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第130話 睦月がやらかした。

 メリアさんの読心術じみた洞察力に内心ビビっていた所で、睦月から【念話】が届いた。


(レン様っ! (マスター)っ! 子供達のお風呂が終わりましたっ! 最初はそちらに連れて行こうと思ってたのですが、すぐにでも寝落ちしちゃいそうな状態、というかほとんど寝てるので、空いてる寝室に寝かしつけますねっ!)


(お、もう終わったのか。りょーかい。でも、さすがに二人で、子供とは言え五人を運ぶのはしんどいじゃない? 手伝おうか?)


(いえっ! 大丈夫ですっ! ルナとキサラギとヤヨイが丁度手が空いてるそうなので、手伝ってもらう事にしますっ!)


(あ、そうなの? ウヅキと合わせて五人か。丁度いいね)


 偶然にも全員俺が処置した面子だ。それなら万一子供達がグズッたりしても問題なく対処できるだろう。

 ……寝起き一発目に他のメイド達の能面みたいな無表情を見るのは、慣れないと怖いからね。俺も初めて見た時は悲鳴を上げそうになったし。


(はいっ! 我々もこの子達を寝かしつけたらお休みさせていただきますねっ! それではレン様、(マスター)、おやすみなさいませっ!)


(はいよー。皆にお礼言っといてー。おやすみー)


 睦月との【念話】が終わり、俺は隣に座っているメリアさんに向き直った。


「だってさ。おねーちゃんの言った通りだったみたいだ。また明日だね」


「まあ予想通りだね。お風呂で溺れなくて良かったよ。じゃあ私達もそろそろ寝よっか」


「ういー」


 ……


 …………


 翌日。


 いつも通りの時間に目が覚めた俺とメリアさんは、身だしなみを軽く整えてから食堂に向かう。


「もうみんな起きてるかなあ?」


「さすがにまだじゃない? 俺達にとってはもう朝だけど、世間的にはまだ夜みたいなもんだし」


 俺達は早朝から〈鉄の幼子亭〉を開店する関係上、朝が早い。空が白み始めるくらいの時間には活動を開始している。熱心な冒険者や、別の街や村に行商に行く商人、それらの人々に軽食を提供する屋台や飲食店以外の人達以外はまだ夢の中だろう。


「あー、そっか。そうだね。もうずっとこれくらいの時間には動き始めてるから、これが普通だと思っちゃってたよ」


「分かる。まあ、俺達が屋敷を出る頃までには起きてこないと思うから、帰ってくるまで子供達には勉強でもしていてもらおうかな?」


「勉強? 何を教えるの?」


「そりゃもちろん、読み書き計算だよ。そこらへんが出来ないと〈鉄の幼子亭〉で働いてもらう事も出来ないし、それがなくても覚えておくに越した事はないからね」


「確かに」


 そこまで話した所で食堂に着いた。

 食堂にはメイド服を纏った俺と同じくらいの身長の女の子、リーアが待機していた。

 リーアは俺達が食堂に入ってきた事に気づくと、両手をお腹の前で軽く組んで頭を下げた。


「おはようございます。レン様、メリア様。食事をお持ちしますので、席でお待ちくださいなのです」


「おはよー」


「おはようリーア。いつもありがとね。よろしく」


「はい。それでは失礼しますのです」


 俺達が席に着くのを確認してからリーアはまた頭を下げ、シャンとした姿勢で歩き、静かに食堂の入口へ歩を進める。


 いやー、リーアももう一人前のメイドだなあ。なかなか感慨深い。

 うちでメイドとして働き始めた頃は失敗も多かったけど、何よりリーアの体型に合うサイズの服がなくて、胸の大きさに合わせてかなり大きめのサイズの服を、裾を何回も折ったり、紐で縛ったりして着てたからね。不格好で可哀想だったなあ。

 今はリーアの身体に合わせて裾や袖を詰めた物を準備して、それを着てもらっている。ちなみに、服自体は屋敷に保管されていた物を流用したが、裾や袖の修正を行ったのはメリアさんである。まじなんでも出来るなメリアさん。


 入口に着いたリーアが静かにドアを開けると、そこにはすでに朝食が載ったカートを押した別のメイドが待機しており、ドアが開かれると同時に食堂に入ってきて、手際よく配膳を行っていく。

 うん。最近見るようになった朝の光景なんだけど、何度見てもすげえなこれ。毎回『お待ちください』って言われるけど、本当に待った事なんてほとんどないぞ。


 ちなみに前までは、前日の夜に翌日の朝食もまとめて作って〈拡張保管庫〉にぶち込み、朝に取り出して食べていたのだが、最近メイド達も料理に興味を持ち始めてくれたのか、朝食のような簡単な物なら作ってくれるようになった。

 〈拡張保管庫〉に入れておけばいつでも出来立てが食べられるとはいえ、こういうのは気分も大事。コートのポケットから料理が載った皿をポンポン出していくより、綺麗なメイドさんが手ずから持ってきてくれる方が美味しいに決まっているのだ。男の浪漫だよね。


 あっという間に食事の準備が整い、俺とメリアさんは食事を開始する。朝はシフトの関係で時間が合わないので、俺とメリアさん二人だけの食事になる事が多い。


 そんな今日の朝食は焼いたベーコン、目玉焼き、フルーツジュース、パンである。


 ベーコンはちょっと薄目にカットされ、焦げる寸前まで焼かれカリカリになっており、目玉焼きは黄身にも完全に火が入っている固焼きだ。

 調理に失敗したんじゃないぞ。これが俺の好みなんだ。悪いか。

 初めてリクエストした時は、その日の調理担当だった弥生に『………………本気?』と聞かれ、メリアさんから可哀想な子を見る目で見られたが、それでも構わずリクエストを続けた結果、今では何も言わないでも好みの焼き加減で出てくるようになり、メリアさんも何も言ってこなくなった。勝利である。諦められたとも言う。


 ちなみにメリアさんの場合、ベーコンはかなり厚めにカットされており、どっちかというとステーキのような見た目。目玉焼きは黄身がトロトロの半熟だ。

 見た目的にはあっちの方がイ〇スタ映えしそうだけど、朝っぱらからベーコンステーキはちょっと……。


 そんな感じで、いつも通りの大変満足な朝食を終え、出勤前のまったりとした時間を過ごしていると、ドアが開かれ、睦月が入ってきた。その後ろについて、子供達も食堂に入ってくる。

 子供達が全員入った所で睦月がドアを閉め、俺達の方に向き直ってから、いつも通りの喧しいくらい元気な声を張り上げた。


「おはようございまーすっ! ムツキ、子供達と共に参上致しましたーっ!」


「お。おはよう。早いね。この時間に会えるとは思ってなかったよ」


 驚きの声を上げる俺に、睦月は大きな胸をムンと張る。


「記念すべき最初の朝ですからねっ! この子達も是非挨拶しようと早起きしたんですよっ! ほらみんなっレン様と(マスター)に挨拶しましょうっ!」


「…………………………レン様。メリア様。おはようございます」


「お、おはよう……?」


 子供達の全く張りのない声に違和感を覚え、俺は首を傾げた。それはメリアさんも同じだったようで、俺とは逆方向に首を傾げていた。


「なんか元気ないねえ。さすがにまだ眠いのかな?」


 うーん…………。眠くてテンションが低いのとはなんか違う気がするなあ。虚ろっていうか、感情の起伏がないというか……。


 俺達が座っている位置は子供達が立っている場所からは少し離れていて、子供達が少し俯いているのもあって、ここからでは子供達の顔が正確に判別できない。

 気になった俺は、子供達に近づいて顔を見てみる事にした。


 数歩近づく。子供達に表情がなく、目が虚ろなのが見て取れた。


 さらに数歩。全員が何やら口をモゴモゴさせているのが見えた。


 追加で数歩。手を伸ばせば届く所まで来た。目の前にいるのはイゾルデちゃん。活発そうな印象だった猫目に感情の色は見えず。目の前の俺すら視界に入っていないように見える。そして相変わらず口がモゴモゴ動いている。何か喋っているようだが、声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れない。


 トドメに一歩踏み出し、鼻と鼻が触れ合いそうなくらい近づく。ここまで近づいても表情に変化はない。ここでやっと少しだけ声が聞こえてくるが、内容を聞き取るまでには至らない。


「レ…………こう…………さ……す…………い」


 そこで俺は耳をイゾルデちゃんも口元に近づけて内容を判別しようとして――――全身に鳥肌が立った。


「レンさまさいこうレンさますごいレンさまとうといレンさまかわいいレンさまさいこうレンさますごいレンさまとうといレンさまかわいいレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさまレンさま――――」


「ヒィッ!?」


 その尋常じゃないイゾルデちゃんの姿に、俺は情けない悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまう。

 視点が下がった事で、他の子達の顔も見えるようになり――――全員が同じ状況になっている事が分かった。ガチホラー。


「な、な、な…………」


 恐怖の余り言葉が出ない状態に陥っていた所で、俺の隣にメリアさんがやってきたのが視界の端に映った。


「っ!? ……ねえムツキ。この子達はなんでこんな事になってるのかな? 脱衣所で別れるまでは普通だったはずだけど……?」


「はいっ! この子達、何故かレン様を怖がっているようでしたので、レン様がいかに素晴らしい御方かをみっちりじっくりしっかり教えてあげましたっ!」


「ふぅーん……。ちなみにそれはどうやって?」


「それはもちろん寝ている耳元で一晩中レン様の素晴らしさを語ってあだだだだだだだだっ!?」


 睦月の何やらヤバイ内容の台詞は、途中から悲鳴に置き換わった。

 首をその方向に巡らせてみると、メリアさんがとても迫力のある笑顔で睦月の頭を鷲掴みにして吊り上げていた。おお……。こっちもホラー……。


「私ね? あなた達の事を信じてたから、この子達を任せたんだよねえ。レンちゃんの事を、この子達が怖がってるのが嫌だからなんとかしたい、っていうのは分かるけどさあ、もっと別のやり方があったんじゃないかなあ……?」


 語り口こそ柔らかいが、こめかみに青筋を浮かべながら、とてもドスの利いた声音で睦月に語り掛けるメリアさん。当たり前だけどすげえキレてる……。めっちゃ怖え……。


「さ、最初はお風呂場でウヅキと一緒に、レン様の素晴らしさについて教えてあげていたんですっ! でもなかなか納得してくれなかったので、それなら分かるまで教えてあげようとあががががががががっ!? 割れるっ! 割れちゃいますっ! あ、ミシッて言いましたっ! 今聞こえちゃいけない音が鳴りましたよおおおっ!?」


「大丈夫手加減してるから。まあ言いたい事は分かったよ。で? 元に戻せるの?」


「えっ!? 戻しちゃうんですかっ!? 折角レン様の素晴らしさを心の底から理解してくれたギャアアアアアアアアアアアッ!? わかりましたっ! 戻しますっ! 戻しますから手を離してくださいいいいいっ! グシャッてなっちゃいますうううううっ!?」


 睦月の断末魔の叫びを聞いて、メリアさんは睦月の頭を掴んでいた手を離した。

 足が完全に浮くくらい吊り上げられていた睦月は、いきなり手を離された事でその場にベシャッと落下。女の子座りでへたり込んだ。あ、半ベソかいてる。


「ほら離したよ。早く子供達を元に戻して」


 だがメリアさんは容赦しない。絶対零度の視線と声音で睦月に子供達を元に戻すように促す。手をニギニギさせて『早くしないとまた吊り上げるぞ』という無言の脅し付きで。


「は、はいぃっ!」


 メリアさんから放たれる圧力に顔を青くした睦月は震える足で立ち上がると、ヨロヨロと子供達の前に移動し、不思議なリズムで手を叩いた。


 パンパパンパン、パン、パパンパン。


 その後、子供達の肩を素早く三回叩くと、肩を叩かれた子供達はビクッと全身を大きく痙攣させ、次の瞬間にはキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「あ、あれ? ここどこ? さっきまでおゆでからだをあらってたはずなのに……」


 ……そこから記憶がないのかよ。

本投稿を持ちまして、100万PV達成記念連続投稿を終了させていただきます。

これからもちょくちょくこういった催しをしていこうと思いますので、その時はお付き合いいただけると嬉しいです。

また週一更新に戻りますが、これからも末永くよろしくお願いします。

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[一言] やっば
[一言] こっわ
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