第128話 子供達に滅茶苦茶怖がられた。
アイラちゃんからの紹介を一通り受け、子供達についての理解がある程度出来た所で、俺はおもむろに椅子から立ち上がり、子供達を見回しながら口を開いた。
「さて……。君達は今日から俺達の家族の一員だ。それに伴い、まず君達にはある事をしてもらう。ああこれに関して君達に拒否権はないからそのつもりでね」
突然の宣言に身を固くする子供四人。まあ、オットー君だけは意味が分からないのか話を聞いてないのか、他の子供達の変化に戸惑う様子すらなく、相変わらず視線をフラフラ彷徨わせているけど。
「う、ウチらになにをさせるつもり……?」
「大した事じゃないよ。痛かったり苦しかったりなんて事は一切ないから安心してね。ああでも、暴れたりすると危ないかな?」
「そんなんであんしんできるわけないでしょ……!」
何故か警戒心バリバリで俺を睨みつけるアイラちゃんに首を傾げつつ、俺は屋敷にいる睦月に【念話】を繋いだ。
(睦月ー。こっちはそろそろ行けるけど、そっちの準備はどんな感じー?)
(はいっ! バッチリですっ! しっかり待機してますので、今すぐ来ていただいても大丈夫ですよーっ!)
(お、いいねー。じゃあこれから向かうよー)
(畏まりましたっ!)
子供達が家族の一員になる事が決まった瞬間から、【念話】を使って睦月にこっそり指示を出していたのが功を奏して、準備はバッチリだ。くっくっく……!
「な、なんなんだよあんた……。なんでわらってるんだよ……。ちっちゃいくせになんかこわい…………」
計画が予定通り進んでいる事に喜んでいると、何故か子供達はオットー君を中心に、肩を寄せ合ってブルブル震えていた。オットー君は変わらない。この子は将来大物になりそうだ。
……ちょっと含み笑いをしただけで、なんでそこまで怖がられてるんだろう? そんな怖がらせるような事したっけ? 記憶にないんだが…………。
まあ、何はともあれ一塊になってくれているのは都合が良い。逃げられてしまうと面倒なので、【身体強化Ⅱ】で脚部を強化してダッシュ。一瞬でアイラちゃんの眼前に立った。
「ヒッ……!」
瞬きの間に目の前に現れた俺に対し、アイラちゃんは小さく悲鳴を漏らしながら後ろに下がろうとしたので、俺は半歩前に出て少しだけ開いた隙間を埋める。
それと同時に両手を伸ばして、なんとか全員に触れている状態を作り出した。それが確認できたら、すぐさま【いつでも傍に】を発動。準備を整えてくれた睦月の元へ転移する。
転移した先は――――
「はい到着ー! ほら! さっさと服を脱いで入った入った! しっかり体を洗って綺麗にしてね! 手抜きは許さないよ!」
――――もちろん風呂場である。正確にはお風呂場の前の脱衣所だ。
何故風呂場かって? そりゃ決まってる。子供達が汚れているからだ。見た目的な意味で。
まあ、日々の食事にも事欠くような生活をしていたんだから、身なりを整える余裕なんてなかった事は理解できる。しょうがない事だろう。
だが、それは昨日までの話。家族の一員になったからには、そんな汚い恰好のままなんて許さないぜ!
「ほらほらどうしたの? 早く入らないといつまで経ってもここから出られない――――ぎゃふんっ!?」
オロオロと周囲を見回している子供達から離れつつ、早く風呂に入るように促していると、ゴン! という鈍い音と共に、いきなり頭頂部に衝撃と痛みが走った。
星が……目の中に星が飛んだ……。
「痛ー…………。もう、誰だよ…………あ、おねーちゃん」
俺の頭に衝撃を与えた相手を確認する為に、頭頂部をさすりながら振り返ると、そこには腰に手を当てて仁王立ちしているメリアさんの姿が。……あれ? 青筋浮いてない? なんか怒ってない?
「もう、レンちゃん! 皆を怖がらせちゃ駄目でしょ!? 言い方が悪すぎるよ!」
「えぇー…………?」
いや、そんな気は全くなかったんだけど……。
だが現実は非情だった。子供達の方へ顔を向け直すと、そこには恐怖に引き攣った顔が四つ並んでいる。一つは変わらない。…………おっかしいなあ、普通に『お風呂に入って』って言ったつもりなんだけど……。
と思いつつ、自身の台詞を思い返してみると…………なるほど。怪しげな儀式の前準備でもしているように聞こえなくもない。そりゃあビビるわ……。
「ご、ごめん。変な意味はないんだ。ただ皆にお風呂に入って欲しかっただけで……」
「そ、そうなの……? ころされたり、しない?」
「しないよ!? 皆俺の事どんな目で見てんの!?」
怯え切った目で見ていた。
家族の一員になった相手に腹一杯食わせて、お風呂で清めた後殺すとか、どんな異常者だよ……。理解不能の所業だよ……。俺、そんな事する奴だと思われてたの……?
がっくりと膝を着いて項垂れていた俺の肩を、誰かが優しく叩いた。
ちょっと涙目になりながら顔を上げると、そこには笑みを張り付けたメリアさんの顔が。
「レンちゃんのやらかし、まだ終わってないよ?」
「………………まじで?」
俺の絶望に塗れた言葉にメリアさんは小さく頷き、無言で俺の背後の一点を指差した。
ぶっちゃけ見たくない。このまま何も見ないで逃げたい。だがそんな事はメリアさんが許さないだろう。肩を叩いた手がそのまま肩に乗ったままになっていて、ちょっと指が肩に食いこんでる痛い痛い痛い。
肩の痛みに耐えつつ、メリアさんが指差している方向に首を巡らす。そこにいたのは――――
「こ、ここは一体どこだ……? さっきまで〈鉄の幼子亭〉にいたはずなのに……。コリンさん、何かご存じですか?」
「あー…………。知っておる。知ってはおるが…………これ、妾の口から言って良い物なのかのぉ。微妙な所じゃ……」
何の前情報も無しにいきなり屋敷に転移させられ混乱の極みにあるジャンと、そんな彼に事の次第を尋ねられ、ちょっと困った顔をしている狐燐だった。
「…………なんでいるの?」
まじでなんでいるの? 一緒に転移する対象にしたのは子供達だけのはずなのに……。
「レンちゃんが連れてきたんだよ? 子供達と一緒に。ちなみに私も巻き込まれた。たぶん、私もコリンもジャンも、あの子達に触れていたからじゃないかな?」
「……………………まじかぁ」
【いつでも傍に】は、発動者が触れている相手も効果対象に加える事が出来る。その為、子供達が一塊になっている事をこれ幸いと近づいて、まとめて転移した訳だが、その時ジャン達も子供達に触れていたらしい。
今の今まで、そのような状況がなかったので気づかなかったが、発動者が直接触れていなくても、発動者が触れている人に触れていれば効果対象に含まれるようだ。さすがに限界はあるだろうけど。
ちゃんと検証をしなかった俺が悪いのだが、困った事になった。
メリアさんと狐燐はいい。二人とも【いつでも傍に】も、屋敷の存在も知っているから。
だがジャンはどちらも知らない。というか教えてない。ジャンとは付き合いも長く、信用もしているが、家族のように近い存在ではない。その為、必要と判断した以上の情報は教えないようにしていた。本人からも『誰にも言うな』って言われていたし。……あれ? それは〈拡張保管庫〉の事だったっけ? ……まあどっちでもいいか。
そんな訳で、今までジャンには教えていない事がそれなりにあったのだが……よし、決めた。
「睦月。追加でもう一人呼んで、この子達がお風呂に入るのを手伝ってあげて。俺とおねーちゃんはジャンと話があるから」
「畏まりましたっ! ……丁度手が空いてるみたいなので、ウヅキを呼びますねっ!」
「う、卯月か……」
大丈夫かな? 教育に悪影響が出たりしないかな? お風呂から出てきたら、女の子組が変に色っぽい仕草をし始めたりしないよね?
『そんな事しぃひんよ?』とシナを作りながら語るイマジナリ卯月が脳内に登場したが、俺は頭を振ってそれを頭から追い出した。
「………………あー、うん。それでいいよ。じゃあお願い」
結局、俺は卯月を信じる事にした。…………思考を放棄した訳じゃないからね? 本当だよ?
「はいっ! こちらの事は気にせず、ごゆっくりーっ!」
元気よくブンブン手を振って見送る睦月を背に、俺は二人に声を掛け、揃って脱衣所を出た。行先は応接室だ。
「………………なんで付いてくるの?」
「駄目かえ?」
「いや、別にいいけど……」
何故か狐燐もしれっと付いてきていた。付いてきても面白い事なんてないと思うんだが……。
(レンちゃん。ジャンに教えるの?)
(ん。そのつもり。つっても【いつでも傍に】と、この屋敷についてくらいだけどね。まあジャンなら大丈夫でしょ)
(そうだねえ。もう隠すなんて出来ないしねえ。どっちもバッチリ見られちゃってるし)
(あははは……)
【念話】でメリアさんと軽く情報共有をしながら歩いている間に応接室に着いた。
勿体ぶる必要もないのでさっさと中に入り、置かれている椅子に座る。俺の隣にはメリアさんと狐燐、テーブルを挟んだ向かい側にジャンが一人で腰掛けた。
「…………で、わざわざこんな場所に連れてきたって事は、色々教えてくれんのか?」
「うん。そのつもり。まずはここに連れてきた方法だけど――――」
俺はジャンに【いつでも傍に】という【能力】で、条件付きながら任意の場所に転移出来る事。今居る屋敷はイースの近くに建っている事。しかし、屋敷を覆うように認識阻害と人払いの結界が張られている為、通常の手段では見つける事は出来ないが、俺達は偶然が重なって見つける事が出来、これ幸いと住み始めた事を伝えた。
【いつでも傍に】の条件についてや、ホムンクルス云々の話は、そこまで教える必要はないと判断して省略した。
「なるほど………………お前、やっぱおかしいわ」
「一言目から酷い言い草だな!?」
「いや、言いたくもなるだろ。【能力】がアホみたいに多いのは、まあいい。いや良くはないが、とりあえず今は良い。それを置いておくにしても、認識阻害と人払いで隠蔽された屋敷を偶然見つけるのもおかしいし、そんないかにもヤバそうな建物に住もうと思うのもおかしいだろ、常識的に考えて」
「うぐぅ…………」
ジャンの言いたい事は良く分かる。屋敷を見つけた事自体は本当に偶然なのだが、屋敷に住もうと思ったのは、そこにルナ達ホムンクルスが居り、メリアさんが彼女らの主になったからなのだが、ホムンクルス云々の話を抜くと、そこらへんの部分のが曖昧になってしまい、結果『見つけたから住み始めた』なんていう、なかなかぶっ飛んだ思考回路の持ち主扱いになってしまった。誠に遺憾である。だが反論の材料がない……!
「…………まあ、色々と突っ込みたい所はあるが、それはそれとして――――」
そこでジャンは重心を前に傾け、若干前のめりになった。俺とジャンの物理的な距離が少し縮まる。
「そこまで俺に話して、お前は俺に何を要求しようって言うんだ?」
俺をまっすぐに見つめながらそう問うジャンの目は、とても鋭かった。




