第135話 貧民街に行った。②
おじさんが通りの向こうに消えたのを確認し、俺達は炊き出しの準備を開始した。
まず、広場の端に移動してから、メリアさんが引いてきた荷車から小さな台座を出して設置。その上に、同じく荷車に積んであったでっかい寸胴を置く。これで丁度いい高さになった。
続いて、それぞれが背負っていたリュックを一列に並べて下ろし、口を大きく開く。中に入っているのはラーメンどんぶりみたいなサイズのスープ皿とスプーンだ。なお、本物を買い集める時間がなかったので【魔力固定】ででっちあげた偽物である。【魔力固定】超便利。とりあえず今回使えればいいから、強度が低くても大丈夫だろ。足りなくなってもこっそり足せるし。
一緒にお盆も作ったのだが、サイズ的にリュックに入らなかったので、これは荷車に積み込んでいる。
食器の準備が整い、いよいよ盛り付けという段になったので、零れ防止の為に【金属操作】で溶接していた寸胴の蓋を開けると、ふわりと湯気が立ち上った。屋敷で調理してから、鍋の表面を〈ゴード鉱〉でコーティングしているので全く冷めていない。この保温性、素晴らしいね。
今日のメニューはスープとパン。スープは大きめに切った野菜がゴロゴロ入っており、干し肉も結構入れて具沢山に仕上げた。
安いし、滅茶苦茶しょっぱいからスープに入れる塩をケチれるし、旨味も出るし、干し肉まじ便利。調子に乗って入れすぎるとしょっぱくなりすぎるから、そこだけは注意が必要だけど。
最後にパンがぎっしり詰まった木箱を足元に置いて準備完了だ。
本当はテーブルも用意して、そこを受付みたいな感じにしたかったんだけど、荷車の積載量の関係で泣断念した。なので、リュックの中から直接食器を出して料理を盛り付け、お盆に乗せて提供する。衛生面が微妙だけど、盛り付け前に布で拭くから勘弁してくれ。色々足りてないんだよ。主に人材が。
準備をしている最中から、少しづつ広場に人が集まってきてはいたのだが、準備が完了した今ではそれなりの数になっていた。だが誰一人俺達に近づいてくる様子はなく、全員遠巻きに様子を伺うに留まっている。
うーん…………。予想通りではあるけど、大丈夫かなこれ……。まあ、このまま突っ立ってる訳にもいかないし、とりあえず始めましょうかね。
「はーい! 炊き出しでーす! あったかい汁物とパンですよー! 無料でーす! みなさんお気軽にどうぞー!」
…………うん、誰も来ないね。知ってた。すっげー怪しいもんね。むしろ俺が大声を上げた所為で、皆一歩離れてしまったな。
うーむ。最初の一人が来ればみんな釣られると思うんだが、その最初の一人のハードルが高いんだよなあ……。
……あっ! おじさんに最初の一人になってもらえば良かったじゃん! そうすれば解決だったじゃん! ちくしょー、ミスった……。
自身のミスに気づき、表情に出さないよう気を付けつつ内心で凹んでいると、おじさんが広場に入ってくるのが見えた。後ろには人の列が。文句を言いつつも、しっかりと人寄せをやってくれたらしい。顔は怖いけど良い人だ。顔は怖いけど。そしてナイスタイミングだおじさん! 褒めて遣わす!
「おお! いい所に来たねおじさん! ほら、食いねえ食いねえ! たんと食いねえ!」
急いでどんぶりにスープを盛り、パンとスプーンと一緒にお盆に載せて、スープを零さないように気を付けつつ、おじさんの元に小走りで持っていく。おじさんが最初の一人になってくれれば、他の人達も釣られて食べにくるはず…………む。なんだその小馬鹿にしたような顔は。
「ハッ! ざまあねえな。普通に考えて、いきなり来た知らない奴が持ってきた食い物なんざ、誰も食う訳ねえだろ。……ったく、俺をお前らから離すからこうなるんだよ」
「うぐう……」
鼻で笑われてしまったが、これに関してはおじさんが正しいのでぐうの音も出ない。
だって、他に頼める人いないじゃん。しゃーないじゃん……。
「…………あーもう! おら寄越せ!」
俺がしょんぼりしていると、おじさんは苛立たし気に頭をガリガリ掻いた後、俺の手からお盆を奪い取った。
そして、その場にどっかりと座り込み、胡座をかいた足の上にお盆を置き、スプーンでスープを豪快に掬って口に運んだ。
「お、なかなか悪くねえじゃねえか」
「そりゃそうだよ! こちとら本職だよ?! 不味いモンなんて出す訳ないじゃん! てか悪くないってなんだよ! 素直に美味いって言えよな!」
「おおすまんすまん。うん美味え美味え。これでいいか?」
「適当すぎじゃね!?」
「お、おい。食って大丈夫なのか?」
ガツガツ食ってる癖に失礼極まりない態度のおじさんにプンプンしていると、新たなおじさんが恐々と近づいてきて、おじさんに話しかけた。
……あー、両方〈おじさん〉って分かりづらいな。最初のおじさんは〈強面おじさん〉にしとくか。顔怖いし。
おじさんに話しかけられた強面おじさんは、口に詰め込んだパンをスープで流し込んでから口を開いた。……もうちょっと味わって食べてくんないかな……。
「んぐ、んぐ……プハッ。だからここに来る前にそう言っただろうが。第一、俺達を嵌めても何の得もねえだろ。ここにゃあ奪えるようなモンなんざ何もねえじゃねえか」
「いやまあ、そりゃそうだけどよ……」
「ま、先の事より今の食い物の方が大事だろ。表の通りで食堂やってるだけあって、なかなか悪くねえぞ。……お、でけえ肉まで入ってんじゃねえか。こりゃいいや」
そう言いながら再びわっしとパンに噛り付き、スープを飲む強面おじさん。その豪快な食べっぷりに、二人目のおじさんが生唾を飲み込む音が、すぐ側の俺の元まで聞こえてきた。
暫し食い入るようにその様子を見つめていたおじさんは、ふと強面おじさんから視線を切り、俺の方へ顔を向けた。
「…………嬢ちゃん。あれ、俺達の分もあんのかい?」
「うん! ここに何人住んでるか分からなかったから量は適当だけど、結構多めに持ってきたし! もし足りなくても追加で持って来るから大丈夫だよ!」
おじさんの質問にニカッと笑って答えると、おじさんは暫し口をモゴモゴさせていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「そうか…………。じゃあ、俺にももらえるかい?」
「はいはーい! んじゃこっち来て!」
「お、おい」
おじさんの手を握ると、困惑した声が聞こえてきたが無視する。そのままグイグイと手を引っ張り、メリアさんの前へとおじさんを連れていく。
「おねーちゃん! 一人前ちょーだい!」
「クスクス……。はい、少々お待ちください」
周りの人達にも聞こえるくらい大きな声で注文を入れると、一連のやり取りを見ていたメリアさんは、クスクス笑いながらも手早く準備を開始した。
メリアさんがスープを盛り付けている間にメイドがお盆を用意し、その上にパンとスプーンを置いてメリアさんに渡す。お盆を受け取ったメリアさんがその上にスープを盛り付けた皿を置いて完成だ。
「はい、どうぞ。お待たせしました。熱いんで気をつけてくださいね。……ほらレンちゃん。手を離さないと、おじさんが料理を受け取れないでしょ」
「あ! ごめんおじさん、ウッカリしてた!」
「お、おう……どうも」
メリアさんに言われて慌てて手を離すと、おじさんは僅かな間手を見つめた後、メリアさんからお盆を受け取った。
「はいはい! 受け取ったら離れて! 次の人の邪魔になっちゃうから!」
「あ、ああ。分かった……。というか誰も来てな――ちょ、押すな零れるだろ!」
お盆を受け取ったおじさんの言葉を遮るように背中をグイグイ押し、テーブルの前から移動させる。おじさんは強面おじさんの隣まで移動すると同じく地面に座ったのだが、何故かまじまじとお盆を眺め始めた。食べないの? 冷めるよ?
「随分でけえ器だな……。具も沢山入ってる」
ああ、なるほど。皿のデカさに驚いてたのか。まあ一般的なスープ皿の三倍は余裕で入りそうなサイズだからね。
「お腹空いてると思って! 汁だけとかお腹に溜まらないでしょ? やっぱ具は沢山入ってる方が良いよね! あ、でもお代わりは無しね! 他の人達の分がなくなっちゃうから」
「いや、こんだけありゃ十分だ」
暫しスープを観察していたおじさんは、おもむろにスプーンを手に取り、スープを掬ってゆっくりと口に運んだ。
こく、と喉が動いた後、ほう、と息を吐いた。
「ああ……美味いな。それに温かい」
「えへへ。そりゃ良かった」
ふんわりと笑みを浮かべてのおじさんの誉め言葉に、俺も釣られて笑顔になる。
……うん。自分が作った料理を『美味しい』って言われるのはやっぱり嬉しいなあ。作り甲斐があるってもんだ。
相変わらずガツガツと、スープとパンを口に詰め込むように食べる強面おじさんと、それとは対照的に一口一口、じっくりと味わうように食べるおじさん。
食べる姿は対照的ではあるが、共に見ている者の食欲を刺激するその様子に背中を押され、遠巻きに様子を伺っていた人達がドンドン近づいてきた。
「お、俺もくれ!」
「私も!」
その様子を見た俺は慌てておじさん達から離れ、メリアさん達の元へ小走りで向かいながら声を張り上げる。
「はーい! 料理はたくさんあるんで慌てなくても大丈夫ですよー! 順番に渡すんで並んでくださーい!」
それからは、さっきまでの閑古鳥が鳴いていた状況から打って変わって、一気に忙しくなった。
次々と食事を求めて集まってくる人達を、メリアさんとメイドは〈鉄の幼子亭〉で培った配膳や接客の技術で次々に捌いていく。
あ、俺は配膳じゃなくて交通整理をしてます。今あの二人の中に入っても却って邪魔になるだけだし。すでに出来上がった流れに乱入すると、却ってテンポが悪くなるからね。
それだったら無秩序に押し寄せる人達を整列させて、順番に受け渡しが出来るようにした方が結果的に二人の助けになるだろう。
「はい、どうぞ。熱いんで気を付けてくださいね」
「謝罪します。申し訳ございませんが、こちらでは受け渡しに対応していません。隣の主より受け取りをお願いします」
「はーい! 受け取ったらおねーちゃんの前から離れてくださーい! 次の人が受け取れないでーす! 食べ終わった後の食器は、こっちの荷車にまとめて置いてくださーい!」
そんな感じでドンドン料理を配っていき、鍋の残りが半分程になった所で流れが途切れた。
辺りを見回してみた限り、絶賛食事中の人達と、すでに食べ終わったのか、満足げに座り込んでいる人ばかりで、料理を渡せてない人はいなさそうだ。
……ふむ。今回、人数が分からなかったので『こんくらいあれば足りるだろう』って事で百人分くらい持ってきたけど、料理の余り具合を見るに、実際は五十人くらいだったみたいだな。まあ、足りなくならなくてよかった、としておこうか。余った分は置いていって、お腹が減ったら食べてもらえばいいしね。
……あ、鍋の回収があんのか。うーん…………。よし! 強面おじさんに任せよう!
「さて。そんじゃ、俺達はそろそろ帰るかな。次は三日後にくるよ。余った分は適当に食べていいから、鍋と食器の管理はお願いね。あ、鍋は中身がなくなったら洗っておいてくれると嬉しいな」
本当は全員が食べ終わるのを待って、食器を回収してから帰りたい所ではあるんだが、早めに帰らないと明日の準備に響くんだよね。よって撤収である。
「なんで俺がそんな事……。てかまた来んのかよ……」
「もちろん。こういうのは一回だけやったって意味ないでしょ。そんじゃ、よろしくー!」
「あ、おい…………チッ」
強面おじさんの舌打ちを背中に聞きながら、中身がなくなってすっかり軽くなったリュックと、使用済みの食器を積み込んだ荷車を持って、俺達は帰路についた。食器は適当に視線が通らない場所で【魔力固定】を解除して魔力に戻す予定。布が被さってるから見える事はないはずだけど、まあ念のためね。
…………うんうん。行きの時と違って、目に写る人達がみんな笑顔だね。良き良き。
さて、明日は孤児院だな。この調子でいこー!
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