第14話 俺のコートにすごい機能がある事が分かった。
「ねえレンちゃん。ちょっと服を脱いでもらえないかしら?」
「…………は?」
武器屋の店員であるご婦人が俺に対していきなりそんな事を言い放った。
え? いや、え? 何の前振りも無しにいきなり『脱げ』って……どういう事? この人も変態さんですか?
メリアさんしかり、レミイさんしかり、俺の会う女性はこんなんばっかだな……。
確かにこの幼女の体はとても可愛らしい造形をしていると思う。自分の体ではあるけど。
かといって、『おねーちゃん』と呼びかけただけで賢者モードに移行したり、可愛がると言いながら幼女に性的なマッサージを施そうとするのはさすがにおかしいだろ。
この世界の女の人の業の深さをしみじみ感じていると、メリアさんがスッと俺の前に移動してきた。
丁度ご婦人と俺の間に入るような形だ。
「こんな小さな子にいきなり『脱げ』なんて……非常識じゃないですか?」
メリアさんの目がつり上がっている。かなりお冠のようだ。
俺をご婦人の魔の手から守る為に盾になってくれるらしい。
ああ、俺はなんていいお姉ちゃんを持ったんだろう。
変態だけど。変態だけど!
「レンちゃんは私の物ですから! あなたに裸なんて見せません!」
「何言ってんの!?」
いやほんと何言ってんの!?
俺の感動を返して!
「裸……? 一体なんの………………あっ!」
メリアさんの剣幕に首を傾げていたご婦人だったが、ようやく自分の発した台詞の危なさに気付いたようだ。みるみる顔が赤くなっていった。慌てたように両手を顔の前でパタパタ振った。
「ち、違う! 違うわ! そういう意味じゃなくって、レンちゃんが着てるコート! すごい珍しいから見せてもらいたいなあって! そう言いたかったの! 裸なんて見たい訳ないじゃない!」
「な! レンちゃんの裸なんて見たくないって言うの!? こんなにかわいいのに! 魅力たっぷりなのに!」
「「あんた面倒くさいな!」」
俺とご婦人が同時に声を上げた。と同時に、ご婦人から同情の目で見られてしまった。
いや、この人、普段はとってもいい人なんですよ? たまに壊れちゃうんですよ。
メリアさんの姉馬鹿な言葉を聞いて、ご婦人は逆に落ち着いたらしい。一度大きく深呼吸した。
「すう…………、はあ……。よし、落ち着いた。……あー、あのね? レンちゃんのコートを見てみたいっていうのは本当よ。私、この店で売ってる衣服の作成をしてるから、気になったの。そのコート、通常では考えられないくらいの魔力を内包してるみたいから、気になっちゃってね」
ご婦人は俺を、正確には俺が着ているコートを指差した。
おお、ご婦人はこのコートが普通ではない事に気付いたのか。
このコートは俺が【魔力固定】で作成した物だが、実は結構手間がかかっている。
以前、【能力】の鍛錬時に、【魔力固定】で作成した布には厚みがほぼない事に気がついた。
【魔力固定】で作成した物体は通常の物と比べて強度が低い。
そのせいで、衣服や武器等は作れないと考えていたのだが、厚みの事に気付いた時にふと思ったのだ。
これ、重ねればいいんじゃね? と。
試しに作成した布を重ね合わせると見た目では厚みの変化がわからなかったが、強度は増した。
その時は、これで服が作れる! と、とても喜んだのを覚えている。
どうせやるならと。毎日魔力の限界まで布を作成し、重ね合わせていってコートを作成した。
コートを選んだのは、万一何かが起こって【魔力固定】が解けてしまっても大丈夫なようにだ。
全ての服を【魔力固定】で作成していて、ある日突然それが全て魔力に還元されてしまったら、一瞬で真っ裸だ。
それが、街の往来のど真ん中だったら……。考えたくもない。
なので、服は普通の物を着用し、その上から【魔力固定】で作成したコートを羽織るスタイルにした、という訳だ。
ちなみに、現在のコートの布地はおよそ300層。元々が弱い布でも、これだけ重ねればそれなりの強度になる、はずだ。
これからも毎日積層作業は続けていくので、日を追うごとに強度が上がっていく〈成長するコート〉だ。
しかもこれだけ重ねても硬くなったり重くなったりもせず、柔らかな着心地のままだ。肌触りもいいし、自慢の一品だ。
「……だって。どうするの?」
「まあ、見せるくらいなら…………。はい、破かないでね」
自慢の一品に気付いてくれて、ちょっといい気分になっていたので、気前よく見せる事にした。
表向きは嫌々見せてるってポーズをしてるけど。
「ああ! ありがとう! レンちゃん、急に口調変わったわねえ」
おおっと。ご婦人の爆弾発言で演技が飛んでたな。
慌てて演技を再開しようとしたが
「まあ、今の方がいいわね、自然で。さっきまでのは、その、ちょっと頭悪そうだったし」
頭悪そう!? そんな風に見られてたの!?
俺はギギギッと音を立てながら横を向いた。正確には隣に立ってるジャンをだ。
ジャンは無言でサッと目を逸らした。
今度は後ろを向いた。そこにいるのはレミイさん達。全員目を逸らした。レーメスにいたっては口笛まで吹いてやがる。音出てないけど。すー、すー、とかいってるけど。
…………そんな。俺、結構頑張ってたのに……。内心かなり恥ずかしかったけど頑張ってたのに!
「…………くそう」
顔が熱くなっていくのを感じる。今鏡を見たら、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
「まあ、ほら、これで下手に子供ぶったりしなくても大丈夫だって分かったじゃねえか!」
「……下手で悪かったな」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ!?」
もういい。もう子供の振りなんぞしない。疲れるだけでいい事なんてなーんにもないしな! ふんだ!
そこで今まで一心不乱にコートと睨めっこしていたご婦人が顔を上げ、ため息をつきながら俺にコートを返してきた。満足したようだ。
「……ありがとう、返すわね」
「あ、はい。どうも」
ご婦人がなんかうっとりしている。俺のコート見てこうなったのか? 正直ちょっと怖い。
「このコート、素晴らしいわ。単一の生地で作成されているように見えるけど、極めて薄い生地を何枚も重ねて作られてる。どれだけの枚数重ねているのかは分からないけど、一切の歪みなく重ね合わせる技術は超一流のものだわ」
おお、積層構造であることが見抜かれた。ちょっと見たくらいじゃわからないはずなのに。
まあ、手作業で重ね合わせた訳じゃなく、布の上に全く同じ布を生成していっただけなんだけどね。
接着も魔力で行ったから、布が伸びたりして歪む事もなかった。
「しかも、しかもよ! このポケット! なんと〈拡張保管庫〉の機能まであるのよ! しかも超大容量!」
ご婦人の言葉に全員が目を見開いた。
俺は、いきなりの大声に驚いたからだけど、他の面々は違ったようだ。
「〈拡張保管庫〉だと!? それは本当なのか!?」
ジャンが声を荒げた。怒っている訳じゃなく、あまりの驚きに声が大きくなってしまっているようだ。
「嘘ついてどうするのよ! ……すごいわよこれ。どれくらい拡張されてるかわからないレベルよ」
ご婦人の言葉にジャンは口をアングリと開けた間抜けな顔になった。
折角のイケメンが台無しだ。
だが、ジャンの残念顔なんかより気になる事があった。
「ねえ。〈拡張保管庫〉って、何?」
俺の質問にはメリアさんが答えてくれた。
……メリアさん、十年も外界と関わってなかったのに、知ってるんだ。
「〈拡張保管庫〉っていうのはね。名前の通り、中の空間を拡張して、仕舞える量を増やした入れ物の事だよ。冒険者や商人とかが欲しがる便利な物なんだ」
「え? そんな機能……」
付けた記憶はない。という言葉をなんとか飲み込んだ。
なんとなくだが、言わない方がいい気がした。
「生地だけでもすごいから、是非買い取らせてもらいたかったんだけど……こんな物ついてたら言えないわ…………」
「えっと、その〈拡張保管庫〉?っていうのがついてると、どうして買い取れないの?」
「値段が跳ね上がるのよ。少なくとも、うちみたいな個人のお店では無理ね。〈拡張保管庫〉は地下迷宮での産出品と、魔道具技師の作成物の二種類があるんだけど、前者は産出量自体が少ないし、後者は作成技術をどこかの工房が独占してるらしくて滅多に市場に流れないのよね」
そんな貴重な品なのか……。
『ないと不便だよねー。』ってレベルで付けたポケットにまさかそんな機能がついていたとは…………。
というか、なんでそんな機能付いたんだろ。要調査だな。
「俺達も欲しいんだけど、高くてなー」
「手ごろな奴で大金貨五十枚くらいだっけ?そうそう手が出ないよねえ……」
大金貨五十枚! 高そう! 貨幣価値分からないけど! でもほら、大だし! 金貨だし!
…………早めにお金について聞いておこう。こんなんじゃ後々困った事になる。絶対。
「日々の生活費や装備のメンテナンス費用で支出もかなり大きいですからね……」
「特に装備のメンテナンス費用が大きいですわね。性能の高い装備を持てば高難度、高報酬依頼の達成率が上がって稼ぎは大きくなりますが、その分メンテナンス費用も右肩上がりですし…………」
「「「「……はあ」」」」
レミイさん達四人が揃ってため息をついた。
「おい、お嬢ちゃん」
そんな中、ジャンが真面目な顔で俺に声を掛けてきた。
「このコートをどこで手に入れたか。それは聞かない。だがな? この事は誰にも言うな。絶対だ」
ついさっきまでの俺だったら何故こんな事を言われるのか分からなかっただろうが、今なら分かる。レミイさんの言葉を聞いたからだ。
手ごろなサイズの〈拡張保管庫〉で大金貨五十枚。だったら、ご婦人が『どれくらい拡張されてるかわからないレベル』と言ったこのコートは? どれだけの金額になるのか予想もつかない。
「…………危険だから、だな」
「そうだ。そのコートの価値は計り知れない。こんなもんを持ってるなんて知られてみろ。どんな手を使っても手に入れようとする奴が出てくるぞ。コートを奪われるだけならまだいい。それだけの品をどこで、どうやって手に入れたかっていう情報を引き出すために誘拐、拷問っていうのも十分考えられる」
「そうだな……。分かった。誰にも言わない」
俺がどうにかなるだけならいいが、俺の身近な人物、つまりメリアさんにも危害が及ぶ可能性がある。それは絶対避けたい。
ジャンは俺の言葉に満足そうに頷き、次はご婦人に顔を向けた。
「もちろんあんたもだ。これでこいつらに何かあってみろ。『あの店の店員は幼子からも容赦なく搾取し、客からの預かり物も嬉々として横流しする外道だ。』ってある事ない事言いふらすからな」
めっちゃ脅してる。というかそれ、完全な冤罪だよ。
そんな脅しを受けて、ご婦人は苦笑いしながら頷いた。
「もちろんよ。何があっても絶対に話さない。口が滑った翌日に路地裏でその子の遺体が見つかった、なんてなったら罪悪感でおかしくなっちゃうわ」
……どっちかって言うと、俺の方が罪悪感でどうにかなってしまいそうだ。
俺がコートを見せたばっかりにここにいる人達に秘密を抱えさせてしまった。
「……ごめん。俺がコートを見せなければこんな事にならなかったのに…………」
しょんぼりした俺を見て、ジャンがニカッと笑いながら俺の髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「ったく、んなしょぼくれた顔してんじゃねえよ。元はと言えば、こいつが見せてくれー! って駄々捏ねたのが始まりだ。悪いのはこいつだぜ。お嬢ちゃんは悪くねえさ」
「駄々捏ねたって……、まあいいわ。レンちゃん? 大人なんて、誰でも人に言えない事の一つや二つ持ってるの。いまさらそれが一つ増えたからってどうって事ないわよ。気にする必要なんてないわ」
ジャンとご婦人に慰められ、いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げた。
申し訳ない、と思う気持ちが消えた訳ではないが、俺が凹んだままだと二人は困ってしまうだろう。
これ以上迷惑を掛ける訳にはいかない。
「…………うん、分かった……、ありがとね」
意識して表情を作り、持ち直した風を装う。
上手くできているかはわからないが、ジャンとご婦人は笑って頷いてくれた。
「おし、じゃあこの話はおしまいだ。とっとと買って次に行こうぜ。……ここでの買い物は、小さな女の子にあんな顔させた店員さんが誠意を見せてくれるそうだぜ?」
ニヤリと笑みを浮かべながらそんな事を言う彼はすごく悪役面だった。
「ぐ……。分かった、分かったわよ! ………………四つ合わせて大銀貨三枚よ」
ご婦人はとても悩んだ末に金額を提示してきた。元値がわからないので、どれだけ引いてもらったのかいまいち分からない。
「あ~? 革の胸当て二つにナイフ一本、それに失敗作の槌で大銀貨三枚?高くねえか?」
「何言ってるのよ。胸当てもナイフも、そこそこの物を選んでるじゃないの。これ以上下げたら赤字よ!」
「しゃーねえなあ。どうする。お嬢ちゃん?」
いや、俺に振られても困るんですけど。
全然分からないんですけど。
てかなんで俺に振るの。財布持ってるのメリアさんだよ!
なので、メリアさんに丸投げする事にした。
「う、うん? 大丈夫…………なのかな?」
「ええ、こちらとしてはありがたいけど……。そんなに値引いて大丈夫? これ、本来なら倍くらいするでしょ?」
まさかの半額だった。ジャン値引きすぎじゃね!?
メリアさんの心配そうな言葉にご婦人は苦笑で答えた。
「まあ正直、ちょっときついわね。でも、私のせいでこんな小さな子を泣かせちゃったのは事実だしね。だからこれはせめてものお詫び。大丈夫よ。ほんとにギリギリだけど、利益は出てるし」
「そう? ならいいけど……。はい」
ちょっと心配そうな顔をしながら、メリアさんはカウンターに金色の硬貨を一枚置いた。
「小金貨一枚ね。じゃあはい、大銀貨七枚のお釣り」
「ありがとう。…………えーっと?」
そこで、ご婦人は自分が名乗っていない事に気付いたらしく、『失敗した!』という顔で頬をかいた。
「そういえば名乗ってなかったわね。エリーよ。よろしくね」
「エリーさんね。私はメリア。レンちゃんと一緒に、しばらくこの街に滞在すると思うから、装備のメンテナンスとか色々お願いすると思うわ。よろしく」
二人が話している間、ご婦人改めエリーさんとメリアさんがお互い自己紹介するのをぽけーっと眺めていた。
『タイプは違うけど、二人共美人だなあ。美人さん二人が話してるのって絵になるよなあ。カメラあったら写真撮ってそう。』とか考えながら。
「レンちゃんも、これからよろしくね?」
「……ふぇ!?」
ぼーっとしていた所にいきなり話しかけられたから、驚いて変な声が出てしまった。
くっそ。恥ずかしい。
「あ、う、うん。よろしく」
しどろもどろになりながらなんとか返事をすると、その様子をエリーさんは違う風に解釈したらしい。
にっこりと笑いながらジャンにぐしゃぐしゃにされた髪を整えてくれた。
「さっきの事は誰にも言わないから安心してね。これでも口は固いのよ?」
優しく手櫛で髪を整えられてふんわりした気持ちになった。
特に理由もなく、『この人なら大丈夫そう。』と思った。
「うん、分かった」
「んじゃ出るぞー。あ、そうだ。とりあえず、持って歩くにも邪魔だし、体に馴染ませる意味でも買った装備は身につけていきな」
「「はーい」」
ジャンの呼びかけに俺とメリアさん二人で返事をして、買ったばかりの胸当てと武器を身につけた。
ナイフはメリアさんの腰に差してある。〈ゴード鉱〉の槌は邪魔なので、〈拡張保管庫〉に入れた。
メリアさんとお互いにおかしくないかチェックしあい、問題ない事を確認する。
「またねー」
エリーさんに手を振りながら店を出る。
次はどんな店に入るのかな?




