第五羽:種火は炎へ
小さな小さな二人の邂逅
「はぁ……」
俺は今、レスト・パーチに来ている。昼休みに同僚に誘われて仕方なくやって来た。
別にちょこちょこ走り回ってる小動物みたいなあいつのためじゃ無い。決して。
隣に座る同僚のアトラスはニヤニヤと笑っている。
「残念だったな、ニック。特等席空いてなくて」
「あぁ?別に特等席とか……」
いつも俺の座るカウンター席には見知らぬ人物が座っている。
「今日は諦めろって。ありゃこの町の人じゃねえよ。ここの決まりなんて知る訳ない」
何故か町を挙げての全面協力の元、あいつの目の前のカウンター席はほぼ俺のために空いている。勝手に決めやがって。
いや、嬉しいけどさ。
俺はこの町にある木造製品の加工場で働いている。16のときからだから、もう3年になる。
椅子や机、棚なんかを作ったり、時には客の注文に沿った物を作ったり。まだまだ未熟で手伝いが主ではあるけど、任せて貰える仕事も増えてきてやりがいはある。
1年ほどして追いかけるようにあいつもこの町に来たのは驚いたけど、正直うれしかった。
あいつと初めて会ったのは13年前。俺が6歳であいつが4歳の時だった。
ーーーーーーーーーー
「ニック君、こんにちは。この子はメグルよ。これからよろしくね!」
母ちゃんの知り合いのおばさんが女の子を連れてきたのはその日が初めてだった。
よろしくと言われても普段近くの男の子達としか遊ばないから女の子の事はさっぱりなのに。
ただ、おばさんの隣にちょこんと立っているその子は、大きな瞳とリボンが印象的で、まるで人形のようだと思った。
母ちゃんとおばさんは椅子に腰を下ろして、本格的に話し始めてしまった。メグルと二人でぽつんと座る。
「……あの、君、いくつ?何歳?」
メグルはしばらくボーっと考え、思い出したように指を折って数え始める。びしっと差し出されたは小指だけ立っていた。
いや、折って数えるとそうなるけど……
「よ、4歳か。俺はニック。君より2つ上の6歳だよ」
メグルはまた指を折って数え始めた。差し出された指は変わらず小指だけ立っていた。
うん。親指から数えると折り返しで小指だけ立つもんね。でも同い年じゃ無いからね?
「何だ、何だ? この生物はぁ!?」
同じ男なら気兼ね無く話せるのに、女の子のうえに年下とか!全く扱いが分からない!しかもちょっとアホっぽいし。
ふとメグルが一点を見つめた。何だろうと思い視線を追うと、そこには絵本があった。
小さい時に読んで貰った記憶はあるけど、さすがにもう自分には必要ない。ずっと本棚に眠っている絵本だ。
「……読む?」
こくんと頷く。
まぁ、本でも読んでいてくれれば相手しなくて良いか。そんな軽い気持ちで絵本を渡してあげた。
メグルは受け取るとパラパラとページをめくる。最後までめくり終わってしばらくして……
「?」
カクンと首をかしげる。読めないのか……先に言ってよ……
結局、合計3冊ほど読み聞かせてあげた。どの絵本も、キラキラと目を輝かせて聞いてくれる。ただボーっとしてるのかと思ったけど、その時の表情は素直に可愛いと思った。終わる頃には最初の不安や面倒くささは無くなっていたから不思議だ。
そして帰り際。すっかり懐かれてしまったようで、背中にくっついて離れない。ここまで来ると悪い気はしないよな。
「あらあら、メグルったら。ほら、お兄ちゃんが迷惑でしょ?」
「……めいわく?」
そんなさみしそうに聞かないでくれ。
「メグル、その……また来いよ!責任持って兄ちゃんが遊んでやるからさ!」
「ほんと?」
「あぁ!兄ちゃんは嘘つかない!」
ドンと胸を張る。メグルもパァっと表情を明るく変える。
「にぃちゃん、すごーい!」
「お、おうよ!」
何が凄いのかは分からないけど。まぁ、メグルが納得したならいいや。
メグルは見えなくなるまで手を振ってくれた。
ーーーーーーーーーー
それから色々あったものの、結局その時点で火が着いていた事は言うまでもない。自覚したのはだいぶ後だけど。
告白する事も考えたが、今のメグルに恋愛方面に割く余裕は無いと思う。耐えるしか無い。
パタパタとメグルがやって来た。手には注文の料理を抱えている。
「お待たせ~。ごめんね、混んでて」
「まったくだ。休憩時間終わっちまうじゃん」
「うわぁ、ニックが不機嫌だ。アトラスさん、何かあった?」
いや、お前に怒ってる訳じゃ……つうかそいつに話しを振るなって。
「あぁ、気にすんなって。何時もの事だろ?それよりさっさと仕事に戻れよ。忙しいんだろ?」
「え~、せっかく息抜き出来ると思ったのに~。ニックは厳しいなぁ。じゃ、また後で。アトラスさんもごゆっくり!」
再びパタパタと戻って行く。
ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう俺だってゆっくり話したいよ!なんならここの人達追い出して二人きりになりたいよ!
「くそっ……人の気も知らないで……」
隣のアトラスはゲラゲラ笑う。
「お前、重症だな!」
うるせー自覚してるよ!
次回予告
「会える時に会っておかないとね!」