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第121話 忘れていた仕事を思い出させられた。

 侯爵様からの依頼を完了し、それに伴って、自分の暮らしている国の第二王女という雲の上の存在が(不本意ながら)顧客になってから一月ほど経った。


 侯爵様の言っていた通り、あれからもちょくちょく呼び出しがかかり、追加で三回ほど侯爵様のお屋敷で給仕を行った。

 とは言っても、そんな頻繁に新メニューを出す事は出来ない為、コロッケの具の肉を、普段入れている干し肉じゃない、ちゃんとした肉にしたり、メンチカツに使う肉をちょっとお高めな物に変えたりといった、〈鉄の幼子亭〉で提供しているメニューのランクを上げた物を出していった。

 まあ、王女様の要望で毎回ビーフシチューは持って行ったけど。わざわざ依頼内容に記載するんだぜ? 依頼内容ってそういう事じゃないと思うんだが……。


 ちなみに、リンデの謝罪については、ぶっ飛ばした二日後に〈鉄の幼子亭〉で受けた。


 その時俺はいつも通り厨房にいたのだが、いきなり営業時間中にやってきた挙句、絶賛給仕中のメリアさんに対して、腰を九十度曲げて、めっちゃ大きな声で『申し訳ありませんでしたあっ!』とかやり始めた。

 その一言で終わるならまだしも、その後もメリアさんが止めるのも構わず、ベラベラベラベラ謝罪の言葉を垂れ流し始めた。

 うるさいし邪魔だし、他のお客さんの迷惑だったんで、一言言ってやろうと厨房から出たら、リンデの奴、俺を視界に収めた途端に気絶した挙句、また失禁までしてくれやがった。ふざけんな、食堂だぞここ。


 またそれからが大変だった。メリアさんにリンデを侯爵様のお屋敷に持って行ってもらい、その間に床を掃除しつつ、窓を全開にしてアンモニア臭い空気を換気。従業員総出でお客さんに謝罪して、迷惑をかけたお詫びとして料理を一品無料にした。お客さんにすっごい憐れまれたよ。

 そうこうしていたらハンスさんがすっとんできて、王女様が謝罪したいのでお屋敷に来てもらえないか、と言ってきた。

 ハンスさんはペコペコ謝ってくれたが、ハンスさんは何も悪くないのでそれについては軽ーく受け入れ、交代要員が来るのを待ってから、前の時よりちょっと豪華な馬車に乗って侯爵様のお屋敷へ。


 お屋敷の応接室でメリアさんと合流した所で王女様が登場。真っ青な顔で改めて謝罪された。


 俺としては、形はどうあれ一応リンデからメリアさんへ謝罪してもらったので一連の騒動はもう終わったと思ったし、そして何より、もうこれ以上リンデと関わりたくない気持ちが強かったので、受け入れる条件としてリンデの〈鉄の幼子亭〉入店禁止を提示し、一も二もなく了承してもらった。

 俺が謝罪を受け入れた時の、王女様の心底ホッとした表情が印象的だったな。

 メリアさん? 俺に丸投げだよ。そもそもメリアさんは気にしてなかったからね。俺の我儘って奴だ。


 さらに、お店に迷惑をかけたとの事で、大金貨五枚をもらった。最初はなんかすごい高そうなネックレスを渡されそうになったのだが、それは全力で拒否した。そんなもんもらっても困る。下手に売りにも出せないし。


 以降、依頼で侯爵様のお屋敷に行っても、何故かリンデの姿を見ることはなくなった。『俺達の視界に入れるな』とは言ってないんだが、王女様にも思う所があるのだろう。まあ有難いけど。

 まあ、さすがに滞在先で護衛をクビにする事はないだろうから、俺達がいる時だけ別室で待機でもさせられてるんだろうな。まあ、会わなくてすむならなんでもいいや。もう俺の中でリンデは『存在するだけで迷惑』レベルの扱いで固定化されてるし。


 そんなある日、つい先日侯爵様からの依頼を終え、ちょっと気が抜けた状態でいつも通り〈鉄の幼子亭〉の厨房で仕事をしていると、ジャンが話しかけてきた。


「待たせたな。例の件、見つかったぜ」


「………………?」


 ドヤ顔でやたら情報が少ない台詞を言ってきたジャンに、俺は首を傾げる事しかできなかった。例の件ってなんだ? 俺、ジャンになんか頼んでたっけ?


「おい、まさか…………忘れたとか言わねえよな?」


 いやそんな信じられないって顔されても……。ジャンがそんな顔するって事は、かなり重要な事を頼んでいたって事なんだろう………………え、まじで思い出せないんだけど。


「まじかよ……。こちとら真面目にやってたってのに……。おら、コレだよコレ」


 そう言ってジャンは腰の辺りをポンポンと――いや見えねえよ。料理の受け渡し口だぞ。そんなとこまで見えるほどでかくねえよ。

 しょうがないので受け渡し口に両手を置き、腕の力で体を浮かせて、頭を受け渡し口からニュッと出した。これならジャンが指してる物も見えるだろ。

 改めて視線をジャンの腰辺りに移すと、ジャンは平べったいウエストポーチのような物を叩いていた。

 ……あー。あれ、俺がジャン達に売った〈拡張保管庫〉だな。ちゃんと使ってくれてるようでなにより。まああれ、俺が設定を変えない限りはジャン達以外は使えないから、売ったりできないんだが。


 で? それがどうかした………………って、ん? んん? んんんんんんん!?


「あああーーーっ!」


「やっと思い出したか」


 呆れ顔のジャンに、俺はコクコクと勢いよく頷いた。

 そうだよ! 〈拡張保管庫〉を売ろうと思ったはいいけど、変な奴には売りたくないからって、ジャンに客の選定を頼んだんだった! すっかり忘れてた!


「ごめんごめん! 本気で忘れてた。そうだそうだ。そんなのも頼んでたっけ…………。それにしても随分かかったね? 候補がいなかった?」


 あれか。ジャンって実は知り合い少ないとかか? それで候補を見つけるのに手間取ったとか……。

 ジャン……高レベル冒険者なのに…………。


「…………なんだその可哀想な奴を見るような顔は。やめろなんか腹立つ。候補はすぐ見つかったよ。話を持って行ったのも結構前だ。お前から頼まれて数日後ってとこだな」


 なんだ違うのか。合ってたらそれはそれで面白かったのに……。

 つーか、俺が頼んだ数日後って、かなり前じゃん。にも関わらず今の今まで黙ってたって、一体どういう事だ?


 疑問が表情に出ていたようで、俺の顔を見たジャンは肩をすくめた。


「金がなかったんだと。そいつら、訳あって一時依頼を受けられなくなっててな。まあそれについては解決したらしいから良いんだが、その所為で手持ちが心許なかったらしい。で、必死こいて依頼を受けまくって、昨日やっと目標額が貯まったって報告に来たんだよ」


 ジャンの言葉になるほど、と思った。

 売り出す予定の〈拡張保管庫〉は、分割払いが可能、とはしているが、一回目の支払いだけは商品と引き換えに払ってもらう事にしている。

 いくらジャンの紹介とはいえ、そこは曲げられない。こういう物は一度特例を作ってしまうと際限なくなっちゃうからね。特例のはずの対応が定常化したりとか。

 そしてその金額も、リクエストの内容次第ではあるが、おおよそ大金貨五十枚程度。ポンと出せる金額じゃない。そら金を貯めるのに時間がかかる訳だ。


「つーことで、そいつらから支払いの算段がついたって話を聞いて、お前の都合の確認に来たっつー訳だ。あいつら、今はイースにいるから来ようと思えばすぐ来られる状態みてえだが、どうする?」


「なるほど。それじゃあ…………うん。明日の閉店後にここに来てもらえるかな? 閉店後だったら他のお客さんもいないし。……本当は応接室みたいな部屋があればいいんだけどね。さすがにそんなのはないし」


 はい。嘘です。


 何を隠そう、俺たちの住んでいる屋敷には、それはもう豪華な応接室がある。なんか見るからに高そうな調度品が色々飾ってあって、下手な事して壊すのが怖くてほとんど入った事ないけど。

 ……でもあの屋敷、まだ認識阻害の結界がバリバリ効いてて、俺たち以外入れないんだよね。多分侯爵様も存在を知らないと思う。

 だったら隠蔽を解除すればいいじゃない、って話だけど、まず第一に解除の仕方が分からないし、さらに言えば、あの屋敷は侯爵様の屋敷より大きい。これがかなり痛い。

 貴族である侯爵様の屋敷より、パンピーである俺たちの住んでいる屋敷の方が大きいとか、外聞が悪いにも程がある。でも偶然とはいえ折角手に入れたでっかい家を手放すのは嫌なんだよねえ。


 そんな訳で屋敷は使えない。となると、残る候補はこの店か、相手の居住スペースくらいしか思いつかない。

 だがぶっちゃけ、家族や友人ならともかく、初対面の相手の生活空間には入りたくない。相手としても入ってほしくないだろう。

 となると、残る選択肢は消去法でいくとこの店しかないのだが…………あー、もうちょっとそこらへんの事考えとけば良かったなあ。〈鉄の幼子亭〉だと閉店後しか使えないからなあ。時間帯が限られるんだよなあ。うち、定休日とかないし。年中無休だし。

 実際、ジャンも微妙な表情を浮かべている。


「あー……。まあ、他の客がいないなら大丈夫じゃねえかな。そんじゃ話してくるわ。…………今回はしゃーねーが、次までにはそれっぽい場所用意しとけよ」


「うん。そうする…………なんとか見繕ってみるよ」


 俺の返事にジャンは一つ頷き、店から出ていった。


「あー…………。どーっすっかなあ。なんかいい場所ないかなあ…………ま、今考えても仕方ねえか。さて仕事仕事……ぬおっ!?」


 しばしジャンが出ていった扉を眺めながらぼやいていたが、今考えても応えは出ないと頭を切り替え視線をずらすと、そこにはこめかみに血管を浮き上がらせたメリアさんの姿が。


「レーンーちゃーん? 注文溜まってるよー? お客さん待たせてるよー?」


「え!? やば! ごめん! うわ! なんだこれ!?」


 メリアさんの低い声に慌てて注文票を置く場所を見ると、そこには山のように溜まった注文が。

 メリアさんの背後からは、給仕をしているメイド達と、注文を待つお客さんの剣呑な視線がビシビシと突き刺さってくる。


「あわわわ! しょ、少々お待ちを! すぐに用意しますぅ!」


 ちくしょう! ジャンのせいだ! ジャンが営業時間中にあんな話をするから!


 それから俺は、過去最速のペースで注文を捌きつつ、お待たせしてしまったお詫びに、お客さん全員にドリンクを一杯サービスしつつ、メリアさんとメイド達にペコペコ頭を下げる事になった。


 くそう! なんて日だ!

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― 新着の感想 ―
[一言] そう言えばそんな事もあったなぁ……( ˘ω˘ ) 最悪領主邸の応接室を借用できれは……(え ↓コンソメスープとデミグラスソースwww
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