第95話 騒動がまさかの事態を迎えた。そして呆れた。
今回からレン視点に戻ります。
花粉症がキツすぎて全然筆が進みませんでしたが、なんとか書けました。よかった……。
鼻をかみすぎて、鼻の下がボロボロです。
皆さんもお気を付けください(何を)
「――――で、最後に『領主として、私も貴殿らに協力しよう』って言って、ハンスさんに怒られてました~」
「そりゃそうだ……」
夜間の警備を終えたオネットから報告を受けて、俺は溜息を吐いた。
侯爵様、何してんの?
報告を受けたからって、わざわざ衛兵の詰め所までないでしょ。しかも職権濫用しようとしてるし……。
初めて会った時は、クールで、いかにも『デキる』人に見えたのに、ちょくちょく〈鉄の幼子亭〉で食事をするようになってから、少しづつ気を抜くようになってきて、デミグラスソースを食べてから一気に残念になってしまった気がする。
メリアさん然り、俺の周りには、真の意味でクールな人はいないのだろうか……。あ、クリスさんがいたな。頑張ってクリスさん。あなたが最後の砦だ。
「ふう…………それにしても、今回の事件の犯人は、一体何をしたいんだろうなあ」
「え? うちの店の妨害でしょ?」
俺の呟きに、メリアさんが『何を当たり前の事を』と言いたげな顔で答えた。
「いや、それはそうなんだけど。それをする理由がイマイチ分からなくって」
「理由?」
「うん。ここまでの事をするなら、普通、しっかりした理由があるはずなんだ。復讐とか、お金とか、欲しい物がある、とかね。でも、それが見えない。お金だったら、休業中のお店を襲う意味が分からないし、欲しい物があるんだったら『止めて欲しければ〇〇を寄越せ』みたいな要求があるはずなんだけど、それもない。状況だけ見ると復讐が一番近い気がするけど、ただお店をやってるだけで、そこまで恨まれるような状況ってのが思いつかないし、やる事も生温いと思うんだ」
「生温い……? あれで? 十分酷いと思うけど……。レンちゃんだって泣いてたじゃない」
「まあそれはそうなんだけど。俺がやるなら、時間を掛けて相手が大切にしているモノを調べて、方々手を回してから、全てを相手の目の前で踏み躙る。それが人でも、物でも、地位でも」
「レンちゃん…………」
メリアさんにドン引かれてしまった。そんな目で俺を見ないで。例えばの話だから、例えばの。
「ゴホンゴホン! ……てな感じで、どれが理由にしろ、中途半端だったり、意味が分からなかったりするんだよね。まあ、犯人にしか分からない、深い理由があるんだろうねえ」
まあ、今例えで出したのはあくまで予想だし、実際は全く違う理由かもしれない。情報不足でこれ以上は推理モドキも出来ないし、無理に情報を得ようとして、変に相手を刺激するのも嫌だ。
「まあ、今の俺達に出来る事は、これ以上の被害を出さないように守りを固めつつ、相手がボロを出すのを待つって所かなあ」
今の今まで、なかなか心にクる目で俺を見続けていたメリアさんは、諦めたような溜息を一つ吐いてから、口を開いた。
「…………はあ。つまり、今まで通りって事だね」
まあ、その通りです。
それらしい言い方をしてみたけど、ぶっちゃけこれ、解決自体は人任せって事なんだよね。
情けない事この上ないけど、こっちから手を出さないとなると、これくらいしか思いつかない。
自分で言いだした事ではあるけど、面倒な縛りをしてしまったもんだ。
…………そう思いつつ、相手と同じ手段を使いたくないというのも本心な訳で。
我ながら優柔不断というかなんというか……。困ったもんだね、まったく。
「そういう事。申し訳ないけど、これからも頼むね、オネット」
「はい~。ど~んと任せてください~」
右往左往している間にも、時間は進んでいく。
とりあえず、俺達は俺達で出来る事をしよう。
まずは……大工さん達に昼食を準備してあげようか。すっごい頑張ってくれてるみたいだし。
……
…………
………………
二日後。
前日に無事お店の修理が完了し、いよいよ明日から営業再開という事で、総出で店内のチェックをしていた所に、一人の衛兵さんがやって来た。
その衛兵さんに『一緒に詰め所まで来て欲しい』と言われ、『なんか呼ばれるような事やったっけ?』と首を傾げながらも、メイド達に後作業を頼み、俺とメリアさんの二人で、衛兵さんの後に付いて詰め所に向かった。
詰め所に到着すると個室に通され、ここで待っているように言い、俺達をここまで案内した衛兵さんは部屋を出ていき、入れ違いに別の衛兵さんが、お茶を持ってきてくれた。
俺達は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、勧められるままに部屋の中央にあるソファに腰掛ける。俺達がお茶に口を付けた所で、その衛兵さんも部屋から出ていった。
「個室に案内されるなんて、一体どんな用事だろうねえ。…………解決したって報告だったりして」
お茶の入ったカップをテーブルに置きつつ、メリアさんは冗談ぽくそう言った。その表情は、自分で言っておきながら、それが希望的観測である事を理解している様子だった。
「そうだったらいいねえ。……そうだ。お店を再開したら、持ち帰り用の料理も出そうか。大工さん達に出したカツサンド、すっごい好評だったし」
「おー、それはいい考えだねえ。あ、でもどこで売ろう。持ち帰り用の料理なのに、わざわざ席に着いてもらうのもおかしいよね?」
「そうだね…………。持ち帰り専用の売り場を作るのが一番手っ取り早いんだけど、場所がなあ……」
そんな事を話しながら待つ事暫し。カップのお茶が半分程になった所で扉が開き、ガタイの良い男性が部屋に入ってきた。……って良く見たらアイオールさんじゃん。
…………え? このタイミングで部屋に入ってきたって事は、アイオールさんが説明してくれんの? 隊長自ら説明? マジ? フットワーク軽すぎじゃない?
まさかの衛兵隊隊長のご登場に軽くビビッている間に、アイオールさんは俺達の座っているソファと、テーブルを挟んで向かい側にあるソファにドッカリと腰掛け、おもむろに一言。
「解決したぞ」
「「…………………………はい?」」
まさかのメリアさん大正解。そのメリアさんは、間の抜けた表情で男性の顔を見つめている訳だけど。そして、多分俺も同じ顔をしてるだろう。
「いや正直我々も驚いているよ。こういう問題が起こった時、大体は皆、大して関心を寄せないんだ。だから情報を集めるのに苦労して、結果、問題が長期化する事が多いんだが……」
今回は、驚く程簡単に情報が集まったらしい。住民からは街中のちょっとした目撃情報。冒険者からは少し荒っぽい雰囲気の酒場や裏通りの情報。といった感じで。
話を聞いていくうちに、色々な物がこみ上げてきて涙が滲んできていた所に、アイオールさんによる、朗らかに笑いながらの『愛されてるなあ。君たち』という台詞で俺は限界を迎え、顔を見せないように俯いてから、目をグシグシと荒っぽく拭った。
「グスッ…………すみません。続きをどうぞ」
そう言いながら顔を上げると、優しい目で俺を見ているアイオールさんと目が合った。
途端に痴態を見せてしまった恥ずかしさがこみ上げてきて、慌てて目を逸らす。
「続きを」
「いやあ、そういうのを見ていると、年相応の可愛らしいお嬢ちゃんだなあ。ロンズ様をボコボコにした子供と同一人物にはとても見えない」
「そうなんですよ。普段は私なんかよりずっとしっかりしてるんですけど、たまにこういう感じになる事があって。その落差が、もう……!」
「続きをっ!」
やめてください死んでしまいます(恥ずかしさで)。メリアさんも、そんな事を顔を蕩けさせながら言わないでいいから!
「ククク…………分かった分かった。そう不貞腐れるな。では続きだな――――」
くつくつと笑ってから、アイオールさんはようやく続きを話し始めた。結構長かったのでまとめると、
まず、今回の騒動の首謀者は〈女神の美食亭〉という、前の世界でいう高級レストランのような店の店長と一部の従業員。
目的は、うちで出しているクロケットやメンチカツ等、人気メニューのレシピだそうだ。
とは言っても、『レシピ教えてください』と言って快く教えてくれる輩なんていないので、一計を案じる事にした。借金漬けにしようとしたのだ。
まず、誰もいない時間に、ゴロツキを使って〈鉄の幼子亭〉を襲撃して破壊し、営業停止に追い込む。被害者は、営業を再開する為に店を修理する。無論、金が掛かる。
続いて、修理中の店を定期的に襲撃する。被害者はこれ以上店を壊されたくないので、守りを固める。襲撃に成功すれば、さらに店が壊され、修理費用が嵩む。失敗しても、守りを固めるには人を雇う事になるので、もちろん金が掛かる。
ここがミソなのだが、ここまでの襲撃では要求等は一切提示しない。ただ襲うだけだ。
被害者側からすれば、『どうすれば襲撃が終わるのか』が分からない為、警備の人数を減らしたり、警備を止めたりはできない。金は出ていく一方だ。
襲撃が成功すれば店は壊され、修理費用がさらに嵩んでいく。もちろん店の営業は出来ないので、お金を稼ぐ事は出来ない。
そうやって被害者の資金を削っていき、最終的に借金を背負わせる。
で、ここで〈女神の美食亭〉の店長が登場。『同業者が借金で潰れていくのを見ているのは忍びない。私がその借金を肩代わりしましょう』と嘯いて借金を肩代わりする。
で、最後にそのネタで被害者を脅し、レシピを取り上げる。
といった具合らしい。
更に、うちの店は女性しかおらず、しかも全員が美人なので、他の街に連れて行って娼館に落とす等すれば、がっつり金も儲かる。とも考えていたそうだ。
「いや無理でしょ」
「無理だねえ」
「まあ無理だな」
一通り話を聞いた末の俺の言葉に、二人ともウンウンと頷いて同意した。
この策、良く考えられているように見えるが、穴が多すぎる。
まず、衛兵の存在を軽く見過ぎている。
そんな長期間に渡って特定の店が襲撃されたら、衛兵が本気で警備する。どう考えても街の治安にマイナスだしね。
衛兵さんはプロだ。前の世界の警察とまではいかないだろうが、捜査のノウハウ等はあるだろう。そんな人達の目を欺いて襲撃を続けるとか、ほぼ不可能だろう。裏の業界、とかあったらその限りではないかもしれないけど。
続いて、俺達の戦闘能力を考慮に入れていない。
俺も多少は戦えるし、メリアさんは素手でぶん殴って、金属鎧を着た男性を十メートル近く吹っ飛ばす事が出来るし、マリとオネットに至っては人間ですらなく、元々は迷宮の〈階層主〉。
そこらへんで雇ったゴロツキ程度でどうにかなる存在じゃない。
明らかに調査不足だ。
「なんていうか、自分にとって都合の悪い情報を無視した上で考えた策って感じだよね」
「そうだな。今尋問中だが、今回が初犯のようだ。悪事を行う事に慣れてない一庶民であるが故の、雑な策だったんだろうな」
……
…………
………………
それから数日後、無事営業を再開した〈鉄の幼子亭〉で、以前にも増して目が回るような忙しさで必死に働いている所に、衛兵さんが一人やってきた。
今回の騒動の犯人達の処遇が決まったらしい。
主犯である〈女神の美食亭〉の店長と一部の従業員は、財産没収の上、街から追放。二度とイースの街に入る事は出来なくなった。
…………ハンスさん、侯爵様の暴走抑止、お疲れさまでした。
ちなみに、没収した財産から〈鉄の幼子亭〉の修理に掛かった費用を補填してくれるらしい。迷惑料として多少色を付けて。やったぜ。
襲撃に加担したゴロツキは罰金刑だそうだ。
とは言っても、全員がマリとオネットによって両手両足をへし折られているので、それが治るまでは支払いを待つそうだが。
結構優しいんだな、と思ったら、日を過ぎるごとに治療費の名目で金額がどんどん膨れ上がっていくそうだ。怖い。
とまあ、こんな感じで、今回の一連の騒動は幕を閉じた。
今回の教訓として、警備ってやっぱ大事だと感じた。
店だけじゃなく、メイド達やリーア、もちろんメリアさんも守る為に、なんか対策を考えないと。それまではマリとオネットに頑張ってもらおう。




