第89話 新しい料理が完成した。
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寝落ちした翌日、昼過ぎ。
思いのほかフォン・ド・ヴォー造りで疲れていたらしく、いつもの時間に起きる事ができなかった。
あんまり俺が起きない為、急遽、本来休みだったメリアさんが俺の代わりにお店に出勤してくれた、らしい。さっき目が覚めた時に、メイドの一人が教えてくれた。
そう。驚いた事に俺、昼過ぎまで寝ていたのだ。
こんな時間まで起きないなんて、我ながらびっくりだよ。徹夜明けって訳でもないのに。メリアさんには悪い事しちゃったな。
次の俺の休みと、メリアさんの出勤を交換して、辻褄を合わせておかないと。
という訳で、突発的に発生した休日。そこで何をやるかと言えば……まあ一つしかないよね。
「デミグラスソースを作ります」
「え?」
俺の宣言に、ルナが『何言ってんだこいつ』みたいな表情を返してきた。
「いえレン様。あの時、『あとちょっとで完成だよ』と仰っていたじゃないですか。ルナ、あの後ちゃんとレン様の指示の通りやりましたので、あれで完成ですよ!」
え? …………あー、なるほど。確かに言ったね。でもね? 残念。それは違うんだよね。
「完成したのは、あくまでデミグラスソースの材料の一つなんだ。ソース自体はまだ完成してないよ」
「え? …………じょ、冗談ですよね? ルナ、あんな、あんなに頑張ったんですよ…………?」
『嘘だと言ってよ』と言わんばかりのルナに対して、首をゆるゆると横に振る事で答える。
「ち、ちなみに、昨日のアレの完成で、全体のそれくらいが終わったのですか?」
ルナが、片頬を引き攣らせながら、そう聞いてきた。
えーっと、どうだったっけかな。残りの工程を思い出し、必要時間を計算。全体の比率を算出してみると……。うん。
「六割ってところかな?」
俺の言葉を聞いた途端、ルナが崩れ落ちた。
「は、はは…………あんなに頑張って、全体の六割……? いえ、あの後、レン様も同じ作業を行ったはずなので……ルナのあの作業、全体の三割……? たったの?」
小さな声でブツブツ言っているルナがちょっと怖い。でも分かるよ。大変だったからね。
「ルナ。こう考えて? 三割『しか』やってないんじゃない。一人で三割『も』やったんだ。ルナは良くやってくれたよ。ありがとう。ルナのおかげで、デミグラスソースが作れるんだ」
「うぅぅ…………。ル、ルナのあの時間、無駄じゃなかったですか?」
涙目でそう聞いてくるルナの頭を、俺は優しく撫でた。
「無駄な訳ないじゃない。ルナが眠い目を擦りながら、沸騰しないように見張り、アクと脂を丁寧に除いてくれたから、その先の作業に進めるんだ。誇っていいよ」
「あ、ありがとうごじゃいまずぅぅぅ! ルナ、ごれがらもがんばりまずうぅぅ!」
俺の慰めで涙腺が決壊してしまったらしいルナが、涙をダバーッと流しながら抱き着いてくるのをなんとか受け止め、背中をさする。よしよし。ルナは頑張った。偉い偉い。
……
…………
「し、失礼致しました。取り乱しました」
「あ、復活した? じゃあ続きやろうか」
なんとかルナが調子を取り戻したので、残る作業を進めていく。
といっても、こっちの作業で二人に手伝ってもらう事はぶっちゃけないので、別の作業を行ってもらう事にする。
「ルナは明日お店に出す料理と、ハンバーグ作ってもらえる? 今日の夕食は、おねーちゃんへのお詫びって事で、デミグラスソース掛けハンバーグにしよう」
「畏まりました。ルナ、がんばります!」
新しい鍋にバターを入れて火にかけて、溶けたバターから泡が立ってきたら、小麦粉を投入。かき混ぜながら炒めていく。
焦がさないように注意しながら十五分程炒めると、モッタリしていた小麦粉が茶色く色づき、サラサラとしてくる。
この状態になったら、火から下し、少し冷ます。
昨日作ったフォン・ド・ヴォーを全体の三分の一ほど投入し、弱火でゆっくりと熱しながら混ぜていく。
滑らかになったら、残ったフォンの内、半分を入れて混ぜ合わせる。
しっかりと混ざったのを確認したら、残りのフォンを投入。また混ぜ合わせる。
綺麗に混ざったのを確認して、ハチミツを少々入れてから味見しつつ塩を投入。
塩はちょっと薄いかな? というくらいで止めておく。
で、後は全体の分量が七割くらいに減るまで煮詰めて完成だ。
本当は、ハチミツを入れるタイミングで、胡椒とかの香辛料も入れるんだけど、ないので省略。
多分、一味足りない感じになると思うけど、こればっかりはしょうがない。
…………ちょっと本腰入れて香辛料を探そうかな。胡椒欲しいよ胡椒。ステーキに胡椒振りたい。
ソースを煮詰めるのは時間がかかるので、その間に俺もルナを手伝って料理を作っていく。
料理が粗方完成した辺りで、ソースもいい感じに煮詰まったようだ。
ちょっとだけ味見してみたが、塩加減も丁度いいな。
「よし。今度こそ、デミグラスソースの完成だ。おねーちゃん達が帰ってきたら早速食べよう」
「畏まりました! 楽しみです!」
……。
…………。
「美味しいですっ! このソース、とてもハンバーグに合いますっ!」
「本当ですね! 時間をかけただけの事はあります!」
「す、すごい美味しいのです! こんな美味しい料理、初めて食べたのです!」
「うん。ちょっと物足りないけど、初めて作ったにしては上出来かな?」
デミグラスソースを掛けたハンバーグは大好評だった。
ルナも睦月もリーアも、ソースを絶賛しながら、とても美味しそうにハンバーグを口に運んでいく。
他のメイド達も、相変わらずの無表情ながら、いつもより料理を口に運ぶペースが早いので、恐らく美味しいと思ってくれていると思う。
ちなみにマリとオネットはこの場にはいない。あの子達、見た目こそ人そのものだけど、生物じゃないからね。食事は必要ないのだ。
そして、一番この料理を楽しみにしていたであろうメリアさんは、というと――――
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐ…………」
大量のハンバーグを一心不乱に口に詰め込んで、ほっぺをリスのように膨らませている。食べ方がかなり子供っぽいけど、それだけ喜んでくれているって事なんだろう。これだけ一生懸命食べてくれると、作り甲斐があるってもんだ。
食事がひと段落ついたのを見計らって、俺は皆に声をかけた。
内容は『デミグラスソースを〈鉄の幼子亭〉で出すかどうか』。
普段であれば、新メニューは俺が独断で出品を決める事が多いのだが、今回は事情が違う。
なんてったって手間がかかる。一回作るだけで丸三日近くかかるのだ。
そこまでのリソースを費やすだけの価値はあるのか? というのを確認しておきたかった。
リーア、マリ、オネットが追加されたとはいえ、屋敷の維持に加え、〈鉄の幼子亭〉での仕事が好調すぎて人的リソースは割とカツカツ。そこに加えてデミグラスソースの作成でさらに人を取られると、パンクしてしまうんじゃないか、という不安があった。
そこらへんの話をした上で聞いてみたのだが。
「やりましょう! これは人気が出ますよ! ルナ、がんばりますよ!」
「賛成なのです。このソースも、時間がかかるとは言っても、複雑な作業が必要ではないのですよね? それなら、わたしでもお手伝いできそうなのです」
「ムツキも賛成ですっ! 全員で分担すれば、大丈夫ですよっ!」
想像以上に皆乗り気だった。てっきり、たまに自分たちで食べる分を作るだけにしよう、とかそんな話になると思ってたんだけど……。
「私も賛成だよ! ムツキが言うように、皆で分担すれば負担はそうでもないと思うし。…………それで皆が作れるようになれば、好きな時に作って食べられるし」
メリアさんの言葉に全員が深く頷いた。なるほど。そっちがメインか。
「分かった。でも、お店で出すのは、全員に作り方を覚えてもらって、全員が作れるようになってからかな。皆、がんばって覚えてね」
「「「「はーい」」」」
メリアさん、リーア、ルナ、睦月が元気よく返事をし、残りのメイド達が無言で頷く。
これからしばらくは、デミグラスソース祭りになりそうだな。
それから毎日のように、俺達はメンバーを入れ替えながらデミグラスソースを作り続け、一月程度で全員がデミグラスソースを作る事ができるようになった。
俺の想定ではもっと時間が掛かると思っていたのだが、全員のモチベーションが異様に高く、一度作っただけで完璧に作成できるようになった。
そこまで気に入ってくれた事は素直に嬉しいのだが、モチベーションが高すぎて、作り方を聞く姿勢が鬼気迫っていて正直ちょっと怖かった。
〈鉄の幼子亭〉での提供方式については、話し合った結果、オプション扱いとなった。
普通に料理を頼んだ場合にはデミグラスソースは付かず、追加料金を支払ってもらった場合のみ料理に掛けて提供する事にした。
材料費はそこまででもないけど。人件費が結構かかってるからね。多少はお金を取っておかないと。
そして、満を持して〈鉄の幼子亭〉でのデミグラスソース提供を開始したのだが――――
「えーっと、メンチカツ一つ」
「畏まりました。追加料金でデミグラスソースというソースを掛ける事ができますが、いかがしますか?」
「え? そんなのあるの? うーん……いや、いいや。このままでも十分すぎるくらい旨いし」
「…………畏まりました」
全く売れない。
追加料金というのが駄目なのか、料理ではなく、ソースにお金を払う、という習慣がないからなのか、誰もデミグラスソースに手を出さないのだ。
まあ、ソースじゃ腹は膨れないからね。分からないでもない。
仕方がないので、またクロケットの時と同様、試食会でも開こうか、と考え始めた頃、それは起こった。
「久しいな。レン殿」
「いらっしゃいまぅぇえええええええ!? 侯爵様!?」
まさかの侯爵様の来店である。前回と同じく、後ろに執事さんも伴っている。
一度だけここで食事をしていった事はあるが、その時は、俺に書状を渡すのと、視察という名目で来ただけだったので、また来るとは思ってなかった。正直すげーびびった。
「な、なにか御用でしょうか…………?」
「うん? いや、食事に来ただけだが?」
「ええぇぇぇー…………」
「なんだ、不満か?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
知らない内に何かやらかしてしまったのかと、ビクビクしながら聞いてみたら、食事をしに来ただけだと言う。
侯爵様の相手をメイド達に任せるのは可哀想なので、一応面識のある俺が給仕をする事にしたのだが……ストレスで胃に穴が開きそう。
前回と同じく、ガッツリ注文していく侯爵様に、ダメ元でソースを勧めた所、二つ返事で注文してくれた。
初めてデミグラスソースが売れた事が嬉しくて、心持ち多めにソースをかけて料理をお出しした。
テーブルの上に並んだ料理を見て満足そうに頷いた侯爵様は、デミグラスソースがたっぷりかかったトンカツを切り分けて口に入れ――――カッ! と目を見開いた。
「旨っ!? な、なんだこのソースは! 旨すぎる!」
「ジルベルト様。はしたのうございますよ」
「仕方がないだろう! それだけ旨いのだ! 天にも昇る旨さとはこの事だ! ハンスも食べてみろ!」
「はあ…………。申し訳ございません。わたくしにもそのデミグラスソース、という物をいただけますでしょうか…………ありがとうございます。それでは失礼して…………っ!?」
「どうだ! 旨いだろう!」
「これは…………素晴らしい。大変美味しゅうこざいます。これほどの物が……」
それから侯爵様は旨い旨いと連呼しながら料理を平らげ、満足げに席を立った。
「旨かった。また来る」
「あ、ありがとうございます。………………え? また来る?」
俺が侯爵様の言葉の意味を理解できずに首を傾げている間に、侯爵様は店を出ていっていた。
執事さんがドアを閉めた瞬間、堰を切ったかのように、そこかしこから注文が殺到した。
「俺の料理にあのソースをかけてくれ!」
「私も!」
「こっちもだ!」
「「「は、はーい! ただいまお伺いしまーす!」」」
それからデミグラスソースは飛ぶように売れるようになり、毎日大量に作らないととても間に合わない程の人気メニュ-? になった。
そしてこの日以降、侯爵様がちょくちょく来店して食事をしていくようになった。
…………俺の胃に穴が開くのも、そう遠くないかもしれない。