第122話 狐燐に色々教えてあげたら怒られた。
ジャンから〈拡張保管庫〉の新規購入者の話を聞いた翌日。〈鉄の幼子亭〉営業後。
後片付けも終了し、あとは戸締りをして帰るだけとなった店の中で、俺はメリアさんと二人で購入予定者の登場を椅子に座って待っていた。
「おっそいのう。さっさと来んか全く。妾を待たせるとはいい度胸じゃ」
「…………いやなんでいるの?」
訂正。二人じゃなかった。
俺とメリアさんは同じテーブルの椅子に座っているのだが、そこにもう1人座っている。
まあ先ほどの言葉で分かると思うが、狐燐だ。
朝に全体連絡として、〈鉄の幼子亭〉閉店後に人が来て、〈拡張保管庫〉販売に関する話し合いをする事を話したのだが、何故か狐燐がノリノリで『妾も立ち会うぞえ!』とか言い出した。
狐燐は現在、仕事を手伝う事もなく屋敷でグータラしており、俺たちが忙しく働いているのをダラーっと眺めているだけだったのに、だ。
つーか働け。明日は強引に〈鉄の幼子亭〉で給仕させよう。うん。働かざる者食うべからずだ。過去はどうだったか知らないが、今は俺達の所にいるんだ。キリキリ働いてもらうぞ。
「そんな物、気になったからに決まっておろうが」
スラッと伸びる長い足を艶めかしく組み替えながら、さも当然のように宣う狐燐。ちなみにこいつ、最初に会った時に着ていた(作った?)ドレス姿である。大衆向けの食堂である〈鉄の幼子亭〉には、いっそ笑えるくらい合わない。自由に服装変えられるんだから、もうちょっと空気読めよ。毎日作り直しているようではあるが、いっつも同じ格好だから、着たきり雀に見える。
そして『何言ってんのこいつ?』みたいな顔で見るんじゃねえ。それはこっちのセリフだよ。
「面白い事なんてないでしょ。ただの〈拡張保管庫〉販売に関する話し合いだよ。形とか、容量を決める為のね」
「それじゃよ!」
「ぎゃーーす!?」
何かを勘違いされていると面倒なので、今回の話し合いの内容について軽く話した途端、狐燐が勢いよく椅子から立ち上がりながら叫んだ。
いきなり大きな声を出すんじゃねえよ! びっくりするだろうが! 耳キーンってなったわ!
座っているのが普段客が座っている丸テーブルの為、俺を挟んでメリアさんは右側、狐燐は左側に座っていた。
大して大きくもないテーブルにそんな状態で座っての突然の大声である。割と距離が近かったのもあり、俺は耳に大ダメージを受けた。
左耳を抑えて涙目になる俺をガン無視し、狐燐は一気にまくしたてた。
「屋敷の者達に聞いたぞえ! 〈拡張保管庫〉はなかなかの高値で売れるそうじゃの! なら何故もっとドンドン作ってバンバン売らんのじゃ! 見た目よりも大量に物が入る入れ物なぞ誰もが欲しがる逸品じゃろう! 何故わざわざ客を選定し、客の要望を反映した物を作らねばならぬ! お主は好きに作り、客がこちらに合わせれば良いだけではないか!」
耳はキーンとなっており、少し聞きづらかったが、狐燐はテンションが上がっているのかやたら声が大きかったので、なんとか聞き取る事は出来た。
うん。言いたい事は分かるよ。確かに大量生産してばら撒けば、俺達は一瞬にして大金持ちになるだろう。今みたいに毎日必死に料理を作る必要もなくなるし、ウザい客に内心キレながら作り笑顔で接客する必要もないだろう。
意味もなく宝飾品を買い漁ったり、飽食に明け暮れる事も出来るだろう。
でも。
でもだ。
「――――〈拡張保管庫〉ってさ、便利じゃん?」
「? お、おお。そうじゃの。小さな袋に有り得ない程大量に物を詰め込めるんじゃ、便利に決まっておる」
狐燐は、繋がっていそうで繋がっていない俺の言葉に少し混乱しつつ同意する。
「だよね? 便利だから、作れば作るだけ売れると思う。もう引く手数多だよね。大々的に宣伝しなくても、人伝にどんどん噂が広まって、あっという間に世界中に認知される」
「うむ。良き事ではないか。世界中の者に売れば、世界の富をかき集める事も容易そうだのぉ」
「かもね。で、今から販売の制限をなくすとするじゃん? そしたら、今日来る客、冒険者がまず広めるよね」
「まあ、順当に行けばそうなるじゃろうなあ」
「冒険者ってのはピンキリだ。街の近場で薬草を採取するだけでやっとの人もいれば、貴族からの難しい依頼も易々と達成できる人もいる。って事は、そう遠くない内に貴族の耳に入るよね」
「うむ。その可能性は高いじゃろうな。貴族などと言うものは、意味もなく財貨を貯めこんでいるものじゃ。存分に吸い上げれば良いじゃろう」
狐燐の偏見たっぷりの言葉に、俺は薄く笑いながら言葉を続けていく。
「そうなると顧客に貴族が追加される訳だ。狐燐の言う通り、貴族は金持ってる可能性が高いから、いい稼ぎになるだろうね」
「じゃろう? だったら――――」
自分の言葉が肯定されたと思ったらしい狐燐が、ちょっとドヤ顔で自論を再度口に出そうとするのを、俺は手を上げて止める。
ドヤ顔から一転、ちょっと不満そうな表情を浮かべる狐燐を後目に、俺はさらに続ける。
「貴族の中で噂が広まったら、次はどうなるか。十中八九王族の耳に入る。そうなったら、まあ王族も欲しがるだろうね。貴重な物とか山ほど持ってるだろうし。そして、貴族や王族が、〈小さな労力で大量の荷物を運べる手段〉を手に入れたら、次はどうなると思う?」
「む? 自身の荷物を詰め込むのではないか?」
狐燐の的外れな答えに俺は首を振る。それもないとは言えないが、極々少数だろう。
国の上層部が、安易な輸送手段を得たらどうなるか。確定ではないが、ほぼ確実に――――
「戦争が起こる」
「なんじゃと!?」
俺の端的な言葉に、狐燐は驚きの声を上げた。
これくらい、ちょっと考えればだれでも予想できると思うんだが……あ、そうか。狐燐は記憶がないんだったな。だったらしょうがないか。それならその先の説明してあげよう。
実際の所、これから話す内容はあくまで推論であって、確定した話ではない。だが、そうなる可能性はそれなりに高いだろう。
「今までは〈輸送に掛かる労力に見合わない〉という理由で手を出さなかった、遠く離れた他国まで、気軽に侵略に行けるようになるんだよ。本来なら何十台もの馬車で運ばなくちゃいけないような、大量の水や食糧、重くて嵩張る武器や鎧。兵士達の為の寝具や天幕。そういった物も〈拡張保管庫〉に突っ込んでしまえば関係ない。腰に下げた小さな袋一個で片が付く。お手軽侵略戦争の始まりだ」
『侵略』という言葉に苦い顔をする狐燐。記憶を失っているはずだが、何か感じる物があるのかもしれない。
とはいえ、ここで話を止めるのは中途半端で気持ち悪い。狐燐には悪いが最後まで語らせてもらう。
「もちろん、〈拡張保管庫〉なんて便利な物の噂が国内で止まる訳がない。あっという間に話が伝わり、世界中の国がこぞって〈拡張保管庫〉を手に入れるだろう。そうなると、全ての国が同じ立場になる。〈遠く離れた場所にも、気軽に行ける〉というね。そうなったらもう止められない。世界のそこかしこで、お互いに聞いた事もない国同士が戦争を起こすようになる。ひっきりなしに吹っ掛け、吹っ掛けられる戦争。その状態が続き、世界中の国々が疲弊する。そりゃそうだよね。戦争なんて消費こそすれ、何かを生み出す事なんてないんだから。人も、物も」
営業時間中と違い客一人おらず、そのためにシンとした静寂が支配する空間に狐燐によるぐびりと唾を飲む音が響く。
「そんな状態になったら、疲弊しきった国は自国の守りも覚束なくなる。勝手に滅亡する国もあるだろうけど、ちょっとした魔物の襲撃であっという間に亡びる所も出てくるだろうね。そうしてこの世界の行きつく先は…………魔物に世界の主導権を奪われ、人間は小さく縮こまって、息を潜めて暮らさなければ生きていけない、地獄の始まり――――いや、魔物の世界になるんだから、魔界が正しいかな?」
「…………お主は、そこまで考えて」
「というのは建前で」
「……………………は?」
「で、本音は?」
そこで、今まで沈黙を貫いてきたメリアさんからそう聞かれた俺は、待ってましたとばかりにテーブルをバンッ! と叩きながら吠えた。
「そんなに客増えたら死んじゃうってーの! 〈拡張保管庫〉作るのも、利用者登録も俺しか出来ないんだよ!? しかも貴族とか王族とかって絶対見た目に拘るでしょ!? そんな細かい事やってられるか! で、装飾やら何やらで値段が跳ね上がったら『高すぎる。こんな金額払えない』とか言って、権力を笠に着て踏み倒すんだよ絶対! やってられっか!」
「あー、なるほどねえ。確かに〈拡張保管庫〉関係はレンちゃんの【能力】に依存してるから、誰も手伝えないからねえ……」
メリアさんが腕を組みながらウンウンと頷く。おお、分かってくれるかメリアさん! そのニヤニヤ笑いを止めてくれればなお良し!
「そうなんだよ! いくら金持ちになっても、使えなかったら意味ないんだよ! 『生きる為に仕事する』ならいいけど『仕事する為に生きる』のは嫌なんだよ!」
前の世界では俺のみならず、社会全体がそんな風潮だったからね。特に日本人。七割くらいはそんな感じだったんじゃないかね? みんな死んだ目してたし。
俺はもうあんな毎日には戻りたくねえ!
だからこそ、〈拡張保管庫〉が大量に出回った場合の未来予想図を極論で、しかも偏った見方で説明したんだよ!
戦争が多発する可能性も確かに高い。でもそれと同じくらい、物品輸送のコスト削減により遠く離れた場所の商品が安く手に入るようになり、遠征する人間が増える事により他文化との交流も芽生え、世界に多様性が生まれる可能性もあるのだ。
第一、物資の輸送が簡単になっても、移動手段が徒歩か馬車くらいしかないんだ。ぶっちゃけ〈拡張保管庫〉があったところで、戦争レベルの大規模遠征なんてそうそう起こらないと思う。
でもそんな事言ったら狐燐を論破できないじゃん! だから言わない! なんか狐燐がすごい辛そうな顔してるからついネタバレしちゃったけど!
俺とメリアさんがそんなやり取りをしている中、椅子から立ち上がった状態のままプルプル震えていた狐燐は、いきなり俺の頭を叩き始めた。
「このっ! このっ! お主がそんな崇高な考えを持っているのかと感動したのに! 自分の浅慮を恥ずかしく思っとったのに! 妾の感動を返せ! このっ! このぉっ!」
「痛っ! 痛っ! 割とマジで痛い! って、ちょ! 火! 手が火に覆われてる! やめろ! そんな手で殴るな! 髪が燃える!」
結界張れば防げるけど、そんな事したら絶対面倒臭い事になる。具体的に言えば『何を小癪な! こうなったらお主の頭を殴れるまで続けてくれるわ!』とかなる! だって結構マジで怒ってるもん!
「妾の力が流れていたご主人と共にいても大丈夫だったんじゃ、この程度問題なかろう! あ! こら! 逃げるでない! 後十発、いや二十発殴らせい! それか全力で一発じゃ!」
「死ぬわ!」
頭の痛みに耐えかね逃げ出す俺を、顔を真っ赤にして追いかける狐燐。
神から討伐要請されるレベルの奴からの全力パンチとか、何枚結界張っても足りないよ! パリンパリンいくわ! 俺の命もティウンティウンしちゃう!
「………………閉まってるはずなのに、なんかぎゃーぎゃーうるせえと思ったら……何してんだあいつ……」
「あ、ジャン。いらっしゃーい。そちらが今日のお客さんかな? ごめんなさいね。ちょっと長引きそうだし危ないから、あっちの椅子に座りましょうか」
「いや止めろよ。俺はあいつに多少慣れてるからマシだが、こいつらは初見だぞ。ほら見ろ、唖然としてるじゃねえか」
「んー……。止めてもいいけど、私が止めると、床に穴開いた上に、二人とも明日まで起きないくらい深く気絶しちゃうと思うけど、いい?」
「……待つわ。お前らも慣れろ。というか諦めろ。それがこいつらと付き合うコツだ」
「「「「「ええぇぇ…………」」」」」
俺と狐燐がジャン達の存在に気づいたのは、それから十分程経った後だった。




