第105話 オーキさん達を連れて、屋敷に帰ってきた。
「…………………………よし! じゃあ、そろそろ帰ろうか!」
「レンちゃん、ちょっと目が赤いよ? 大丈夫?」
零れそうだった涙をなんとか気合で押しとどめ、頭を切り替える為に気持ち大きめに声を上げると、メリアさんが心配そうにそう聞いてきた。
誰の所為でこうなったと思ってるの! あなた達の言葉のナイフが突き刺さった所為だよ!
そんな言葉が喉から出そうになるのをなんとか堪えた。俺、頑張った。
戻りそうになったスイッチを、これまた気合で切り替える。
「大丈夫、なんでもないよ。……おーい、オーキさーん。帰ってきてー」
「ブツブツ…………ハッ! お、おう、すまん」
未だブツブツやっていたオーキさんの腕をポンポン叩いて呼びかけると、やっとオーキさんが帰ってきた。俺も色々な物を飲み込むのに結構時間がかかったはずなんだが、それよりも長いとか、ちょっと驚きだ。貴族と気安く話すってそんなに信じられないのかな?
…………信じられないか。前の世界で言うと、総理大臣と気軽に会話するようなモンなんだろうか。いや、規模的に知事かな? まあ、どっちにしても会った事ないけど。
オーキさんも無事戻ってきたし、改めてさあ帰ろうか、と思った所で、マリアさんにクイクイと服の袖を引かれた。
「ん? どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。ほら、周り見て」
「周り……? おお!?」
マリアさんに言われて、改めて周囲に目を向けてみると、いつの間にやら村の人達が集まってきていた。遠巻きに俺達の様子を伺っている。
「うーん……ちょっと時間かけすぎたかな?」
当初の予定では、誰も起きてない早朝にサラッと消える予定だったのだが、色々あって結構時間が経過してしまったせいで、皆さんの起床時間になってしまったようだ。
「いや、あんだけ大きな音が出たんだよ? 誰だって何事かと思って見に来るよ……。アタシがあっち側でも見に来るもん」
「…………そうですね」
確かに結構大きな音がしたからね。そりゃ見に来るよね。マリアさんじゃないけど、俺だって見に行くわ。
んー。さすがにこんだけ人が見てる中で【いつでも傍に】は使いたくないなあ……。どうすんべ。
「おい、オーキ。ありゃどういうこった? お前ん家、なくなってるじゃないか」
これからどうしようか悩んでいると、人垣の中から一人のおじさんが出てきて、オーキさんに話しかけてきた。
えーっと……確か、この村の村長さんだっけか。軽く挨拶に行った時に見た気がする。名前は……忘れた。
「ああ、そうなんだ。柱が腐ってたのか、いきなり崩れだしてなあ」
「おいおい、大丈夫かよ」
「ああ、見ての通りだ。こんな足でも、命が掛かってるとそれなりに動けるらしい」
そんな事を言いながら、自分の足をポンポン叩くオーキさん。村長さんはなんとも微妙な顔をしている。そりゃ、古傷と家屋倒壊をネタにされたら、反応に困るよね。
「お、おお。そうか。んんっ! ……それで、どうするんだ? 家を建て直すのも結構時間がかかるぞ? 寝床の当てはあるのか?」
「ああ、それなんだが…………。村を出ようと思う」
「村を? そりゃまた突拍子もないな、なんでまた」
「ああ。妻のメリアが帰ってきてるのは知ってるだろう? あいつ、イースの街で店をやってるんだ。で、一緒にイースの街で暮らさないかと言われててな……。悩んでいたんだが、家がなくなった事で踏ん切りが付いたって訳だ」
俺としても寝耳に水な話にバッと振り返ると、俺の視線に気づいたメリアさんは、なんとも意味深な笑顔を浮かべた。
…………あれは、どういう意味の笑みなんだ? 分からん……。
「そうか…………いつだ? すぐか?」
「ああ。もう出る。家の中にあった物は使えそうなら使って構わない。畑も誰かにくれてやってくれ。村の共有財産にしてもいい」
「ああ、分かった。そこらへんはこっちで適当に分配するよ…………じゃあ、元気でな」
「そっちこそ」
二人はお互いに、少し寂しさを滲ませた表情で数秒握手をし、そのままお互いに背を向けて離れた。
……村長からしてみたら、村人が減るって結構大事だと思うんだけど、随分あっさりしてたな。
これについて後で聞いてみた所、どこの村でも基本的に、来る者拒まず去る者追わずのスタンスらしい。
それだと、大きな街に人が集中してしまうんじゃないかと思ったんだが、農産物の生産地である地方の村々の重要性は、お偉い様方も把握しているそうで、税金の免除やら助成金やら色々やってくれているらしく、逆に都会から村にやってくる人が一定数いるくらいらしい。
この国のお偉い様方、超有能。
まあ、それはともかくとして。
「…………なんか、仲良さそうだね」
「ん? ああ。あいつは最近父親から村長を継いだんだが、たまに相談に乗ってやったりしてたんだよ」
新人村長さんだったのか。なんか若いと思った。村長ってヨボヨボの爺さんが勤めてるイメージだったから、挨拶した時ちょっとびっくりしたのを覚えてる。
「待たせたな。それじゃ、行こうか」
「「「はーい」」」
オーキさんの言葉に三人で揃った返事をし、俺達は村から出た。
「あ。杖がない…………」
そして三歩目で足が止まった。
だよね。思ったより普通に歩いてて、逆にびっくりしたよ。数歩なら杖なくても歩けるんだね。
じゃなかったら倒壊する家から逃げられないか。
「取りに戻る?」
「うーむ…………。格好つけて出てきた手前、今から村に戻るのは……なんというか、恥ずかしいな……」
「「えぇー…………」」
オーキさんのバツが悪そうに言った言葉に、メリアさんとマリアさんは揃って『いい大人が何言ってるの』と言わんばかりの表情を浮かべた。まあ村から出て三歩だからね。戻ればいいじゃん、と思うのも当然だ。
…………だが俺はオーキさんの気持ちが良く分かる!
カッコつけて出てきたんだから、そのままカッコよく去りたいよね! 男だもん! 俺も男だし! 中身は!
男っていうのは、いつでもどこでもカッコつけたがる生き物だからね!
だから俺は、オーキさんが村に戻らなくて済むようにしてあげるのだ。羞恥の出戻りを阻止する為に!
コソっとオーキさんの死角に入り込み、【拡張保管庫】から〈ゴード鉱〉の塊を取り出す。で、【金属操作】で棒の形に成形して……片方の端には持ち手を付けて、逆側はちょっと細めつつ先端は丸めてっと……はい完成。簡単だね。
「はいオーキさん。これ使って」
「お、ありがとう…………こんな杖、どこに持ってたんだ?」
スッと差し出した杖を受け取ったオーキさんは、少しの間の後に首を傾げた。
まあそういう反応になるよね。俺、何も持ってないように見えるからね。でも、そう見えるだけで〈拡張保管庫〉には色々入ってるんだよ。鉄とか、〈ゴード鉱〉とか、〈魔銀〉とか、全く使わないけど〈ミニウム鉱〉とか。…………金属ばっかだな。まあ【金属操作】を扱う関係上、どうしようもないんだが。……ああそうだ、家具やら食料も入ってるわ。
メリアさんの家族だし、これから一緒に暮らす事になるんだし、教えても構わないんだけど、話すと結構長くなりそうだし、屋敷に帰って腰を落ち着けてからにしたい。
「ん-? まだ秘密ー。イースに着いたら教えてあげる。マリアさんにもね」
「うえっ!? …………アタシ、そんな知りたそうな顔してた?」
「割とね。まあすぐだから、ちょっと我慢してね」
オーキさんへ向けた言葉なのに、一目で分かるほどションボリしたマリアさんをフォローしつつ、歩を進めていく。
三十分ほど、オーキさんの歩調に合わせてノンビリと歩いていると、道から少し離れた場所に木が密集している場所を見つけた。
密集しているとは言っても、森のように規模の大きな物じゃない。こういうの木立って言うんだっけか?
まあなんでもいいや。大事なのは、俺達四人が身を隠す事が出来るかどうかだ。そういう意味ではこの木立は合格。花丸あげちゃう。
「あそこ、いい感じだね。よし、それじゃああそこに入るよ」
「え? なんで?」
「いいからいいから。ほらさっさと行くー」
「わわっ!? いきなり押さないでよ!」
マリアさんの背中をグイグイ押しながら、メリアさんへチラっと視線を送ると、一瞬首を傾げた後、納得したように頷いた。よし、通じた。
「ほらほら。オーキも行くよー」
「ふむ? …………分かった。わざわざ道を外れてまで行くんだ。何か理由があるんだろう」
こっちと違って、あっちはなんというか、以心伝心? ツーカー? 信頼関係? そんな感じだな。さすが仲良し夫婦だね。
全員で木立の中程まで入った所で、辺りを見回してみる。
………………うん。あちこちに生えている木と下草のおかげで、外からの視界は通らないな。ここなら大丈夫だろ。
「さて。言われるままに入ってきた訳だが……ここで一体、何をどうするんだ?」
そう言いながら首を傾げるオーキさんに対しての俺の答えは――――『手を握る』だ。
右手でオーキさんの右手を握り、空いている左手で、マリアさんの左手を握った。
……おおう、これじゃあ、メリアさんに触れる事が出来ない。どうしよう、と思っていた所で背中に重みが。
「ギューッ! ふふーん、これならいけるでしょ? うりうりー」
うん、そうだね。いけるね。頬ずりはいらないと思うけどね。まあいいけどさ。スベスベして気持ちいいし。
「うん? 何故手を握る?」
「え? なになに? これ、なんか意味あるの?」
もちろんありますとも。【いつでも傍に】で自分以外も一緒に転移するには、直接触れてないといけないからね。
という訳で、【いつでも傍に】発動。
はい到着。
「おかえりなさいませ、レン様。主」
「「ただいまー」」
文字通り一瞬で、通常であれば二月かかる旅程をスッ飛ばして、屋敷に帰ってきました。
目の前にいるのはルナ。場所は……玄関ホールか。
「…………は?」
「…………え?」
前触れもなく、突然木々が生い茂る木立から、立派な屋敷の玄関ホールに風景が切り替わった為、オーキさんとマリアさんは目が点になっている。しょうがないね。
さて、屋敷に帰ってきたからには、やらなきゃいけない事がいくつかある訳だが、まず最初にするべき事は…………。
「ルナ」
「はい。レン様。なんでしょうか」
「俺達がいない間、〈鉄の幼子亭〉を回してくれてありがとう。ルナが頑張ってくれたおかげで、おねーちゃんの旦那さんに会う事が出来たよ」
当初の予定と違って、俺だけじゃなくメリアさん一家も連れて帰ってきたけど。
言いながらちょっと背伸びしてルナの頭を撫でる。
良くできました。なでなで。
「私からも。ありがとうね、ルナ。あなたは私達の恩人だよ」
「むぎゅ」
それを見たメリアさんは、お礼を言いながらルナをハグした。
…………うん。メリアさん。ルナをハグするのはいいんだけど、するなら俺の背後から移動してからやってね? 俺今、二人の間に挟まってるからね?
「っ! …………い、いえ。これも、我々の、勤め、ですので」
声を詰まらせながらそう返すルナから、メリアさんが体を離す。合わせて俺もサンドイッチ状態から解放された。前も後ろも気持ちよかったけど、ちょっと苦しかった……。
「ふう。…………さてと。オーキさん。彼女はルナ。この屋敷の使用人たちの統括をやってもらってるんだ」
「お、おお…………。メリアの夫のオーキだ。今日から、ここで暮らす事になった…………なったのか? ここに? 本当に?」
とりあえず俺が間に入って、お互いに軽く自己紹介をしてもらおうと思ったんだが…………オーキさん。自己紹介が途中から疑問になってるよ。
「オーキ様ですね。ルナと申します。何かありましたら、なんなりとお申し付けください。マリア様も、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」
「あ、ああ。よろしく頼む」
「は、はい。これからお世話になります」
対するルナはしっかりした挨拶の上、二人に向かってペコリと頭を下げた。
オーキさんは初対面だからしょうがないと思うけど、マリアさん、なんか硬くない?
と思ったけど、よく考えたら、屋敷には二日くらいしかいなかったのか。そりゃまだ慣れないよな。
借りて来た猫状態の二人にはとりあえず客間あたりで休んでもらって、俺達は急ぎやらなくてはいけない仕事を片付けよう。
それは――――料理だ。
ルナから泣きが入るくらいだからね。まだ見てないけど、カッツカツなのは想像に難くない。
今日はこれから寝るまで料理をひたすら作るぜ! しんどい!
しんどいからメリアさんも巻き添えだ! 手伝って!




