第94話 待ち人来たる。
今回はオネット視点。
久々にR-15タグが仕事をする、かもしれません。そこまででもないかな?
ワタシは今、人を待っている。
恋慕ではないが、早く来て欲しい、早くワタシの前に現れて欲しい、と切に願いながら、光源一つないこの場所で、立ち尽くしている。
ああ、早く来てください。ワタシの前に立ってください。顔も知らないアナタが待ち遠しい。
来るどうかすら不明瞭だけれども、ワタシはひたすらに待ち、この場に立ち続ける。
お願い、来て。来て。来て。来て来て来て来て来て来てきてきてきてきてきて――――
――――来た。
扉が小さな音をたてながらゆっくりと開き、人一人がギリギリで通れるだけの隙間を開ける。
その小さな隙間をすり抜けるように、複数の人がワタシが立っている建物――――〈鉄の幼子亭〉へと足を踏み入れる。人数は…………四人。
各々が手で持つ型の照明を持ち、ゆっくりと、足音を立てないように静かに店内に入り、最後の一人がそっと扉を閉めた。
照明が放つ光はワタシの元までは届かず、少し手前までを照らしている。
このままではワタシの存在を気づいてもらえない。それはとても悲しい。なので。
「いらっしゃいませ~。〈鉄の幼子亭〉へようこそ~」
声を上げる事にした。
「だ、誰だ!」
一番最初に店内へ入ってきた人が、そんな言葉と共にワタシが立っている方向へ照明を掲げた。
「ワタシの名前は~、オネットと言います~。〈鉄の幼子亭〉の給仕兼、お店の防衛を担当しています~」
誰何されたのでちゃんと答えたのに、四人はお互いの顔を見合わせながら、ワタシを放って、小さい声で話し合いを始めてしまった。
「おい! 店員がいるなんて聞いてないぞ!」
「どうすんだよ!」
「金はもらっちまってんだ。やる事は決まってるだろ」
「……そういや、『店長以外なら、一人や二人攫っても構わない』って言ってなかったか?」
「…………言ってたな。後、『生きてさえいれば、何をしても構わない』とも言ってた」
「何をしてもか……へへ。暗くて見えなかったが、良く見りゃえれえ別嬪じゃねえか」
「しかもすげえ体だ」
「こりゃいいや。金がもらえて、しかもあんなイイ女とヤれるなんてなぁ」
話し合いは終わったらしく、全員がワタシの方へ視線を向け直した。見事なまでに、全員嫌らしい笑みを浮かべている。
「申し訳ございません~。当店はただいま営業時間外でして~。当店は朝から営業しておりますので~、また営業時間中にご来店くださいませ~」
そう言ってワタシが頭を下げると、周囲から心底おかしそうな笑い声が聞こえてきた。頭を下げている間に、ワタシを取り囲んだようだ。
「ぶひゃはははっ! え、営業時間もなにも、絶賛休業中じゃねえか!」
「ひっひひひひ! 三日後に開店なんだって? そうされると困る奴がいるんだよ。だから俺達みたいなのを雇って、開店できないようにしてほしいんだと!」
「俺達は金をもらって、この店をぶっ壊して、ついでにあんたで楽しむって寸法さ!」
「安心しろよ! 殺しゃしねえ。まあ二度と元の生活には戻れないかもしれねえけどなぁ! あっはははは!」
笑いながら代わる代わる喋る四人に対して、ワタシもそれに負けないくらい大きな笑顔を浮かべた。
「なるほど~。それでしたらワタシは~、〈鉄の幼子亭〉防衛担当として~、武力による防衛行動を行います~」
私の宣言に、四人は一瞬、呆けたような表情を浮かべ、すぐさま先ほどよりも大きな笑い声をあげた。
「ぶ、ぶ、武力によるって! あんたみたいな女が?」
「は、腹いてえ…………! ヒヒヒ!」
笑い転げる四人を無視して、その内の一人に近づいたワタシは、足を控え目に振りかぶって男の脛を蹴った。
「えい~」
ボキャッ!
「ギッ!!!!」
短い叫びと共に男が崩れ落ち、蹴られた脛を抑えてのたうち回る。その様子を見て、他の男達は腹を抱えた。
「ぶはっ! おま、いくら脛蹴られたにしても、そりゃねえだろ! ガキかよ!」
「弱すぎだろお前! ぎゃはははは! ヒィ、ヒィ……苦しい! 死ぬ!」
転げまわる男のおかげで、他の男達は隙だらけだ。これ幸いと順番に攻撃を加えていく。
二人目。
「えい~」
ボキィ!
「ぎゃははははグギャッ!!?」
三人目。
「や~」
ゴキン!
「ひひひひひひウギッ!!!!??」
四人目。
「とお~」
バキッ!
「わはははははハグッ!!??」
全員が全員、蹴られた瞬間に短い叫びをあげ、漏れなく床を転げまわっている。
とりあえずこれで、逃亡を防止する事が出来た。続いて、この人達の雇い主について聞いて情報収集を――――
「痛ええええええ! 痛えよおおおおぉぉ!」
「折れた! 足の骨が折れたああああ!!」
「ああああああああああ!! うわあああああああああああああああ!!」
…………うるさい。
「「「「モガァッ!?」」」」
そのまま叫ばせ続けていると、近隣の迷惑になりそうなのと、単純にうるさかったので、一度全員に猿轡を噛ませて黙らせる。といってもムームー唸ってはいるが。
そのまま少し待機していると、痛みに慣れてきたのか、荒かった息遣いが落ち着いてくると共に、唸り声も小さくなってきた。
全員一斉に話を聞くのは手間なので、適当に一人選び、他の男達から少しだけ離してから猿轡を取った。余りお互いの距離が近いと、これからの作業の邪魔になってしまうので。
「それでは~、私の質問に~、キビキビ答えてくださいね~。あなたのお名前は~?」
「……ア――」
「遅いです~」
「アガッ!?」
折れていない方の足の脛を軽く踏みつける。生木を折るような音と共に、脛が『く』の字に折れ曲がった。
「次の質問~。住んでいる場所は~?」
「ひ、ひん――」
「遅いです~」
「ギャアッ!!!」
左腕を踏みつけた。足裏に骨の折れる感触が伝わってきた。
「もう~。ちゃんと答えてくださいよ~。次です~。いくらで雇われましたか~?」
「大金貨! 大金貨一枚だ!」
「良く言えました~。そうですか~。大金貨一枚ですか~…………」
残る右腕を、先ほどよりも強めに踏みつける。肉が潰れ、骨が砕ける音が鈍く響く。
「あああああああああ!! なんで! ちゃんと答え――!」
喚く男の襟を片手で掴み、グイと引き寄せる。涙と鼻水と脂汗でぐちゃぐちゃの、真っ青な顔色の男の顔が、鼻がくっつきそうな距離まで近づいた。
ワタシの思考を正確に伝達するために、一時的に疑似人格を停止。
それに伴い、疑似人格に合わせて設定されている表情、声音も規定値に戻る。
人で言う、『無表情』かつ『平坦な声音』で男に告げた。
「――――所有者は、この店をとても大事にしています。そんな場所を、たかだか大金貨一枚で破壊しようとする。当機はその場に居ませんでしたが、マリが一部始終を観測していました。所々情報に乱れがありましたが、所有者の表情、声、そして涙。その全てを。…………所有者にそのような表情をさせる存在を、我々は決して許しません」
情報伝達は完了したため、停止していた疑似人格を再起動する――――完了。適用開始。
「と、いう訳で~、最後の質問――――あら~?」
いつの間にか、吊り上げていた男は白目を剥き、泡を吹いていた。完全に気絶している。これでは質問出来ない。今までの質問にあまり意味はなく、最後の質問が本命だったのだが。
「しょうがないですね~。よいっしょ~」
不要になった男を離れた場所に投げ捨て、残る男達に目を向け直す。
その瞬間、全員がビクリ! と体を震わせたのを見据えながら、ワタシはニッコリと微笑んだ。
「あなた達は~、ちゃんと質問に答えてくださいね~?」
……
…………
「よいしょ、よいしょ…………とうちゃ~く」
ワタシが大きい荷車を押しながらやってきたのは、衛兵の詰め所。その裏手にある練兵場だ。
塀の前の、邪魔にならない位置に荷車を止めると、手の甲で扉を数回、扉が壊れない程度の力加減で叩く。
ガンガンッ!
そして待つ事暫し。扉が開き、中から衛兵さんが一人出てきた。
「お? 今日はオネットちゃんか。どうだった?」
この衛兵さんは〈鉄の幼子亭〉の常連で、ワタシも何回かお話した事がある。
この人に限らず、衛兵の皆さんは大体常連なのだが。
「四人でした~。全員、いつも通りの状態にしてありますので~。あ、これ、ワタシがこの人達から聞いた事が書いてありますので~」
「おう、ありがとよ。じゃあ持ってくから、ちょっと待っててくれな」
「は~い」
荷車ごと男達を衛兵さんに引き渡し、再度待機。
特にする事もないので、ボーッと空を眺めて時間を潰す。どこまでも青い空を白っぽい鳥が飛んでいるのが見えた。
「待たせたな」
鳥は見えなくなってしまったので、代わりに雲を眺めていると、先ほどの衛兵とは違う、しかし聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら~? 侯爵様じゃないですか~? なんでこんな所に~?」
見上げていた視線を下げると、そこにいたのは、イースの街の領主である侯爵様だった。
この人も、それなりの頻度でお店に食事をしに来るので顔は知っている。対応は所有者が専任しているので、した事はないが。
……ワタシの持つ記録では、貴族という括りの人間は、あまり外で食事をしない、とあるのだが、この人は例外らしい。
「うむ。つい先日、貴殿らの店が破壊され、それ以降も数日おきに襲撃されていると聞いてな。襲撃された翌日の朝はここにやってくると聞いたので、待っていた」
「……情報遅くないですか~? 最初に襲撃されたの、結構前ですよ~?」
「うむ……。襲撃の報せを受けた私が暴走して、やり過ぎては困るとかで、情報を絞っていたらしい。……全く、私は領主だぞ? 民に降りかかる火の粉を払うのが務めであろうに、それを報告すらせんとは……」
苦々しい顔でブツブツと文句を言う侯爵様。
「ちなみに~、当日に報告を受けていたら~?」
「衛兵を総動員し街を封鎖。逃げられないようにした上で街中を虱潰しに調査させ、犯人を拘束。財産没収の上奴隷落ちだな」
ちょっとした好奇心で投げかけた私の質問に、侯爵様は間髪入れずに答えた。
……人と共に過ごすようになって日が浅いワタシでも分かる。部下の人達は良い仕事をしたと。
「どう考えてもやり過ぎです。街からの永久追放辺りが妥当な所でしょう」
視界に誰もいないのに、三人目の声が聞こえた。
体を少し横にずらしてみると、丁度侯爵様の身体で隠される位置に、初老の男性が立っていた。
確か名前は……ハンスさん。毎回、侯爵様と一緒に来店するので、この人もそれなりの頻度で顔を見る。来店の度に、所有者と共に侯爵様の給仕をしており、店での食事はしないが。
「そんな訳なかろう。処刑しないだけ有情だと思うが? デミグラスソースは至高の料理だぞ? 唯一それを提供し、それ故、私も懇意にしている店を襲撃するなど、我が侯爵家への宣戦布告と同義だ」
…………ワタシの持つ記録は、誤りが多いのかもしれない。記録上の貴族像と、侯爵様の態度や言動がが結びつかなすぎる。
ハンスさんの後ろで、衛兵さんが荷車を持ってオロオロしているのを見ながら、そんな事を思った。




