第102話 ロウ君とセリちゃんにお土産を渡した。
突然ですがGW特別企画! 連続更新です!
本日より四日間、毎日更新します。投稿はいつもと同じ、11時です。
……少ない? すみません。仕事が忙しくてストックが……。
外出自粛なGW、なろうに数多ある素晴らしい作品を読んで過ごしましょう。
で、読む物がなくなったら、この作品を読んでいただければ幸いです。
「……え? もう帰るの?」
メリアさんが驚いた顔に、俺は頷きを返した。
先ほどのルナからの【念話】。あれは予想通り、帰宅の催促だった。
〈鉄の幼子亭〉を回す人材的には問題はないようだが、料理の在庫が少し心もとなくなってきたらしい。
……いや、恐らくそんなレベルじゃない。ルナはかなり言いづらそうにしていたが、数日中に店で料理が提供できなくなってしまう程逼迫しているのだろう。
出発前に寝る間も惜しんで料理を作って備蓄していたが、さすがに二月近い期間を凌ぐのは無理だったようだ。
本来であれば、もっと余裕を持って報告を入れろ! と言う所だが、ルナは、というかメイド達は全員、今回の里帰りの目的を知っている。だからこそ、俺達がなるべく長くこちらに滞在できるよう、ギリギリまで報告してこなかったんだろう。恐らく、自分たちでできる限りの、様々な努力を行って期間を引き伸ばし、それでもどうしようもなくなり、断腸の思いで報告してきたと思われる。【念話】越しに、ルナの悔し気な様子が嫌って程伝わってきたからね。
だから、ここで『もうちょっと居たいから頑張って』なんて口が裂けても言えない。言っちゃいけないんだ。それはルナ達の、必死の努力を否定する言葉だから。
「うん。なんだかんだ言って、二月近く店を空けてるからね。そろそろ帰らないと不味いと思う」
【念話】の事はマリアさん達には教えてない為、ルナから報告があった事は言わない。だが、メリアさんにはしっかり伝わったようだ。
「そっか…………。そうだよね。しょうがない、か。…………いつごろ出るの?」
「そうだね…………俺も子供達に挨拶とかしたいから、明後日の朝に出発しようか」
「分かった」
……
…………
「はあ!? あしたかえる!?」
「えー!? いやだよ! ここにすもうよレンちゃん!」
翌日。
イースの街に帰る事を伝えた所、ロウ君とセリちゃんにすごい勢いで食ってかかられた。
なんだかんだ、一番付き合う頻度が高かったのはこの二人なので、それもしょうがないとは思うが……。
「…………しょーぶだレン!」
「……はい?」
まさか、この状況でも勝負を挑まれるとは思ってもみなかった。ロウ君、負けず嫌いすぎ。
他の子達にも挨拶して周ろうと思っていたので、やんわりと断ろうと口を開きかけ――――口をつぐんだ。
「これがさいごだ。いままでみたいなてかげんなしで、ほんきでやるぞ」
そう言ったロウ君の眼差しは今までで一番真剣で、とても断れる雰囲気ではなかった。
「…………分かった。いつやる?」
「いますぐだ」
「了解」
「さきにいく。さっさとこいよ」
そう言ってロウ君は踵を返し、いつも勝負をしている広場に向かって歩き出した。
「なんでこんなときまでしょーぶなんてするの? セリわかんない」
「そうだね……」
ロウ君を追って歩き出した俺に付いてきながら、セリちゃんが心底分からない、といった表情でそう言ったので俺も口では同意したが、ぶっちゃけロウ君の気持ちはちょっと理解できる。
恐らくロウ君は俺に対して、ちょっとした憧れを抱いているんだと思う。
年下の、しかも女の子にも関わらず、全く手が出ない程強い。明らかに手を抜かれているのに、触れる事すら出来ない程に。
ロウ君は冒険者に憧れを持っているようなので、俺が年齢的に本来なれないはずの冒険者になっている事も、理由の一つだと思う。
普通、この年代でそんな奴が現れたら反発するだろうに、ロウ君にそんな素振りは一切ない。とても真っすぐな子だ。好感が持てる。
だからこそ俺は、全力を持って彼を叩き潰す。それが礼儀であり、彼への置き土産にもなるだろうから。
「…………じゅんびはいいか?」
「いつでもどうぞ」
広場に着いた俺とロウ君は、五メートル程間を開けて相対した。
ロウ君はいつもの木剣だが、俺はいつも勝負の時に使う木の棒の両端に、さらに分厚く布を巻きつけている。いくら本気でやるとは言っても、ロウ君に大怪我をさせてしまうのは本意ではないから。
その気遣いによって、俺が本気でやる事を理解したらしく、ロウ君は一瞬ニヤリと笑い、すぐ真剣な表情に戻した。
「……うおおおおおおっ!」
木剣を大上段に構えたまま、こちらに向かって走りこむロウ君を、俺は棒立ちで迎え撃つ。
五メートルの距離は子供の足でもすぐに詰まり、俺の目の前まで辿り着いたロウ君は、全身の力を使って勢いよく木剣を振り下ろし――
ガンッ!
俺の結界に弾かれた。
目を見開くロウ君に対し、俺は死刑宣告にも似た言葉を投げかけた。
「約束通り、俺の出せる全てを使って戦う。歯ぁ食い縛れ」
そこからは今まで以上に一方的だった。
まず俺は【身体強化】を発動し、完全に視界から消えた状態で、わざとロウ君の木剣に棒を叩きつけてへし折り、その後、無手になったロウ君の周りを駆け回りながら滅多打ちにした。
なんとか俺の包囲を抜け出そうとするロウ君の足元に【魔力固定】で障害物を作って転ばさせ、かと思えば【翼】でビンタをかましたり、【金属操作】で棒を変形させ、攻撃の軌道を変えたり、【熱量操作】で地面を凍結させて転ばさせたり。ロウ君の苦し紛れのパンチを、わざと顔面部分の結界で受け止めて見たり。
無駄と思える程、俺の持つ手札を切ってロウ君をボコった。使ってないのは【念話】、【いつでも傍に】、【変身】くらいだ。実際無駄だと思う。
だけど俺はロウ君に『俺の出せる全てを使って戦う』と宣言した。約束を違える訳にはいかない。とは言っても、攻撃自体は手加減しているが。
「まだやるかい?」
全身くまなく青痣まみれのボロボロの姿で、うつ伏せに倒れ伏すロウ君に声を掛ける。【身体強化】は解除せず、【翼】を展開し、棒は構えたまま。本気というのはそういう事だ。降参の言葉を聞くまで勝負は終わらない。
俺の言葉を聞いて、ロウ君は首だけをゆっくりと動かし、俺をしっかりと見据えて来た。
その目は相変わらず真っすぐで、その眩しさに目を逸らしてしまいそうになる。だが逸らさない。ここで目を逸らしたら負けだと感じたから。
見つめあう事暫し、ロウ君は目を逸らす事なく、閉じていた口を開いた。
「…………お、おれの、まけ、だ」
「そうか」
ロウ君の敗北宣言を受け、俺は発動していた全ての【能力】を解除した。勝負は終わりだ。
「立てるかい?」
「しばらく……むり…………」
「手助けは?」
「いら、ない」
「分かった」
必要と言われれば家まで運ぶのも吝かではなかったが、いらないと言われたんだ。ここで手助けしたら、ロウ君への侮辱になってしまうだろう。
「こ、こんかいは、おれの、ま、まけだ。……でも、次は、ぜ、ぜってえ、まけねえから、な。まってろ、よ……!」
ロウ君を置いて去ろうとする俺の耳に、ロウ君の呟きが届く。その声はとても小さかったが、とても強かった。
「うん。分かった。待ってるよ」
あの真っすぐな目が濁らない限り、彼は強くなる。そしていつか、俺の前に現れるだろう。
戦いは嫌いなはずなんだが、なんだかその日がとても楽しみだ。
「ね、ねえ、ロウくん、あのままでいいの……?」
「いいんだ。本人がいいって言ってるし、あれは置き土産だから」
セリちゃんが、倒れたままのロウ君をチラチラ見ながら不安げにそう尋ねるのに、俺はそう答えた。
そう、あれは置き土産。
冒険者に憧れているであろうロウ君に、冒険者の強さを体に教え込んだ。
これで冒険者を諦めるならそれもよし。冒険者なんて危険な職業、ならないに越した事はないだろう。
だが、それでも冒険者になる事を諦めないなら、彼は俺を超える為に、必死に鍛錬を積むだろう。
俺は自分でいうのもなんだが、冒険者としてのレベルとしては最底辺だが、スピードと防御はそこそこの物だと自負している。そんな俺の防御を抜ける程の実力を身に着ける事ができれば、冒険者としてもそれなりの所までいけるだろう。
だが万一、彼が強さのみを追い求め、道を踏み外すような事があれば、俺は全身全霊を持って彼を叩き潰す。それが、先輩冒険者としての、道を示した者としての責務だから。
…………まあ、未だに魔物を討伐する度に具合が悪くなるような、貧弱なメンタルの冒険者だけど。
まあ、あんなに真っすぐな目をするロウ君なら大丈夫だろうが。
「おきみやげ……? セリ、よくわかんない」
「大丈夫。分からなくていいよ」
こんなの、男の子じゃないと分からないと思うよ。なんだかんだ理由を付けてはみたが、結局の所、男の子の意地みたいなもんだから。
「さて、ロウ君には渡せたし、次はセリちゃんだね」
「え? セリにも……?」
おおう、セリちゃんが引いてる。あれか。セリちゃんもボコられると思っちゃったのかな?
「いや、ロウ君と同じ物なんて渡さないよ。あれはロウ君専用みたいな物だから」
「そ、そうなの……?」
「もちろん」
「そ、そっかー。よかったー」
苦笑しながらそう言うと、セリちゃんは心底安心したようにホッと息を吐いた。
「はい。セリちゃんにはこれね」
「わー……っ!」
〈拡張保管庫〉から取り出してセリちゃんに手渡したのは、小さな髪飾りだ。花を摘んだ時に、セリちゃんが必ず摘んでいる花を模している。本人に聞いた訳じゃないけど、毎回摘むくらいだから、きっと好きな花なんだろうという事でそれにしてみた。多分タンポポだろう。
本来の花の色は黄色だが、〈ゴード鉱〉で作ったので色は真っ白だ。でもまあ、造形は割と上手くできたと思う。
「これ、セリがだいすきなはなだー! なんで!? セリ、おしえてないよね!?」
良かった。合ってたみたいだ。
内心ホッとしながらも、表情には出さず、さも当然のような顔をする。
「セリちゃん、お花摘みの時、いっつもその花を摘んでたでしょ? だから好きなんだと思って」
「へー! そんなことでセリのすきなはながわかるなんて、やっぱりレンちゃんはすごいねー! ありがとー!」
「どういたしまして。ほら、付けてあげるから、こっち来て」
「うんっ!」
ズズイッ! と近づいてきたセリちゃんから髪飾りを受け取り、頭に着けてあげる。
…………うん。茶色の髪に、白い髪飾りが良いアクセントになってる。偶然だけど、白で正解だったな。
「はい、出来た。うん、似合ってる。可愛いよ」
「ほんと!? うれしー! ありがとー!」
ニパーッ! と弾ける笑顔を向けるセリちゃんは言葉の通り心底嬉しそうで、俺としても渡して良かったと思えた。




