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第111話 狐にビーフシチューを振舞った。フレヌスの話を聞いてキレた。

 メリアさんの魂には、過去に暴虐の限りを尽くした〈炎魔(えんま)〉という魔物のようなモノの魂がくっついていた。

 その〈炎魔(えんま)〉は、メリアさんの魂からエネルギーをピンハネして力を蓄えており、そう遠くない内に復活しそうだった。

 とは言っても、そこまで切羽詰まったものではなく、本来であれば復活までまだ時間があったはずなのに、何故か突然復活した。

 〈炎魔(えんま)〉が復活してしまうと、沢山の人が死んでしまう可能性が高かった為、幼女神ともう一人――フレヌスというそうだ――が協力して別世界を構築。そこに閉じ込め、その中で〈炎魔(えんま)〉を討伐する事で世界への影響を抑えようとした。


「――――んだけど…………」


 ゴタゴタしたせいで聞く事が出来ていなかった、ここまでの経緯を説明したフレヌスは、そこで言葉を区切り、なんとも言えない表情で俺に向けていた視線をずらした。

 それにならって俺も顔を動かすと、その先に見えたのは――――


「ハフハフッ! くーっ! ようやくありつけたわ! 想像通り、美味じゃのう!」


 お行儀よく椅子に座り、テーブルに置かれたビーフシチューをガツガツと、しかし品よく貪る、フサフサの狐耳と尻尾を生やした妙齢の女性だった。


 吊り目がちな目は喜びに細められており、血のように赤い瞳はビーフシチューに釘付け。柔らかな曲線を描く頬は口一杯に頬張ったシチューでリスのように膨らんでおり、桜色の唇にはシチューがちょっと付いている。さっきチラッと見えたが、犬歯が発達しており、牙のように尖っていた。

 白魚のような指でスプーンを持ち、ひっきりなしにシチューを掬っては口に運んでいる。


 冷たい印象を受けそうな、絶世の美女と言える風貌なのに、幸せそうにビーフシチューを貪るその様はとても可愛らしい。


「…………なんで〈炎魔(えんま)〉が人間の姿で食事してるの?」


「なんで、と言われても…………」


 フレヌスも一部始終を見てたはずなのだが、未だに信じられないようだ。かくいう俺も、話がトントン拍子で進み過ぎて理解が追い付いていないのだ。


 状況を整理する為に、俺は今の状況に至るまでの出来事を思い返す事にした――――


 …………


 ……


「えーっと…………食べたいの? ビーフシチューを?」


『だからそう言ってるであろう! 早う! 早う!』


 口の形状故か、少し聞き取りづらい声音でビーフシチューを催促する巨大狐。


「じゃあ、とりあえず……おねーちゃんを開放してくれ。話はそれからだ」


『おねーちゃん? ……おお、妾の中にいる女子(おなご)の事かえ? お安い御用じゃ』


 狐のその言葉と同時に、狐の胸の辺りからズルリ、とメリアさんが出てきた。


「おねーちゃん!」


 そのまま重力に引かれて地面に落下しそうになるのを見て、俺は慌てて武装を解除しながらダッシュ。地面との間にスライディングしてなんとか受け止める。


「ぐげっ!!」


 しかし、幼女の体で自由落下する成人女性を受け止めるのは少し無理があった。

 受け止める、というよりクッションになる、と言った方が正しい状況で、地面とメリアさんによってプレスされ、潰れた蛙みたいな声が出てしまった。

 それでも、メリアさんが地面に激突する事は防げた。


「ぅ…………」


「おねーちゃん!」


 服が完全に燃え尽きてしまって全裸になっているが、意識はないようだが、体に傷や火傷の痕も見当たらない。ゆっくりと上下している胸の動きを見るに呼吸も正常だ。良かった。無事だった。


『ほれ、女子(おなご)は返したぞ! 早うビーフシチューを!』


「…………分かってるよ。ちょっと待ってくれ」


 メリアさんへ荒々しすぎる扱いをしておいて、いけしゃあしゃあとビーフシチューを要求する狐にちょっとイラっとしながら、【魔力固定】で厚めの布を作り、そこにメリアさんを寝かせ、さらにもう一枚布を作り、体を隠すように掛けた。

 別に寒い訳ではないのだが、さすがに全裸だと風邪を引いちゃうかもしれないからね。


「これでよし。じゃあ約束通り、ビーフシチューをあげようと思うんだけど……」


『おお! 待っておったぞ! 楽しみじゃのぉ!』


 滅茶苦茶弾んだ声を上げる狐。狐顔でも満面の笑みだと分かるくらい顔が歪んでいる。ちょっと怖い。

 だが、そんな狐に、俺は無慈悲な言葉を告げた。


「喜んでいる所申し訳ないんだけど……これだけしかないんだよね」


 そう言いながら〈拡張保管庫〉から取り出したのは、ビーフシチューが入った圧力鍋。

 三人前しか食べていないので鍋の中には後何食分かは残っているが、それはあくまで人間サイズで食べた時の話。全長三十メートル級の狐が食べるにはあまりに少ない。下手したら一口で終わりかねない。


『なっ!? それっぽっちしかないのか!?』


「人間が食べるには十分な量だけどね」


『なるほど! その手があったわ! お主、賢いのぉ!』


 俺の何気ない言葉に大げさに反応した狐は、何の前触れも無しにいきなり炎に包まれた。


「どわぁ!」


 その様子を見た俺は、慌ててメリアさんと狐の間に立ち、【熱量操作】を発動してメリアさんが熱気に晒されるのを防ぐ。

 俺と狐はそれなりに離れているのだが、それでもかなりの熱を感じた。こんなもん直撃したら大やけどだ。


「おい! 危ないだろうが! そういう事するなら一言言ってからやれよ!」


『おお、すまぬすまぬ。人間はこの程度でも命に関わる程脆いんじゃったな。……というか、そう言う割にはお主は大丈夫そうじゃの。だったら問題ないのではないか?』


「俺はそういう【能力】(スキル)を持ってるから大丈夫なだけだ! つーか早くやめろ!」


 炎の中から全く悪びれた様子のない狐の声が聞こえてくるが、その姿は見えない。一向に炎の勢いは収まらず、周囲の気温がぐんぐん上昇していく。気分は真夏の炎天下だ。


『まあ待つが良い。もうちょっとじゃ………………よし。こんなもんかの』


 いよいよもって周囲の気温が洒落にならないレベルになってきて、メリアさんを熱を反射する性質のある〈ゴード鉱〉で作ったシェルターに退避させようかと考え始めた所で、始まりと同じく唐突に、狐を包んでいた炎が消えた。


 炎が消えた事で視界が通るようになり、狐の姿が見え……見え………………。


「ふふん。どうじゃ。この姿なら思うさまビーフシチューを食べられるという物じゃ。さあ幼子よ! ビーフシチューを妾に供するのじゃ!」


 狐の代わりに立っていたのは、金髪赤目の、長身で、スラっとした凹凸の少ない、しかし匂い立つような色香を振りまく――――


「服を着ろ馬鹿野郎!」


 ――――全裸の女性だった。


「服ぅ? そんなものいらんじゃろ。邪魔なだけじゃ。それに、さっきまで服なんぞ着てなかったが、お主は何も言わなかったではないか」


 堪らず叫んだ俺に、狐女は『何を言っているんだ』みたいな視線を投げかけてくる。巨大狐だった時と比べ、格段に聞き取りやすくなった為か、細かいニュアンスもしっかり伝わってきて余計に腹が立つ。


 それはこっちの台詞だよ! 何も言わなかったのはお前がさっきまで狐だったからだよ! 毛皮っていう天然の衣服を着てたからだよ!


「人間は服を着るもんなんだよ! 用意してやるからさっさと着ろ!」


「全く。人間というのは面倒よのぉ…………ああ、いらぬ。自分で用意するわい」


 さすがに狐女が着れるサイズの服は持ってなかったので、【魔力固定】で適当にでっちあげようとした所、こちらに掌を向けてストップを掛けてきた。


 いやお前、文字通り裸一貫じゃねえか。どこに服なんて持ってるんだよ。


 訝しむ俺を余所に、狐女が優雅な動作で指を鳴らした。するとどうだろう。何もない空間から突如炎が噴き出し、瞬く間に狐女の全身を覆った。まるで炎そのものが衣服であるかのように。


 突然の出来事に俺が口を半開きにしてアホ面を晒している間に、炎は現れた時と同様に唐突に消え去った。


 その下から現れたのは、燃え盛る炎のように赤い、体に張り付くような形状のドレスを纏った狐女だった。


「…………ふむ。まあ、こんな物かの。ほれ、お主の言う通り、服を着てやったぞえ。これで良いかの?」


「…………うん」


 恐らく俺の持つ【魔力固定】と同じ系統の【能力】(スキル)で作られたであろうそのドレスは、腹が立つくらい似合っていた。そしてエロい。なんかエグい所までスリット入ってるし。


「そうかそうか! では早速ビーフシチューを食わせるのじゃ!」


 淫靡な雰囲気を全身から醸し出しながら、満面の笑顔でビーフシチューを催促する狐女のあまりのギャップに、俺は軽い眩暈を覚えた。


 ……


 …………


 ――――その後、人間の姿になった存在を相手に、地べたに料理を置くのはさすがに気が引けたので、テーブルと椅子を用意してからビーフシチューを振舞いつつ、フレヌスから話を聞いて今に至る、訳だが。


 改めて振り返ってみれば、思い当たる節はいくつかあった。


 突然メリアさんの身体を覆いつくした炎。

 その炎によって形作られた巨大な狐。

 そして、メリアさんの異常発熱体質。


 それらのピースがフレヌスの話を聞いた事でカチリと嵌まり、一つの絵が浮かび上がる。


 メリアさんの異常発熱は、こいつの所為で起こっている。


 〈炎魔(えんま)〉は、その名前と現れた時の状況から見て、炎を操るんだろう。

 そして、〈炎魔(えんま)〉という存在をその身に宿したメリアさんは、その性質を半端に受け継いでしまったのだ。炎を生み出すのではなく、熱を発する、という形で。

 こいつが…………こいつがっ!


「…………おい」


「むぐむぐ…………ん? なんじゃ?」


 幸せそうな顔でビーフシチューを頬張る狐女の横に立ち、声を掛ける。

 狐女はそんな俺を不思議そうな顔で見つめてきた。

 その顔を見ただけで怒りが爆発しそうになるが、気合でそれを抑え込み、努めて冷静な口調で語り掛けた。


「お前が取り憑いてた人。あそこに寝てる人の事だが、体が異常に熱くなる体質なんだよ。…………あれ、お前の所為だよな?」


「なんの事じゃ?」


「とぼけるなよ。……お前、〈炎魔(えんま)〉とかいう、炎を操るのが得意な種族なんだろ? そんな奴が中にいりゃ、高熱を発するようになってもおかしくはないわな。まあ、勝手に身体から炎が噴き出すよりはマシかもしれないが。……で、だ。その所為で彼女、十年も人里離れた洞窟で、一人で暮らしてたんだ。十年だぞ? 夫も、娘も居て、幸せに暮らしてたのに、その体質の所為で別れなくちゃいけなくなったんだよ。お前が…………お前が取り憑いてた所為で! お前がメリアさんから幸せな十年を奪ったんだ!」


 だがそんな努力も水泡に帰した。語る内に感情の高ぶりを抑える事が出来なくなり、最後の方は怒鳴るような口調になってしまう。


 あの時、もし俺があそことは違う場所で目覚めていたら。

 偶然、俺が【熱量操作】を持っていなかったら。

 メリアさんはきっと、今も一人であの洞窟で暮らしていただろう。

 その様子を想像するだけで、怒りと悲しみが際限なく湧き出してくる。


「それは……。あの女子(おなご)には悪い事をしたのぉ。…………じゃがすまぬ。妾には分からんのじゃよ」


「何がだ!」


 説明してやっただろうが! お前の所為でメリアさんが苦しんだって! それのどこが分からないってんだ!

 そのあまりにふざけた物言いに、怒りのボルテージが最高潮に達しようとした所で、狐女の口から思いがけない台詞が飛び出した。


「全てじゃ。妾には、今日より前の記憶がないのじゃよ」

みんな大好き記憶喪失です。


狐女の背景が色々不明ですが、次話である程度語られますので、少々お待ちください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょうどいいから好きなように調きょ、教育しよう( ˘ω˘ )
[一言] レンの屋敷の人外魔境化が進んでいく… オーキさんとマリアさんは早く「レンちゃんだからね」の境地に至らないと苦労しますな
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