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第119話 叩き潰してやった。

 侯爵様が手を振り下ろすと同時、リンデさんが剣を腰だめに構えながらメリアさんの元へ突撃する。


「ふっ!」


 十メートルほどの距離を三歩で詰め、腰だめに構えた剣を斜め上に向かって振るった。

 なるほど速い。そしてただ速いだけでなく、姿勢も綺麗だし、身体のバネを使って振っているようで、それなりに重そうだ。誰彼構わず勝負を挑むだけの力量があるであろうことが伺える。迷惑だけど。


「っ!?」


 だがメリアさんの方が速い。


 メリアさんは、剣が身体に触れるか触れないかの所まで引き付けてから、一瞬で身体を捩じり、リンデさんに背中を向ける形でしゃがみこんだ。少し離れた場所から見ている俺でさえ、しゃがむモーションがほとんど見えないくらいのスピードだった。リンデさんからすると消えたように見えるだろう。


 メリアさんを見失ったリンデさんは、一度下がって場を仕切り直そうと考えたのか、重心を後ろに傾けた。

 それに合わせるように、メリアさんは両手を地面に着けつつ、捩じった勢いそのままにさらに体を半回転。その回転に合わせて片足を伸ばし、踵でリンデさんの足を後ろから刈るような足払いを仕掛けた。


 重心が後ろに寄った状態で強烈な足払いを受けたリンデさんは、足払いの勢いがすごすぎたのか、倒れこむのではなく、足を前に投げ出すような形で身体が宙に浮いた。まるで、凍った地面で足が勢いよく滑ってしまったかのように。


 完全に無防備になったリンデさんに対し、足払いの反動を使って素早く立ち上がったメリアさんは、宙に浮かんでいるリンデさんの胸部、鎧にそっと手を置き――――そのまま押した。


「がはッ!」


 残像が見えるほどのスピードでリンデさんが地面に叩きつけられ、ハンマーで地面をぶっ叩いたような音が辺りに響く。

 肺の空気を全て吐き出させられたような声を上げたリンデさんは叩きつけられた格好のまま、手足をピクピクと痙攣させている。見た所意識はあるようだが、衝撃と酸欠で身体が思うように動かないようだ。叩きつけられた際に手を離してしまった剣がすぐ側に落ちているが、拾う事さえ出来ない。


 どこをどう見ても勝負ありなのだが、終了の合図が出ない。

 顔を向けてみると、侯爵様は零れ落ちんばかりに目を見開いて固まっている。奥に見える王女様も同じような状況で、目を見開き、両手で口を押さえている。他の使用人の人達や、騎士らしき人達も同じだった。


「ん-……ちょっと力入れ過ぎたかな。ごめんなさい。ここまで弱いとは思ってなくて。手の平じゃなくて、指で押すべきでしたね」


 メリアさんの申し訳なさそうな声が響く。メリアさんは本気で申し訳ないと思って言っているようだが、周りからすれば煽ってるようにしか聞こえない。まあ作戦としては合っているからいいんだけど。


「終了の合図は出てませんし、まだやります? 私は構いませんので、ごゆっくり」


 そう言って、リンデさんの元から離れるメリアさん。そしてそれを呆然と見送る侯爵様達。侯爵様、驚きの余り自分が審判だという事を忘れているな。


「かひゅっ、ひゅっ……かはっ……はあ……はあ…………うぐ…………くうっ!」


 時間にして三十秒ほどだろうか。未だ不自然ながらなんとか呼吸を整えたリンデさんが、剣を掴み、生まれたての小鹿のように震える足で立ち上がった。

 カタカタと音を鳴らしながら剣を構えつつも、リンデさんの目には驚きと畏怖がありありと浮かんでいる。


「はあ……はあ……なん、なんなのですか、あの力は…………あんな力、人間に扱える訳がない…………ば――――」


 ――――化け物。


「がっ!?」


 リンデが体をくの字に折り、吹っ飛んでいく。二、三メートルほど地面と平行に飛んだ後地面に激突。そのままさらに一メートルほどゴロゴロと転がっていく。


「なっ! …………な、何をしている!」


 訓練場全体に響かんばかりの侯爵様の怒声を、俺はさっきまでリンデが立っていた場所で、足を振り抜いた姿勢で聞いていた。やっと自分の役目を思い出したようだ。


「な、なにが……」


 リンデがフラフラと立ち上がる。……チッ。【身体強化Ⅱ】を使った上で、足を金属で補強してもこの程度か。やっぱこの体じゃ大した威力は出ねえな。


「戻るのだレン殿! 失格負けにするぞ!」


 侯爵様が何やら叫んでいるが、俺はそれを無視してリンデの元へ歩を進める。

 リンデの目の前に立った俺は、リンデの頭に手を伸ばし、髪を掴んで頭を下げさせた。


「痛!」


 リンデが髪を引っ張られた痛みに声を上げるが、俺はそれを無視して、鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づけた。


「なあ……さっきお前、なんつった?」


「な……え?」


 訳がわからない、という表情を浮かべるリンデ。


「お前、メリアさんに向かって、『化け物』っつったよな? あ”? 何? 王都の騎士様は、自分の都合を押し付けて強引に戦わせた挙句、相手が自分より強かったら『化け物』なんて罵声を浴びせるのが普通なの? まじクズだな。そこらへんのゴロツキと変わんねえよ」


「なっ! 貴様! 私を、騎士を愚弄するのか!」


 俺の言葉にリンデは眦を吊り上げる。口調が変わるくらい、〈騎士〉を愚弄されるのが嫌らしい。王女様の側にいる騎士らしき人達からも怒気が発せられているのが分かる。だが知ったこっちゃない。こいつの暴挙を止めない時点で同罪だ。


 掴んでいた髪を離して突き飛ばすと、リンデはよろめいて二歩ほど下がった。掴んだ際に抜けてしまった髪が数本宙を舞う。


「はっ! 愚弄? さっきお前がメリアさんに言ったのと何が違う。違わねえだろうが。言ってみろよゴロツキ。何が違うんだ? あ”?」


「だ、黙れえええええ!!」


「待――――っ!?」


 王女様の物らしき制止の声を無視し、リンデが斬りかかってくる。

 その一撃は、怒りによる火事場の馬鹿力的な物か、それなりにダメージを負っているにも関わらず、明らかにメリアさんとの手合わせの時以上のスピードだった。真剣であれば、左脇腹から右の鎖骨辺りを抜ける軌道。模擬戦用の刃を潰してある剣でも、まともに食らえば盛大に吹っ飛ぶであろう一撃。――――まともに食らえば。


「……え?」


 ガツンッ! という音と共に、俺の脇腹三センチの位置で止まった剣を見て、リンデは間の抜けた声を上げた。

 視線を動かし、剣がぶつかった位置の結界を確認すると、わずかにヒビが入っている事が確認できた。

 ……こんなもんか。ジャンの一撃の方が強かったな。あっちは第一層を割ってきたし。これでトップクラスの強者とか、この国は大丈夫なのかね。

 そんな益体もない事を考えつつ、斬りかかった姿勢のまま固まっているリンデへと視線を向け直す。


「で、痛い所を突かれたら、たとえ相手が子供であっても問答無用で斬り捨てる、と。なるほどなるほど。俺の知ってる〈騎士道〉とは随分違うなあ」


「え? …………え?」


 未だ状況が理解できていないらしいリンデを尻目に、結界に阻まれ、動きの止まった剣を掴み【金属操作】を発動。縄状に変形させ、リンデの両手を拘束する。


「なっ!? け、剣が!?」


 驚愕の表情を浮かべているリンデを無視してしゃがみこみ、今度は足に装備している脚甲に干渉、両足を接着した。


「足も!? く、う、動けない……っ」


 しっかりと脚甲同士が接着されているのを確認してから立ち上がり、【熱量操作】を発動。〈拡張保管庫〉から熱を取り出し、周辺温度を上昇させる。

 瞬間的に膨張した空気により上昇気流が発生。周囲の空気を巻き込み、俺とリンデを中心に渦を巻き始める。


「た、竜巻を起こした……? お、お前はなんなんだ……なんなんだ一体!」


「そんなもん、決まってるだろ」


 四方を暴風の壁で囲まれ、恐怖に顔を引き攣らせながら叫ぶリンデに対して、俺は声を荒げる事もなく、淡々と答えてやった。


「愛する家族を貶されて怒る、一人の子供だよ」


 リンデの胸を強く押す。


 両手両足共に自由が効かないリンデは、成す術なくバランスを崩し、背中から荒れ狂う竜巻の中に突っ込んでしまう。


「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 たっぷりの熱を込めて出来た竜巻は風力もかなりの物のようで、風に翻弄される落ち葉のようにリンデを巻き込み、あっという間に上空に持ち上げていった。

【熱量操作】を維持しつつ、竜巻の中心から上空を見上げると、豆粒くらいの大きさながら、クネクネと悶えているリンデの姿が見える。手足の拘束を解こうと四苦八苦していたようだが、段々とその動きは緩慢になっていき、最終的にはグッタリと動かなくなった。もういいかな。


 さきほどまでとは逆に、【熱量操作】で周囲の熱を奪い、【拡張保管庫】に流し込む。上昇気流が生まれる土壌が消え失せた事により、竜巻はあっという間にその勢力を弱め、そして消えた。


 続いて、豆粒サイズからどんどんその大きさを増していくリンデの姿が…………あ、やべ。


「おねーちゃん。アレ、受け止められる? 着地の事考えてなかったわ」


 あのまま行くと頭から落ちちゃう。気絶してるっぽいから受け身も取れないだろうし、かなりのグロ画像になっちゃう。一応殺す気はないのだが、さすがに高所から落下する鎧を身に着けた大人の女性を受け止めるのは俺には出来ない。よってメリアさんに丸投げする事にする。メリアさんならなんとか出来るはずだ。


「え? …………え!? ちょ、ちょおおおおおおおお!?」


 メリアさんは最初、呆けた顔を俺に向けてきたが、時間差で俺に言っている言葉の意味を理解したようで、一瞬後には驚愕の表情と言葉にならない叫びと共に駆け出した。

 その短い時間の間にも、絶賛落下中のリンデと地面の間の距離はグングン近づいていく。

 それでもそこはメリアさん。地面に激突する前に真横からリンデを接触。リンデにダメージがいかないよう、フワリと抱きとめつつ、強引に運動の方向を縦から横に変更し。リンデが地面の染みになるのを防いだ。すげえ。


 いやー、自分の事を〈化け物〉扱いした相手をあんなに優しく受け止めてあげるなんて、メリアさんは優しいね。

 周りに迷惑をばら撒くどっかの騎士(笑)とは大違いだわ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 竜巻を出す時にアダルトチェンジして羽根をバッサバッサしつつ聖歌っぽいのを歌えば完璧な絶壁の天使スタイルだったかも 他の連中はメリアさんが勝つとさえ思えてなかったようだし、ざまぁw だけどこ…
[一言] ただでさえ地雷原でタップダンスしているのに勢いよく唯一の核地雷踏み抜きましたね…一周まわって可哀想に見えてきた
[一言] どうしてこんなことに(゜ω゜)
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