第99話 マリアさんが暴走した。
「…………この調子だと、明日には村に着きそう」
「もうそんなに近くまで来たの? 早いねえ」
「そうなんだ。サクサクだったねえ」
メリアさん、マリアさん、そして俺の三人による、二人の里帰りの旅を開始して、一月半ほど経過した。
俺はこの世界では、メリアさんと暮らしていた洞窟と、イースの街の間の移動以外では初めての旅。
メリアさんも、村で暮らしている時は遠出した事はなく、村から洞窟までの移動は記憶に残っていないそうなので、俺とほぼ同じ状況。
つまり、まともに旅をした事があるのはマリアさんだけという、普通に考えれば、なかなかにハードな旅――――になるはずだった。
「サクサクすぎだよ! なんなの二人とも! おかしくない!? 普通、旅慣れない人が二人もいたら、もっと休憩とか挟んで、ゆっくり進むものなのに! 二人共体力ありすぎ! 特にレンちゃん! あなた子供よね!? なんでそんなに体力があるの!? 大人の足に普通に着いてこれるとか有り得ないよ!」
「ん-、普段の生活が体力勝負だからかなあ」
お店の経営ってかなり体力使うんだよね。給仕してると、営業時間中は常に動いてるくらいだし。人気店だからね。
俺はほぼ厨房専門みたいなものだからまだ楽な方だけど、それでも営業時間中はずっと、立ちっぱなしで料理の準備とかしてるし。配膳も延々続けると結構疲れるんだよ?
「それも十分おかしいけど! それ以上に! どこの誰が! 野営の度に鋼鉄製の家を建てて! 出来立てみたいにアツアツな、美味しい料理をお腹いっぱい食べて! フカフカの布団で寝るのよ! その〈拡張保管庫〉、どんだけ入るの!?」
マリアさんの声が反響し、鉄製の壁がビリビリと震える。
現在俺達は、二人の故郷の村まで後一日といった距離にある、林の中で野営をしている。
とはいってもマリアさんの言う通り、俺が作った鉄製の小さな小屋の中でだ。もちろん【金属操作】で。
で、マリアさんの言葉から分かる通り、俺の手札の一部である、〈拡張保管庫〉については教えた。メリアさんの娘さんだったら、まあこれくらいならいいかな、と思ったんだ。
作れる事は教えてないので、迷宮で拾った事にしてるけど。
ちなみに【能力】については教えてないので、色々と小細工をしてはいるけれど。
【金属操作】で作った家を、さも〈拡張保管庫〉から取り出したように見せたりね。
「いやでも、どうせなら美味しい物食べたいし、夜は安心して気持ちよく寝たいでしょ? この中なら見張りとかいらないし。あと、〈拡張保管庫〉については、どれくらい入るかは分かりません。入らなくなった事がないんで」
ほんと、どんだけ入るんだろうねこの〈拡張保管庫〉。もう四次〇ポケットだよ。
「なにそれ!? どんな高級品なの!? …………普通なら、焚火の番をしながら交代で見張りを立てて、硬ったくて塩っ辛い干し肉とカチカチのパンをお湯で無理やり流し込んで、外套一枚で夜風を防いで、寒さに震えながら寝なきゃいけないのに……」
「あ、マリアさんはそっちの方が良かった? 一応そっちもあるよ? ちなみに今日の夕食は、ハンバーグとおねーちゃん特製スープ、食後はハチミツレモンシャーベットだけど」
「なにそのイジメ!? なんでこの状況でそんな切ない物食べなきゃいけないの! ハンバーグがいいです!」
「はいよー。熱いから気を付けてね」
マリアさんもご所望のようなので、三人前の料理をテーブルに並べていく。
もちろん、出来立てをすぐ〈拡張保管庫〉に突っ込んだ物なので、アツアツだ。
「むぐむぐ……おいひい…………。どうしよう。このままじゃアタシ、普通の旅が出来なくなっちゃう…………」
「はぐはぐ……うーん! 美味しい! やっぱり、レンちゃんのハンバーグは最高だねえ! …………マリア、もういい加減慣れなよ。旅の最初の方からずっと同じ事言ってるじゃない。レンちゃんと一緒にいたら、常識なんてすぐ木っ端微塵なんだから。最低でも、レンちゃんと一緒に行動している間は捨てちゃいなさい」
「酷くない?」
それはさすがに言い過ぎじゃない?
俺が常識外れな事は認めるけど、木っ端微塵になるほどじゃないと思うよ?
「分かってるけど! 散々体験したけど! ……でも、常識なんて、そう簡単に捨てられる物じゃないよう」
分かっちゃうの!? まじで!?
「そりゃあ、普通の子供は背中から翼なんて生えないし、その翼で魔法を防いだりしないし、突っ込んで来た猪とアタシの間に割り込んで、突進を無傷な上に棒立ちで受け止めた挙句、逆に吹っ飛ばしたりしないし」
「…………」
俺の表情を見て、何を思っているのか察したのか、俺がいかに常識外れか、滔々と語られた。
なるほど。客観的に語られると、ぐうの音も出ないくらい常識外れだな。自分の事ながら頭おかしい。
翼云々の話は、あれだ。旅を始めて数日経った頃、盗賊に襲われた時の奴だ。
あいつら、気持ち悪い笑みを浮かべながら俺達を取り囲んできた挙句、いきなり足めがけて魔法を撃ってきやがったんだ。
俺達が女性二人にガキ一人、しかも女性は二人とも超美人という、カモがネギ背負って鍋と包丁とカセットコンロ持ってやってきた、みたいな、端から見たら超優良物件に見えて、確実に捕まえる為に足を潰そうとしたんだと思う。で、つい【翼】を出して魔法を防いじゃった訳だ。
その瞬間盗賊の奴ら、揃って『は?』って言ってたよ。ぴったり揃っててちょっと面白かった。
その盗賊はどうしたかって? メリアさん母娘がコテンパンにしたよ。メリアさんはともかく、マリアさんも結構強くてびっくりした。マリアさん、実は冒険者だったんだって。しかもレベル五。すごいよね。俺なんて零だよ零。
魔物云々は数日前に、マリアさん目掛けて猪が突進してきた時だな。
その猪、死角から突っ込んできやがって、気づくのが遅れてしまった。
タイミング悪く、そういう察知能力に優れたメリアさんが少し離れた場所にいて、気づいた時には、とても回避なんか間に合わないような距離だった。だから、その時偶然マリアさんの近くにいた俺が間に入ったんだ。
で、その猪は俺の結界に突進を防がれた挙句、半端に威力が高かったせいで第一層を割っちゃって、第二層の爆発反応結界で盛大に吹っ飛ばされた。
なお、その猪は現在、お肉になって〈拡張保管庫〉の中です。いやー、猪なんて初めて食べるなー。どう食べるのが一番美味しいかなあ。
「うんうん。やっぱり、レンちゃんは常識外れだねえ」
「何言ってるの! おかあさんもだよ!」
食事の手を止め、腕を組んでうんうん頷いていたメリアさんを、マリアさんはビシィッ! と指さした。
「ええ!? 私も!?」
「当たり前でしょ! 普通の女の人は、自分より頭二つ分以上大きくて、鉄の鎧を着たごっつい男を、木の枝みたいに振り回したりしないからね!? アタシ、人間をこん棒代わりにする人初めて見たよ! しかもそんなに強いのに冒険者レベル一? 詐欺だよ! 他の冒険者の人達に謝って!」
「え……ご、ごめんなさい?」
マリアさんのあまりの剣幕に飲まれて謝るメリアさん。しかし、そんな事でマリアさんの勢いは止まらない。
「しかも!」
「まだ続くの!? 謝ったのに!?」
「続くに決まってるでしょ! ちょっと謝ったくらいで終わる訳ないでしょ! むしろこれが本命だよ! 何そのハリのある肌! 艶々の髪! その見た目で三十五歳? 冗談! 精々が二十歳くらい! 下手したらもっと下に見えるよ! 十年も経ってるのに、アタシの記憶の中のおかあさんと全然変わってない! むしろちょっと若返ってる気がする! いや絶対若返ってる! どういう事なの!? もう、母娘っていうより姉妹だよ!」
「え、い、いや、どういう事って言われても、分からないよ…………。気づいたらこうなってたし…………」
「なにそれ!? 気づいたらこうなってた!? なにその羨ましすぎる状況! 何! 何が原因なの!? ……そうか! 洞窟だね!? おかあさんが村を出てから暮らしてたっていう洞窟に秘密があるんだね! よし行こうすぐ行こう!」
「村に帰るんじゃなかったの!? 完全に逆方向だよ! イースすら通り過ぎてるよ!」
「離して! これは乙女にとって何よりも大事な事なの! 母親より肌艶の悪い娘でなんていられるかあああああ!!」
エキサイトするあまり、小屋を飛び出そうとするマリアさんを、メリアさんが羽交い絞めにして食い止める。
……うん、まあ、言いたい事は分かるよ。どっからどう見ても、十五歳くらいの子供がいる母親には見えないよね。マリアさんの言う通り、母娘と言うよりも、姉妹と言った方がしっくりくる。
しかも、色々な要因のせいで、下手すればメリアさんの方が年下に――――ハッ!
「なんか言った!?」
「な、何も言ってないし考えてません!」
怖っ! 思考を読まれた!? すごい顔で睨まれた!
「くうっ! 背中に当たる膨らみも妬ましい! なんでこんなに柔らかいの!?」
「理不尽っ! ここは昔から変わってないよ!」
マリアさんは坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とばかりにメリアさんの胸にも悪態を吐き始めた。
確かにメリアさんの胸、でっかいよねえ。メロンだよメロン。いや西瓜かな? 抱き着くと気持ちいいんだこれが。
それに比べてマリアさんは、大平原とまではいかないけど、とても慎ましヒィ!!??
「…………どこ見てるのかな?」
「どどどどどどこも見てませんっ!」
さっきまでの暴走っぷりはどこに行ったのか、メリアさんに羽交い絞めにされたまま、ジタバタと暴れていたはずのマリアさんは、その動きをピタリと止め、地獄の底から響くような、低く重々しい声を俺に投げかけてきた。カクン、と首を傾げるオマケ付きで。
こ、怖すぎる! さっきより怖い! なんというか、重みが違う!
マリアさんに胸の話は禁句! レン、覚えた! 絶対忘れない!
これは、なんとかマリアさんのご機嫌を取らなくては! 今のマリアさんは全てが怖いけど、特に目! 目が怖い! 目に虚無が宿ってる! その目で見ないで! 飲み込まれちゃう! その首の角度も! 人間ってそこまで首傾げられるの!? 九十度くらい行ってるよね!?
「ほ、ほら! マリアさん体細いよね! 無駄を極限まで削ぎ落した、実用性の美っていうの!? そんな感じだよね! 足も長いし! ほんと、理想の体型だと思うよ! いやー、すごいなー! 憧れちゃうなー!」
ど、どうだ!? 考えうる限りの美辞麗句を並べ立てたぞ!
これでマリアさんの機嫌も多少は良く――――
「…………どうせアタシなんて、メリハリのない、ヒョロヒョロで男みたいな体型だよ……」
ならない! 藪蛇!? 藪蛇だった!? 褒めたつもりがトドメ刺してた!? え? 細いのがコンプレックスなの!?
それはそれで、世の女性を敵に回しそうだけど……今はそんな事はどうでもいい!
や、やばい、早急にフォローを……!
「…………どうせ私なんて、無駄の塊だよ。足も太いし、お尻も大きいし、あちこちぷにぷにだし……」
ちょ、流れ弾でメリアさんがダメージ受けてる! しゃがみこんで地面にのの字書いてる! カーペット敷いてるから見えないけど、床も鉄板なのに! くっきり跡付いてるよ!
違う! そういう事が言いたいんじゃないんだ!
「あ……う…………えと……えーっと…………」
あーもー! どうすりゃいいんだよ! 女って分からねーっ!
おかしい……。本当なら今頃もう村に着いてるはずだったのに、気づいたらマリアの突っ込みで一話終わってた……。




