第1話 ディスプレイに食われたらろりっこに会って転生することになった。
グオオオオオオオオオオッ!
俺の目の前にいるのは巨大な、ドラゴン。
漆黒の鱗はあらゆる魔法、物理攻撃を跳ね返し、鋭い爪は、どんなに強力な防具を装備していても、こちらにダメージを与えてくる。
大きな口から吐き出されるブレスは鱗と同じ色彩を帯び、触れた物をことごとく溶解、蒸発させる。
その体躯よりさらに大きな翼は、羽ばたけば突風を引き起こし、翼そのものを打ち付けるだけで岩が砕け散る。
紅く輝く相貌には、理性と狂気が入り混じっていた。
さすがはこの世界最強の生物。威圧感が半端じゃない。もちろん実力も。
俺は、3人の仲間たち【神官】、【魔法使い】、【盗賊】と共にこのドラゴンに戦いを挑んだ。
準備万端で挑んだが戦いは長時間に及び、こちらは満身創痍だ。回復薬は大分前に底をつき、体力も魔力もスッカラカンだ。
だが、満身創痍なのは向こうも同じはず。決して少なくないダメージを与えている…はずだ。
次、相手に行動を許せば待っているのはこちらの全滅。つまりは敗北だ。
これまでの冒険で起こった様々な出来事が頭を過ぎる。
楽しい事、嬉しい事も多かったが、少なからず悲しい事、辛い事もあった。
色々な出来事が起こるたびにこう思ったものだ。
『楽しい事はより多く、悲しい事は少しでも少なくしていきたい。』
その為に、ここで負けるわけにはいかない!
そんな願いを手に持つ魔剣に込め、大きく振りかぶる。
「いけええええええええええええええぇぇぇ!!」
裂ぱくの気合と共に、大上段から振り下ろした剣は、硬い鱗を、肉を、骨を切り裂いた。その一撃は、命に届いた。
ギャアアアアアアアアアアアアアアア!……ァァ
断末魔の叫びを上げ苦しむドラゴン。その大音声が途切れると、ぐらり、と巨体が傾ぐ。
そのまま、大きな音をたて、地面に崩れ落ちた。
最強のドラゴンが倒れる瞬間だった。
「あぁ~~~~~~、終わったぁ……。勝ったぁ……。疲れたぁ~~」
持っていたコントローラーを横にぶん投げながら俺は声を上げた。
目の前のディスプレイには今までプレイしていたゲームのエンドロールが流れている。
「やたら難易度高かったな…。クリアに半年かかるとか、最近そうそうねえよ……」
まあ、学生時代と違ってそこまで時間あるわけじゃないし、仕事が終わって、家に帰ってからコツコツとプレイしたから、っていうのもあるんだろうが。
社会人を10年近くやってるとそれなりに責任も増えるし、プライベートの時間も減るから、クリアまで時間がかかるってのはしょうがないといえばそれまでだけどさ。
ちなみに俺はゲームをプレイする時は、1周目は攻略情報は一切見ない。自力でクリアする。
2周目以降はある程度ストーリーや先の展開が分かっているので、攻略情報をチェックし、1周目で見ることができなかったイベントやアイテムを取得していくが、1周目は事前情報なしでプレイする。その方がストーリーに入り込める気がするからだ。
といっても、最近はゲームに時間をかけることが難しく、2周目はおろか、途中で疲れてやめてしまうことが多かった訳だが。
「ま、飽きずに最後までプレイできたってことは、それだけ面白かったってことかねえっと……お?」
ぶつぶつと独り言を言いながらボーっとゲーム画面を見ているとエンディングが終わったらしく、こんなウィンドウが表示されていた。
『新たな世界に旅立ちますか?』
ウィンドウの下の方には『はい』と『いいえ』の選択肢が。
「へぇ……強くてニューゲームか……いいねぇ」
どこまで装備やステータスが継承されるかはわからないが、弱くなることはないだろう。
久しぶりに最後までプレイしたゲームだ。やれるところまでやってみたい。
時間はかかるだろうが、またコツコツプレイしていけばいいのだ。
「それじゃ、『はい』っと」
放り投げていたコントローラーを掴み、画面上のカーソルを操作、決定ボタンを押した。
その瞬間、ディスプレイが水面のように波打ち、その後グワっと伸びてきた。
ディスプレイの前面、俺のいる方へ。
「……は?」
余りの急な展開に、悲鳴を上げたり、逃げたりもできず、そのまま俺はディスプレイに飲み込まれた。
俺は見る事ができなかったが、画面にはこんなメッセージが表示されていた。
『ありがとうございます! あなたは0000001人目の訪問者です!』
昔の個人サイトか。っていうか俺が1人目かよ。
…………い
……き……さい
ん?
なんか聞こえるな。
ま、いっか。眠いし。
……きなさーい! ……起きてー!
起こされてるのか。なんか必死だな。でもいいや、眠いし。
「ふええぇぇ……全然起きないよう……起きてよう……」
なんか涙声になってるな。
「……ん?」
目を開けると青空だった。
体を起して首を巡らせる。
壁のない空間だった。どこまでも白い床が続き、果てがない。当たり前だがまったく見覚えがない。
俺は自室でゲームをしていたはずなんだが…。クリアした後の記憶があいまいだ。
なんかディスプレイに飲み込まれた夢を見た気がする。
「……どこここ?」
「や、やっと起きたよぅ……!」
なんかちょっと舌っ足らず声が聞こえたので、そちらを向くと女性…女性? がいた。
いや……女性っていうか…
「ろりっこ?」
「いきなりのろりっこ呼ばわり!? ふ、ふけーですぅ!」
「はあ……転生、ですか」
夢じゃなかったらしい。
ゲーム画面に飲み込まれて、目が覚めたらよくわからん場所にいて、目の前には幼女がいた。
しかも俺はこれから転生するらしい。これも夢かと思ってほっぺたをつねってみた。痛かった。
あ、いえ、病院とか大丈夫なんで。入院とか必要ないんで。……必要ないよな?
そんな事を考えながら返事をすると、ろりっこがちょっとしょんぼりしながら話してきた。
ちなみにこのろりっこは転生先の神様らしい。なんか全体的にぼやけてて、『小さい』ってことくらいしかわからないけど。
「そうですう。いままで『いんたーねっと』? で募集していたんですが、全然応募がなくて……。『藤崎 蓮』さん。あなたが記念すべき一人目の転生者ですよぅ!」
今のご時世、転生者もネットで募るらしい。情報化の波はこんなところまで来ていたのか。
「インターネットで募集? どんな風にですか?」
「これですぅ」
ろりっこ改め女神様が指を振ると、俺の目の前に半透明のウィンドウが現れた。
おお、すげえ! VRだVR。あれ? ARだっけ?
とか考えながら表示された内容に目を移し、絶句した。
Webサイトのようだが、原色バリバリの背景の最上部に、ギランギランにエフェクトが効きまくった文字ででかでかと『転生、してみませんか?』と書いてある。ちなみに背景は数秒ごとに色が変わっていっている。
中央にはビカビカ光る文字で『♪転生とは?♪』、『♪転生のメリット♪』、『♪先輩転生者の声♪』というメニューらしきものがある。
視線をずらしていくと、それを追うようにキラキラーッとエフェクトが流れる。ってこれ、マウスカーソルかよ。
下の方に『転生、しますか?』とあり、その下に『はい』、『いいえ』の文字が。
目へのダメージに耐えながら『♪転生とは?♪』にカーソルを合わせる。つーか、これどうやってクリックすんの?
とか思ってたらクリックできたらしい。カーソル合わせて『開け』って念じればいいみたい。
開かれた『♪転生とは?♪』のページは、これまた原色の背景に、ゴマみたいな小さな文字がびっしり並んでいた。最初背景の一部かと思った。
こんなもん読んでられないので、トップページに戻り、『♪転生のメリット♪』を開くと、すごい丸文字で『このページはまだできてないの。ごめんね♪』と書かれたこれまた原色背景のページに飛んだ。
できてねえのかよ。できてねえのにメニュー作ってあんのかよ。
しょうがないので残る『♪先輩転生者の声♪』を開こうとカーソルを移動したが、クリックできない。
リンク張られてねえじゃねえか。
突っ込み所が満載すぎる。
うん、まあ、なんというか、一言で表すなら、『ひどい』。これに尽きる。
が、同時にちょっと懐かしい。昔こういうサイトあったよなー。
「えーっと……ほんとに募集する気あったんですか?」
「ひどっ!? 一生懸命作ったんですよぅ!?」
あ、ちょっと涙目になった。
いやでもこれはないわ。内容見せる気ないもんこれ。と、いうか
「俺、こんなん見たことないですけど。なんで転生することになってるんですか?」
そう、俺はこんなページ見たことない。というか、今時こんな時代錯誤なサイト見たら覚えてるだろう。まあ、見たとしても即ブラウザバックだが。
「ぐすん。あまりに希望者がいなかったので、適当な『げーむ画面』にメッセージを出すようにしたんですぅ。そうしたらあなたが応募してきた、というわけですねぇ」
正しい選択だと思う。あのサイトじゃ絶対人は来ない。ゲーム画面ならまた可能性はあるだろう。
「なるほど、ちなみにWebページでの募集はどれくらい?」
「そちらの世界で換算すると、十年くらいでしょうかぁ」
長! そんだけ募集してて一人も来なかったのか……。でもまあ、あれじゃなあ。
「で、ゲーム画面の方は?」
「十秒くらいですねぇ」
早! 俺ピンポイントで引きすぎだろ!
俺が頭を抱えつつ前を見ると、女神様がほわ~っとした笑みを浮かべていた。さっきまで泣いてたじゃねえか。泣きやむの早いな。
「えへへ~。でも来てくれて嬉しいですぅ。それじゃあ、説明しますねぇ」
「え~っと、拒否とかは……」
「できませんよお。自分の意思で転生することを選んだわけですしい」
やっぱだめかちくしょう!
うぐぐ、となっている俺のこともお構いなしに女神様は説明を始めた。
「転生先はそちらの世界で言う『剣と魔法の世界』ですぅ。ですが、よくある『魔王を倒してください!』みたいなのはありませんー」
「え?わざわざ転生させるのに、目的とかないんですか?」
それなら転生とかさせないでほしい。俺にも元の世界での生活ってものがあるんだ。
「強いて目的を挙げるなら『生きてください』といったところでしょうかねぇ。こちらの世界、少しずつ生命が減ってきていて、このままだと滅んでしまいそうなんですよぅ。で、あなたの世界の神様に相談したら『こっちの世界は生命増えすぎて困ってるから持って行っていいよ』って言われましてぇ」
『煮物作りすぎちゃったからお隣さんにお裾分け』みたいなノリで転生させられるのかよ、俺。
「それで、こちらの世界に移住していただこうとぉ。あ! そのまま転生するとすぐ死んじゃうと思うんで、転生するときに私から【能力】をプレゼントしますよぅ!」
「【能力】……それで、どんな【能力】をいただけるんですか?」
「それは今から決めますよぅ! じゃじゃーん! ですぅ!」
女神様がどこからともなく取りだしたのは、箱だった。白い三十センチくらいの立方体で、一面にだけ十五センチくらいの穴が開いている。
女神様はおもむろにその穴に手を入れて、中身をゴソゴソ漁り始めた。
「ふふーん。何が出るかなー♪ 何が出るかなー♪ ですぅ!」
くじ引きかよ! しかもすげーアナログだよ! せめてもうちょっと厳かにしてくれよ!
「ん~~~~。ん! これです! はい! どうぞぉ!」
と言いながら二つ折りにされた紙を手渡された。
おおぅ。まじでアナログだな…。
とりあえず開いてみるか。えーっと
「【冷却】?」
「あぁ~……。【冷却】ですかぁ……」
なんだよその反応。
「えーっと、これはどんな【能力】なんですか?」
「触れた物を冷やすことができますぅ」
「…………それだけ?」
「それだけですねぇ」
使えねー!
剣と魔法の世界で物冷やすだけの【能力】でどうやって生きてくんだよ! 飲み物屋でも開けってか!
どよーんとしている俺を見て女神様があわあわし始めた。
「ちょ、ちょっとさすがにこれだと余りに可哀そうですし、引き直しはできないんで、特別にもう一個【能力】をお渡しするですよぉ! な、なにが出るかなぁー!」
わたわたと箱に手を入れ、ゴソゴソ。
そんな簡単に二個目の【能力】とか渡しちゃっていいんだろうか。
というか、そこまでひどい【能力】だったのか【冷却】って……。
それならまず候補に入れるなよ。
「じゃーん! 次の【能力】はこれですぅ! どうぞ! ですぅ!」
「……」
無言で渡された紙を受け取り、開く。そこに書いてあったのは、
「【魔法適性(無)】」
視線を紙から女神様へ移す。
すげー微妙な顔してるよ。
「これは……?」
「お、おめでとうございますぅ! こ、これは無属性魔法の適性ですぅ! 無属性魔法を使用した時の魔力消費量が減り、性能も向上しますよぅ!」
「おお! これは結構すごそうですねえ……。ちなみに無属性魔法というのはどういったものがあるんですか?」
これは結構重要だ。いくら適正があっても、どんな魔法が使えるかわからなかったら宝の持ち腐れだしな。
でも、女神様の苦虫を噛み潰したような顔を見ると不安しかない。
「え、えーっとぉ……。【身体強化】、とか?」
……なんで疑問形なんだよ。俺に聞かれても知らねえよ。でも【身体強化】か…。これは悪くないな。
「それはいいですねえ。他には?」
「え!? えーーーーーーっとぉ……」
なんかあわあわしだしたぞこの女神。
おい、まさか一つしかないのか? さすがにそれはきついよ?
俺の質問にうんうん唸っていた幼女神様はいきなりパァッと顔を輝かせた。比喩じゃなく本当に。眩しい。後光が差してる。
「【魔力固定】っていうのがありますぅ! 魔力って本来物質的な物ではないんですけど、これを使えば魔力を使って色々な物が作れますよぅ!」
これもなかなか悪くないな。色々できそうだ。
女神様は微妙だと思ってるみたいだが、そこまで悪くない気がする。
「蓮さんは記念すべき一人目の転生者なので、大盤振る舞いで、生命と輪廻の神である私、【レストナードの加護】もプレゼントしちゃいますぅ!」
「ア、ハイ」
こんなあわあわ系幼女神様の加護もらって意味あるんだろうか? いや、神様だし、あるんだろう。そう思うことにしよう。うん。
ちょっと疲れてきたので、加護の内容とか聞かない。聞いてガックリしたくない。
「では、そろそろ転生していただきますぅ! 良き人生をー!」
と言いながら、幼女神、じゃなくってレストナード様は指パッチンした。
俺の足元の地面が消えた。
「え?」
「え?」
女神様に謁見するような場所でも万有引力は有効らしい。一瞬の滞空時間の後、アホ面を晒しながら俺は落ちた。
落ちる先は真っ暗で何も見えない。
「はわわ! 間違えちゃったですぅ!」
あ、俺たぶんすぐ死ぬわ。
加護とかもらったけど、絶対意味ないわこれ。
そんなことをぼんやり考えながら、俺の意識も闇に落ちた。