第10話 【能力】使ったらやっぱり驚かれた。
「おお! いきなり俺の事を呼び出すたあ、どんな馬鹿野郎かと思ったが、ジャンじゃねえか!」
「おう。すまんな、本当はちゃんと手順を踏むはずだったんだがな……」
受付の奥からやってきたのは、ごっついおっさんだった。この人が組合長らしい。
身長はジャンよりは少し低いが横にでかい。
だが太っている訳ではなく、とんでもない筋肉のせいで太って見えるだけのようだ。
この人が組合長……? 何あれすげえ。何食ったらあんなになんの?
俺は某格闘漫画に登場する繋がれない人をぼんやりと思い出していた。
ちなみに組合長と入れ替わりに、先ほどまで受付してくれていた女性が他の職員に肩を貸してもらった状態で奥に消えていくのが見えた。内股歩きになっていたのは、きっとトイレでも我慢してたんだろう。うん。
「ああ、なんか受付担当の職員が魅了を受けて業務が出来なくなったって聞いたが……」
いや、なんでそんな話になってんの? 俺、魅了なんて使ってないよ? まず俺そんな【能力】持ってないし!
「違う……はずだ」
うおおぉぉい! そこはしっかりと否定してくれよ! なんで自信なさげなんだよ!
「ふ~ん、まあいい。で?わざわざ俺を呼び出した理由ってのはなんなんだよ?」
あ、いいんだ。
随分軽いけど、あれ多分、実際は魅了じゃないって分かってるってことだよね。
過去に魅了を受けた人を見たことがあって、その時の記憶と今の女性の状態を照らし合わせた、とかかな。
「ああ、で、わざわざ組合長であるあんたを呼んだ理由なんだが…………俺が受けてた依頼は知ってるよな?」
「当たり前だろ? 俺がお前達を指名したんだからよ。『死の断崖で突如発生した巨大竜巻の調査』だろ?」
「そうだ。で、その発生原因なんだが……この子だ」
言いながら、俺の頭に手を置いた。
ふむ。これはまだ幼女演技を続けろ、という事かな?
OK。やってやるぜ!
「あい!」
片手を上げながら元気に挨拶。今回はちょっと真面目っぽい表情を意識してみたぜ。
「おいおい。そんな冗談を言う為に俺を呼んだのか? 俺は別に暇じゃねえんだぜ?」
口調は軽いが先ほどまでより目付きが鋭い。もしかして怒ってる?
うわああ、怖ええ……。一回り大きくなったように見えるよ……。
「冗談なんかじゃないさ。事実を伝えただけだ。あんたが暇じゃねえ事くらい知ってるよ。そんな事の為にわざわざあんたを呼び出す訳ないだろ」
「…………ふぅ~。それもそうだな。……だが、さすがにおいそれと信じられんな」
ジャンが至極真面目な顔で言っているので、冗談ではない事がわかったんだろう。なんとか怒りは収まったみたいだ。
だけど、ジャンがいくら本気で言っていると分かっても、それを鵜呑みにはできないだろう。
そりゃそうだ。俺が組合長の立場でも信じられん。
「そうなると思ったからあんたを呼んだんだよ。この子に実演してもらう。そうすれば嫌でも信じられるだろ?」
…………え?
なんか、実演することになってる?
いや、どうせそうなるとは思ってたけど。けどさあ…………。
せめて一言相談して欲しかったなあ。
そんな意思を込めてジャンを睨むと、片目を瞑りながら口の動きだけで『すまん』と謝罪してきた。
くそう。後でなんか奢ってもらおうかな。
「確かに、実際に見るのが一番早いか……。よし、着いてこい」
そう言って、組合長は俺達の返事も待たず、受付の奥にズンズン進んでいったので、慌てて全員で追いかけた。
進んだ先には長い廊下があり、少し先に組合長の背中が見える。はええなおい。
「……ジャンさんや」
とりあえず、目的地に着く前にジャンに一つ言っておかないといけない事がある。
「正直すまんかった……。事前に説明してなかった」
ジャンは実演についての事を言っているんだろう。それについてはいい。
どうせ実際に見てもらわないと信じてもらえない類だし。
だが今俺が言いたい事はそんな事じゃない。
「まあ、最終的にこうなるだろうとは思ってたからそれはいいんだけどさ。一つ忘れてるだろ」
「ん? なんの事だ?」
「あの竜巻、俺が触れる距離に高温の物体がないと出せないんだけど? そんな物あるの?」
俺に言われるまで忘れていたんだろう。ジャンは『あっ!』という顔をした。
「やっべえ、完全に忘れてた……。どうしよう……」
「一応、こうなる事は想定してたから、おねーちゃんと相談して放熱を最低限にしてたから、全くできないって訳じゃないけど、それなりの規模のものしか出来ないと思うぞ?」
「あー……。なんか言われたら俺がなんとかするわ。というか、依頼の原因になった規模の竜巻なんて起こされたら、この建物吹き飛ぶと思うから、ある意味丁度いいかもな」
あー、確かに。言われてみればそうだな。
組合長なんだから、依頼の発生経緯くらい知ってるだろう。
にも関わらず、街中で実演させるってのはどういう事だ?
でかい竜巻が発生するって分かってたら、街の外にでも連れて行ってそこでやらせるよな、普通。
ジャンの言う事を信じてないんだろうか。んー、でもそんな感じしなかったなあ。
ま、いっか。実演前に聞いてみよう。
「着いたぞ。ここだ」
考え事をしながら歩いていたので、いきなり声を掛けられてびっくりした。いつの間にか目的地に着いていたらしい。
そこは中庭だった。広さは元の世界の体育館くらいだろうか。
「ここは効果が不明な魔道具の試験や、爆発の危険性のある物品を扱う為の場所でな。防御結界もバッチリよ。ここならでっけえ竜巻でも大丈夫だ」
なるほど。ここなら問題なさそうだ。
組合長はジャンの事を信じていない訳じゃなく、単純に実演に相応しいであろう場所に連れてきただけだったようだ。
質問する手間が省けたわ。
「んじゃ、頼むわ嬢ちゃん」
「あい!」
俺は片手を勢いよく上げて元気よく返事した。一応まだ幼女演技続行中だ。
……これ、一回始めると止めどきがわからんな…………。ま、いっか。
中庭の中央に立つと、何も言わなくてもメリアさんが隣に来てくれた。
メリアさんの手を握る。……やっぱちょっと熱いな。
「おねーちゃん。体は大丈夫?」
問題ないと分かってはいるんだけど、握った手の熱さに心配になってしまう。
「うん。ちょっと体に溜まってきてるのは感じるけどね。まだ全然平気だよ」
返ってくるのは予想通りの答え。だけど、改めて本人の口から聞く事で、安心の度合いが増した。
「そか。よかった。今回ので出し切っちゃうから、しばらくは大丈夫かな?」
「そうだねー。まあ、レンちゃんを抱っこする頻度は変わらないけどね!」
いや、そんな事ドヤ顔で言われましても……。嫌じゃないけどさ。
「はは……お手柔らかに」
「……これから竜巻が起きるってのに、なんで赤髪の嬢ちゃんはあそこに立ったんだ?」
そんな俺達のやり取りを見て、組合長が疑問に思ったようだ。
その疑問には、俺ではなくジャンが答えた。
「ああ、竜巻自体はちっこいお嬢ちゃんが起こすんだが、それにはあの女性の力を使うんだよ」
「ほう。ってことはちっこい嬢ちゃんは、単独じゃ竜巻は起こせないってことか? 魔法は覚えてるけど、使うには魔力が足りないから外部から補うって感じか」
「まあ、そんなところだ。……竜巻はな」
「おい、そりゃどういう……」
組合長とジャンの問答が終わる気配がないな。……いいや、さっさと始める事にしよう。
「じゃあ、始めるよー!」
念のためしっかりと開始を宣言してから、【熱量操作】を発動した。
メリアさんの体から熱を吸い上げ、空いた方の手から放出していく。
周囲の空気が熱によって急速に膨張し、強烈な上昇気流が発生する。
それは俺とメリアさんを中心として渦を巻いていった。
やっぱり、熱量が少ないのでちょっと規模が小さい。
前回の時の半分程度かなー。まあ、ジャンが上手く言ってくれるでしょ。
そんな事を考えながら放出を続けていった。
やがて、放出が必要な熱量が尽き、竜巻はその勢いを弱めていき、やがて消えた。
時間にして三十秒くらいかな?
「あい! 終わり!」
開始時と同様に、終了を宣言してからジャン達が立っている場所に目を向けると、組合長が目を見開いていた。
「まじかよ……」
「言っただろ? 『事実を伝えただけだ』って」
規模が小さい事については問題なさそうだな。
これで『聞いてたのと違う!』とか言われても面倒だったからなあ。よかったよかった。
「あー……、あのよジャン。あのちっこい嬢ちゃんさ、赤髪の嬢ちゃんがいないと何もできない、って考えていい……んだよな?」
また組合長がジャンに質問している。というか、質問というよりは、まるで『そうであってくれ』と祈っているようだ。
「いや、残念ながら違うぜ。あの女性がいないと竜巻が起こせないってだけだ。事実、俺達は別の力を見せてもらっているしな」
「まじかー……。聞きたくねえ……聞きたくねえんだが、聞いておくわ。…………何が起こった?」
心底聞きたくなさそうに質問する組合長。
本当は聞きたくないけど、組合の長として問題になる可能性のある事柄については知っておかなきゃいけないって事なんだろうなあ。組合長も大変だ。
「……あのお嬢ちゃんを中心に、冬になった」
「…………まじで?」
「まじで。お嬢ちゃんが力を使ったら周辺の温度が一気に下がって、あらゆる物が凍りついた。あの時はまじで凍死するかと思ったな……」
「ははは……まじ半端ねえ……」
乾いた笑い声をあげる組合長。『聞かなきゃよかった!』って顔してる。
「まあ、あの嬢ちゃんはあんなナリだが賢い。よっぽどの事が無い限りは何もしないさ。…………怒らせるなよ? 特に、あの女性に下手な事はするな。……街が滅びるかもしれんぞ」
「お、おお……。肝に銘じておくわ……」
いや滅びないよ? なんで俺が怒ったら街が滅びるんだよ。俺を何だと思ってるんだよ。
「もういーい?」
なるべくかわいく見えるように意識しながら聞いてみた。
ほらー、かわいいお子様だよー? 怖くないよー?
……だからそんな顔してこっち見んな!
「あ、ああ。もう十分だ……。頼むからもう何もしないでくれ…………」
組合長の声がすごい疲れてる。ほんの数分のはずなのに心なしか少し老けた気がする。
そんな状態の組合長にジャンは話し掛けた。
「ああ、そうだ。ちょっといいか?」
「今度はなんだよ。まだなんかあんのか……?」
俺達に聞かせたくない話しなのか、小声で耳打ちしている。
組合長はしきりに頷きながらチラチラこっち見てる。何の話ししてるんだろうなあ。
組合長が俺達の方を向いた。内緒話は終わったらしい。
「あー、嬢ちゃん達。とりあえず、ジャンの受けていた依頼についてはこれで完了だ。あんた達のお役御免って訳だな」
「ああ、無事認められたんですね。それは良かったです」
おお、メリアさんがクールビューティモードだ。やっぱかっこいいなあ。
「おう。で、これからどうすんだ? 元いた場所に戻るのか?」
「…………いえ、ここで小金を稼いでからこの子と一緒に旅に出ます。元々その予定でしたし」
「金か……。当てはあんのか?」
金稼ぎかあ……。何ができるかねえ……。俺はちっこいし、力もあんまりないから、肉体労働も無理だよなあ。
…………やばい。何も思いつかない。
「いえ……。ですが、どうにかします。女ですし、どうにでもなりますよ」
女ですし? 女性しかできなくて、かつ稼げる仕事…………あ。
「おねーちゃん、だめ」
「ん? どうしたのレンちゃん?」
「体を売るのはだめ」
俺の言葉にメリアさんはぎょっとしていた。図星のようだ。
俺は別に娼婦という職業が悪いと思っている訳ではない。
あれも立派、かつ男性に夢を与えるすごい職業だと思う。
だけど、メリアさんには旦那さんがいるんだ。
それなのに、そういう仕事をしては旦那さんへの裏切りになると思った。
……というのは建前だ。
俺が嫌なだけだ。
メリアさんが愛し合ってもいない相手と寝るのは我慢できない。そっちの方が圧倒的に大きい。
う~ん、我ながらメリアさんに随分依存してるなあ。
「でもレンちゃん。女と子供の二人旅だよ? 他にお金を稼ぐ手段なんて……」
「じゃあ帰ろ? そこまでして旅したくない」
「えー……」
自分で言っておきながら、なんて我儘だと呆れてしまった。
自分で稼ぐ手段は見つからず、メリアさんに頼らざるを得ないにも関わらず、稼ぎ方に文句を付ける。
自分では、外見は子供でも中身は大人だと思っていたが、中身も大概子供だったらしい。
「ちっこい嬢ちゃんは、お前さんが娼婦になるのは嫌なようだな……。それ以外でこの街で稼ぐ手段は……まあない訳じゃないが、日々の生活でカツカツだろう」
「ですよね…………。うーん……」
メリアさんが考え込んでしまった。
「金を稼ぎたい。そして旅をしたい。…………どっちもできる仕事があるぜ?」
そんあ事を言いながらニヤリと笑う組合長。
あー、組合長が言いたい事が分かった。ついでにさっきのひそひそ話の内容もおおよそ推理できたわ。
「冒険者だね!」
「そうだ嬢ちゃん! 冒険者に性別なんざ関係ねえ! 女でも強ええ奴なんざいくらでもいる! しかも依頼で色んな街や遺跡、ダンジョンにだって行けるし、金だって稼げるぜ!」
組合長、冒険者を猛プッシュ。まあ、自分の所属してる組織なんだし当たり前か。
それに、さっきの内緒話の内容が想像通りなら俺達を冒険者にしようとするよなあ。
恐らくは、俺達、正確に言うと俺は組合の管理下に置きたいんだろう。
ほぼ独力で天候を変えるだけの力を持つような人間を野放しにはしたくない。
そしてそんな強大な力を持つ人間が組合にいればそれだけで利益になる。
様々な取引の材料として使えるだろうからな。
まあそんな組合長の思惑はさておき、冒険者になる、というのは有りだと思う。
依頼次第で普通は入れないような場所にも入れるだろうし、メリアさんの体質を治す方法の手がかりも見つかるかもしれない。
しかも冒険者ってなんかかっこいいよね! ゲームとか小説とかで良く出てきて憧れてたんだよ!
「うん! 冒険者、なりたい!」
「おう、そうか! ちっこい嬢ちゃんもこう言ってるぜ!」
ここぞとばかりにさらに押してくる組合長。
俺達が冒険者になることで発生する旨みはそれほどまでに大きいようだ。
「う~ん…………。レンちゃん、本当に冒険者になりたい?」
メリアさんはあまり乗り気じゃないみたいで、改めて俺に聞いてきた。
俺の意思を尊重する。という事なんだろう。ありがたい事だし、嬉しい。
俺としても、俺達の目的に最もふさわしい職業だと思っているので、大きく頷いた。
「うん!」
俺の力強い返事でメリアさんも決心したようだ。
「そっか……。分かりました。では冒険者になろうと思います」
「そうか! じゃあ早速登録に行こう! すまねえが冒険者登録は受付じゃないとできねえんだ。受付に戻るぜ!」
組合長は嬉しそうに元来た道を戻っていったので、慌ててそれに俺達も着いていく。
よーし! 冒険者になって色んな依頼を受けるぞー!