第103話 メリアさんに怒られた。
突然ですが! いつの間にか累計PV50万を達成していましたので、記念として明日も投稿します!
……二話ですが!
すみません。GWの連続更新で残弾が切れてしまいまして、なんとか絞りだせたのが二話(しかも短い)でした……!
ロウ君をボコり、セリちゃんに髪飾りをプレゼントした翌日の早朝。
朝靄が煙る中、俺は村の出口に立っていた。
目の前にはマリアさんが見送りの為に立っている。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「う、うん。元気でね。…………ねえ、いいの?」
マリアさんの『いいの?』というのは、メリアさんの事だ。
……そう、今この場にメリアさんはいない。メリアさんはまだ、オーキさんの家のベッドの中にいる。
ここで俺がメリアさんを置いていけば、独力で【いつでも傍に】を使えないメリアさんは俺を追いかける術を失う。普通に徒歩で来ればいいだけの話ではあるが、メリアさん一人ならともかく、足の悪いオーキさんを連れての移動は難しいだろう。
そうすれば、メリアさんも俺を追う事を諦めて、この村で家族と過ごす事を選ぶはずだ。
「うん。いいんだ。おねーちゃんも、二人と一緒に居た方が幸せだろうし。お店の事は心配しないで、って言っておいて。ああ、腕輪に付いてる〈蓄熱石〉と交換の仕方は覚えた?」
「それは大丈夫だけど……」
「ならよかった。定期的に交換しないと、家が燃えちゃうかもしれないから、忘れないでね? 交換した後の〈蓄熱石〉は、お湯を沸かすのにでも使って、溜まった熱を使い切ればまた使えるから。あ、これ、交換用の〈蓄熱石〉ね」
言いながらマリアさんに小さめの革袋を渡す。中には〈蓄熱石〉が二十個程入っている。
イースを出発する前日、睦月に【念話】でお願いし、街中を駆けずり回ってもらって集めた物だ。半日くらいしか時間がなかったので、この程度しか集まらなかったが、逆に、よく半日でここまで集めた、とも言える。〈鉄の幼子亭〉での仕事も忙しかっただろうに、睦月には感謝しかない。
「あ、うん。……………………ねえ!」
俺から革袋を受け取ったマリアさんが、俯いて、少し悩んだような素振りを見せた後、思い切ったといった感じで顔を上げた瞬間。
ズズウゥゥゥ………ン
「ファ!?」
「なに!?」
何か、重い物が地面に落ちたような音が響き渡った。ちょっと地面も揺れた。
音が聞こえた方向を見ると、大きな土煙が立っているのが見える。あそこは…………。
「…………アタシの家のある場所じゃない? え? なんで?」
「まさか……」
マリアさんが突然の事態にオロオロしている中、俺は確信めいた物を感じながら、土煙を見つめ続ける。
ガシャン……! ガシャン……!
金属が擦れる音を共に、土煙の中に一つの影が生まれた。それは人の身長より少し大きいくらいの、長方形をしていた。
「…………まじかよ」
「え!? 何!? あれ何!? 何あの四角いの!? レンちゃんあれ何か知ってるの!?」
半狂乱のマリアさんに抱き着かれた俺は、その影から目を離さないまま、口を開こうとした所でタイミング良く強い風が吹き、舞い上がっていた土煙が晴れた。そこに現れたのは――――
「レーーーンーーーちゃーーーんーーー…………」
「うえぇぇ!? おかあさん!?」
メリアさんだった。
大量の瓦礫を背に、両腕を大の字で広げた格好のまま、両足から伸びた鎖を引きずりながら、こちらに向かってゆっくり歩いてきている。一歩歩くごとに、背中のベッドからガシャンッ! と金属がぶつかり合う音が響く。
「チッ。鉄で補強した上で柱に括り付けて、トドメに床に杭で固定した寝台に磔にしてきたのに……」
「何してんの!? ねえ何してんの!? え!? あのおかあさんの背中にくっ付いてるの、寝台!? あの四角い影って、寝台だったの!? 間に薄い壁一枚しかないのに、どうやってアタシに気づかれないでやったの……って……ん? …………んん!?」
混乱の極みにあるマリアさんは、そこでさらに何かに気づいたようだ。目をゴシゴシ擦って二度見、三度見。
妖怪ベッド女になってしまっているメリアさん以上にインパクトのある存在なんて、そうそうないと思うが……。
「あああああああっ!? あ、あの瓦礫! 家! 家があああ!?」
四度見目でマリアさんが絶叫した。
あー…………。家の中にいたはずのメリアさんが、瓦礫から出てきたって事は、そういう事か……。そういやあのベッド、家の中の一番太い柱に、鎖で括り付けてたっけ。
その柱をメリアさんがへし折るか引っこ抜くかしたせいで、あの惨状が引き起こされた、と。
良く見りゃ瓦礫のすぐ側で、オーキさんが呆然とした様子で膝から崩れ落ちている。
ふむ。と、いうことはつまり…………。
「俺は悪くないな」
「どこをどう見てもレンちゃんが悪いに決まってるでしょおおおおおお!? レンちゃんがおかあさんを縛ったりしなければ良かったんだからあああああああ!!」
いやだって、縛り付けておかないとメリアさんこっち来ちゃうじゃん。でもまあ――――
「ふんっ!」
ブチィッ! メリメリメリ……メキバキッ!
あんまり意味なかったみたいだけど…………。メリアさん、力が強いのは知ってたけど、鉄製の鎖を引きちぎる程だったのかー。それはちょっと予想外だったなー…………。
全身を戒めていた枷を引きちぎったメリアさんは、調子を確かめるように手足をブラブラさせた後、顔をこちらに向け――ヒィッ!
怖! 怖ぁ! めっちゃ怒ってる! やばい! さっさと退避を……!
「ちょ! マリアさん離して! 逃げられないじゃん!」
「離す訳ないでしょ! おかあさんをあそこまで怒らせたのはレンちゃんなんだから、大人しく怒られなさい!」
「嫌だ! 俺はまだ死にたくない!」
「逃がさない! 絶対離さないからね!」
「ちょっとまじ離して…………あああああああ!! こっち来たああああ!?」
速!? メリアさんあんなに足速かったっけ!?
予想を遥かに上回るスピードのダッシュで、あっという間に俺達の元まで辿り着いたメリアさんは、走った勢いそのままに腕を振りかぶり――――
「こーーーー、らっ!!」
「うごっ!?」
俺の頭にゲンコツを落とした。
その威力はすさまじく、咄嗟に張った結界二枚をぶち抜いた上、衝撃で頭が地面に叩きつけられる程だった。いやこれ、地面にぶつかる直前にギリギリ間に合った結界がなかったら、俺の頭、潰れたトマトみたいになってたんじゃないか……? 地面、軽く陥没してるし。追加の結界も抜かれたし…………。
「ぐおおおぉぉぉ…………」
「もう! なんであんな事したの! 寝てる人を縛り付けるなんて、駄目なんだよ!」
あまりの激痛に頭を押さえて蹲っている俺の頭の上から、怒気を孕んだ声が投げかけられる。
涙目で顔を上げると、目を吊り上げたメリアさんが、腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「普段はこんな事しない、いい子なのに、どうしちゃったの? なんかレンちゃん、村に着いてから……ううん、イースの街を出る前くらいからおかしいよ? 何かあったの?」
…………何かあった? 何かあっただって?
「………………ああ、あったさ。色々な」
頭を押さえていた手を離し、ゆらりと立ち上がる。
頭に血が上っていくのを感じる。メリアさんは何も悪くない、俺が勝手にやっている事だと頭の中の冷静な部分が叫んでいるのに、抑えきれない感情の高ぶりがその声を押し流す。
「レンちゃん……?」
「マリアさんが店に来て! メリアさんの娘だって事が分かって! 二人共ほんと嬉しそうで! 生まれ故郷の村に行く事になって! 村には旦那さんがいて! 泣きながら抱き合って、幸せそうに笑ってた! ああ十年振りだからねそりゃ嬉しいだろうさ! そんなの見せられて一緒にイースに戻れる訳ねえだろ! でもメリアさんは戻る。何故か! 俺がいるからだ! 俺の存在がメリアさんの幸せを奪う事になるんだよ! そんなの許せる訳ねえだろうが!」
頭の中がぐちゃぐちゃで、自分でも何を言ってるのか分からない。ただ爆発した感情に任せて言葉を吐き出していく。
瞳に涙の膜が張り、目の前が滲むがそんな事はどうでもいい。
「俺みたいな、外見と中身が合ってない気持ち悪い奴と一緒にいるより、家族と暮らした方が何倍もいいに決まってるだろ! だからメリアさんを縛り付けて、動けない内に消えようとしたんだよ! 悪いか! 俺と違ってメリアさんには家族がいるんだ! 十年寂しい思いをして過ごしてきたんだ! だったらその十年を取り返すくらい幸せにならなきゃいけないんだよ!」
息が切れ、それと共に溢れだした言葉も止まる。
ぜえぜえと荒い息を吐きながら、ぼやけた視界でメリアさんを睨みつけた。
「…………だから、俺は一人で帰る。メリアさんはここで二人と幸せに――――」
「馬鹿あああああああああっ!!!!」
「くらぶべ!?」
叫び続けた喉が痛みを訴えるのを無視し、掠れた声で口にした最後の一言は、メリアさんの怒鳴り声とビンタの所為で言い切る事が出来なかった。頬から破裂するような音が響くと共に、衝撃と痛みが突き抜ける。
メリアさんは、衝撃でその場で横に一回転した後崩れ落ちた俺の胸倉を掴んで、強引に引き立たせる。すぐ近くまで近づいた事でしっかり見えるようになったメリアさんの顔は、憤怒で歪んでいた。
「この! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿あ!」
「べ!? ぶ!? ば!?」
片手で俺を吊り上げた状態で、メリアさんは俺の頬を交互に張っていく。
頬を張られるたびに、俺の顔は逆方向を強制的に向かされ、同時に首がミシミシと軋む。
ビンタのスピードが速すぎて結界を張る余裕すらなく、俺はただただ首から上が吹っ飛んでいきそうなビンタを受け続けるがままになっていた。
「レンちゃん……。私は今、すっごく、すっごく怒ってるよ。なんでか分かる?」
「ふ、ふぐう…………」
さっきまでとは違う意味で涙目になっている俺をさらに引き寄せ、鼻がくっつきそうな程の距離でメリアさんがそう問い掛けてくる。
頬が腫れあがり、言葉を発する事が出来ない状態になっている俺は、うめき声を出すのが精一杯だ。
「分からない? じゃあ教えてあげるよ。耳かっぽじって良く聞きなさい。…………あなたがいるから幸せになれない? 私が幸せかを決めるのはあなたじゃない! 私自身だ! 勝手に決めつけるなっ! 外見と中身が合ってない? だからどうしたっ! そんなちっちゃな事、気にする必要もないっ! 気持ち悪いなんて思ってたら、一緒に暮らしたりなんかしないっ!!」
そこでメリアさんは一度言葉を区切り、大きく息を吸った。そして強く俺を睨みつける。その目には信じられない程の怒りが籠っていた。
「そして言うに事欠いて、あなたと違って、私には家族がいる? ……ふざけるな!!!!! 血は繋がってないかもしれないけど、あなただって私の家族だ! 大事な娘だ! 洞窟で暮らしていた時からずっとそう思ってる! 今だってそう! オーキとマリアと再会したからって、それは変わらないっ!」
そこでメリアさんは胸倉を掴んでいた手を離し、代わりに俺を強く抱き締めた。
「だから……私から離れるなんて言わないで。もう私、家族と離れるのは嫌だよ。ずっと一緒に居たいよ…………っ!」
耳元で吐き出された、先ほどまでと違う、弱々しく震えるその声は。
強く、深く、俺の胸に突き刺さった。




