第134話 貧民街に行った。①
侯爵様の屋敷で、ハンスさんに話をしてから二日後。
俺はメリアさんとメイドを一人連れ、奥まった通りを進んでいた。
「おい、こっから先は危ねえから……って、またお前らか。なんでまた来てんだよ」
周囲から部外者に対する軽い敵意の籠った視線を浴びつつ、それを無視して歩いていると、前回と通せんぼをされたのと同じ場所で強面の男に止められた。二日前と同じ人だ。
あっちも俺達の事を覚えていたらしく、俺達の顔を見て露骨に嫌そうな顔をした。
「ハア、ハア……。うん、また俺達だよ。丁度良かった。ハア、ねえおじさん。ここらへんに広場みたいな場所、ないかな?」
最悪、このまま適当に進んでいけばそれらしい場所には着けたとは思うけど、無駄に時間が掛かったであろう事は確実だ。聞けるんであれば道を聞くに越した事はない。
このおじさんは顔は怖いけど良い人だし適任だろう。
後、俺の個人的理由で早く着きたいってのもある。
「あん? 広場? もっと先に行った所に開けた場所はあるが……。つーか誰がおじさんだコラ。俺はおじさんなんて歳じゃねー」
このおじさん、まだ若いらしい。だけど、髪も灰色だし、顔もちょっと老けてるし、俺の中ではおじさんである事に変わりはないので、おじさん呼びは変わらないな。
「お、いいねえ……。ハア。おじさん、ちょっとそこ連れてってよ」
「だから俺はおじさんじゃ……って、やたらハアハア言ってると思ったら、なんか背負ってんのかよ。なんだよそれ」
男はそこでやっと俺達の荷物に気づいたらしい。
そう。おじさんの言う通り、俺達は今大量の荷物を持っている。俺の息がやたら上がってるにもその所為だ。三人共でかいリュックを背負っており、メリアさんに至ってはそれに加えて荷車まで引いている。
女性にそんなもん引かせるな? しょうがないだろ。うちの家族で男ってオーキさん、エド君、オットー君の三人しかいないんだよ。二十五人中三人だぜ? なんという女系家族。
そして、オーキさんは膝が悪いから力仕事は頼めないし、エドとオットーに至ってはまだ幼児と言っていいくらいの年齢だ。
まあ、そういうの抜きにしても、メリアさんが一番力持ちなんだけどね。登山用みたいなサイズのリュックを背負った状態で、荷物満載の荷車を鼻歌交じりに引けるんだぜ? まじ半端ねえ。
俺なんて、メリアさんが背負ってるのより二回りくらい小さいリュックを背負っただけで【身体強化】掛けないと歩けないくらいなのに。
「広場に着いたら教えてあげるよ。危ない物じゃないから安心して」
だから早く連れてって? 肩紐が食い込んで痛いの。前傾姿勢でい続けるのもしんどくなってきてるの。ちょっと重心を後ろに傾けただけでコロンといっちゃいそうなの。足もガクガク言い始めてるの。だから早く。ハリーハリー。あ、俺の代わりに持ってくれてもいいよ?
「んな言葉だけで安心できる訳ねえだろ。危ねえもんじゃねえなら今ここで見せろや」
俺の心の中でのお願いは、おじさんには届かなかったようだ。無慈悲にもここで検問を行うらしい。
「…………まあ、しょうがないか。んじゃこっち来て。…………はい、どうぞ」
ひいこら言いながら荷車の場所までおじさんを連れていき、被せられた布をペラッと捲って荷物を見せた。
「……でけえ鍋と木箱? ん? この匂い…………これ、全部食い物か?」
中身を見ただけでは何か分からなかったようだが、匂いで何か判別したらしい。鍋は零れるのを防ぐ為に【金属操作】を使って密閉してるから、木箱に入ってるパンかな? なかなか良い鼻をお持ちのようだ。
「うん、そう。俺達、あっちの通りで〈鉄の幼子亭〉って食堂をやってるんだ。で、ここの人達に料理を食べてもらおうと思ってさ」
「は? なんでまた」
ぬおおおお。まだ続けるの? 腕が肩から抜けそうなんだが!?
下したい。この重量物を地面に下したい。でも一度下したら二度と持てる気がしない!
「ねえお兄さん、アイラちゃんって知ってるかな?」
俺が肩と足に掛かり続ける負荷に悶絶しているのを見かねたのか、メリアさんがおじさんに話しかけた。そして、メリアさんがアイラちゃんの名前を出した瞬間、おじさんの眉がピクリと動いたのがはっきりと分かった。『お兄さん』呼びに喜んだ訳ではないだろう。多分。
「あ? アイラ? ……ああ、五人固まってたガキ共の一人か。そういや最近見ねえな。で? あのガキがどうしたっつーんだよ?」
おじさん。どうでもいい事のような語り口だけど、目つきやばいよ? 超睨んでるよ? おじさんの目、『あいつらになんかしたらただじゃおかねえ』って言ってるよ?
周りからの敵意も一気に膨らんだ気がするし。一気にアウェー感が増した。
「それがあるんだよねえ。あの子達、ちょっとした縁でうちで預かる事になったんだ。みんな元気だよ。お腹一杯食べて、暖かい布団でぐっすり寝て、楽しそうに笑ってる」
「………………ふうん。そりゃ羨ましい限り。で? それがその荷物にどう関係するんだよ?」
今度は一気に目つきが柔らかくなって口角が上がってきた。おじさん、顔に出すぎじゃない? 分かりやすくてこっちは助かるけどさ。
……うん。どこからか小さく安堵の溜息も聞こえて来たし、これはほぼ確定だな。
なんとか呼吸は落ち着いたし、ここからは俺が話そうか。
「ここの人達で守ってくれてたんでしょ?」
「……」
おじさんは口を噤んでしまったが、俺は構わず続ける。
「あの子達がどれくらいの間ここにいたかは知らない。聞いてないからね。でも、こう言っちゃなんだけど、腕っぷしが強い訳でも、口が上手い訳でもない、ごくごく普通の子供達が、自分たちの力だけで生きていくのって、正直かなり厳しいと思うんだよね。それでもあの子達は出来ていた。それは何故か? 周りに守られてたからだよ。あの子達は何も言ってこなかったから、気づいてなかったんだろうね。日々を生きるのに必死すぎて。…………まあ、実は俺達が気づいてないすごい特技をあの子達が持っていて、それを上手く使って生きてきたのかもしれない。単純にすごく運が良かったって可能性もあるね」
そこで俺は『でも』、と一呼吸おき、目の前のおじさんの目をまっすぐに見つめた。
「俺は違うと思ってる。あの子達が自分の力だけで生きてきたんじゃなく、周りの人達に助けられてきたんだってね。だから俺は、あなた達にお礼をしたいと思ったんだ」
「…………お前の考えとやらが間違ってたらどうすんだよ。無駄に俺達に食い物を恵んだだけになるぜ?」
おじさんの指摘に、俺は首を縦に振った。
「かもね。別にそれでも構わないよ。これは言ってしまえば自己満足だからね。俺はあなた達があの子達を守ってくれたと思ってる。だからこうやってお礼をしようとしてる。俺がそうしたいからした。ただそれだけの事だよ」
「はあ? それじゃ何か? 本当はどうだったかは関係なくて、お前の頭ん中では俺達がガキ共を助けた事になってっから、礼をするってのか?」
「だからそう言ってるじゃん」
話聞いてた? と呆れた感じを出しつつジト目を向けると、おじさんは天を仰ぎ、数秒動きを止めた。そして溜息と共に視線を俺へと戻し――
「…………バカだろお前」
――言葉通り、バカを見る目で俺を見てきやがった。
「な!? 頭良いとは良く言われるけど、バカなんて言われた事ないぞ!」
前の世界では、もしかしたら似たような事を言われた事があったかもしれないけど、少なくてもこの世界に来てからはない!
「いーや、バカだね。他の奴らは気を使って言わねえだけだ。……おらこっちだ、行くぞ。しゃーねーから、俺もお前のバカに付き合ってやるよ」
「だからバカじゃないって言ってるだろー!」
とても失礼な事を言い捨てて、さっさと奥へと歩き出すおじさんを怒鳴り付けながら追う。
くっそ。腹立つけど、案内はしてくれるみたいだ。なんか周囲の視線も生温かくなった気がするし! ……って速いよ! こっちはでけえ荷物背負ってんだ! もっと配慮して……だから待てっつってんだろこの野郎!
後ろを振り返る事なく、ズンズン進んでいくおじさんを頑張って追う事暫し。やっとおじさんが立ち止まった。
「ここならいいだろ」
「ゼエ……ゼエ……」
「レンちゃん、大丈夫?」
「な、なんとか…………」
このおじさん、結局最後まで俺達に一瞥もくれずに目的地まで来やがった。しかも結構早足で。
もうちょっと幼女を労われこの強面おじさんが! 最後の方は顔を上げる余裕もなくて、ずっとおじさんの足しか見れなかったわ!
カラカラに乾いた喉を少しでも潤そうと、わずかに分泌された唾を飲みこみ、やっとの事で顔を上げると、そこは土の地面が剥き出しの、家二軒分くらいのスペースだった。
うーん……。ちょっと狭い気がするけど、まあ多分大丈夫だろ。
「ハア……ハア…………ハア。うん。これくらいの広さがあれば大丈夫だと思う。そんじゃ、俺達は準備を始めるから、おじさんは人を呼んできてー」
……いや、なんでそんなに嫌そうな顔をするんだよ。ちょっと人集めを頼んだだけじゃん。大した手間じゃないでしょ?
つーか俺はだれかさんのせいでもう歩けないんだよ。それくらい察せよ。
「お前、まだ俺を使う気かよ」
「しゃーないじゃん、ここらへんで話をしたことがあるの、おじさんしかいないんだから。じゃ、よろしくー」
「クソが」
ヒラヒラと手を振ってあげると、文句を言いつつも俺達が通った通りとは別の通りに足を向けるおじさん。
なんだかんだ言って結構面倒見が良いよな。俺をバカ扱いするのはムカつくけど。
作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマの程、よろしくお願いします。
……と、先週の更新から書いてみたら、週間ランキングに載りました。大して意味はないと思っていたんですが、すごい効果ですね……。
ランキングに載るのはとても嬉しいので、これからも書いていこうと思います!




