第133話 孤児院の状況を確認してから侯爵様の所に行った。
とりあえず外から眺めていてもしょうがないという事で、建物の前まで移動し、ちょっと歪んでいるように見えるドアをノック――いや、ノックは止めておこう。なんか変色してるし。これ腐ってるんじゃないか? ノックしたら穴が開きそうだ。
「すみませーんっ! 誰かいませんかーっ!」
ノックの為に上げかけた手を下ろし、声を張って呼びかけると、中から『はーい。お待ちくださーい』と女性の声で返事が返ってきた。
待つ事暫し。ゆっくりとドアが開き、中から痩せた中年女性が出てきた。
「はい。どちら様でしょうか……?」
「私、あっちの通りで〈鉄の幼子亭〉という食堂をやっている、メリアといいます。ここは孤児院で合ってますか?」
「ええ、確かにここは親を失った子供達を預かっておりますが……」
「そうですか。ちなみに、今預かっているのは何人くらいですか?」
「はあ。二十人くらいですが……」
メリアさんがいくつか質問を投げかけ、それに困惑した様子で答える女性。まあ良く分からないよね。でも重要なんだよ。
メリアさんが女性に話を聞いている最中、俺は二人から一歩離れ、ドアの隙間から孤児院の中を覗く。
すると奥の物陰から数人の子供が顔だけひょっこり出してこちらの様子を伺っているのが見えた。笑顔で手を振ると素早い動きで物陰に隠れてしまった。あら、嫌われちゃったかな。
「ありがとうございました。これ、少ないですが運営の足しにしてください」
一通り話を聞けたようで、メリアさんはそう言って女性に小金貨を一枚渡した。最初女性は恐縮していたが、最終的にはお礼を言いながら受け取ってくれた。
女性が深々と頭を下げるのを背中に受けつつ、俺達は孤児院から離れた。
孤児院を後にした俺達は、続いて侯爵様の屋敷に向かった。
門番さんに声を掛け、ハンスさんを呼んでもらう。門番さんとはすっかり顔なじみになってしまって、どうぞどうぞと門を開けてくれるが、今回は料理の提供が目的じゃないので、いきなり中に入るのは遠慮しておく。というか顔パスしちゃ駄目だよ門番さん。俺ここの住人じゃないんだから。
少し待っていると屋敷からハンスさんが出てきて、俺達が立っている門の前までやってきた。
「レン様、メリア様。ようこそいらっしゃいました。私に御用との事ですが、どのようなご用件ですかな?」
にこやかにそう問うてくるハンスさんに対し、メリアさんは表情を変えず、真顔のままで言葉を返した。
「はい。ちょっと侯爵様に大事なお話があるんですが、約束をしている訳ではないんです。なのでハンスさんから侯爵様に話を通してもらおうと思いまして……」
メリアさんが理由を語ると、ハンスさんは一つ大きく頷いた。
「なるほど。確かに、ジルベルト様はお忙しい方ですので、いかにメリア様がたといえど、約束もなしにお会いするのは難しいでしょうな。ジルベルト様のお耳に入れるかは、申し訳ありませんが、話を聞いた後に私が判断させていただきます。とりあえず、ここで立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」
そう言ってハンスさんは、俺達を先導するように屋敷へ向かって歩きだしたので、俺達は門番さんに頭を下げてから門をくぐった。
そのまま屋敷の中に入り、数分歩いたところでハンスさんが立ち止まる。ハンスさんの前には一枚のドア。ここが目的地らしい。
「どうぞ。お入りください」
促され中に入ると、そこは今まで通されていた応接室より一回り小さい部屋だった。とはいっても貧相という事は全くなく、シンプルで落ち着いた雰囲気の部屋だ。
中に備え付けられているソファにメリアさんと並んで座ると同時にメイドさんが入室。俺とメリアさんの前にカップを置き、一礼して部屋から出ていった。それを見届けてからハンスさんが向かいのソファに腰掛ける。ここに来るまでの間に準備してくれたらしい。それなりの距離を歩いていて丁度喉が渇いていたので、ありがたく頂戴する事にする。
「お待たせ致しました。して、本日はどのような要件でしたでしょうか?」
俺がカップから口を離したのを見計らい、ハンスさんが来訪の理由について訪ねてくる。それを受け、俺は持ったカップをテーブルに置く。カチャ、と陶器同士がぶつかり合う小さな音が部屋に響いた。
「私達は数日前、孤児らしき子供を五人引き取りました」
無意識にいつもより少し硬くなった俺の声に、ハンスさんの表情から柔和な笑みが消えた。
「孤児……ですか」
「はい。私達の家族が見つけたのですが、裏路地の手前で物乞いをしていたそうです。一番上が十一歳くらい、一番下が六歳くらいです。全員が襤褸布のような服を身に纏い、ガリガリに痩せていました」
ここで俺の代わりにメリアさんが口を開いた。メリアさんの声も俺と同様、少し硬い。
「あの子達が今までどのような生活をしていたのか確認する為に、先ほど、俗に言う貧民街に行ってきました。想像と違って良い人が多いようでしたが、環境は想像通りでした。辺りには悪臭が立ち込める中、私達が見る限り全員が、先ほどの子供達と同じく襤褸布を纏い、痩せ細っていました。路上で横たわったり、座り込んでいる人たちも大勢いました。たぶん住む所がないんだと思います」
メリアさんから語られる貧民街の現状に眉を顰めるハンスさんを放置し、メリアさんは淡々と話を続けていく。
「その後、孤児院を見てきました。その孤児院は大きさこそそれなりでしたが建物は痛み放題で、いつ崩れてもおかしくない状態でした。そこで働いているらしい女性に話を聞きましたが、そんな場所に孤児が二十人も暮らしているそうです。建物の大きさから考えると、本来なら十人くらいしか受け入れられないであろう場所にです。領主様から支援はいただいているそうですが、その金額は現状と合っておらず、生きていくギリギリの食糧を買うのが精一杯で、とても他の事にお金を回す余裕はないそうです。その女性の服も、貧民街の人達ほどではありませんが、かなりボロボロでした」
だからアイラちゃん達は孤児院に入る事が出来ず、路上での生活を余儀なくされていた。ぱっと見、孤児院の女性は優しそうだったし、余裕があるなら問答無用でアイラちゃん達を孤児院に入れたと思われる。
孤児院の様子を聞いて、ハンスさんが目を見開いた。恐らく支援金が全く足りていないという事実に驚いているんだろう。ハンスさんが孤児院に渡している支援金の金額を知っているかどうかで意味合いが多少変わってくるが、それは今はどうでもいい。
「なので私達は独自に、貧民街と孤児院に対して支援を行う事にしました」
アイラちゃん達を引き取ると決めた時、俺はそれを知った他の人達が、俺達の元へ押し寄せる可能性を危惧していた。まあ実際、この目で貧民街の人達の様子を見た感じだと、そういった事態が起こる可能性は高くないと思うが、絶対大丈夫という保証はない。貧民街に住む全員と会って話した訳じゃないからね。
ならば、押し寄せる可能性のある人達の生活レベルを向上させてしまえば、解決! とまではいかないが、それなりに抑制できるのでは? と考えたのだ。
「ですが、いかんせん一庶民である私達の手は小さく、力も弱い。掬い上げる事ができる数は多くありません。是非ここは、私達よりも大きく、力強い手を持つ侯爵様に動いていただければと思い、この話をさせていただきました」
それなりに稼げているとは言っても所詮それは庶民レベル。貧民街と孤児院の人達全員に対処する事は不可能だ。なので、領主である侯爵様に動いてもらおうと思ったのだ。これ、領主の仕事だろうし。
どこかで報告が止まっていて侯爵様の耳に入っていないのか、対処はしているけど経路のどこかが腐っていて割り振られた予算を横領しているのか、はたまた侯爵様が上がってきている報告を見逃しているのかは知らないが、こうしてハンスさんに話したんだ、何かしらの対処は行ってくれるだろう。侯爵様、領民を大事にしてそうだし。
「…………分かりました。私の判断でどうこう出来る内容ではありませんので、ここでお答えする事は出来ませんが、この話は必ずジルベルト様にお伝え致します」
「「よろしくお願いします」」
長い沈黙の後、ハンスさんは神妙な表情で請け負ってくれたので、俺達は揃って頭を下げた。
とりあえずここでの用事は終わったし、これ以上ここにいても仕事の邪魔になるだろう。じゃあ帰ろうかと席を立った所で、ハンスさんが声をかけてきた。
「……何故今回、あなた方は動こうと思ったのですか? あなた方はすでに五人の子供を救っています。それ以上の事はお二人の仰る通り、領主であるジルベルト様の仕事です。なのにお二人はまだ動こうとしている。それは何故です?」
そう問いかけるハンスさんは、俺の考えを見透かそうとするように、真っすぐに俺の目を見つめてきていた。
「…………子供達を養うって決めた時に、汁物とパンを出したんですよ。あんまり重い物だと良くないと思って」
その時まだ俺は、子供達を家族の一員とするの事に積極的ではなかった。狐燐とメリアさんに押し切られた形での、消極的賛成と言った所だった。
だがそれも、子供達が食事を始めるのを見るまでだった。
「そしたらあの子達、『あったかいね。おいしいね』って、泣きながら食べるんですよ。そんな手の込んだ物じゃない、ごくごく普通の料理をです」
そう。俺が出したのはただのスープとパン。スープは病人でも食べられるように、中の具が煮崩れるくらい煮込んでこそいたが、ただそれだけ。パンに至っては市販品だ。
そんな程度の物でも、子供達は泣きながら食べていた。
「たぶん今まで、温かい食べ物を食べた事があまりないんだと思います。そしてそれは、あの子達がいた、あの場所全体に言えるんだと思います。あの人達なら、小さな子供から食べ物を奪うような事もしないでしょうし」
なんてったって、(見た目は)どう見てもカモな俺とメリアさんの二人組にも、警告をするだけで一切手は出してこなかったし。万一襲われても自衛出来たけど。
「その光景が、日々の食事にすら事欠くような生活を送っている人達が近くに居る、という事実に、とても腹が立った。いや、気に食わない、と言った方がいいかもしれません」
そこで俺は一呼吸おいてからニヤリと笑った。
「まあ、主な理由としてはそんな所ですが、もちろんただの慈善事業という訳ではありませんよ? 前もってうちの料理の味を知ってもらっていれば、生活の質が向上して、たまに外食するくらいの余裕が出来た時、うちの店に来てくれるかもしれないじゃないですか。『あの時食べた料理が美味かったから、あの店に行こう』って。そうすれば売り上げが上がります。短期的に見れば確かに損失かもしれませんが、長期的に見れば利益になる可能性が高いんですよ」
被災した地域に、大企業が支援物資を送るような物だ。もちろん大変な状況になっている被災地の人達の助けになりたい、という思いも大いにあるだろうが、イメージ戦略的な所も多分にあるからな。
実際俺達も、支援を行う際は〈鉄の幼子亭〉の名前を大々的に出す予定だ。名前を売るって大事だよね。
「では、私達はこれで失礼します。侯爵様への伝言、よろしくお願いしますね」
それ以上の質問はないようだったので、今度こそ俺達は部屋から出た。
ドアを開けると邪魔にならない位置にメイドさんが一人立っており、出口まで案内してくれた。部屋の外で待機していたらしい。
「さてと、それじゃ明日から――――は、さすがに準備が間に合わないな。明後日から始めようか。まずは貧民街からかな。あっちの方が緊急性が高そうな気がするし。えーっと、今日、明日で食材集めと調理をして…………」
「レンちゃんレンちゃん」
侯爵様の屋敷から俺達の屋敷へと帰る道すがら、支援のスケジュールについて考えていると、メリアさんが肩をポンポンと叩いてきた。
「ん? 何? どうかした?」
「貧民街から始めるのはいいんだけどさ。どれくらい用意するの? あそこ、何人くらいいるか分からなくない?」
「…………あ」
色々な作品で書いてあるので、私もちょっと書いてみようと思います。
作者のモチベーション増加につながりますので、是非評価、感想、ブクマの程、よろしくお願いします。




