閑話 わたしを救ってくれたあの方は……④
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レン様達とお話は驚きの連続で、正直ちょっと疲れてきたのですが、まだ驚きは続きました。
わたしが十年悩んでいた問題の内の一つが、レン様達と少しお話しただけで解決の目処が立ってしまいました。相変わらずお二人が何を言っているかは良く分かりませんでしたが、〈ゴード鉱〉という金属を細く伸ばして、糸のように使って手袋を作れば良い、そうです。
いや、金属なんですよね? 金属を糸みたいにって、そんな事出来る訳ないじゃないですか……。と思ったのですが、目の前で実演されてしまいました……。レン様が手に持った白い塊から細い糸がシュルシュル作られていくのを呆然と眺めていると、レン様は【金属操作】という【能力】を持っていて、それを使えば簡単に出来る、と説明されました。布の織り方がわからないそうで、すぐには作れないそうですが、近い内に布を織るための道具を買ってきて、手袋作りを始めるとのことでした。
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数日強制的に休息させられ、すっかり元気になったわたしは、希望通りおっきな天使様がたに混じって使用人の見習いとしてお屋敷で働き始めました。
お屋敷にはレン様以外のメイドさん――――レン様が使用人の事を〈メイド〉と呼ぶそうなので、そう呼ぶ事になっています。天使様と呼ぶと怒られます。何故でしょうか? ――――が十三人いて、皆さんが手分けして仕事をしています。
わたしの教育係はルナさんと言って、他のメイドさん達のまとめ役だそうです。そのルナさんですが、他のメイドさん様と違ってとても話しやすいです。
他のメイドさん様は何をしていても表情が全く変わらなくて、何を考えているのかさっぱり分からないのですが、ルナさんは普通です。
他のメイドさん達は真っ白な髪に赤い瞳なのですが、ルナさんは同じ白い髪でも毛先が銀色ですし、瞳の色も赤と金色が入り交じった、変わった色合いをしています。
なんとなくレン様と雰囲気が似ているのですが、姉妹なのかもしれません。でもその割に、ルナさんはレン様を主人として扱っています。何か複雑な事情があるのかもしれません。
そんなこんなでルナさんからお仕事を教えてもらい、必死に頑張った結果、数日でなんとか一人で任せてもらえるようになりました。とはいっても、お掃除だけですけど。
わたしの手に触れるとなんでも冷たくなってしまうので、下手に物を触ると何が起こるか分からないので、こればっかりは仕方がないです。
そんな、なんとかギリギリメイドさんとして立ち回る事が出来るようになったある日、外出から戻られたレン様とメリア様が突然、迷宮と言う場所に入ると仰られました。
なんでも、機織りのまどうぐ? とか言う物を買いに行ったら、想像以上にお高くて買う事ができず、お金の代わりに、まぎん? という、迷宮で手に入る物と交換を持ち掛けられたそうです。
迷宮というのはイースの近くにある遺跡のような物で、その中にはたくさんの魔物がいて危険な代わりに、他では手に入らない貴重な物が手に入る可能性がある場所なのだそうです。
とても危ない場所のはずなのに、お二人は『ちょっと散歩に行って来る』くらいのノリでしたので、後で迷宮について聞いた時はとても驚きました。普通の人にとっての『危険』はお二人にとってはそうでもないようです。さすがです。
その後お二人は二日掛けて迷宮に入る為の準備を整え、さらに一日掛けてお店に出すための料理を沢山作ってから、迷宮へと旅立っていきました。
普通なら、作り置きの料理をお店で出すのはどうなのかと思う所ですが、そこはレン様。〈拡張保管庫〉という、見た目以上に物が入り、そこに入れた物は時間が止まるというすごい入れ物をお持ちだそうで、そこに料理を入れたそうです。
わたし達が食べる分も一緒に作っていただけたそうなので、お二人が不在の間も、美味しい料理を食べる事ができます。わたしを含め、お二人のように美味しい料理を作れる人がいないので、とても有難いです。
……主人に料理を作らせる時点で色々おかしいのですが、気にしてはいけない事というのも世の中にはあるのです。
お二人が迷宮に出かけている間、その穴を埋めるために、お店に追加でメイドさん様達が出向いているので、お屋敷の仕事をする人数が減ってしまいました。目が回るような忙しさでしたが、お二人への恩返しのために必死に働きました。そのおかげでなんとかお屋敷とお店、両方とも問題も起きずに数日が過ぎましたが、ついに大事件が起きてしまいました。
メイドさんの一人であるムツキさんが倒れたのです。
とても心配でしたが、ルナさんは特に焦る事もなく『レン様が戻られれば対処できるので大丈夫ですよ。明日には帰ってくるはずですし』と言っていました。
なんでお二人が明日帰ってくると断言できるのでしょうか? 確かお二人は七日お休みを取っていたはずですが、まだ四日しか経っていません。迷宮という所はそんな簡単に帰ってくる事が出来る場所なのでしょうか?
……
…………
………………
ルナさんの言うとおり、本当に翌日にお二人が帰ってきました。と言っても、わたしはメリア様にしか会えていません。レン様は帰って来てすぐムツキさんを治しに向かい、そのままお休みされたそうです。
…………が、次の日になってもレン様は目覚めません。
代わりにムツキさんが目を覚ましましたが………………あれは本当にムツキさんなのでしょうか?
真っ白だった髪は灰色に変わり、真っ赤だった瞳も左だけレン様と同じ金色に変わっています。なんだか肌の色も変わった気がします。
でもそんな事より何より…………
「ご迷惑おかけしましたーっ! ムツキ、生まれ変わりましたっ! これからは一層レン様の為に働きますっ! 改めて、よろしくお願いしまーすっ!」
すっごいうるさ――――ゴホンゴホン。明るくなっています。声は元のムツキさんのままなので違和感がすごいです。今までの無表情が何かの冗談だったかのように、輝くような笑顔を浮かべています。
そして、ムツキさんもルナさんと同じく、なんとなくレン様に雰囲気が近くなった気がします。レン様はここまで明るくないのですが、なんでそう感じるのでしょうか?
そのさらに翌日、レン様が目覚められました。
ホッとしたのも束の間、レン様は目覚められてすぐ、メリア様とルナさんの無言の圧力を受けて、お仕事に出かけていきました。それをわたしは信じられない気持ちで眺めます。
レン様本人はなんでもない事のように振る舞っていますが、丸二日眠り続けるなんて普通じゃありません。
でもわたし以外の方は全員レン様と同じく、なんでもないことかのように振る舞っています。
それがあまりにも不思議で、偶然近くでお仕事をしていたルナさんに聞いてみることにしました。
「レン様が倒れているのに、何故皆普通にしているか、ですか?」
「はい。丸二日目覚めないなんて普通じゃないのです。もっと心配してもおかしくないと思うのです。ましてや目覚めてすぐにお仕事に向かわせるなんて……」
わたしは何日も、半ば強制的お休みさせられていたのに、このお屋敷でほぼ最上位であるレン様があの扱いなのは、ちょっとどころではなくおかしいです。
「なるほど。…………リーアさんにそう見えているということは、上手くいっているということですね。それは良い知らせです」
「はい? それはどういう――――」
「心配していない訳がないでしょう」
わたしの言葉に被せるようにそう言い放ったルナさんは、静かな声と裏腹に、今にも泣きそうなのを必死に堪えているような顔をしていました。
「レン様はルナの命の恩人で、我々に居場所を与えてくれた方ですよ? そんな御方が何日も意識が戻らないのです。気が狂いそうなくらい心配しているに決まってるではありませんか」
「では何故…………」
「今回倒れたのはムツキですが、ルナを除く十二人、全員に可能性がありました」
「え?」
「リーアさんはここに来てまだ日は浅いですが、お伝えしておきましょう――――」
そんな前置きから始まったのは、とても信じられないようなお話でした。
このお屋敷にいる十六人。その内、わたしとメリア様を除いた十四人。その全員が、人間ではないと言うのです。人の手によって人工的に作られた存在、ホムンクルスというモノだというではありませんか。
そしてホムンクルスには魂がなく、それが原因で数年で死んでしまうような存在だと。
そんな事を聞かされて、わたしは混乱しましたが、同時に少しだけ納得もしてしまいました。
皆さんの、全くといっていいくらい感情のない表情、平坦な言葉。その様子は普通の人ではあり得ないと思っていましたが、魂がないならあの様子も分かる気がします。
「で、でも! レン様もルナさんも、他の人と違います! どこからどうみても人間――――」
「レン様は我々ホムンクルスの中の例外中の例外。人間の魂を持ったホムンクルスなのです。そして、レン様がその魂を割り与えた存在。それがルナです。ムツキより前に、ルナは先日のムツキと同じ状態になったのですよ。そのまま死んでいくはずだったルナを、レン様は救い上げてくださいました。そしてレン様は今回、同じ処置をムツキにも行いました。あの変貌ぶりを見たでしょう? 魂を得たことにより自我が芽生えた事による変化です。外見の変化も、それに付随した物ですね」
「そ、そんな…………魂を割るなんて…………そんな事」
出来るはずがない、と言いたかったですが、レン様であれば出来てしまいそうな気がします。
魂というのは、その人そのものだとどこかで聞きました。そんな大切な物を割ったりして、レン様は大丈夫なのでしょう…………あ。
「気づいたようですね。もちろん、いくらレン様とはいえ、そんな事をしてただで済む訳がありません。魂を割った時の衝撃により、レン様は意識を失っています」
ここで最初の話に繋がりました。
そして、今の話を聞いて、わたしはとても恐ろしい事に気づいてしまいました。
ホムンクルスである皆さんは、レン様の御力によって魂を与えられない限り、数年で死んでしまう。
魂を与えられたホムンクルスは、ルナさんやムツキさんのように、性格や外見に変化が現れる。
そして、現時点で魂が与えられたホムンクルスはルナさんとムツキさんだけ。
つまり、残りの十一人は、未だ魂のないホムンクルスのままであるという事で――――
「あんな……あんな数日も目覚めなくなってしまうくらい負担が掛かるような事を、後十一回も……?」
「ええ。ほぼ確実に、レン様は我々全員に魂を分け与えようとするでしょう」
その事実に、わたしは体が震えるのを抑える事が出来ませんでした。
わたしがレン様の立場だったら、絶対に出来ません。一回目はもしかしたら出来るかもしれません。まだ魂を割った後に、自分の身に何が起こるのか分かっていないのですから。
でも二回目は無理です。もしかしたら、次意識を失ったら、二度と目覚めないかもしれないのです。そんな恐ろしい事、わたしには無理です。
「…………そんな事をして、レン様は大丈夫なんでしょうか?」
「魂を分けるという行いは前例がなく、不明な部分が多いですが、かなり危険でしょう…………。ですが、我々が存在する限り、絶対にレン様は止まりません。しかし、造られた存在である我々は、主の許可なく自ら活動を停止する事は出来ません。…………それならば、我々は全てを懸けてレン様に尽くし、レン様が心乱される事なく日々を過ごせるように細心の注意を払い、眠りについた時には目覚めるその時まで絶対の安全を保障し………………もし、もし、通常の手段では目覚めない状況にレン様が陥ってしまった時は、全てを擲ってでもその方法を模索する。それが我々、ホムンクルスの総意です」
そう語るルナさんの言葉には、途轍もない力と想いが込められており、目には強い決意の炎が燃え盛っているのが確かに見えました。
…………その炎はとても、とても眩しくて、わたしは目を逸らしてしまいました。




