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第123話 話し合いの準備を整えた。今回の客も知り合いだった。

 〈拡張保管庫〉を何故大々的に売らないのか、と聞いてきた狐燐(コリン)を口八丁で脅し、ネタバレした事で怒った狐燐(コリン)に追いかけられている最中、いつの間にかジャンが数人の男女を伴って来店していた。

 ジャンのジットリした視線、そして今回の客であろう人達の唖然とした表情、そして全員の前に置いてあるお茶を見るに、俺と狐燐(コリン)の追いかけっこはガッツリ見られていたらしい。


「もー。来てるなら言ってよ。恥かいたじゃんか」


「言ったよ。止めようともしたわ。だけどな、無駄に動きが速くてどうしようもなかったんだよ。しゃーねえからメリアに頼もうとしたら――――」


「あの状況だと、頭を殴るのが一番手っ取り早そうだったんだよねえ。しかも動きが速いから、あんまり手加減もできなさそうだったし」


「止めないでくれてありがとうございます! そしてお待たせしてすみませんでしたぁ!」


 腰を九十度曲げてジャンへ頭を下げる。

 いや、メリアさんの手加減なしの拳骨なんて頭に受けたら、結界張ってても頭蓋骨が陥没しかねないからね。肉体を魔力で形成してる狐燐(コリン)とか、頭部が消し飛ぶかもしれない。店内でのスプラッタは勘弁してほしい。

 動きが速すぎるのは、まあ、あれだ。それだけ狐燐(コリン)が怖かったって事で。割とガチで逃げてたし。


「いや、頭を下げるのは俺に対してじゃねえだろ。こっちだこっち」


「ハイッ! 皆さん、サーセンしたーっ!」


 ろくに顔も見ずに、ジャンが親指で示した相手に対しても頭を下げる。とりあえず下げる。全身で反省してますアピールだ!


「あ、い、いや、気にしなくて、いい」


 何故かしどろもどろに答える声に顔を上げてみると、そこにいたのは五人の男性。タイプこそ違えど、この世界らしい顔面偏差値のくっそ高い人達だ。

 そして俺はその内の一人、先頭に立っている男性に見覚えがあった。


「えーっと…………カッツェさん? でしたっけ?」


「そうだ。覚えていてくれたのか。あの件は本当に助かった」


 〈冒険者病〉という病気にカッツェさんが罹ってしまい、パーティ解散の危機に陥っていた所を、俺が治療薬を渡して無事快癒した。という事が前にあったのだ。

 まあ、〈冒険者病〉というのが、前の世界でいう壊血病で、偶然俺が漫画知識で治療法を知っていたってだけなんだけど。治療薬ってのも、ぶっちゃけただのハチミツレモン水だし。


「ええ、まあ。冒険者病なんていう、自分にも関わりがありそうな病気の話でしたからね。頭に残ってます。……っとと、すみません。それではこちらの席にお座りください」


「あ、ああ。承知した」


 まあその金髪碧眼のキラキラ王子様フェイスはそうそう忘れられないですよ。とはさすがに言いづらいので、無難な回答でお茶を濁しつつ、いざ話し合いを、と席を勧めたのだが、なんとも歯切れが悪い。

 どうかしたのかしら? と首を傾げていると、少し離れた席に腰を下ろしたジャンがしきりに手招きをしているのが目に入った。

 その様子があまりに必死だったので、カッツェさん達に断ってからジャンの元へ移動すると、肩にガッと腕を回されて引き寄せられた。


「うおっとぉ!? ……何? これから大事な話し合いなんだけど」


「そんなもん知っとるわ。誰が連れてきたと思ってんだ。……おまえ、そのままの恰好で話し合いをするつもりか?」


 内緒話をするように、耳に顔を近づけ、小声で言うジャンの言葉に、改めて自分の姿を確認する。

 空色のタンクトップにデニムっぽい生地のホットパンツを合わせ、その上から白い薄手のコートを羽織っている。仕事中にはこの上からエプロンを着けていたが、営業終了と共に外している。


 ……うん。いつもの服装だな。この服装に何か問題が?


「『何か問題でも?』って顔してんじゃねえ。服装の話じゃねえよ。俺たち以降の客の時は、でっかくなって対応するって言ってただろうが」


 は? でっかく? そんな事……言った………………。言ったわ。うん。言ってた。


「やっと思い出したか」


 そうだ。そうだった。子供の姿じゃ信用が得られないから、次からは【変身】を使って対応するって事にしてたんだった。あまりに【変身】を使う機会がなくて、ド忘れしてたわ。

 あー、だからカッツェさん、微妙な顔をしてたのかー。大人が出てくると思ったら、幼女が対応してきたんだもんなー。〈冒険者病〉の時は、諸々の説明はメリアさんにやってもらってたし、俺が面と向かって対応した時って、ハチミツレモン水を渡すだけだったもんなー。


「思い出したならさっさと変わってこい。いくらなんでも待たせすぎだぞ」


 そう言ってジャンは俺の肩に回していた腕を解き、代わりに背中をドンッと押してきた。

 その力が強くてたたらを踏む事になってしまったが、ジャンの言う事も尤もなので、そのままカッツェさんの元へ早足で進む。

 カッツェさんの目の前に到着した俺は、改めてガッツリと頭を下げた。


「お待たせしてしまって申し訳ありません。今から担当の者を呼んできますので、もう少しお待ちいただけますか?」


「ああ。この後に用事がある訳でもなし、待つのは構わない」


「申し訳ございません。それでは、失礼します」


 出来る限り丁寧な言葉遣いで謝罪したのが功を奏したのか、なんとか寛大なお言葉をいただけたので、小走りで店の裏口に向かい、視線が遮られた所で【いつでも傍に】を発動した。


「やばいやばいやばい! めっちゃ待たせてる! 急がないと!」


 転移した先は屋敷内の寝室。フカフカの絨毯に足が着いた瞬間、俺は慌てて衣服を脱ぎ始めた。

 靴を脱ぎ散らかし、コートをぶん投げ、タンクトップを脱ぎ捨て、ホットパンツを下着ごと蹴り投げる。

 そして俺が脱ぎ散らかした服を回収していくメイド。【いつでも傍に】を使ったのだから当たり前だが、近くにいたらしい。慌てすぎて気づかなかった。ベッドメイキングの途中だったらしく、少し乱れたベッドが視界の隅に映る。仕事増やしてごめんね。でも急いでるから今は許して。


 一分程で見事なまでにスッポンポン、一糸纏わぬ姿になった俺は、即【変身】を発動した。


 全身がカッと熱くなり、内臓をかき回されるような不快感。それと共に視界がグングン高くなっていく。

 歯を食いしばりながら不快感に耐えていると、視界の上昇が止まった。【変身】が終わったようだ。


 それを確認した瞬間再度ダッシュ。クローゼットから大人用の服を一式取り出し、急いで着ていく。

 慣れない服装に苦労しながらも、なんとか着用を終えた所で、メリアさんに対して【念話】を繋いだ。


(準備できた! おねーちゃん、カッツェさん達から見えない場所に移動して!)


(はいはーい。ちょっと待ってねえ……………………うん、いいよー)


 メリアさんの返事が届いた瞬間、再度【いつでも傍に】を発動。〈鉄の幼子亭〉に取って返した。

 転移した先は厨房だった。受け渡し口からは死角になる位置なので、向こうからこちらの様子が伺えない、なかなかの好スポットだ。

 そんな場所で俺が戻ってくるのを待っていたメリアさんは、俺の服装を物珍しそうに見ている。


「おかえりー。その恰好、久々に見たけど、やっぱり変わってるよねえ。前の世界の服なんだっけ?」


「ただいま! まあ、あっちの世界では別に珍しくもない、ごく普通の服装なんだけどね。それっぽく作ってもらっただけだから、ちょいちょい違うけど」


 俺が今着ている服装は、前の世界では良く見る、こちらの世界では存在しないであろう物だ。


 黒の無地のジャケット(のようなもの)。

 白いブラウス(のようなもの)。

 黒のタイトスカート(のようなもの)。

 革製のパンプス(っぽいもの)。


 ――――そう。スーツだ。しかも就活生が着るような、飾り気のないリクルートスーツ(のようなもの)。


 後、俺の中では未だに『仕事といえばスーツ』という価値観が残っている。世の中はビジネスカジュアルとかが流行っていたけど、俺が勤めていた所はそんなもんお構いなしのスーツ一択だったからね。

 だからこそ、十台後半から二十代前半の見た目になった時、思ったのだ。

『スーツ着なきゃ』と。


 しかしここは前の世界とは違う世界、勿論スーツなんてない。

 なので、オーダーメイドした。

 全く前例のない服だったため、そこまで良い生地は使ってないにも関わらず小金貨八枚もかかってしまった。リクルートスーツなのにくっそ高い。


 でもその甲斐あって、それなりに満足いく物が出来た。結構気に入っている。ストッキングはさすがに無理だったから素足だけど。

 まあ、【変身】しないと着れないんだけどね! 俺しか着れないし! メリアさんとかが着たら、胸の部分のボタンがはじけ飛んじゃうからね! メイド達もね! リーアもね!


「…………なんでいきなり崩れ落ちたの?」


「なんでもない………………よし! じゃあ行こうか!」


「あ、ちょっと待って」


 胸囲の格差社会を再認識してしまった事により下がったテンションを無理やり上げ、いざカッツェさんの元へ! と一歩踏み出した所で、メリアさんからストップがかかった。


「ほら、髪がボサボサだよ。整えてあげるからちょっとそのままでね」


 俺の髪を、メリアさんが手櫛で優しく整えていく。メリアさんの指が髪を梳いていく度、ゾクゾクした感覚が全身を駆け巡った。


 ちょ、にゃ、にゃにこりぇぇぇぇ。きもちよしゅぎりゅぅぅぅ。ちからが、にゅけるぅぅぅ…………。


「ふあぁぁぁ………はうぅぅ……ふにゃあぁぁぁ……」


「何変な声出してるの。………………よし、こんなものかな?」


 快感の余り腰砕けになる寸前でメリアさんは俺の髪から手を離した。ギ、ギリギリセーフ……!


 ハアハアと荒い息を吐きながらも、俺の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。幼女の時に散々髪を弄られたけど、一度もこんな事なかったのに、【変身】を使ったら、なんでこんな状況に……? 体が大きくなった事で体質か何かが変わったのか? 順当に成長した訳じゃなく、あくまで【能力】(スキル)による一時的な物なのに……。意味が分からない。

 まあなんにせよ、【変身】後にメリアさんに髪を弄ってもらうのは、拒否するか、やってもらうにしてもかなり気合を入れておかないとやばい、という事が分かった。


 あれはヤバい。気合入れて掛からないと、俺、溶けちゃう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大人レンちゃんとメリアさんをお風呂に投入しよう( ˘ω˘ )! ↓つまり狐燐は炭焼き小屋で働かせればいいわけか!
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