第四羽:護られると言うこと
休みのひと時。思い出すのは……
「ふぅ、着いた……」
私は今、町から少し離れた小高い丘に来ている。時間が空いたりするとよく訪れるお気に入りの場所だ。人がほとんど来ないのでゆっくり寛げるし、何よりここから見渡す町の景色は壮観です。
週に一度、きちんと休みを取るようにおじいさんと約束している。住み込みでお世話になる条件でもある。私としては仕事もお客さんとお話しするのも好きなので別に休まなくても良いのだけど、おじいさんのひと言で納得した。
「自分の時間は大事にしなさい。確かに仕事も良い経験になるだろうけど、若いうちにしか出来ない事も大切な経験だよ。今から仕事に取り憑かれてはいけない」
まだ完全に理解出来た訳では無いけれど、とても心配してくれているのは伝わった。その気持ちを無駄にはできない。
ゴロンと寝転がり空を眺める。広い。吸い込まれそう。
シキミドリを取り出す。色は赤。春だ。ここに来るのは堂々とシキミドリを眺める事が出来るからでもある。
「あぁ、これはダメなやつだ」
ぽかぽかする春の陽気に目を綴じる。気持ちが良い。やっぱり自分だけ休んで申し訳ないかな?
私が住み込みで働き始めたのは2年ほど前になる。まだ15だったけれどニックも同じ町で働いていることもあり、何とか両親からの許しを貰えた。両親のニックに対する信頼感がどこから来ているのかはいまだに謎だけど……。
家のある町からこの町まで馬車で20分はかかる。早朝のお店の準備に間に合わせるには相当な早起きになるし、そんな早くから走って貰うのも馬車の運転手さんに悪い。天気や季節によっては移動出来ないこともある。住み込みで本当に良かった。
切っ掛けはレスト・パーチがあの人の家だから。あの人はよく旅に出ては帰って来ると、見てきた町の外の話しをしてくれた。
私も両親やニックとお店によく遊びに行っていたので、おじいさんとおばあさんとは小さい頃から知り合いだったし、あの人の口添えもあり、条件はあったものの置いて貰う事ができたのだ。
今、あの人はいない。一緒に居られると思ったのもつかの間。私がお店にやって来てほどなく旅に出てしまった。今までは長くても数か月で帰って来ていたあの人も、もう2年間連絡すら無い。
おじいさんとおばあさんには次の旅は少し危険だと言ってあったらしく、おそらく最悪の事態を想定して私をお店に呼んだんだろうと二人は淋しそうに話していた。
出発の日にあの人は、二人をよろしく頼むね、と私の頭を撫でながら言った。たぶんそう言うことだったんだと今なら分かる。
でも、おじいさんもおばあさんも、もちろん私も。町の人達だって誰も諦めて無い。みんなが帰りを待っている。
ふと遠くで声がした。はっとする。太陽の位置が変わっていた。うたた寝をしてしまったようだ。遠くだった声が近付いてくる。
「メグルちゃ~ん! メグルちゃ~ん!」
声の主はおばあさんだった。お店で何かあったのだろうか?
「はーい! ここだよー!」
手を振るとおばあさんも気付いてくれた。
「やっぱりここだったね。良かった」
「何かあったの?」
心配して尋ねる。やはりお店に居た方が良かったかもしれない。
「いやね、お店のシキミドリが青く変わって来たから、おじいさんが心配しちゃって」
「……え?」
一瞬キョトンとする。私のため?
「あ、ありがとう。このまま寝てたら風邪ひいてたかも……」
危ない。見ると私のシキミドリもだいぶ青くなって来ていた。とにかく誰かに何かあったわけでは無く、安堵する。
「もう結構冷えて来たからね。はい」
おばあさんは何かを肩から掛けてくれた。ブランケットだ。とても暖かい。
「ありがとう。……ごめんなさい、心配させて」
「ん?メグルちゃんは悪くないよ?むしろせっかくのお休みなのに残念だったね」
「ううん。そうだ、何処に行くか言って無かったのによく分かったね?」
ここによく来ると言うのは話した事はあるけれど。まさか手当たり次第探してくれたのだろうか?
町を見下ろしながらおばあさんは言う。
「あの子もここが好きでね。探すと大抵ここに居たから、誰かを探す時にはついつい一番に来ちゃうんだよね」
「……そっか。綺麗だよね」
二人で町を眺める。目の前に大きく広がる町も、世界の中ではほんの一部でしかない。この景色の遥か先にあの人は居る。
「さぁ、帰ろう。おじいさんを安心させてあげないと」
今はまだ情けない私も、いつか二人を護れるくらい強くなれるかな?
次回予告
「何だ、何だ? この生物はぁ!?」