第115話 王女様と会った。
「ふあああぁぁぁぁぁあ…………うぅ、ねむぃ」
現在、俺はメリアさんと一緒に、メイドさんの先導の元、侯爵様の屋敷、その食堂へ向かう廊下を、料理の載ったカートを押しながら歩いている。
ちなみに何故か鍋ごとだ。普通こういうのって盛り付けて持っていくもんなんじゃないのか?
まあ、こんな畏まった場で食事なんてした事ないし、よく分からないけど。
禁術により転生し、メリアさんの中にいた〈炎魔〉、狐燐がビーフシチュー食べたさにメリアさんの中から飛び出し、紆余曲折あってメリアさんと【魂の契約】を(半ば強制的に)結んだ。
その時俺達は、過去大いに暴れたらしい狐燐が再度暴れだしても、この世界への影響がないように二人の女神、レストナードとフレヌスが作った別世界に(強制的に)いた訳だが、その狐燐は不完全な禁術の影響で記憶を失っており、その影響か見違えるほどに大人しくなっており、かつメリアさんに絶対服従となる【魂の契約】を結んだ事により、女神達は過去のような危険性はないと判断、天界に帰っていった。
それに伴い、俺達も元いた場所である屋敷の前に戻ってきた訳だが、思いのほか時間が経っていたらしく、戻ってきた時にはすでに夜が明けており、すでに朝だった。
色々あって疲れているので、本当はこのままベッドにダイブして惰眠を貪りたい所だったのだが、残念な事にそうは問屋が卸さない。
ビーフシチューを作るに際し作成した圧力鍋。その作成に時間を取られてしまった結果、ビーフシチュー自体が完成したのが、侯爵様から依頼を受けて九日目の夕方。
そこからメリアさんに試食を依頼し、狐燐騒動が発生。結果一日徹夜したので、本日は依頼から十日目。
そして、侯爵様曰く、王都から客人が来るのが、予定通りであれば依頼を受けた日から十日後。
まあつまり、本日が王都から客人が来る日な訳だ。寝てる暇なんてないよね。試食用のビーフシチューは狐燐に食い尽くされたから、新しく作り直さなきゃいけないし。
侯爵様の使いの人は、俺達を呼びに〈鉄の幼子亭〉に来るので、眠い目を擦り擦り出勤。〈鉄の幼子亭〉に備え付けられているちっちゃな厨房でビーフシチューを作成した。毎日メイド達がデミグラスソースを仕込んでくれてなかったら詰んでたな。
んで、ビーフシチューが完成し、最後のひと手間とばかりに煮込んでる最中に使いの人が来訪。ビーフシチュー入りの鍋をえっちらおっちら抱えて侯爵様の屋敷に向かった。
その時に、鍋を抱えた俺を怪訝そうに見た使いの人に『客人が到着するのは半日くらい後』と聞かされ、膝から崩れ落ちそうになって使いの人に慌てて支えてもらった。
メリアさん? 俺と一緒に崩れ落ちたよ。
なんでも、侯爵様は料理は屋敷の厨房で作ると思っていたそうで、その時間を取る為に、先触れが来てすぐ使いの人を寄越したらしい。
そうだよね。普通は厨房を借りて料理を作るよね。
…………使いの人が来るまで寝てられたじゃん。ちくしょう。
ああ、ちなみに狐燐は屋敷に置いてきた。この依頼は俺とメリアさんで受けた物だし、狐燐は冒険者じゃないから当たり前だな。
今頃メイドに案内された部屋で惰眠を貪っているんだろう。羨ましい。うぎぎ。
侯爵様の屋敷に到着した俺達は屋敷のサイズに見合ったでっかい厨房に案内され、しかし料理自体は作成済みの為やる事がなく、シェフの方々の邪魔にならないように、『なんでこいつらここにいるの?』という視線に耐えつつ、厨房の端っこで小さくなって待機。
なかなかしんどい時間を過ごし、ようやく呼び出しがあって今に至る。シェフの皆さんごめんなさい。
絶え間なく襲う睡魔から目を逸らす為に、そんな益体もない事をつらつらと考えていると、先導していたメイドさんが一つの扉の前で足を止め、綺麗な所作で振り返った。
「こちらが食堂になります。皆さまの食事の進み具合を確認して参りますので、そのままお待ちください」
「あ、はい」
メイドさんは俺達にそう言付け、扉を小さく開けて一人食堂の中へ入っていった。
「いよいよかあ。うう、緊張してきた」
二人っきりになった所で、ソワソワしながらメリアさんがそう言った。場所が場所なのでもちろん小声だ。
「……………………ハッ! そ、そうだね」
「いや絶対してないでしょ。絶対話聞いてなかったでしょ。というか今ちょっと寝てたよね?」
はい。一瞬意識が飛んでました。
移動中はギリギリなんとかなってたけど、立ち止まった途端に睡魔の攻めが強まってしまって……。緊張してないというか、あまりに眠すぎて緊張を感じる余裕がない。
緊張してると眠気って飛ぶはずなんだけど、それにも限度があるようだ。今ならの〇太君より早く寝れる自信がある。あの永遠の〇学生は寝るのに三秒かかるからね。今の俺なら一秒いらないよ。
…………メイドさん早く戻ってきて。仕事させて。寝ちゃう。立ったまま熟睡しちゃう。
「お待たせしました。中へどうぞ」
俺の必死の願いが通じたのか、メイドさんが入った時と同様、小さく扉を開けて俺達を呼んだ。
「はい。行こうレンちゃん。……給仕中に寝ないでね?」
「頑張る。仕事してれば多分大丈夫だと思うんだけど……」
二人揃って、微妙に的外れな不安を抱きつつ、カートが通りやすいように、メイドさんが大き目に開いてくれた扉をくぐる。
食堂に入って最初に目についたのは、同時に二、三十人は利用できそうなくらい大きなテーブルだった。
そのテーブルは綺麗な正方形で、入口から見て右側の中央に侯爵様が座り、その左隣に初めて見る妙齢の女性、さらにその隣に見覚えのある子供が座っていた。恐らく、女性は侯爵様の奥様だろう。栗色の髪を結い上げた、優しそうな美人さんだ。
子供は前にちょっかいを出してきたクソガキだな。俺を見て盛大に顔を引き攣らせているけど、まあこいつはどうでもいいや。
というか、こういう時、屋敷の主って一番奥の席でふんぞり返っているイメージだったんだけど、なんでこんな入口側に座ってるんだろう? 俺のイメージがおかしいだけ?
そう思い、入口から一番遠い席、上座に目を向けると、そこには一人の女の子が座っていた。
純金で拵えたかのように輝く長い髪は癖なく滑らかに背中に流されており、深く蒼い瞳はアクアマリンのように美しい。
細い眉は美しい曲線を描き、その蒼い瞳をより映えさせている。
スッと通った鼻梁にふっくらとした頬。
肌は白く、しかし少女特有のハリと瑞々しさを感じさせると共に、桜色の薄い唇を際立たせている。
――――とかなんとか、少ない語彙を駆使してダラダラと描写してみたが、ぶっちゃけ一言で済む。
超かわいい。
この世界の人達は全体的に顔面偏差値が高いが、あの少女は一線を画す。少女の背中から後光が差しているように見えるくらい輝いている。
つい最近出会った女神達も凄まじい美人だったが、少女はそれに比肩するだろう。
少女の背後には、仕立ての良い、動きやすさを重視した服を纏った女性が二人立っている。
こちらも少女程ではないが、かなりの美人だ。
一人は百七十センチはありそうな長身で、青っぽい銀髪を結い上げている。
スレンダーな身体と、鋭い目つきがとても似合っており、翠色の瞳で俺達を注視している。
なんというか、『これぞ女騎士!』って感じがする。鎧とか超似合いそう。あと『くっ殺』とか言いそう。
もう一人は打って変わって、百六十センチあるかないかの小柄な女性だ。
肩の辺りで切り揃えられた桃色の髪に、同色の瞳。柔らかい微笑みを浮かべつつ、こちらも俺達に視線を向けている。
そして……デカイ。メリアさんよりデカイ。今まで見た事のある女性の中で最大サイズだ。
柔らかい表情と相まって、溢れんばかりの母性を感じる。つい『おかあさん』とか言っちゃいそう。なんだっけ。バブみ? そんな物を感じる。
そんな魅力的な二人組ではあるが、それでも少女の美しさの前では霞む。
その衝撃的な美しさに呆けていると、少女の形の良い唇が開いた。
「あら。その方たちは他の使用人とは服装が違いますね。という事は、この方々が?」
「はい。この者達が、先ほど話題に上がりました美食を生み出したのです。私もいくつか食べましたが、王都で供される物に勝るとも劣らない素晴らしい物でした」
とても耳心地の良い、少女特有の高い声と、侯爵様の低い声にハッと我に返る。
この街のトップである侯爵様が、聞いた事がないような丁寧な言葉遣いをする相手。
間違いない。あの少女が今回の賓客、第二王女だ。
それに気づいた俺は、目だけを動かして、隣のメリアさんを見た。
………………あ、ダメだ。緊張しまくってガチガチになってる。
メリアさん、こういうの苦手だったのか、ちょっと意外。洞窟でジャン達と初めて会った時は率先して話してたから、てっきり得意なのかと思ってた。
しょうがない。俺がやるか。
俺は、心の中で溜息を一つ吐いてから半歩前に出て、できるだけ優雅に見えるように、ゆっくりと頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ここイースの街で〈鉄の幼子亭〉という食堂を営んでおります、レン、と申します。こちらはメリア。私の保護者です。このような場に料理を提供させていただく栄誉を賜りました事、大変嬉しく思っております。浅学故、礼儀作法等至らぬ点も多々あり、お見苦しい姿をお見せしてしまいますが、精一杯務めさせていただきますので、何卒ご容赦ください」
そこまで言った所で、メリアさんの服の袖を軽く引っ張る。
その感触で我に返ったらしいメリアさんは、慌てて勢いよく頭を下げた。…………うん。まあ、しないよりはマシだろ。俺もあんまり人の事言えないけど。
「まあ。確かに、貴族に対しての礼儀作法はご存じないようですが、随分としっかりとした方ですね。…………レンさん、でしたか? 不躾な事をお聞きしますが…………あなた、おいくつですか?」
「はい。六歳でございます」
「…………申し訳ありません。良く聞き取れませんでした。もう一度伺ってもよろしいですか?」
「はい。六歳でございます」
「き、聞き間違いじゃありませんでした……。六歳って……私より四つも下…………? 信じられない……」
王女様が俺の言葉に目を見開いた。驚いた顔もかわいい。その後取り繕う為か少し俯いて、素っぽい口調でブツブツ言ってるのもかわいい。さすがに何を言ってるかは聞こえないけど、大体予想はつく。今までも散々言われてきたし。
まあ、実際驚くよね。六歳の子供とは思えない態度だろうからね。
一応中身は三十歳だからね。これくらいは出来てもおかしくないよね。
というか、そんな如何様な上げ底でどうにかしてる俺よりも、マジモンの十歳でそこまで礼儀正しく出来る王女様の方が圧倒的にすごい。俺、十歳の頃なんてアホ面晒して遊び呆けてたよ。
そんな王女様を見て、侯爵様は激しく同意、とばかりにひとしきり頷いてから口を開いた。
「全くです。私も初めて会った時は驚きました。なんといっても、この歳で何不自由なく店を切り盛り出来る程ですからな。いやはや、どういう教育を受けさせたらこのような子供になるのか、想像もつきませんな…………おっと、まだ食事の途中でした。折角の料理が冷めてしまいますな。話は一度ここまでにして、本日の目玉と行きましょう」
そこで侯爵様が視線で合図を寄越したので、俺は小さく頷いて、準備の為にカートを動かした。
…………さて、とりあえずここまではなんとかなった。このまま致命的なミスをやらかさないで、最後までいければいいんだけど……。




