閑話 わたしを救ってくれたあの方は……⑥
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マリさんが後輩としてやってきた数日後。
天使様のお仕事がお休みの日にマリさんもお休みを合わせ、二人でどこかにお出かけしていきました。
どちらに向かわれたのかは聞いていませんが、天使様とメリア様が迷宮に行った時と違い、今回のお休みは一日だけですので、遠出はしないのでしょう。それなら色々安心です。今日はメリア様も〈鉄の幼子亭〉にいらっしゃいますし。
事実、数時間程度でお二人はご帰宅され、まっすぐ天使様の寝室に向かわれたそうです。わたしは〈鉄の幼子亭〉で働いていたのでその場にはいませんでしたが、他のメイドさんに聞きました。
そして次の日。
「オネットです~。これから~、よろしくおねがいします~。えへ~」
「は、はい。よろしくなのです……」
また後輩が増えました…………。お二人で出掛けたのは、この人、オネットさんを連れてくる為だったようです。
そのオネットさん、マリさんと瓜二つです。
髪色が青いのと、髪型がマリさんと逆に左側でひとまとめにしている以外は、見た目がそっくり……いえ、ほぼ一緒です。オネットさんもマリさんの事を『マリ姉さん』と呼んでいますし、双子の姉妹なのでしょう。
そしてオネットさんもマリさんとおなじく、〈鉄の幼子亭〉のお仕事はすぐに覚えました。というか、最初からお仕事の内容を知っているかのように動くので、それなりに時間をかけてお仕事を覚えていったわたしの立つ瀬がありませんでした。
ションボリするわたしを、お客様が代わる代わる撫でていきます。いえ、ですからわたしはもう十八歳で…………いえ、嫌じゃない、です。
……
…………
………………
一月ほど経ったある日、わたしは〈鉄の幼子亭〉でのお仕事はなく、お屋敷でお仕事をしていました。
仕事を始めてしばらくは、いつも通りでした。ですが、ある時突然、メイドさん全員の空気が変わりました。まるでそれは、怒りを押し殺しているかのようで、屋敷全体の空気が一気に重くなったような気さえします。
特にムツキさんが近づくのが怖いくらい怒っていて、恐ろしかったです。そんな冷え冷えとした空気の中、内心ビクビクしながらお仕事を続けていると、メイドさんの一人が話しかけてきました。
「要請します。〈鉄の幼子亭〉で人員不足が発生しています。リーアも共に来て下さい」
そのメイドさんも他のメイドさんと同じ空気を纏っていて、正直怖いです。
ですが、そんな事で仕事を断るなんて出来ないので、わたしは首を縦に振りました。
「え? は、はい。分かりま――――」
「それでは行きます」
そのメイドさんは、わたしの言葉を最後まで聞く前に、わたしの肩に手を置きました。
その様子はいつも通り無表情ながら、とても焦っているように見え、わたしは首を傾げかけ、次の瞬間には景色が切り替わりました。
わたし以外のメイドさんが使う事の出来るこの【能力】を使えば、一瞬でお屋敷と〈鉄の幼子亭〉を行き来出来ます。出来ればわたしも使えるようになりたいのですが、一向に使えるようになりません。仕方がないので、〈鉄の幼子亭〉で働くときは毎回、同じ時間に〈鉄の幼子亭〉で働く予定になっている他のメイドさんに一緒に運んでもらっています。申し訳ないのですが、こればっかりはどうしようもありません。
わたしは中途半端に首を傾げた状態で〈鉄の幼子亭〉に連れてこられ――――そのまま固まりました。
ここは、〈鉄の幼子亭〉の、はずです。メイドさんがそう言っていたので、そこは間違いないはずです。ですが、その様子はわたしの記憶にある景色と全く違うものでした。
壁や床のあちこちに穴があき、椅子や食卓は無残に壊され、樽が割られて中身のエールが床を濡らしている上に動物の内臓がぶちまけられ、残った壁には汚物が塗りつけられています。
鼻が曲がりそうな悪臭が立ち込めるお店の中で、今日のお店の当番だったメイドさん達が、黙々と掃除をしています。
「な…………なんなんですかこれ。一体何があったのですかっ!?」
「詳細は後でお教えします。とにかく今は少しでも早く清掃を完了させるのです。それが主の指示です。さあ早く動きなさい!」
「は、はいっ!」
普段声を荒げる事が滅多にないルナさんの怒声に、わたしは背筋をピンと伸ばして返事をし、慌てて掃除を始めました。
必死に掃除を続け、日が暮れる頃までには、床に撒かれた内臓を片づけ、エールを拭き取り、壁に塗りたくられた汚物を洗い流す所までは終わらせる事が出来ました。
途中から鼻が慣れてしまい、分かりにくくなってしまいましたが、未だお店の中には悪臭が漂っています。ですが元を対処したので、空気が入れ替わる事で大分マシになると思います。
そこでルナさんの号令が掛かり、メイドさんと一緒に屋敷に戻りました。
転移した先は浴場でした。
全員が同じ状態なので気になりませんでしたが、今わたし達は掃除の時に飛び散った血や汚物や埃、そして自分の汗で全身汚れに汚れています。
それに気づいた途端、全身が気持ち悪くて仕方なくなり、慌てて服を脱ぎ、浴場に飛び込みました。
念入りに体を洗い、他のメイドさんと体の匂いを嗅ぎあって、臭いが残っていない事を確認してから浴場を出、いつの間にか用意されていた綺麗な衣服に着替えてから、お風呂に入る前にルナさんに指示された部屋に向かいました。
「失礼します。リーアです」
「入ってください」
扉の前で声を掛けると、中からルナさんの声が聞こえてきました。
許可をもらったので、静かに扉を開けて中に入ると、ルナさんが机に向かって何か書き物をしているのが目に入りました。
わたしが扉を閉めた所でルナさんは書き物をやめてわたしの方に向き直り、今回の騒動について説明を始めました。
昨日の夜中、お店が閉まってから襲撃を受けたらしい事。
何故襲撃を受けたかは不明な事。
あの惨状を見たレン様が心労から倒れてしまった事。
メリア様が事態の収拾に動いている事。
今日から夜の間、マリさんとオネットさんが交代でお店を警備する事。
「――――よって、我々がこれ以上この問題に関わるのは下策です。我々よりも主の方が方々に顔が利きますし、マリとオネットの戦闘能力は我々の遥か上に位置します。なので我々は最速で〈鉄の幼子亭〉を営業再開できる所まで持っていく事に全力を費やします」
平坦な声音でそう語るルナさんは完璧な無表情です。まるで、他のメイドさん達のようです。ですが、わたしには分かります。
ルナさんの胸の内は襲撃者への怒り、レン様への心配、問題に深く関わる事が出来ない自分の不甲斐なさ。そういった物でぐちゃぐちゃになっている事が。
つい一月ちょっと前に働き始めた新参者のわたしでさえ、怒りと悲しみで体が震える程なのですから。
「はいっ! 畏まりましたのですっ! お店を少しでも早く再開できるよう、全力を尽くしますのですっ!」
だからこそわたしは、背筋をピンと伸ばし、出せる限りの大きな声でルナさんの言葉を承諾しました。
わたし達メイドの中で一番お二人に近く、わたし達の中で一番心を痛めているであろうルナさんが、感情を押し殺してお店の再開に動こうとしているのです。ここで頑張らなくていつ頑張るというのですか。
「ありがとう。今日は遅いので、食事を摂って休みましょう。明日からお願いね、リーア」
「はいっ!」
それからわたし達は、全てを出しきる気持ちで働き続け、数日で〈鉄の幼子亭〉を再開できる所まで持っていきました。
その間にも毎日のように襲撃があったそうですが、全てマリさんとオネットさんが撃退して、衛兵さんの元へ突き出したそうです。お二人ともすごいです。
その甲斐あって、一連の事件の犯人が捕まりました。なんでも犯人は〈鉄の幼子亭〉と同じく料理を出すお店の人で、〈鉄の幼子亭〉で出している料理の作り方を奪うためにやった、との事です。そんな事の為にお店を壊したのかと、話を聞いた時は怒りが込み上げてきましたが、イースの領主である貴族様が、普通では考えられない程積極的に動き、短時間での解決となったそうです。犯人は財産没収の上イースの街から追放となったそうです。
わたしとしては罰が物足りない気がしますが、レン様もメリア様も納得されているようなので、これくらいでいいのでしょう。
そしてわたしは今回の騒動で一つ、とても大事な事が分かりました。
レン様はなんでもできる天使様ではありません。わたしより出来る事が少し多いだけの、普通の人です。
普通の人だからこそ、間違いだってするし、出来ない事だってあります。悲しんだり、泣いたりだってします。辛くて立ち止まったり、躓いて転んだりだってします。
だからこそわたしが、わたし達が傍にいて、一緒に悲しんだり、涙を拭ってあげたり、手を引っ張ってあげたり、立ち上がるのを手伝ってあげたりするのです。
レン様が天使様じゃなくてがっかりしたかって? いいえ、そんな訳ありません。むしろ逆です。
だって、完璧な天使様をお仕えするより、普通の人にお仕えした方が楽しいですし、お仕えし甲斐がありますから!
レン様の周りではこれからも色々な事が起こると思います。それを一番近く……はメリア様ですね。二番目…………はルナさんですか。
…………えーっと、とにかく近くで経験して、一緒に笑ったり泣いたりしていきたいと思います。
これからもずっと、ずーっとよろしくお願いしますね、レン様!
……え? メリア様の旦那様と娘さん? 娘さん、随分と大きいですね。妹さんではないのですか? 違う。そうですか…………え? 十五歳? じゃ、じゃあメリア様は一体おいくつ……三十五歳!? 嘘でしょう!?
…………あれ? どちら様でしょうか? コリン様、ですか。はあ。リーアと申します。よろしくお願いします。コリン様は狐の獣人なのですね。獣人はわたししかいなかったので、ちょっと親近感が……え? 違う? 本当は炎の狐? ……いえ、信じてない訳じゃないです。信じてます大丈夫ですだから元の姿を見せようとしてくれなくてもいいです! ってああああああ! 敷物がっ! 椅子がっ! 壁があっ!
………………今度は子供が五人、ですか。…………この子達は、どのようなびっくりをわたしに叩きつけてくるのでしょう。心臓が保てばいいのですが…………。
……いくらなんでも、色々起こりすぎじゃないですかね?
最後は雑にまとめてしまいました。




