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助けたい仲間

「んもぉー! 何なのよこれ!」

 第三限目、国語の授業中、八重葉は自分の左手首に突然出てきた「-1」という数字をひたすらに(こす)っていた。

 ぼんやりと緑色の光を放つ数字。ずっと擦っていたせいで、その周りは赤くなってしまっている。

 朝起きて洗顔をする際に気付いた物で、その時はまだ薄く、殆ど見えない程であった。しかしこの時間では、ハッキリと確認出来る物となっていた。

「ねえペット、これ何か分からない?」

 八重葉の隣でお洒落な小さな折りたたみテーブルを広げ、紅茶をすすりながら小説に読み(ふけ)るペット。八重葉の問いにチラッと視線をやるが、「さあ、何でしょう」と興味が無さそうに返事をすると、また小説へと視線を戻す。

 本当に役立たずね……。てか見えない事をいい事に、そんなテーブル広げないでよ。八重葉は目を細める。

「何なのよまったく、ペットといい由里子といい……。昨日だって何だか時間の無駄だったし……」

 先日の二人三脚は一時間ほど練習をしたが、歩いて十歩進む程しか進歩がなかった。

 その後由里子が男たちに目を付けられていた理由も聞いてみたが、結局教えてもらう事は出来なかった。

 何もかもが思うように進まない事にイラついてはいたが、帰りに買って貰えた「お礼」の18(エイティーン)アイスのチョコミントで、自分の中の負のオーラを全てチャラにする事とした。

 しかし今朝になって、早く吸血界に帰りたい事がこみ上げてきて、更には謎の数字の出現で、ずーっとイライラしていたのだ。


 ーー キーンコーンカーンコーン


 授業終了のチャイム。先生の、「次までに、ここ覚えとけよー」の台詞で、生徒達の緊張の糸が一気に切れる。

 急にざわつき出す教室。隣の由里子は一限目から一度も起きる事無く寝ている。

 椅子の背もたれと座面の間に両足を突っ込み、机に仰向けの状態で顔には小さいタオルをかけ、腕組みをして寝ている。

 イビキこそ聞こえては来ないものの、寝息の「スピー、スピー」という音がずっと聞こえてくる。

 ……何なんだこいつは。八重葉がそう思った矢先、前方から消しゴムが飛んできて、頭に直撃した。

 床に転がった消しゴムを拾い上げる八重葉。それを眺めた後、飛んできた方を見ると、それらしい人は誰も見当たらない。

 しかしすぐに見つけた。こちらを横目でチラチラと見る二人組。満園と三澤だ。

 満園は町長の娘で、金回りが良い事とルックスも抜群な為、男子からは絶大な人気を誇っている。

 そしてそこにいつもひっついている三澤。この女もそこそこに美人ではあるが、いつも満園の側にくっついていて「甘い蜜を吸いたいだけだろう」と男子たちからは見透かされており、かなり不人気である。

 きっとあの二人のどちらかの消しゴムだろう。そう思い、その消しゴムを届けた。

「これ、満園さんか三澤さんのじゃない? こっちに飛んできたよ」

 消しゴムが飛んできた事自体に、八重葉は特に気にかける事もなかったので、笑顔でその消しゴムを差し出した。すると満園は、

「触らないでよ!」

 と、その消しゴムを奪い取った。それを見ていた三澤は、「ちょっと可哀想じゃない、ハハハ」と八重葉をバカにするように笑った。

「はぁ?」

 八重葉は一瞬、眉間にシワを寄せ顔をピクつかせた。この二人をどこか遠くに投げ飛ばしてやりたかったが、そこはぐっとこらえる。しかし思わず握りこぶしに力が入った。

 するとそれを見た満園がすぐに食いついた。

「やだ九家月さん、そんな握りこぶしなんて作っちゃって。私たちに暴力振るう気? 消しゴム受け取っただけなのに無茶苦茶ねあなた。ねえ三澤さん」

「そうよ! 勝手に人の消しゴム触っといて、何様よ!」

 二人の言葉に、八重葉はキレてしまいそうだったが、ペットが抑えてくれた。

「ダブルクローバ、時間の無駄ですし、問題を起こしてはいけません。ここは我慢です」

 八重葉は二人を睨みつけ、席へと戻る。その途中に背中から聞こえる二人の笑い声が八重葉のイライラを募らせた。


 八重葉はその容姿から、男子にちやほやされたり、人間界の宿題に慣れずに提出物が遅れても「いいのいいの八重葉ちゃんは」と特別な扱いを受けていた。それにより他の女子からは良い目で見られず、大半の女子からは嫌われていた。

 しかし八重葉も元々人間が好きではなかった為、この微妙な距離自体には居心地の良ささえ感じていた。

 ……満園の直接的なやり方は別ではあるが。


 次の日の昼休み、八重葉が廊下を歩いていると、曲がり角で走ってきた満園とぶつかってしまった。満園が持っていたコーヒーは彼女自身のシャツにかかってしまい、「熱い熱い!」と慌ててシャツを捲りあげると、お腹が真っ赤になっていた。

 側にいた三澤は、

「ちょ、ちょっと! 火傷しちゃってるじゃない!」

 と声を荒らげた。

 ……またこいつらか。八重葉は思い、その場をスルーしようとしたが、三澤に腕を掴まれた。

「ちょっとどこ行くのよ! 謝りなさいよ!」

「はぁ! そっちが勝手にぶつかって来たんでしょ!」

 八重葉も応戦する。が、満園が倒れている事に野次馬が増えてきた。

 野次馬たちは何が起きているのかは分かっていない様子だったが、誰が言い出したか、「九家月さんが満園さんを怪我させたらしいぞ」とデマで持ち切りとなった。

 中には、「八重葉ちゃん大丈夫か?」と男子の気遣いもあったが、その殆どは、満園の権力と美貌に魅了された男子と、八重葉をあまりよろしく思っていない女子たちの集まりのせいで八重葉は窮地に立たされた。

「これは分が悪いですね。満園とかいういけすかない女に、とりあえずは謝ってやり過ごしましょう」

 八重葉はその提案を聞くが早いか、即反対した。

「絶対に嫌よ! 何で私が謝らなきゃならないのよ!」

 すると、そのペットに対する言葉が聞こえていたらしい、野次馬たちはヒートアップし、「謝れー!」「満園さんの火傷が治らなかったらどうするんだ!」など、八重葉の立場はいよいよ無くなってしまった。

 八重葉は歯を食いしばって頭を下げた。

「す、すいませんでした」

 すると満園はそれを聞いて、スっと立ち上がると、八重葉に優しい口調でこう言った。

「もういいわ、みっともないから顔を上げて」

 頭を上げる八重葉。すると、


 ーーパシン!


 満園は、八重葉の左頬をひっぱたいた。

「……」

 一瞬何が起きたか理解出来ない。が、すぐに八重葉は満園の胸ぐらを掴んだ。

「何すんのよ!」

「あら、威勢がいいこと。でもそんなことして知らないわよ。お父様に言いつければ、あなたなんて退学させる事だって簡単なんだから」

「何だとー!」

 八重葉の瞳が紅く染まり始めている。八重葉はそのまま、手のひらを振り上げた。

 そして、満園の左頬目掛けてそれを振った。


 ーーパチン!


 廊下に響いたのはペットの指の音。八重葉のビンタは、満園の頬にぴとっとくっついたままの状態で止まっていた。

 満園の目を見つめる八重葉は、悔しさでいっぱいの表情を浮かべており、彼女はそれを見て、満足気に微笑んでいた。

「もういいわ、あなたの顔なんて見たくない。二度と私の前に現れないでくれる?」

 そう言うと、野次馬を割って去ってしまった。

「何だ何だ? 何の集まりかと思ったらお前かよ、どうしたんだ?」

 由里子だ。

 八重葉は事の顛末を由里子に話した。

「なるほどな、でも満園相手じゃあちょっと分が悪いな。何せ親父さんが町長だからな」

「町長がどれだけ偉いか知らないけど、私絶対にあの女は許せないわ! 殺してやりたいくらいよ!」

「お前が言ったら冗談に聞こえないからやめろ」

 由里子は笑いながらになだめた。そしてこう続けた。

「まあ、私もあいつは嫌いだ。ちょっと様子見て、いつか仕返ししてやろう」

 八重葉はその言葉を受け、頬を膨らませながら力強く頷いた。


ーーーーーーーーーー


 数日後、いつもの体制で寝る由里子。男子二人がそんな由里子を起こしにかかった。

「おい、素暴(すばらし)! 起きろ!」

 由里子はタオルを取られると、すぐに起きた。

「ん、何だよぉーーふぁーー」

 大きなあくびをしながら体を起こす。椅子には逆向きに座ったまま、男子二人に耳を貸す。

「お前、須藤をやったらしいじゃねえか!」

「須藤……? ああ、あの金髪ハゲか。あれやったのは私じゃなくて八重ーー」

「それでさ! 須藤をやったもんだから今度は山之内から指名があったらしい。しかも満園と三澤が拉致られてるって……。どうするよ」

「どうするって言われても……行かなきゃだろ。なあ、八重葉」

「……」

 満園という名前を聞いて、由里子の問いかけを無視する八重葉。

 男子はつづける。

「それと、更に悪いニュースがあってな、向こうは一クラス全員出てくるらしい。三五人くらいいるんじゃないか?」

「……それはちょっと多すぎるだろ。どう考えてもまとめて相手するなら五人が限界だよ」

 そこで八重葉が口を開いた。

「ねえ、何が三五人なの?」

 すると男子の一人が教えてくれた。

「実はうちの学校は龍ケ崎高校と仲が悪くてな、しょっちゅうケンカしてんだ。で、今度は相手がクラス全員で来るらしい。本気で由里子を潰したいらしい」

「三五人か……楽しそうね」

 満園の一件からむしゃくしゃしていた八重葉、もうどんな形でもいいから暴れたくて仕方がなかった。

 しかし暴れた結果として、「満園と三澤を助けてしまう」という結果に至る為、なんとも躊躇ってしまう。そして出した答えは、

「私パス」

 八重葉はそう言うと体を戻し、次の授業の準備に取り掛かっーーと、

「おい八重葉、頼むからお前の力貸してくれ」

 由里子は八重葉の肩を押さえた。真剣な眼差し。八重葉は「え、えー」と迷惑そうな表情を浮かべている。

 すると男子は驚いて由里子に食いかかった。

「おいおい由里子、九家月さんを巻き添えにしてどうするつもりだ? (おとり)にでもなってもらう気かよ」

「いやいや、それが聞いて驚けお前ら。八重葉はな、なんと吸血ーー」

「だぁーーーー!!」

 突然八重葉が大声を上げて由里子を制した。そして「な、何でもないからねぇー。あはははは……はぁ」と男子二人へ誤魔化しを掛けた。

 吸血鬼とバレてまずいことはないが、一度バレてしまえばその後面倒な事もある。バラす事はいつでも出来るのだ、今でなくてもいい。八重葉は、そこだけは慎重にいきたかった。

「変な二人だなあ。由里子、とにかく頼んだぞ。お前じゃなきゃ敵わないし、行かなきゃうちの生徒が無差別でやられちまう」

 由里子は「何とかするわ」と、男子に手を振ると、すぐに八重葉に言い寄った。

「八重葉、確かに満園と三澤はクズだ。でもな、何とかしないとうちの生徒がやられちゃうんだよ」

「そんな事知ったこっちゃないわよ。私が行かないのは、あの二人がまいた種なんだから、自業自得よ」

 八重葉がそう言うと、由里子は少し寂しそうな表情を浮かべた。

「私は行くよ。二人は嫌いだけど、クラスの仲間は好きだからな。怪我させるわけにはいかない。一人じゃ無理だから男子も何人か連れてけば、そこそこやれるだろ」

「……」

 そんな事言われても、私には好きな仲間なんていないし……。八重葉はそう思った。




 放課後。

 八重葉は誰もいなくなった教室から、頬杖をついてグラウンドを眺めていた。

 何だかつまらない。暇でつまらないのではない。何だか胸の辺りかみぞおち辺りが、ムズムズモヤモヤするのだ。

「……何なのよ、もう」

「ダブルクローバ、行ってみてはいかがですか?」

 ペットが言うと、八重葉は静かに答える。

「行くわけないでしょ……」

「それでは一つ聞きますが、何故帰らずにここに残っているのですか?」

「それは……」

 八重葉は、それが何故だか自分でも分からなかった。ムズムズモヤモヤ、このやり場のない、とっぱらいようのない正体不明な感情が邪魔している。それだけは分かっていた。

「ペット、私には行く理由はないけど、行かない理由ならあるのよ。満園を助けたくない。それが行かない理由よ」

「ダブルクローバ、あるじゃないですか。行く理由なら」

「?」

 八重葉はグラウンドから目を離し、ペットを見つめる。

 ペットは静かに頷きながらこう続けた。

「仲間の為、ですよ」

「私にそんな助けたい仲間なんていないわよ。クラスのみんなだって私の事好きじゃないみたいだし」

 八重葉は笑いながらに一蹴した。

「……本当に、そうですか? 仲間、いないんですか? 二人三脚で一位、取れなくなっちゃうかもですよ?」

 そう言われた時、由里子のフレーズが(よぎ)った。


 ーー 二人は嫌いだけど、クラスの仲間は好きだからな。怪我させるわけにはいかない。


「……んもう! 分かったわよ行けばいいんでしょ行けば! いい、飽くまで、私が初恋を吸うために行くんだからね!」

「はい!」

 ペットは微かに笑った。

 八重葉は新調した狐のお面をカバンから取り出すと、走って教室を飛び出した。


 ……待っててね! 由里子!



 (だいだい)が差す教室。由里子の机には彼女のカバンと、その横に、八重葉のカバンが添えてあった。




ーー続く

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