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第92話 人の上に立つという事

今回は、閑話以外で初めての、レン以外での視点でのお話です。


今回はメリア視点。

 歯を強く食い縛ったせいで漏れてしまった音に、しまった、と思った。

 全力で歯に加えていた力を弱めつつ、そっと耳をすませると、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 良かった。起きなかったみたいだ。


 私の腕の中で泣き疲れて眠るレンちゃんの、涙に濡れた頬をそっと拭う。


 濡れた指の感触に、先ほどまでのレンちゃんの姿が思い返された。


 すとん、と表情の抜け落ちた顔で、はらはらと涙を流していた。

 ――――胸に、槍で貫かれたかのような痛みが走った。


 そんな表情のまま、ぽつぽつ、ぽろぽろと、零れだすようにその優しい心の内を曝け出した。

 ――――余りに痛々しい、その姿を見ていられなくなって、強く抱き締めた。


 私の声に反応してビクリ、と一度大きく震え、やがて弾けるように大声で泣き喚いた。

 ――――優しすぎる故に頑張りすぎてしまうこの子の心が、ほんの僅かでも軽くなるように祈りながら、背中を可能な限り優しく撫でた。


 泣き疲れて眠りに落ちる直前、消え入りそうな小さな声で私にお礼を言った。

 ――――色々な気持ちが噴き出しそうになり、歯を食いしばった。お礼を言わなきゃいけないのはこちらの方なのに。私達は一緒に歩いているようで、実はレンちゃんが少しだけ前を歩いて道を作り、かつ歩幅をこちらに合わせてくれているから、そう見えているだけなのに。


 ――――このままではいけない。これ以上この小さな肩に、重荷を背負わせる訳にはいかない。


 この問題は、レンちゃん抜きで解決する。

 レンちゃんと対等の関係でいる為に。手を繋いで、隣り合ってこれからを歩いていく為に。

 これはその第一歩だ。


 考えろ。今まで、考えるのはレンちゃんだった。私はただそれに従うだけだった。

 だが、今回はレンちゃんには頼れない。頼らない。全て自分で考え、行動するのだ。


 まず、今この瞬間、最初にやらなくてはいけない事は…………。


「お集まりの皆さん。申し訳ございません。ご覧の通り、当店、〈鉄の幼子亭〉は営業が不可能な状態となってしまっております。当店で提供させていただいている料理を楽しみにされていた皆様には、ご迷惑をおかけします。早急に店舗の復旧を行い、なるべく早く再開できるよう、従業員一同、総力を挙げて対応させていただきますので、その際、改めてご来店いただければと思います」


 なるべく揺らさないように注意してレンちゃんを抱き上げ、変わらず集まっている人達の方へ体を向ける。そして、レンちゃんを起こさないように注意しつつ、〈鉄の幼子亭〉を休業する事、しかしそれは一時的な物である事を伝えて、頭を下げた。


 まず始めにやらなくてはならないのは、この場の収拾をつける事。

 通りを塞がんばかりに集まった人達に説明し、解散を促す。

 私の言葉を聞いて、どこかホッとした様子の人々は、少しづつこの場から離れていく。


 よし、次。


「それでは、私はこの子を寝かしつけなくてはいけませんので、これで失礼させていただきます」


 未だ心配そうに店の前に留まっている人達に、再度頭を下げて道を空けてもらう。

 次にやる事は、レンちゃんを屋敷に連れていく事だ。早くちゃんとした場所で寝かせてあげたい。


(ルナ。レンちゃんを屋敷に連れていきたいから、悪いけど送ってくれる? 他のお店担当の子達は、引き続きお店の片づけをお願い。屋敷担当の子も、最低限の人数だけ残して、残りは全員こっちに来て片づけを手伝って。血とかだけでも綺麗にしておかないと、周りに迷惑がかかっちゃうから、それだけはなんとか今日中に終わらせて)


 汚物がぶちまけられたこの状況は、見た目も良くないし、第一臭い。

 早くなんとかしないと、いつ苦情が来てもおかしくない。


((((畏まりました))))

(畏まりました。今そちらに向かいます)


 来た時と同じ路地裏に入り、ルナを待つ――――事もなく、すぐに息を切らせたルナがやってきた。


「走ってこなくても良かったのに」


「いえ。レン様を早急に屋敷にお連れしなくてはいけませんので。それでは失礼します」


 普段と違い、硬い声音と口調でそう言って、ルナは私の肩に触れ、次の瞬間には景色が切り替わっていた。見慣れた内装が目に入る。転移した先は寝室のようだ。


「ああ、ここで待機してくれてたんだね。ありがとう」


 寝台の前には、一人のメイドが立っていた。胸に取り付けられている名札には『カンナ』と書かれている。

 掃除道具等は持っていないので、私達が転移する為に、この部屋で待っていてくれたのだと分かった。


「回答します。ルナより事前に情報提供がありましたので」


「そっか。ルナ、ありがとう」


「いえ。(マスター)、レン様を寝台に」


 私のお礼の言葉に首を振り、出会った頃に戻ったかのような無表情で、寝台に視線を移すルナ。そんな外見とは裏腹に、ひたすらにレンちゃんの心配をしてくれている。ほんと、この子はレンちゃんの事が大好きなんだなあ。


 寝台の前まで移動し、そっとレンちゃんを横たえる――前に、ちょっと考えて、外套だけ脱がせた。本当は着替えさせてあげたい所だけど、下手な事をして起こしてしまうのも可哀想なので、服はそのまま。

 改めてレンちゃんを寝台に寝かしつけ、締め付けられてそうな部分だけ、少し緩めてあげた。


「よし。じゃあ戻ろうか、ルナ」


 無事レンちゃんを屋敷に連れてくる事が出来たので、改めて〈鉄の幼子亭〉に戻ろうとルナに声を掛けたのだが、ルナの回答は私の想像とは違っていた。


「はい。ですが、戻るのはルナだけです。(マスター)はレン様に付いていてあげてください」


「え? いやでも」


 そりゃあ、付いていたいのは山々だけど、やらなきゃいけない事がたくさんある。ここでじっとしている時間はない。


 だが、ルナは首を振り、可哀想な人を見る目で私を見つめてきた。

 …………私、名前だけだけど、一応あなたの(マスター)だよ? その目はちょっとひどくない?


「でも、ではありません。レン様はあんな目に遭われたのですよ? 目覚めた時に近くに誰かがいないと、心細くなってしまうでしょう。そして、その役目は(マスター)が適任です。残念な事に、ルナ達には荷が勝ちすぎてしまいますので。(マスター)はここから、【念話】でルナ達に指示を出してください」


 ………………ほんっと、レンちゃんの事大好きだね。今も、レンちゃんを起こしてしまわないように、かなり声量を絞って話してるし。でもその、レンちゃんを何よりも大切にする姿勢、私は大好きだよ。

 ルナの言っている事は理解できるので、ここはお言葉に甘えさせてもらう事にする。


「…………分かった。じゃあ私はレンちゃんの側にいるよ。ありがとう。ルナ」


「全ては、レン様の為です。レン様の…………為、です……!」


 ルナは、言葉の途中で先ほどまでの無表情が崩れ、くしゃっと顔を歪ませた。

 肩を大きく震わせ、瞳には涙が膜を張っており、今にも溢れそうだ。

 突然の変化に私が驚いていると、ルナは堪えきれない、といった様子で声を荒げた。


「ルナが! ルナが、レン様をお呼びしなければ、レン様にあのようなお顔をさせてしまう事もなかった……! ルナが、レン様を悲しませてしまったのです! ルナのせいで……!」


「それは違うよ」


「何が違うと言うのですか! ルナがレン様をお呼びしたために――――」

「そこがまず違うよ。あの段階でレンちゃんを呼ばない方が問題。表向き、〈鉄の幼子亭〉は私の持ち物だけど、実際はレンちゃんの物。何かあった時に、所有者に連絡するのは何も間違っちゃいない。むしろ連絡しないで、後でバレる方が問題だよ。ルナは最善の事をした。それはレンちゃんだって分かってるよ」


 ルナが、さらに何か言おうとするのを遮って、言葉を尽くしてそれを否定する。

 伝える役目を偶然ルナが請け負う事になっただけで、そこに責任は存在しない。言ってしまえば、ちょっと運が悪かっただけ。

 ほんの少し何かが違ったら、その役目は私が請け負っていた可能性だってあるのだ。


「そう…………でしょうか」


「もちろん。というか、悪いのはお店をあんなにした奴らに決まってるでしょ。ルナが気に病む必要なんてないんだよ。そんな暇があったら、ちょっとでも早く、この問題を解決しなくちゃ」


 不安そうにこちらを見つめるルナに、私は力強く頷いて応える。

 そうする事で、やっとルナの顔から不安が消えた。


「………………はい。そうですね。その通りです。少々気が動転してしまっておりました。もう大丈夫です」


 そう言って頭を下げるルナに、私は手をヒラヒラ振って応えた。


「気にしないで。一応私、あなた達の(マスター)だからね。たまには(マスター)っぽい事しなくちゃ」


「……そういえばそうでした。ルナ、レン様が(マスター)だと勘違いしてしまっておりました」


「あ、言ったなー。でも実際、レンちゃんの方がよっぽど(マスター)らしいし、しょうがないかもねえ」


 私のような凡人が人の上に立つなんて、土台無理な話だよ。私に出来る事と言ったら狩りくらいだ。ああ、後、母親代わりくらいなら出来るかな? 一応子育て経験あるしね。


「ふふふ。……それではルナは〈鉄の幼子亭〉に戻ります。(マスター)、レン様をよろしくお願い致します」


「もちろんだよ。ルナ。この問題、パパッと解決しちゃおうね」


「はい。それでは失礼します………………ああ、一つ、お伝えするのを忘れていました」


「ん? 何?」


 話が終わったと思って、レンちゃんの眠る寝台へ体ごと向きを変えていた私は、顔だけルナの方へ向け直した。

 報告忘れ? なんだろう。忘れるくらいだから、そんなに重要な事ではないと思うけど……。


(マスター)も我々にとって、立派な(マスター)ですよ。レン様とは違う意味で。(マスター)もレン様と同様、我々の大事な御方です」


「あ……え?」


「それでは、失礼します」


 突然の告白に固まった私を見て、ルナはふわりと笑いながら頭を下げ、そのまま消えた。〈鉄の幼子亭〉に戻ったようだ。


「……もう。そんな事言われたら、下手な事出来ないじゃない」


 頬を指先でポリポリと掻きながら、一人ごちる。

 まあ、今はまだ『下手な事』はおろか、何一つ策は思いついていないから、問題はないのかもしれないけれど。


 とりあえず、ルナには【念話】で、大工さんにお店の修理依頼をする事、ほかの子には、引き続きお店の清掃と片づけを指示しつつ、寝台で眠るレンちゃんを眺めながら、これからどう動くべきか、考え――――


「めーちゃん! ちょっち話があるし!」

「マリ、声が大きい! レンちゃん寝てるんだから声は小さく! ああほら! レンちゃんむずかってる!」

「悪かったし! で、話なんだけど!」

「だから声大きいって!」


 ――――まず先に、ドパーンッ! と、大きな音を立てて扉を開けた上、私の注意を完璧に無視して、大声で話を始めようとするマリをどうにかするのが先だね。


 そして、どうにかしようとした結果。


 マリの、火傷せんばかりに熱い要望によって、今日の夜から、マリとオネットが交代で〈鉄の幼子亭〉の警護をする事になった。

 ごめんねレンちゃん。私には、あれは止められないよ。


 …………人の上に立つって、色々大変だなあ。良くやれてたね、レンちゃん。

 改めて、レンちゃんのすごさを思い知る私なのだった。

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[一言] さて、どう動いていくんでしょうね。
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