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第113話 メリアさん女神疑惑が生まれた。狐につままれる気分というのを味わった。

「なるほど…………。私が寝ている間にそんな事が……」


 俺から現状の説明を一通り受けたメリアさんは、腕組みをしながら難しい顔をした。


「全体的にかなり突拍子もない話だと思うんだけど、あなた、随分落ち着いてるわね…………」


 そんなメリアさんを見て、フレヌスがそう言葉を投げかけた。

 だよね。最初こそかなり混乱してたけど、そこを抜けたら淡々と説明を聞いてたし。


「まあ、そうですね。レンちゃんと一緒にいると、意味が分からない事とか、驚かされるような事がしょっちゅうあるので、慣れたんだと思います。疑問とかそういうのはとりあえず脇に置いておくのがコツですね」


「あなた…………一部始終は見てたけど、苦労してるわね」


「慣れるまでは、ほんと大変でした………」


 遠い目をして黄昏るメリアさんを、フレヌスが可哀想な人を見る目で見、続いて出来の悪い子供を見る親の目で俺を見てきた。視線で『めっ!』って言われてる気がする。


 お、俺、そんなにメリアさんに負担掛けてたの? そ、そんなはずは……。

 …………掛けてたわ。色々やってたわ。


「まあ、それは今は置いておいて。あそこの女の人が、私の中にいた〈炎魔〉とかいうのなんだ」


 黄昏の彼方から帰還したメリアさんは、そう言いながら視線を狐女へ移す。

 それに気づいた狐女は、椅子から立ち上がると、神妙な面持ちでメリアさんの元へ歩いてきた。


「妾が、お主の中に巣食っていた〈炎魔〉じゃ。…………妾がいた所為で、お主がどのような目に遭ったのか、そこの女子(おなご)に聞いた。妾がどういった経緯でお主の中に入ったのかは妾自身分からぬが、迷惑を掛けた」


 そう言って、狐女はメリアさんに頭を下げた。

 …………こいつ、本当に昔は悪い奴だったのか? 今までの状況を見るに、とてもそうは思えないんだけど…………。やっぱ記憶がないからなのか? 記憶って大事なんだなあ……。


「聞いたよ。あなた、私の中から出てくるまでの記憶がないんだって?」


 身を硬くして糾弾に備えていたらしい狐女は、脈絡のない話題に目を白黒させながらも、きっちりと言葉を返す。


「う、うむ。しかし、だからと言って妾の犯した罪がなくなる訳ではない事は百も承知じゃ。短命な種であるお主から、十年という月日を奪ってしまった。これは揺るがざる事実じゃ。すまなかった」


「そっか………………うん。許すよ」


「妾に何が出来るかは分からぬが、出来る限りの贖罪を………………今、何と?」


 メリアさんのあっさりとした『許す』宣言に、狐女は言葉を途中で切って、下げていた頭を上げた。その顔には困惑がありありと浮かんでいる。


 正直、俺も予想外だ。

 メリアさんは、狐女に幸せな時間を奪われた被害者だ。てっきり、狐女に対して怒りをぶつけるものだと思っていた。


「許すって言ったの。記憶のない相手に、怒ってもしょうがないしね。でも、そうだね。もし、洞窟に一人で暮らしていた頃だったら、そんな事お構いなしに、あなたが考えていたであろう通り、あなたを憎んで、罵倒して、ひょっとしたら殺そうとしてたかもしれないね」


「それでは何故――――」


「でも、そのおかげでこの子、レンちゃんに会えた」


 そう言って、メリアさんは俺を背中から抱き締めた。高めの体温と柔らかい感触が背中に感じる。


「もし、私がこの体質にならないで、村で暮らしたままだったら、レンちゃんには会えなかった。しかも、初めて会った時、この子、死にかけてたんだよね。いやあの時はびっくりしたね」


 そうだった。レストナードのミスで穴から落とされた俺は、気づいたらこの姿で、大量に飲み込んだ培養液のせいで窒息死寸前だった。それを救ってくれたのが、偶然その場にいたメリアさんだった。

 顔を向けると、レストナードはそっぽを向いて口を尖らせて息をひゅーひゅー吐いていた。誤魔化しが下手すぎる。口笛鳴ってないし。


「私があの洞窟で暮らしていたからこそ、この子を救う事が出来たし、この子の【能力】(スキル)で私はまた、人として生活が送れるようになった。最終的には離れ離れになった家族とも会えて、また一緒に暮らす事が出来るようになったんだよ」


 そこでメリアさんはニッコリと、太陽のような眩い笑顔を浮かべた。


「だから、私は何も失ってなんかいない。むしろ大事な物が増えたくらいだよ。だから私が言うべき言葉は、罵倒や、贖罪を求める言葉なんかじゃない。感謝だよ。……ありがとう。あなたのおかげで、私はレンちゃんと出会えた」


 そう言って、メリアさんは狐女に向けて頭を下げた。

 …………なんだこれ。メリアさん、実は女神なのでは? 慈愛の女神。自身の身に降りかかった不幸を呪うのではなく、その後に訪れた幸福を喜び、それを齎した相手に感謝の意を伝えるとか、まじパねえ。


「…………あの娘、実は慈愛の女神の化身かなんかじゃないですかねぇ?」


「あいつの気配は感じないし、違うはずだけど…………そう思うのも仕方ないわね。私もそう思うもの。ああいうのを聖女って言うんでしょうね…………」


 女神二人も俺と同じ感想を持ったらしい。ほんと、『実は女神の化身でした』とか言われても信じちゃうレベルだよ。


「………………くふ。くふふふふふ」


 メリアさんの女神っぷりに慄いていると、メリアさんの笑顔を眩しそうに見つめていた狐女が、抑えきれないといった様子で笑い始めた。


「くふふふ……。す、すまぬ。なんだか楽しくなってしまってのぉ。…………のうお主。メリア、と言ったか。唐突に申し訳ないのじゃが、妾に名前を付けてくれんかの」


「え? 名前?」


「そうじゃ。実は、過去の記憶と共に名前も忘れてしまっておってのぉ。不便で堪らん。そこで、丁度いい機会じゃし、お主に名前を考えてもらえんか、と、そう考えた訳じゃ」


 言われてみれば、こいつの名前を聞いてなかったな。

 なるほど。今の今まで名前を名乗らなかったのは、名乗らなかったんじゃなく、名乗れなかったのか。

 …………それにしても、本当に唐突だな。何か意味があるんだろうか?


「うーん…………名前………………名前かあ」


 メリアさんは暫し首を捻ってウンウン唸っていたが、何かを思いついたらしく、手をポンと叩いた。


「レンちゃんお願い!」


「はあ!?」


 いきなりのネタ振りに驚きの声をあげる。なんで俺にそれを振るの!? 求められたのメリアさんだよ!?


「お願い! 私こういうの苦手なの! マリアの名前もオーキに決めてもらったくらいなんだよ!」


 ……まじかよ。実の娘の名前すら決められなかったとか、よっぽどじゃないか…………?


「えぇ……。お前はそれでいいの? おねーちゃんに考えて欲しかったんじゃないの?」


 正直な所、名前を決めるなんていう、その人の人生を左右しかねない事柄は勘弁願いたい。そういうのはメイド達だけで十分だ。

 断ってくれ! という願いを込めつつ、顔色を伺うように視線を向けると、狐女は真面目な顔で首を縦に振った。


「本当はメリアに考えてもらいたい所ではあるが、思いつかないならしょうがあるまい。お主が考えた名前に、メリアが納得すればそれで構わん」


 まじかー…………。構わないときたかー……。

 名づけられる本人からそう言われては仕方がない。俺は首を捻り、少ないレパートリーから一生懸命に名前を絞り出す。


「うーん………………狐で〈炎魔〉だから、コエンm――」

「それはダメですぅ。パクリは良くないですよぉ」


 レストナードから駄目だしされた。つーかお前元ネタ知ってんのかよ。


「えー……。じゃあ、火の狐だから、ちょっと捻ってモジr――」

「駄目に決まってるじゃない。消されたいの? というかそれ、仮にも女性に付ける名前じゃないと思うわ」


 今度はフレヌスからNGが。フレヌスよ、お前もか。つーか消されるって。あの大企業の力はこの世界にも影響を与える事が出来るのか。怖い。


「くっそ。うーんうーん…………狐…………火…………燃える…………薪…………酸素………………あ」


 連想ゲームをしていたらビビッと来た。これいいんじゃね?


「〈狐燐(コリン)〉とかどう? 結構いい感じだと思うんだけど」


「〈コリン〉…………うん。いいんじゃないかな。なんか気に入っちゃった。あなたはどう?」


「〈コリン〉。……何やら可愛らしい響きじゃのぉ。妾に合ってない気がしなくもないが…………メリアも気に入ったと言っておるし、まあいいじゃろ。ではメリア、妾の手を握った状態で名前を読んでたもれ」


「うん? いいけど…………」


 狐女に求められ、メリアさんは狐女の手を握る。


「あなたの名前は今日から〈コリン〉だよ。よろしくね」


 メリアさんが狐女――狐燐(コリン)にそう呼びかけた瞬間、驚くべき事が起こった。


 まず狐燐(コリン)の首に炎が巻き付いた。それは瞬く間にその色と質感を変え、囚人が付けるような金属製の首輪に変わった。

 続いて首輪から銀色の鎖が伸び、メリアさんの、狐燐(コリン)の手を握っていた方の手に絡みついた。

 と、思ったら鎖は一瞬にして炎に変わり、火の粉を散らしながら消え失せる。

 それに伴い首輪の外見が再び変わり、今度は革製らしき橙色のチョーカーになった。


 この間数秒。あっという間の出来事だった。


「嘘ぉ……。〈炎魔〉が自分からあんな事をするなんて…………」


「前代未聞ですぅ…………」


 俺とメリアさんが呆気に取られていると、女神二人からそんな言葉が聞こえてきた。

 俺には何が起こったのかさっぱり分からなかったが、こいつらは何か知ってるようだ。


「ちょい。今のなに? なんか首輪とか鎖とか見えたんだけど」


「あれは……【魂の契約】ですぅ」


 レストナードが俺の問いに答えてくれたが……端的すぎてさっぱり分からない。

 だからその【魂の契約】とかいうのはなんなんだよ! と、口の端をヒクヒクさせていると、見かねたフレヌスが説明を引き継いでくれた。フレヌスさんまじフレヌスさん。


「【魂の契約】っていうのは、その名の通り魂で行う契約よ。この契約はこの世界に存在する契約で最も重い物で、第三者が破棄する事は絶対にできない。私達でも無理だわ。出来るとすれば、創造神様くらいかしら。ちなみに、さっきやった【名付け】。あれも契約の一種よ。名を付けられた側は、名を付けた側の子となり、主従関係に近い物が生まれる。【魂の契約】と違って、縛りはないようなものだけどね」


 想像以上にえらいもんだった。何それやばくない? 二人はどんな契約をしたんだ? つーかそんなヤバイもん、片方の一存で出来ていいもんなの?

 そしてここでさらに新情報。名前を付けるだけで主従関係が生まれるという事実。

 俺、十三人(プラス二体)に名前付けてるんだが…………。


「【魂の契約】は、結ばれる時に現れる物で、内容が分かるようになっていますぅ。今回現れたのは鉄の首輪と鎖。それが意味するのは…………鎖を渡された相手への、首輪をつけた者の絶対的な服従」


「「…………はい?」」


 理解が追い付かない。それはメリアさんも同じようで、なんとも間抜けな表情を浮かべている。多分俺も同じ表情をしているだろう。

 そんな状態の俺達に対して、フレヌスがなんとも微妙な表情でトドメとなる一言を告げた。


「ようするに、その〈炎魔〉、コリンは死ぬまで……いえ、魂がコリンとして存在している限り、その娘に逆らう事は出来ないわ。…………普通はそんな一方的な契約、出来るはずがないんだけど、契約を求める側が圧倒的不利な条件を提示したのと、【名付け】による魔法的な親子関係、トドメにお互いの魂が繋がっているから出来た事でしょうね。いやあ、【名付け】くらいならまあアリかなと思ってたんだけど、まさか【魂の契約】まで持ち出すなんて……」


「「………………」」


「と、いう訳じゃ。これから末永くよろしく頼む。ご主人」


 そう言って、とても綺麗な笑顔を浮かべる狐燐(コリン)を、俺達は呆然と眺める事しか出来なかった。


 ………………超展開すぎる。

なんで名前を忘れるレベルの記憶喪失なのに、【名付け】とか【魂の契約】の事を知ってるの?という疑問には、こうお答えします。


『ご都合主義だ』

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[気になる点] ほら、記憶は意味記憶とエピソード記憶に分かれてるから…… [一言] 力を貸すときだけ狐燐がメリアさんに飛び込んで狐耳と尻尾を生やせばええんや!
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