第93話 行動。失敗。そしてこれから。
引き続きメリア視点です。
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以前投稿させていただいた話の中で、矛盾が発生しておりました。
第19話 依頼を達成した。 にて、
『ゴブリンに限らず、人型の低級の魔物には雌が存在しない。』
という一文があるのですが、
閑話 見た目に寄らぬ者② では
『ゴブリン同士でも繁殖は問題なく可能であるにも関わらず、だ。』
と書いてしまっておりました。
お読みの皆様を混乱させてしまう事態になってしまい、大変申し訳ございません。
こちら、『ゴブリンに限らず、人型の低級の魔物には雌が存在しない。』
という設定を生かす事とし、誤った部分については修正しました。
感想にてご指摘いただいたロン様、ありがとうございました。
「んみゅ……」
「んぅ…………ハッ!」
頭の上から聞こえてきた声に、突っ伏していた体を慌てて起こす。
レンちゃんの眠る寝台の横で椅子に座って、皆に【念話】で指示を出しながら、次にどう動くべきか考えていたはずが、いつの間にか私も眠ってしまっていたらしい。布団に残る、レンちゃんの物とは違う凹みがそれを物語っている。
椅子から立ち上がり、両腕を上げつつ上体を大きく反らすと、体のあちこちからペキペキポキポキと音が鳴る。変な恰好で寝たせいで、体が固まってしまっていたようだ。
凝った筋肉が伸びる、痛気持ちいい感覚に浸りながら、しかし私の気分は晴れない。
「結局、策と言えそうな物は思い浮かばなかったなあ……」
正確に言えば、全く思い浮かばなかった訳ではない。なんとか一つは思いついた。効果もあるとは思う。
だけど、なんというか、これは『策』ではない気がする。というか、あまりにお粗末すぎて、胸を張って『策である』なんて言えない。恥ずかしすぎる。
なんでもないように、サラッと見事な策を出してくるレンちゃんって、やっぱりすごいんだなあ。と何度目かもわからない実感を覚えた。
そんな事を考えながら、なんとなくレンちゃんの寝顔を眺めていると、視線を感じたのか、その目がゆっくりと開いた。
「おはよ、レンちゃん」
「むー……おふぁよぅおねーひゃん」
私の挨拶に、レンちゃんは呂律の回らない挨拶を返しながら、のっそりと上体を起こした。
まだ頭が起きていないのか、目を半分閉じた状態で、ガリガリと乱暴に頭を掻いている。
普段あまり感じる事はないが、気の抜けきった時のこういう仕草を見ると、レンちゃんの中身が男の人なんだと再認識する。だって、旦那と仕草がそっくりだもの。
ひとしきり頭を掻いて満足したのか、レンちゃんはボーッとした視線を私に向けてきた。
「良く寝てたね。魘されたりしなくて良かったよ」
むしろ、身じろぎ一つしないその寝姿に、死んでしまったのではないかと内心冷や冷やしていた。
ちょくちょく、口元に手を翳して呼吸を確認したり、そっと胸に耳を当てて、心臓が動いているか確認していたくらいだ。
もちろん、翳した手には緩やかな呼吸を感じられたし、耳にはゆっくりながらもしっかりとした鼓動が聞こえてきたので、その都度安堵の溜息を吐いていた。
「んー? なんで? なんでおれがうなされるなん……て」
私の言葉について考えようとした事で、頭が完全に覚醒したらしい。ぼんやりとしていた目が見開かれ、素早い動きで私の両肩に手を乗せた。力が入っていてちょっと痛い。
「店っ! 店はっ! 〈鉄の幼子亭〉はどうなったの!?」
そう叫ぶレンちゃんの瞳に映るのは、不安、後悔、絶望。
その負の感情の強さに、衝動的に『なんの事? 悪い夢でも見たんじゃない?』と嘘をつきたくなる。
「……昨日の時点で、掃除と片づけは終わったよ。大工さんには依頼済みだから、今日、明日辺りには、修理を始めてくれるはず」
だが、嘘を吐く事はしない。正直に話す。
優しい嘘を吐いた所で、私と違って頭の良いレンちゃんの事だ。すぐ気づく。
というか、たとえその段階でバレなかったとしても、店に行った時点でバレる。店の修理が終わるまで、店に行かせないとか、絶対無理だし。
「…………そっか。修理にはどれくらいかかるか聞いてる? 後、今回、何日寝てた?」
私の肩に乗せていた手を下しながら、今度はそんな事を聞いてきた。
『どれくらい』って、どっちの事だろう。お金かな? 時間かな? 状況的に、時間の事だと思うけど。
どっちにしても聞いてないから分からないなあ。
「いや、聞いてないねえ。修理が始まったら聞いてみるよ。あと、レンちゃんが寝てたのは丸一日だね」
「一日かあ。結構寝てたんだなあ。さて、じゃあ聞きに行って――――っとお?」
そう言いながら布団から出ようとするレンちゃんの肩を、私はそっと押した。
完全に油断していたらしいレンちゃんは抗う事も出来ず、ポフッと音を立てて横たわる姿勢に戻った。
「……いや、そろそろ起きたいんだけど?」
困ったような顔でレンちゃんが私を見つめてくる。それに対して、私はにっこり笑顔で首を振った。
「どうせ、お店に行っても何もする事ないし、今日一日はゆっくり休みなさい」
「いや、全く眠くないし、お店以外にもする事が――――」
「休みなさい。いい?」
「……はい」
笑みを深めながら休むよう言うと、カクカクと首を縦に振ってくれた。よろしい。
一日休息していたとはいえ、昨日の今日だ。まだ修理も始まっていないであろう店を見せるのは、ちょっと気が引ける。
「それじゃ、私は行くね。さすがに、ずっと寝てろとは言わないけど、屋敷の中で出来る事に留めておいて欲しいな」
「……うん。分かった。忙しくて後回しにしてた事とかをやって、暇つぶしするよ」
こくり、と頷くレンちゃんの頭を撫でてから、椅子から立ち上がり、扉へと歩を進める。
扉を開け、部屋から出る直前、レンちゃんの小さな声が耳に届いた。
「…………ありがと、おねーちゃん」
…………うん。まあ、そりゃあバレるよねえ。私とレンちゃんじゃ頭の出来が違うし、私の浅い考えなんてお見通しだよねえ。というか、我ながらダメダメだって分かってたし。
まあ、こちらの意図が伝わってるなら、レンちゃんはそれを汲んでくれるでしょう。今日一日は屋敷で大人しくしてくれるはず。
とりあえず、今日一日で出来るだけの事をやるぞ!
閉じた扉を背にして、胸の前で拳を握り、ふんす! と気合を入れてから、私は扉を離れた。
……
…………
「……メリアさんよ。そこで何してんだ?」
〈鉄の幼子亭〉を背にして私が立っていると、横から声を掛けられた。
声の方向に顔を向けると、そこにいたのはジャン達一行。全員が怪訝そうな顔をしている。
「見て分からない? 怪しい奴が来ないか見張ってるの」
今の私は冒険者としての装備をしっかりと身に纏っているし、一目で分かると思うんだけど。
……まあ、武器である短剣はないんだけど。迷宮でひん曲がっちゃってから、修理に出せてないし。
「そ、そうか……。レンの奴はどうした? いないみたいだが」
「レンちゃんは今日一日お休みにさせたよ。今頃布団の上でゴロゴロしてるんじゃないかな? まだちょっと、この状況は見せたくないしね」
そう言いながら私が振り返ると、それに釣られてジャン達の視線も私の背後――〈鉄の幼子亭〉へと向けられる。
そこでは今まさに、大工の人達の手によって、お店の修理が開始されようとしていた。
依頼したのが昨日なのに、今日から開始してくれるとは、正直思ってもみなかった。ゾロゾロと大工さんの一団がやってきた時は、つい二度見してしまったくらいだ。
「てーことは……レンの奴をほっぽって来たのか?」
「言い方! いや、まあ、うん……。結果的には、そうなる、かな?」
ジャンの一言は、私にかなり効いた。それはもう、ぐっさりときた。
ここまで効くという事は、私自身、内心ではそのように感じていたのかもしれない。
でもそれを、『連れてこないのはレンちゃんの為』と思い込む事で、表に出てこないようにしていたのかもしれない。
そうだ。あんな事があったばかりなんだ。レンちゃんだって人恋しいに決まってる。
それなのに私は、そんなレンちゃんを屋敷に一人置いてきて…………!
「う、うぐ……ううううぅぅ」
「は!? ちょ、ど、どうした急に!」
レンちゃんへの申し訳なさと、自分の不甲斐なさに嗚咽を漏らすと、それを見たジャンがあたふたし始めた。どうすればいいのか分からないようで、手が中途半端な位置でフラフラしている。
そして私は、そんなジャンの手をがっちりと両手で掴んだ。
「ありがとう! 大事な事を思い出させてくれて!」
「お、おう…………?」
「こうしちゃいられない! 私、帰るね! お店が直ったら一杯奢るよ! それじゃ!」
待っててレンちゃん! 今からあなたの元に帰るよ! もう二度と寂しい思いなんてさせないんだから!
「……なんつーか、不安定っつーか、空回りしてるなあ」
ジャンのその言葉は、私の耳に届いてはいたが、レンちゃんの事で一杯だった頭に残る事はなく、そのまま逆側の耳から抜けていった。
……しばらく走った後で【いつでも傍に】の存在を思い出して、すごすごと店に戻ってきたのは内緒の話。ジャン達がいなくて良かった…………。
……
「レンちゃんっ!!!!!!!」
「ぉわあ!?」
扉を壊さんばかりの勢いで開けて寝室に飛び込むと、机の前で何か作業をしていたらしいレンちゃんが、銀色の筒のような物で、あたふたとお手玉をしていた。
「とっとっと……! ふう。……どうしたのおねーちゃん。随分早いお帰りだね?」
筒を両手で掴み、ホッとした様子で溜息を吐いてから、怪訝そうな顔を向けてきた。
そんなレンちゃんへ私は無言で近づき、思いっきり抱き締めた。
「ぐえっ」
耳元で、蛙が潰れたような声が聞こえたが、お構いなしに腕に力を籠める。
「ごめんね……ごめんねレンちゃん……!」
「いやちょっと意味が分からな……! ていうか、ぐ、ぐるじい……」
その後、強く抱き締めすぎて、レンちゃんが気絶しそうな事にギリギリで気づき、さらに追加で謝り倒した。
そんな私を、レンちゃんは笑顔で許し――――言葉巧みに私を誘導して、気づけば私は、レンちゃんが〈鉄の幼子亭〉で気絶してから今までに起こった事を、一つ残らず全て語ってしまっており、その事実に気づいたのは、語り尽くした後だった。
…………レンちゃん、恐ろしい子っ!
「なるほど……そんな事が」
「うん……。レンちゃんの手を借りずに解決しようと思って、色々やろうとしてみたけど、結局、何もできなかったよ。私、そういうのに向いてないみたい…………」
これまでの行動を思い返し、私はがっくりと項垂れた。慣れない事に必死になった結果、意気込みが空回りして、右往左往しただけだった気がする。
「いや、俺だって別に得意な訳じゃないよ。…………んー、話を聞いた限り、こっちからは動き様がない気がする。というか、動きたくないって言う方が正しいかな」
「え? なんで? やられたらやり返せばいいんじゃないの?」
「それってさ、ぶっちゃけると『気に入らないからぶっ潰す』って事でしょ? あっちがやってる事と何が違うの?」
「…………違わない、かも」
「でしょ? だからこっちとしては、仕掛けてきた分に対する防衛はするけど、こっちからは仕掛けない、っていう立ち位置でいいんじゃないかな? 実行犯は都度捕まえて衛兵さんに突き出していけば、相手の兵力は削れていくから、そう遠くない内に手詰まりになると思うよ」
「ほえー……。レンちゃんってやっぱりすごいねえ。私じゃあ、そんな事思いつかないよ。……じゃあしばらく、私達でお店を見張ってればいいの?」
「いや……マリとオネットが警備するんでしょ? それなら、二人に任せればいいんじゃないかな? むしろ俺達が入ろうとすると『私達から防衛の仕事を奪うな!』って怒り出しそう」
「あー、そうだね……」
「まあ、大工さん達に料理の差し入れくらいはしようかな? ってくらい?」
「おお! いいねそれ! でも、料理をそのまま渡しても食べにくくないかな?」
「そこはほら。要は手軽に食べられればいいんでしょ? だから――――」
「なるほど! それなら大丈夫かも! あ、でも――――」
「だったら――――」
――――そんな感じでレンちゃんと二人、これからどうしていくか、時間が経つのも忘れて話し合った。




