第114話 また身内が増えた。つらい事実が判明した。
「いやいやいやいや!? 別にそこまでしてもらわなくてもいいんだよ!? ていうか解除! 解除ってどうやるの!?」
女神と〈炎魔〉から投げつけられた爆弾に、軽く意識が飛んでしまっていたが、一足先に復活したらしいメリアさんが出した大きな声で我に返った。
「さあ? 妾は、【魂の契約】を結ぶ手順は何故か知っておったが、解除の方法は知らぬ」
「何その都合の良い記憶の失い方!?」
メリアさんの叫びに激しく同意。ほんと都合よすぎじゃね? 実は知ってるけど言わないだけなんじゃないか?
「そ、そうだ! 不本意だけど、逆らえないって言うんなら、私がコリンに聞けば答えざるを得ないんじゃ――――」
「それはそうかもしれんが、それをした時点で契約を認めてるのと同義ではないかえ? 契約を解除する為に契約の力を使う、というのは本末転倒のような気がするがのぉ」
「ぬああああああああああ!?」
ニヤニヤしながらの狐燐の言葉に、メリアさんは頭を抱えて声にならない叫びをあげる。
…………いや、別に聞いてもいいんじゃないか? 聞いたらデメリットがある訳でもないし。
混乱から抜け出し切れないタイミングでそれっぽい事を言われて、正常な判断が出来なくなっているのかもしれない。完全に手玉に取られている。そして狐燐は詐欺師の素養があると見た。
俺? 俺はなんとか立ち直ったよ。近くの人が混乱してると、逆に冷静になれるもんだね。
ここは俺が口を挟んで、メリアさんに冷静になってもらうとするかな。
「おね――――」
「私としては、【魂の契約】はそのままでいて欲しいですぅ」
インターセプトしようとしたらさらにインターセプトされた。
ちょっとイラっとしながら声のした方を向くと、そこにいたのはレストナードだった。
「な――――」
「私も同意見よ。今でこそその〈炎魔〉、コリンは人畜無害っぽく見えるけど、昔に悪逆の限りを尽くしたのは事実。これからだって、ずっとそのままでいる保証はない。でも【魂の契約】で縛られていれば、もし悪事を働こうとしても、その娘の一言で抑えられる。その利点は大きいわ」
理由を尋ねようとした所で、さらにインターセプト。今度はフレヌスだ。
台詞をことごとく潰され、口をパクパクさせる俺を無視して、レストナードの言葉を引き継ぐように【魂の契約】を維持してほしい理由について説明する。
なるほど。言いたい事は分かった。気分は宜しくないけど分かった。つまり、制御不能な猛獣に手綱を付けておきたいって事か。
女神二人の言葉を受けて、視線をメリアさんと狐燐へと向け直す。
「ほれほれ。神もああ言っておる。諦めて妾の主人となるが良い。それともお主、この世界の頂点である神の言葉を蔑ろにするのかえ? ん?」
「うううぅぅぅぅ!」
………………手綱を付けられる側が、手綱を持つ側を脅迫、もとい説得している。普通逆だろ。なんかすげえシュール。
「ああもう! 分かった! 分かったよ! このままでいいよ! これでいいんでしょ!?」
あ、メリアさんが折れた。やけっぱち感がすごいが。
「おほほぅ! 感謝するぞご主人! いやぁ、これから楽しみじゃのう!」
「ごめんなさいね。変な役割を押し付ける事になってしまって。見た感じ大丈夫だとは思うんだけど、あれの過去の所業を知ってる立場だと、どうしてもね」
「もういいです……。持ち物扱いみたいな契約が気に入らなかっただけで、別にコリンと一緒にいる事が嫌だったわけではないので…………」
メリアさんに認めてもらった事が嬉しいのか、変な叫び声と共に珍妙な踊りを踊り始める狐燐を尻目に、フレヌスがメリアさんに謝罪の言葉を口にする。一応罪悪感みたいなものはあるらしい。
「ありがとう。そうね……。私達の都合で契約を強制したような物だし、お詫びをしなくちゃね。何がいいかしら…………そうね、私の加護なんてどうかしら?」
「フレヌス様の加護…………それはどういう?」
恐々といった様子で加護の内容を聞いたメリアさんに、フレヌスは自慢げに胸を張って言った。
「異性にモテまくるようになるわ」
「結構です」
即答で拒否した。そりゃそうだ。メリアさんには愛する旦那さんがいるからな。モテる必要なんて全くない。浮気になっちゃう。
「えー、身が固いわねえ。『英雄色を好む』って言葉もあるのよ? 旦那なんて数人いても構わないでしょうに」
「構います。というかなんですかその言葉、初めて聞きました。最低ですね。それ以前に私、英雄なんかじゃありませんので。いくら女神様のご厚意とはいえ、それは遠慮します」
つまらなさそうに言うフレヌスに対して、メリアさんの声は氷点下だ。
うん。まあそうだろうね。『英雄色を好む』って、俺の世界の言葉だしね。聞いた事ある訳ないよね。つーかフレヌス、狐燐の名付けの時といい、随分俺の世界に詳しいな。見てたのかな。見てたんだろうな。
「お気に召さないかあ………………ああ、じゃあ、こういうのはどうかしら」
フレヌスはそう言うと、その場で指をつい、と動かした。
すると、メリアさんが身に着けている、俺がプレゼントした腕輪に取り付けてある〈蓄熱石〉がぼんやりと光り、数秒で収まった。
「〈蓄熱石〉と、その子の服の〈拡張保管庫〉を繋げてみたわ。これで、その石が吸収した熱は自動で〈拡張保管庫〉に移される。石を交換する必要がなくなったわよ? ああ、もちろん他に入っている物には影響はないわ」
…………まじかよ。さすが神様。ぶっ飛んだ事をサラッとやってくれる。
確かに、〈蓄熱石〉が吸収できる熱量には限度があって、それを超えると逆に熱を吐き出し始めてしまうから、数日毎に〈蓄熱石〉を交換、又は俺の【熱量操作】で溜まった熱を排出する必要があった。しょうがないとはいえ、地味に面倒だったから正直助かる。
そして熱の排出先に俺のコートの〈拡張保管庫〉が指定されてるのもすごい。くっついてる訳でもないのに一体どうやってんだ? それに、〈熱〉なんていう実体が存在しないモノを〈拡張保管庫〉に保存出来るようにするとか、まじ神の力ってすげえな。
「ええ……。そんな勝手に…………。ごめんねレンちゃん。なんか勝手に使う事になっちゃったみたい……」
「ああ、いや、別に構わないよ。中に入ってる物には影響ないらしいし」
「ああ。ちなみに、保存された熱は自由に取り出しが出来るから、その子の【能力】で扱う事も出来るわよ」
「まじで!?」
うわあ、超助かる! 都度熱を集めるの、地味に大変だったんだよね。周囲から熱を集める関係上、気温が下がって寒くなるし。
「その子も喜んでるみたいだし、お詫びはこれでいいかしら?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
メリアさんがフレヌスに対して頭を下げるのを見て、俺も慌てて倣う。危ない危ない。『親しき仲にも礼儀あり』って言葉もあるし、こういうのはちゃんとしないとな。親しいも何も、今日初めて会ったけど。
「それは良かったわ。じゃあ〈炎魔〉の問題も無事解決したし、この空間も解除しちゃいましょう。レストナード」
「あ、はいぃ。了解ですぅ。…………うーん? なぁーんか忘れてる気がしますぅ。なんだったでしたでしょうかぁ」
「そんな事私が知る訳ないでしょう……」
フレヌスから声を掛けられたレストナードは、それに応えながら、何かをド忘れしているようで、可愛らしく首を傾げている。
「ほら、早くなさい。始末書の枚数が増えるわよ」
「えぇ!? 書く事は確定なんですかぁ!?」
「まあ、申請は『〈炎魔〉を消滅させる規模の戦闘による世界への影響を防止する為』って理由で出してるからねえ。申請内容と事実が違ってたら駄目でしょうね……事実、消滅させてないどころか、戦闘すら起こってないんだし。もっと曖昧に書けばよかったわ……。まあ、〈炎魔〉は無力化した訳だから、始末書じゃなく、顛末書くらいで済むかもしれないけど」
「結局書くんなら一緒ですぅ……トホホ」
元社会人として、グッサグサ心に突き刺さるやり取りをしながら、二人の女神は揃って指を鳴らした。
パチィン、と音が響くと同時、真っ白だった空や地面に色が付き始めた。そして、背景の色が濃くなるのに反比例するように、二人の女神の姿が透け始めた。
「なんか透け始めてるけど、大丈夫?」
「ああ、大丈夫よ。天界に戻るだけだから。こんな風に会う事はもうないでしょうけど、これからも見守っているからね」
そう言いながら、神々しい微笑みを浮かべるフレヌスの隣で、未だ眉根を寄せてうんうん唸っているレストナード。何を忘れたんだろう。俺も気になってきた。
そうこうしている内に、二人の姿はどんどん薄くなっていき。
「うーん、うーん……………………あぁ! 思い出しましたぁ! レン! 私が与えた――――」
消えた。
なんか重要そうな事を、内容の予測もできないくらい少しだけ言い残して消えた。
「ちょ! めっちゃ気になるじゃん! 何!? お前が与えた、何だよ! 【能力】か!? いやどれだよ!」
お前からもらった【能力】は一個じゃないんだよ! どれだ! 【金属操作】か! 【魔法適性(無)】か! それとも【熱量操作】か!? ああ! 【女神レストナードの加護】もあるじゃん! あーくそ! どれだわかんねえっ!
「たったあれだけでは、内容を予測する事も難しいのぉ……」
「必死っぽい表情だったのが、また危機感を煽るねえ……全然分からないけど」
地団駄を踏んで叫ぶ俺とは対照的に、二人の女神が立っていた場所を静かに見つめる狐燐とメリアさん。
実際にどうかは置いておいて、落ち着いたように見える二人を見て、昂った気持ちが少し静まったので、大きく深呼吸を行い、さらに鎮静化を図る。
スゥゥ…………ハァァァ…………。
…………よし、落ち着いた。
レストナードが何を言いたかったのかはサッパリ分からないが、分からない物をいつまでも悩んでいてもしょうがない。頭の隅の方へ追いやっておこう。
「…………んし。んじゃあ、とりあえず、みんなに狐燐の事を紹介して、今日はもう寝よう。疲れた」
「そうだねえ。…………いっその事、紹介も明日でいいんじゃないかなあ。なんか一気に眠気が……」
短期間に色々ありすぎて、精神的にかなり疲弊していたらしい。メリアさんの言う通り、一気に眠気が押し寄せてきた。…………あー、確かに、説明も明日でいーかなー。とりあえず今はベッドが恋しい…………。
「ふむ? こんな時間から寝るのかえ? 折角いい天気なのに、勿体ないのぉ」
「…………あ?」
「…………いい、天気?」
狐燐の言葉に視線を空に向けると、目に飛び込んでくるのは一面の青と、眩い太陽。
「嘘ぉ……」
「まじか…………」
眠い訳だよ。
夕方に始めたはずの試食会。
なんだかんだ色々あった結果、全てが終わったのは、翌日の朝だった。




