第十三羽:残された選択肢 後編
人生の分岐点 選んだ選択肢は……
全く警戒心が無いのか、あっさりと店内に通されてしまった。中に入ると飲食店らしい良い匂いが漂う。
少女一人なら振り切るのは容易い。後は実行あるのみだ。 出来るだけ危害を加えるような事は避けたい。店内をサッと見回すが、老夫婦の姿は無い。しかし奥で物音は聞こえる。呼ばれては厄介だ……
「どうぞ」
「え?」
もうその時が来たのかと、心臓が早鐘を打つ。が、少女はカウンター席の椅子を引いて待っている。シキミドリでは無かった。
意図は分からないが、今は警戒されないよう従う他ないだろう。おとなしく席に着く。
少女は鍋を温めている。それを器に入れ、おもむろに差し出す。
「良かったらどうぞ。昨日の残り物なんですけど、今朝は冷えますから」
「あ、あぁ。ありがとう……」
すすめられるまま受け取る。渡されたのは皮肉にも……
「これは……野菜のスープ、か……」
もう嫌になるほど食べた料理だ。少女に悪意は無いのだろうが、やはり精神的に辛い。
だが、確かに冷えるし早朝から家を出て何も口にしていない。今からしようとしている事を考えると気が引けるが、この際貰える物はありがたく頂戴しよう。
「いただきます……」
スープを口に運ぶ。衝撃が走った。
嫌になるほど食べているから分かる。この人参の食感。上手く調理されているのか、味は普段のそれとは別物だが……
ウチのか? 何故?
「この人参……酷いな……」
ぼそりと呟く。
「隣街まで用事で出掛けた時に、市場で見つけたんです。試しに買ってみたんですが……」
街の市場。置かせて貰っている。間違い無い。市場の担当は子供だから、お互い知らないのも無理は無い。少女は続けた。
「酷くは無いですよ? こうして普通に食べる事が出来ますし」
耳を疑った。この出来の悪い人参だぞ……?
「確かに質の良い、悪いはありますけど。作ってくれる人が居るから、私達は食べていけるんです。後は料理の腕しだいでどうにでもなりますからね!」
少女はニコリと微笑む。
「でも、そうかぁ~私もまだまだだなぁ。もっと料理、頑張らないとですね」
違う、違うんだ……
わたしは無言でかき込む。スープはこんなに美味しいのに。せっかくの料理なのに邪魔をしてしまっている。
「あ、ゆっくり食べて下さい。火傷しますよ?」
「ありがとう……ご馳走さま……」
最後まで美味しかった、とは言えなかった。言えるはずも無かった。
少女はポカンとしたが、やがてクスクスと笑った。
「よほどお腹が空いてたんですね。余計だったかなと思ったんですが、良かったです」
そして、ふと時計を見る。
「あ、すみません! ゆっくりしちゃって! シキミドリでしたね。今、おじいさんに借りてきます!」
とことこと奥へ走っていった。その隙に席を立つ。わたしはそっと店を出た。
鈴が鳴らないようにゆっくりとドアを閉める。外には木を弄る爺さんが居た。
「……すみませんでした」
爺さんは振り向かずに言葉を返す。
「あの野菜を持って帰った日、あの子は嬉しそうに話してくれた。誰にも頼らずここまで独学で育てたらしい、凄いねって。売り場の子供さんも言っていたそうだよ。軌道に乗るまでみんなで頑張るんだと」
遠くで少女の呼ぶ声がする。爺さんは声の方へ歩き出した。
「ここから南へ小一時間ほど歩いた畑に、グラウと言う男が居る。人手を探していると聞いた。興味があるなら行ってみなさい。勉強になるはずだ」
「まだ、やり直せるでしょうか……?」
「君しだい、だな」
涙が止まら無かった。自分はなんて愚かだったのだろう。
爺さんは去っていく。その背中に頭を下げた。
「ありがとう……ございます!」
もう一度始めから勉強して、今度こそ胸を張って美味しいと言える野菜を作ろう。
このお店で使って貰えるだろうか?いや、使って貰うんだ。お金のためだと割り切って居たけれど、自分でも意外なほど悔しかった。食べる人に必ず旨いと言わせるんだ。
「ずっと支えてくれていたんだよな……」
家に帰って、二人に謝ろう。まずはそこからだ。この選択だけは間違えない。
決意を胸に、新しい一歩を踏み出した。
次回予告
「もうこんな時期かぁ」