向けか明らかに割に合わなさそうな奴くらいだね……」
掲示板に貼ってある依頼を端から眺めていったが、やはりというか、俺達が出来そうな依頼は残っていなかった。
残り物に福は無かった。
「ま、ないものはしょうがないな。今日はお休みという事で。また明日来よう」
出鼻を挫かれたが、こればっかりはどうしようもないよな。切り替えていこう。明日から本気出す。
「そうだねえ。…………明日依頼見る時は、レンちゃんは離れて見ててね」
「…………だね。次あたりには沢山の人に踏まれて敷物になってそうだし……」
朝っぱらから暇になってしまったので、これからどうしようかと二人で話していると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「おう、やっぱお嬢ちゃん達か。依頼を受けに来たのか?」
振り返るとそこにいたのはやっぱりジャンだった。ジャンのパーティメンバーである、キース、レーメス、レミイさん、セーヌさんも一緒だ。
「そうなんだけどね、依頼を見ようとしたらレンちゃんとはぐれちゃって。探してる間に目ぼしい依頼は無くなっちゃってたんだよね」
正確には、俺にタックルかまして二人して吹っ飛んでる間に、だけどね。まあ言わないけどさ。
メリアさんの説明を聞いてジャンが笑った。
「はっはっは! 朝の掲示板前は魔境だからなあ! どうせ受けるなら割りの良い依頼を受けたいからな、争奪戦になるんだよ」
「そうみたいだね……。ジャン達は? 依頼受けにくるにしても遅くない?」
争奪戦になる事を知ってるなら、それに合わせて早く来ないとまともな依頼は受けられないだろう。
そう思って聞いてみると、ジャンはニヤリと笑った。
「俺達はレベル6だからな。対抗が少ないから遅く来ても問題ねえのさ」
「なるほどね…………」
詳しくは聞いてないけど、冒険者人口はピラミッド状なんだろう。レベルが高くなるほど人数が減っていく。
母数が小さいなら、なるほど確かに多少遅く来ても問題ないかもしれない。
「ま、冒険者になったら誰でも一度は通る道だ。がんばんな。ちなみに、どんな依頼を受けようと思ってたんだ?」
「あー、特に決めてはなかったけど、採集系かなあ。俺、今まで生き物を狩った事とかなくて怖いからさ」
俺が何気なく言った言葉を聞いたジャンが途端に真顔になった。
「……今まで生き物を狩った事がねえのか? あそこでの生活はどうしてたんだ?」
「え? ああ、おねーちゃんが狩って来てくれてた」
ジャンの突然の変化に戸惑いながら答えると、ジャンは無言でメリアさんに顔を向けた。メリアさんも無言で頷いた。
「確かに、あそこで暮らしてた時は私が獲物を捕ってきてたね。失敗したらその日の食事もない訳だし、確実性を取るのはおかしい事じゃないでしょ?」
メリアさんの言葉にジャンは頷いた。
「そりゃそうだな…………。よし、ちょっとあそこで待っててくれないか? あんたらに相談したい事があるんだが、その前にあいつらと話しておきたい」
ジャンは少し離れた所にあるテーブルを指差してから、レミイさん達がいる方向を顎で示した。
「? ああ、分かった」
良く分からないが、とりあえず言われた通りジャンが指差したテーブルに向かった。
ジャンは俺達がテーブルに備え付けてある椅子に座ったのを確認すると、パーティメンバーと話しあいを始めたようだ。
ん? レミイさんとセーヌさんがジャンに詰め寄ってるな。なんか怒ってるっぽい? 離れてるから声は聞こえないな。
キースとレーメスは……神妙な顔で頷いてる。
…………ジャンが何か言ったら、レミイさんとセーヌさんが渋々といった感じで頷いたな。
それで話が終わったようで、追加で二言三言会話をしてから、ジャンが俺達が座っているテーブルまで歩いてきた。
「すまん、待たせたな」
「別にそこまで待ってないけど……。俺達に相談したい事ってなに?」
レミイさんとセーヌさんの様子を見てたからちょっと不安なんだけど。
「ああ、俺達が受ける依頼をちょっと手伝って欲しくてな」
「は? いや、俺達、レベル0と1だよ?俺達よりもっとレベルが高い人の方がいいんじゃないの?」
レベル6のパーティが、レベル0と1、しかも一回も依頼を受けた事がない人間に手伝いを頼むとか、おかしいだろ普通。
俺の疑問にジャンは頭をガリガリと掻いた。
「あー、いや、あんたらに頼んだのにはちゃんとした理由があってな? 今回受ける依頼ではかなり大量の荷物を持ち運ばなきゃいけないんだよ。それで……」
「……なるほど。俺のコートの出番って訳か」
ジャンが言いにくそうにしていたので、俺が先を続けた。少しぼかしたけど。
別に気にする事ないと思うけどな。相手の能力で組むか決めるのは普通だろ。俺が子供だから遠慮したってことかな。
「まあ、そういう事だ。あんたらが受けてくれれば報酬を山分けしてもそこそこの稼ぎになるんだが、それ以外となるとそれなりの人数が必要になっちまうんだよ。そうなると正直割りに合わないんだ。頼むよ」
そんなに大量の荷物を運ぶのかよ。……それ、普通は冒険者じゃなくて商人に頼むもんじゃないのか?
……まあ、深くは考えないでおこうかな。
依頼を受け損なって、これからどうしようかと話していた所だったし、丁度いいかな?
「うーん、一回も依頼を受けた事なくてもいいんならいいけど……」
「よっし決まりだ! じゃあ俺は依頼を受けてくるから、すまんがもうちょっと待っててくれ!」
そう言い残して、ジャンは窓口に向かって歩いていき、入れ違いにレミイさん達がこちらにやってきた。
こちらもいつも俺に向ける笑顔ではなく、真顔だ。
「ジャンの話、受けたの?」
そう聞いてきたのはレミイさんだった。
「うん。まあ、暇だったし、丁度いいかと思って」
「そっか…………。がんばってね。私もがんばるから」
「? うん。がんばる、よ?」
俺の言葉を聞いたレミイさんは無言で俺の頭を撫でた。
されるがままになっていると、キース達も近づいてきた。
「よう。ジャンの話、受けたのか?」
レーメスからもレミイさんと同じ質問を受けたので、同じ答えを返した。
「うん。暇になっちゃったからね。初めての依頼だけど、よろしく」
俺の返事を聞いて、キース達も一瞬暗い顔をした。だがそれも本当に一瞬で、次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。
「そうかそうか。最初ってのは大事だからな。がんばるんだぜ?」
「そうですね。初めての依頼がどれだけしっかりできるかで組合の見方も変わってきます。しっかりやっていきましょう」
「……そうですわね。初めてというのはとても大事ですわ…………本当に」
…………え? なにこれ? なにこの反応。怖くなってきたんだけど。
「ねえ、受けた依頼って」
不安に駆られて以来の詳細について聞こうとしたら、絶妙なタイミングでジャンが戻ってきた。
「依頼受けてきたぜ。じゃあ、早速行こうか!」
「あいよ」
「……了解」
「分かりました」
「……分かりましたわ」
「……はい」
ジャンの号令に各々返事をして出口に向かって歩き出した為、依頼内容について聞くタイミングを逸して、勢いに負ける形で返事してしまった。
まあ、防具のそこそこの性能の物を装備しているし、ジャンも初めて依頼を受けるような奴に、命の危険があるような危険な依頼の手伝いは求めないだろう。
最初の想定と違う流れになったが、とにかくこれが冒険者になって初めての依頼だ。
完璧にこなして弾みをつけよう!