第109話 侯爵様と、依頼について話し合った。知りたくない情報ももらった。
気づけば、ブックマーク登録数は1000件を超えておりました。登録してくれた皆様、本当にありがとうございます。
戦闘も、ざまぁもないダラダラ進行の作品ではありますが、コツコツと投稿を続けていきますので、これからもよろしくお願いします。
「やはり貴殿らが受けてくれたか。助かった。いやはや、まさか二人がレベル一と零だったとは。指名依頼を出せないと言われた時は、どうした物かと頭を抱えたぞ。おかげで回りくどい形での依頼となってしまった」
部屋に入ってきた侯爵様は、俺達の向かいのソファに腰掛けるなり、そう言いながら笑った。
「はい。とは言いましても、あの条件に合致する冒険者など、片手で数える程しかいないと思われます。国全体ならともかく、イースの街で、となると候補は我々しかいないかと」
俺が出来る限り丁寧な言葉遣いでそう答えると、侯爵様は満足そうに頷いた。
「うむ。そう考えたからこそ、あのような依頼にしたのだ。この依頼は是非とも、貴殿らに受けてもらいたかったのでな。…………最初は冒険者組合を通さず、貴殿らの元へ直接話を持っていこうと思っておったのだ。しかし貴殿らがここしばらく店に顔を出さなかった故、組合にも依頼を出し、貴殿らを捕まえる確率を上げようとした訳だな。少々手間だったが、その甲斐はあったという事だ」
そう言って笑う侯爵様に対して、俺は頭を下げた。頭の中では首を傾げながら。
はて? 俺達に用事があるなら、給仕をしているメイド達に言伝を頼めばいいのでは?
そうすれば、【念話】で俺達に即座に話が伝わるのに。まあ侯爵様は【念話】の事は知らないし、何か意図があったのかもしれない。
「なるほど。それは失礼致しました。二月程前、おねーちゃ――――こちらのメリアの娘が店にやって参りまして。その縁もあり、夫の暮らす村へ里帰りをする事にしたのです。我々が帰ってきたのも、つい三日程前でして」
「そうであったか。メリア殿、夫は息災であったかな?」
「はい。病に罹る事も、大きな怪我をする事もなく、静かに村で暮らしていたようです。ちょっと色々ありまして、夫と娘もイースで暮らす事になりました。よろしくお願いします」
「おお、そうか。民が増えるのは良い事だ。元々住んでいた村とは勝手が違うだろうが、早めに慣れ、心からイースの民になってくれる事を願うよ」
「はい。ありがとうございます」
とまあそんな感じで他愛もない話を少し続けた後、侯爵様はいよいよ本題に入った。
「して、今回の依頼についてだが…………十日後、我が屋敷に賓客がある。その御方に供する料理を作ってもらいたいのだ」
賓客、ね。結構上位の貴族なはずの侯爵様がそんな言い方をする相手か。となるともっと上位の貴族、はたまた別の国の貴族。王族って線も…………いやさすがにそれはないか。ないよね?
帰りたいなあ。今からキャンセルとか、出来ないかなあ……出来ないよねえ。
「なるほど…………。疑問なのですが、何故それを我々に? 普通、そのような御方へ供する料理であれば、侯爵様お抱えの料理人に作らせるのでは? 自分で言っては世話がありませんが、たかだか街中の一料理屋風情である我々に依頼する事ではないと思われます。正直な所、我々には荷が重いのですが」
〈鉄の幼子亭〉では、そんなお偉いさんが食べるような凝った料理は出してない。あくまでうちは大衆食堂なのだ。コンセプトとしては前の世界の某牛丼チェーンのような、安くてそこそこ美味くてボリュームがある。みたいな。断じて高級レストランじゃない。目の前の上位貴族様は頻繁に食べに来てるけど。
そんな思いからの言葉だったのだが、侯爵様は苦笑を浮かべて首を振った。
「街中の一料理屋か。気づいていないようだが、貴殿らの店で出しているデミグラスソース。あれは、王都でも滅多にお目に掛かれないような美食だぞ? 屋敷の料理人たちに作らせたが、あの味とは似ても似つかない物しか出来なかった。他の料理もそうだ。こちらは模倣自体は出来ているが、貴殿らの店の味には一歩及ばん。皆悔しそうな顔をしていたぞ? ちなみに、我が屋敷の料理人たちは、王城務めの料理人と遜色ない腕を持っている」
ここで侯爵様からの爆弾投下である。え? 王城って、あの王城だよね? 王様とかが暮らしてる。そこに勤めてる料理人って、もしかしなくても、この国最高峰だよね? そんな人達と遜色ない腕を持っている料理人の人達がコピーできなかったの? デミグラスソースだよ? 前の世界だったらスーパーで数百円で売ってるような奴だよ?
…………やべえ。やらかした。これやらかしちゃってるよね? そりゃ侯爵様が通う訳だよ。他では絶対に味わえないんだもん。
「では、貴殿らに依頼した理由を理解してもらった所で、依頼の詳細を詰めていこうか…………何故頭を抱えているのだ? 頭痛か? ハンス。薬を持ってこい」
「はい。ただちに」
「あ、いえ、大丈夫です。ご心配かけて申し訳ありません」
「そうか? ならいいのだが…………」
頭を抱えて蹲った俺を見て、侯爵様が後ろに控えていたハンスさんに薬を持ってこさせようとするのを慌てて止める。実際頭は痛いのだが、この痛みは薬では治らない類の物なのだ。
ハンスさんを止める為に頭を上げた俺は、一度大きく深呼吸をした。
……………………よし。
やらかしちゃったもんは仕方がない。もう終わった事だ。頭を切り替えろ。
今考えるべきは、いかに依頼を達成するか。その為に何をしなくてはならないか、だ。その為にもしっかりと侯爵様と話をして、詳細を詰めていかなくては。
それから長時間に渡って、侯爵様と依頼について話した。
まず報酬。これは最低料金を大金貨三枚とし、賓客の満足度によって金額を上乗せする、という形式になった。普段〈鉄の幼子亭〉でやってる事と同じ事をするだけで大金貨三枚というのは、本来であればなかなかに美味しいが…………正直な所、あまり嬉しくは感じない。
メニューについては、やはりデミグラスソースを使った物が良いだろう、という事になった。
賓客はかなり舌が肥えているらしいが、デミグラスソースを用いた料理なら問題ない、と侯爵様のお墨付きをもらった。
続いて、賓客の情報を集めた。不特定多数に提供するのではなく、ただ一人の為に作るのであれば、その人に合った料理を作った方がいいだろう、と思っての事だ。
それを伝えると侯爵様は深く頷き、料理を作るにあたって必要そうな情報を教えてくれた。
性別は女性。年齢は十歳。
好き嫌いはそこまで激しくないが、野菜は余り好んで食べない。
濃いめの味が好き。
………………たったこれだけ聞いただけで、突っ込みたい箇所が出てきたが、ぐっと堪える。
こういうのは、下手に聞くと変な事に巻き込まれたりするんだ。世の中には、知らなくていい事が沢山ある。これもそのひとつだ。そう思っておこう。
だからメリアさん、そんなソワソワしながら俺を見ないで。聞いちゃ駄目だからね。そんな顔しても駄目。あれは突っ込み待ちじゃないから。侯爵様の様子を見るにガチだから。
侯爵様が賓客扱いする十歳って何? とか、舌の肥えた十歳ってどういう事? とか禁句だから。これ絶対、深入りした先は地雷原だから。
「一応伝えておくが、今回の賓客はこの国の第二王女だ。下手な事をすると面倒な事になるから気を付けろ」
ちょっと侯爵様あああああああああ!!!!!???
俺、頑張ったのに! 必死に突っ込むのを堪えて、好奇心ビンビンなメリアさんを視線で牽制してたのに! 地雷じゃなくて誘導式のミサイルだった! 踏み抜くまでもなく大爆発したよおおおおおお!!!
侯爵様の態度から、それなりに上位の相手だって事は覚悟してたけどさあ! 冗談交じりで王族かも? とか考えたりしたけどさあ! 本当に王族だとは思わないよおおおお!
ほら! さっきまでソワソワしてたメリアさんも固まってる!
「うむ。驚くのも無理はないだろう。こんな辺境の街に、第二王女が来るなどと夢にも思うまい。さすがに詳細は言えんが、王女は暫し王都から離れる必要があり、その先がこの街だった、という事だ」
やめてええええええええ!! ミサイル連射しないでえええええ!! マ〇ロスもびっくりな連射しないでえええええええ!!! オーバーキル! もうオーバーキルだからああああ!!
それもう絶対あれじゃん! 継承権争いとかそういうのじゃん! 王都にいると色々危険だから逃げてきた奴じゃん!
知りたくなかったあああああ!!! 何も知らないまま、ただお偉いさんに料理を振る舞うだけで終わりたかったよおおおおおおお!!!
心の中では床の上をゴロゴロ転がりながら絶叫しつつ、表面上は全力で平静を装って、なんとか『そ、そうなのですか』とだけ返す。それ以上は無理。
「…………それは、体調が優れないから、療養の為、といった感じなのでしょうか」
上っ面を取り繕うのに必死な俺に代わって、なんとか硬直から復帰したメリアさんが、頬をひくつかせながらそんな質問を侯爵様へ投げかけた。
なるほど! 病気療養! 確かにその線もあるな! というか是非それでお願いします!
爆弾の量は少ないに越した事はないから! すでに致死量な気がするけど!
「ふむ。………………そうだな。療養。うむ、療養だ」
はいダウトーーーーー! 『いいなそれ、それでいこう』みたいな顔しちゃってるもん!! 本当は違う事がバレバレですよ!
というか何? 侯爵様は嘘が苦手なの? そんなんで貴族って務まる物なの? 大丈夫? 搾取とかされてない?
「そ、そうですか……。ですがそうなると、あまり重い料理をお出しするのは問題があるような……」
「そこは大丈夫だ。食欲はある。なんと言っても健康そのも――――」
「ジルベルト様」
「ああ、うん。なんでもないぞ。気にしないでくれ」
ハンスさん。どうせ止めるなら、もうちょっと早くお願いしたかったです。もう大体聞いちゃってます。
……………………もういいや。なんかドッと疲れた。なんか言われても知らぬ存ぜぬで通そう。
俺は何も聞いてません。
だから、もういいよメリアさん。後は俺が引き継ぐよ。だからそんな顔で俺を見なくても大丈夫だよ。泣きたくなる気持ちはよーく分かるから。ぶっちゃけ俺も泣きたいし。
…………よし。切り替えていこう。こうなったら完璧に依頼をこなしてやる。
超美味い料理を作って王女様の覚えをめでたくして、何かあったら守ってもらおう! 媚び媚びのスタンスだ!
さて。デミグラスソースを使った料理で、まだ出した事のない奴ね。うーむ。どうせならちょっと豪華さを感じられるようなのがいいかな。
オムライス――――米がない。無理。
ハンバーグ――――もう〈鉄の幼子亭〉で出してる。却下。
カレーライス――――デミグラスソース使ってないから駄目。
じゃあハヤシライス――――いやだから米ないんだって。というかそれ以前にあんまり豪華って感じしないな。…………やべ、米食べたくなってきた。
頭の中で色々な料理をピックアップしては除外して、という作業を、あちこちに思考を飛ばしながらも繰り返す事数回。ようやく条件に合致する料理が頭に浮かんできた。
………………そうだ、アレにしよう。ビーフシチュー。あれならデミグラスソースをたっぷり使うし、ちょっと豪華な感じもする。いつか作ろうと思っていた料理だったし、丁度いいな。何より俺も食べたい。
「供する料理は決まったようだな。先触れが来たら店に使いの者を出すので、一緒に屋敷に来てくれ。すまんがそれまでは街から離れないでくれ」
「それはもちろん。絶品の新作料理を用意してお待ちしております」
「おお、それは頼もしいな。楽しみにしているよ」
そう言いながら侯爵様は、こちらに向かって手を伸ばしてきたので、俺はその手をしっかりと握り返した。




