第136話 孤児院に行った。①
「どうです? なんとかなりそうですか?」
「いやー…………。さすがにこれは無理じゃねえかなあ」
「やっぱりそうですかあ…………」
俺は今メリアさんと一緒に、ガタイの良い人中年と痩躯の老人、二人の男性を伴って孤児院を外から見て回っている。
ちなみに二人の男性の片割れ、ガタイの良い方は大工の親方さんだ。〈鉄の幼子亭〉の常連の一人でもある。
孤児院への支援の一環として、ボロボロの建物の修繕を行おうと思い、プロの目で修繕の計画を考えてもらおうと思って声を掛けた所、快諾してくれ、建物の状況を確認したいという事だったので、俺達も食事の提供の為に孤児院に行く予定だったので、なら丁度いいという事で一緒に来たという訳だ。
ちなみに、親方さんと会話しているのはメリアさんだ。孤児院の人と会話したのはメリアさんだし、〈鉄の幼子亭〉の常連だけあって、俺が見た目の割に大人びている事は知っているが、親方さんとしても見た目子供の俺と話すより、見た目も中身もちゃんと大人なメリアさんとの方がやりやすいだろうと思っての事だ。
誓って、親方さんの身長が高すぎて、見上げるのがしんどいからではない。断じてない。
……はい嘘です。それが理由です。
いや親方さん、絶対身長二メートル以上あるよこれ。横にもデカイんだけど、太っているという訳ではなく、ムッキムキなのだ。冒険者組合の組合長を思い出す体格だ。一般的な六歳児程度の身長しかない俺じゃあ、顔を見るのも一苦労なんだよ。見上げる角度が急すぎて首が痛くなっちゃうんだよ。だからこれは適材適所って奴なんだ。だから俺は悪くない。だからメリアさん、チラチラとジットリした目を向けてこないで。
「あちこち腐っちまってるみたいだし、第一、建物自体が傾いてるってこたぁ大黒柱もダメんなってるだろ。ここまでいっちまったら、細々と直していくより、一から建て直した方が早いし長持ちするぜ?」
ある程度は予想できていた事ではあったが、ちょっと修繕するくらいではどうしようもないレベルらしい。
そんな状況なのであれば、俺としてもいっその事建て直しちゃうってのは賛成だ。賛成なんだが……。
「問題は、その間に住んでもらう場所なんですよねえ……」
メリアさんの困ったような声に、俺ともう一人の男性が頷いた。
そう。スペース的に、今ある建物を残して新たに建てる、というのは不可能。なのでスペースを空ける為に、先に今の建物を解体する必要があるのだ。だがそうなると、新しい孤児院が完成するまで、孤児院のメンバーが一時的に生活する為の場所が必要になる。当たり前の話だ。そしてそこがネックになっている。
〈鉄の幼子亭〉は元々娼館だっただけあり、部屋数はそこそこ多い。だがさすがに二十数人を受け入れるだけの余裕はない。食堂としての営業を休止すればスペースは確保できるが、さすがに無理だ。俺達が干上がる。という訳で却下。
屋敷にはまだまだ空き部屋があるので受け入れる事は可能だが、肝心の建物が街の外にある。しかも結界によって隠蔽されており、その存在は侯爵様にすら教えていない。
そんな所に連れていったら大規模な誘拐、もしくは神隠しの一丁上がりである。誘拐された事のある俺が誘拐する側に回るとか、どんな皮肉だ。なのでこちらも却下。そして手詰まりである。
「あの……最低限直していただけるだけで十分ですので…………。今でもなんとか住めてはいますし」
そんな謙虚な事を言うのは、もう一人の男性。この人は何を隠そう、この孤児院の院長さんだ。気苦労からか、ちょっと頭頂部が涼しくなってきているが、優しそうなお爺さんだ。
「…………だそうですけど、親方さんとしてはどうです?」
「そんなもん許せる訳ねえだろ。こんな崩れてないのが奇跡みてえな建物を放っておくなんざ、危なっかしくて出来る訳ねえだろうが」
メリアさんが話を振ると、親方さんは腕を組んで吐き捨てるように言った。そりゃそうだよね。こんなの見せられて放置なんて出来ないよね。放置した結果、建物が倒壊して怪我人が出たりなんかしたら、寝覚めが悪いなんてもんじゃないし。
「で、ですが、ここがなくなってしまったら、子供達の住む場所が……。それにお金も…………」
親方さんの態度に、院長さんは困り果てた様子で答えた。院長さんとしても、現状の廃屋一歩手前の孤児院には思う所があるようではある。事実、孤児院には所々修繕の跡はあるが、それは板切れを打ち付けた程度の物。その仕上がりから見ても、どう見てもプロの仕事ではない。お金がなくて大工さんに修繕を頼む事も出来ず、さりとて放置する事も出来ず、苦肉の策として職員さん達が素人ながら頑張ったんだろう。だがそれも根本的な解決にはならず、建物の倒壊を僅かに先延ばしにするだけの効果しかない。
んー…………。お金についてはとりあえず俺達が立て替えて、後で侯爵様から毟り取……ゲフンゲフン。請求するから良いとして、やっぱ問題は住む場所だよなあ。……話が一周回って元の場所に戻ってきてしまった。
なんかないかなあ……。二十数人が滞在できるサイズの建物…………。普通の一軒家だと小さすぎるからそれなりの大きさが必要なんだが、そんないい感じの空き家がそう都合よくある訳が――――
「…………あ」
「ん?」
四人で頭を捻っていると、突然メリアさんが声をあげた。
――と思った次の瞬間にはダッシュ。あっという間に俺達から離れていく。
「ちょ?! おねーちゃんどこ行くのー?!」
「しょおぉぉぎょおぉぉぉぎるどおおおぉぉぉ…………」
間延びした叫びを残しつつ、メリアさんは俺達の視界から消えた。
その余りの素早さと突拍子のなさに、残された三人は呆然とメリアさんが消えた方向を見つめる事しか出来なかった。
何故商業組合に向かったのかは良く分からないが…………とりあえず、メリアさんが戻ってくるまで、置いてけぼりにされた者同士、雑談でもして時間を潰しますか。
……
…………
ダッシュで俺達の前から消えたメリアさんは、帰りもダッシュで戻ってきた。
そして満面の笑みで唖然とする俺を引っ張り、ある建物までやってきた。なお、親方さんと院長さんはまたも置いてけぼりである。声を掛ける余裕なんかなかったよ。なんてったって俺、浮いてたからね。メリアさんに腕を引っ張られる勢いがすごすぎて。漫画とかでは良く見る表現だけど、まさか自分の身で体験する事になるとは……。よく腕もげなかったな……。
お陰様で、目的地に到着した時には息も絶え絶えである。せめて抱えて欲しかった。
「はぁ……はぁ……。で、ここ、が……どうした、の?」
説明なしで連れてこられたので、何故ここに来たのかさっぱり分からない。
「孤児院を建て直してる間、ここに住んでもらおうよ! あ、もう契約は終わってるから、今日からでも入れるよ! 相談してる間に他の人に借りられたら困るし! 買ったんじゃなくて借りただけだから、お金もそこまでかかってないよ!」
「ええぇぇー…………」
いや、先走り過ぎでしょ、賃貸契約まで済ませてあるって、俺がノーって言ったらどうするつもりだったの? 返金効くの?
心底呆れた視線を向けるが、メリアさんは気づかず、これ以上ないくらいのドヤ顔を決めている。俺は溜息を吐きながら視線を切り、目の前の建物に目を向けた。
その建物は大通りに面した、結構いい立地に建っていた。サイズも割とでかい。平屋ではあるが、敷地面積は〈鉄の幼子亭〉より一回り……いや二回りくらい大きいだろうか。
…………なにこれ、超優良物件じゃん。なんでこんな物件が空いてんの? こんなん普通引く手あまただろ。あ、実は空いたのがつい最近とか? それをメリアさんが偶然小耳に挟んでいた、みたいな?
「ほらレンちゃん。覚えてる? うちの店にちょっかい出して捕まった人達」
疑問が顔に出ていたらしく、声に出してもいないのに、メリアさんが答えてくれた。
もちろん覚えてる。あんな悲しい事、そうそう忘れられるもんじゃない。
〈鉄の幼子亭〉で提供しているメニューのレシピを奪う為に、ゴロツキを雇ってうちの店舗を襲撃させた奴らの事だ。
計画が杜撰だったのと、街の人達が捜査に協力的だった事もあって思いの外あっさりと捕まり、財産没収の上イースから追放されたんだったな。
で? そいつらがどう関係してくんの?
「ここ、その人達のお店だよ。ほら、あそこに看板付いてるでしょ?」
メリアさんが指差した先は入口のドアの上。そこにはお洒落な書体で〈女神の美食亭〉と書かれた看板が。
あー、ここがあいつらのお店だったのかー。……にしてもあいつら、随分いい店持ってたんだなあ。無理してうちからレシピを奪おうとしなくたって、結構成功してたんじゃんか。いやはや、人の欲望は限りがないなあ。
ぼけーっと看板を眺めていると、メリアさんが商業組合から借りてきたであろう鍵を使って入口のドアを開け、俺を置いてさっさと店内に入っていった。
慌ててその後を追うと、店内は埃っぽかったが、椅子やテーブルが丸ごと残されていた。
「街の人達はみんなあの事を知ってるからね。縁起が悪いって買い手がつかなかったらしいよ」
いや、縁起っつーか、ただの自業自得だったじゃん。単純に犯罪者の持ち物だったって事が縁起の悪さに繋がってるのかな? それだったら事業に失敗して売りに出した、とかも縁起が悪い内に入りそうなもんだが……。それを言い始めると中古店舗なんて買えないよね。〈鉄の幼子亭〉の建物だって、元は資金難で廃業した娼館な訳だし。
まあそこらへんは、いくら考えても分からなそうなので深く考えない事にして、建物の評価に移るが――――この建物はかなり良い。
ホールだった場所の家具を片付ければ、二十人くらいは余裕で寝れるスペースがあるし、でかい厨房もあるから料理も出来る。
寝具をベッドじゃなくて敷き布団にして、起きたら畳んでもらって、テーブルと椅子を出せば食堂に早変わりする。
元娼館な〈鉄の幼子亭〉と違って個室はあんまり数がないので、プライベートの確保は難しそうだけど、孤児院だって個室は多くなかったし、そこまで問題にはならないだろう。
まあ色々御託を並べてみたが、結論は……ここで決まりだ! これ以上の好物件は存在しないだろ!
先走りにも程があるメリアさんの行動だったが、結果として素晴らしい物件を手に入れる事が出来た。グッジョブだメリアさん! 今なら渾身のドヤ顔も許せる!
「いいねここ! よし、じゃあ孤児院は解体して建て直し。その間はここで暮らしてもらおう!」
そうと決まれば話は早い、という事で、俺達は孤児院へUターン。院長さんを連れて〈女神の美食亭〉跡地へとんぼ返りした。
あ、もちろん普通に歩いて連れてきたよ。俺と同じ風に連れてくるのは、ご老体には堪えるだろうからね。……いや、あれは年齢関係ないか。俺も死ぬかと思ったくらいだし。
繋ぎの住居を見つけた、と伝えた時は半信半疑だったようだが、いざ連れてくると呆然と建物を見上げた後、泣いて感謝された。あの場では断ってはいたが、やはりボロボロの建物に子供達を住まわせている事に、かなり負い目を感じていたらしい。まあ、誰だって好き好んであんな廃屋みたいな建物に住まないよね。
とりあえず、孤児院の再建は進める事が出来そうだな。良かった良かった。
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