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八重葉とギャル

「ところでダブルクローバ、学校までの道のりは分かりますか?」

「途中まで地図通りに進めてたから問題ないとは思う。……地図に唯一明記してあった、この「アイス屋さん」ってのが気になって寄り道した以外は順調よ」

「それは何よりです」

 初めて食べるチョコミントに舌鼓を打ちながら、満足気に歩く八重葉。そしてそれについて歩くペットは、ミントの匂いに顔を歪ませている。ペットはこの匂いに敏感らしく、クシャミを連発し、ずっと鼻や目頭辺りを(さす)っている。

 八重葉はそれが面白くなり、ペットの顔にそれを近付けたりして遊ぶ。そしてまたペットは顔を歪ませる。時折太陽を見上げる様にしてクシャミを促す様子は、八重葉を爆笑させ、その膝を地に着ける程でもあった。

 しばらくアイスを片手に歩いていると、目の前に黄色い帽子を被った園児達が一列になって歩いているのが目に入った。

 八重葉が物珍しそうに眺めていると、それらが人間の子供で、現在八重葉が向かっている学校の様な所へ向かっている旨をペットから説明された。

 初恋を吸うなら大人よりも子どもの方が確率が高い筈だと、この時にまとめて吸ってはみたものの、全くヒットしなかった。

 幼い子をターゲットにした事でペットから少々非難は受けたものの、自分が帰る為には仕方がない事なのだと、八重葉は一蹴した。

「あー、遅刻遅刻ー!」

 と、そこにベリーショートの金髪の女子高生が走って来た。制服は八重葉と同じ物の様だが、スカートが極端に短い。

 八重葉は気の抜けた半目のままそちらに目をやると、既に金髪ギャルが目前に迫っていた。瞬間、ドスン! という鈍い音と共に、

「きゃあ!」

「うわぁ!」

 八重葉とギャルの声が重なった。

 地面に尻もちを着く二人、それを見てクシャミをするペット。そして八重葉が持っていたチョコミントは、

「うえー! アイスがシャツについちまったじゃねーか! きったねーな!」

 ギャルのワイシャツにべっとりとついてしまっていた。

「ちょ、ちょっと! 私のチョコミントどうしてくれんのよ!」

「はぁ!? どうしてくれんのよはこっちのセリフだよ! このシャツどうしてくれんだよ! まず謝れよ!」

「何こいつ! この私にぶつかっておいて謝るどころか、謝罪を求めるなんて! 大体何なのよ、その真っ黄色の変な色の頭は!」

 髪の色を指摘されたギャルは、髪の毛を鷲掴みにして「金だよ、金! 金髪だよ!」とアピールしてみせた。

 すると八重葉は、眉間に皺を寄せつつ「はぁ!?」と反論を開始。

「全っ然金色じゃないじゃない! しかもパサパサしてて何だか汚いし。臭そうー。私のこの艶やかな綺麗な黒髪を見習いなさいよ。フンッ」

 どこか得意気になる八重葉。しかしそんな八重葉を見て、昨日お風呂に入っていないのによく言うなあ。と、ペットは目を細めた。

 尚も続く二人の口論。ギャルは既に八重葉の胸ぐらに掴みかかっている。八重葉の方が若干身長が低く、ギャルを見上げる形となっている。

「てめぇ! 痛い目見てーのか!」

「は、はあ! 今私に向かって痛い目見てーのかって言ったのこの女!? 嘘でしょ!? よりにもよってこのセプトンブル家の私に向かって!? んもう、頭来た、痛い目見るのはどっちかしらね!」

「お前こそそんな口聞いて、潰しちまうぞ」

「つ、つつつ、潰すぅ!? あんたなんかに潰されるようなやわな作りはしてないわよっ!」

 胸ぐらを掴まれた八重葉は、両手でギャルの襟をガッチリと掴んでいる。しかし身長が低いものだから、その両手はいっぱいに伸びきっている。

 お互い掴みあって怒鳴り合う様は、さながらどこかの組どうしの抗争の様にも見える。

「私も舐められたもんだな。これでも去年は空手の全国で優勝してんだよ私は。この場で潰してやろうか、あん?」

「っはぁ!? 何なのこのクソ生意気な態度は! お前こそ潰してやろうか!」

 完全にキレてしまいそうな八重葉は、瞳が一回り小さくなり、若干赤みがかっていた。これは吸血鬼の特徴でもあり、その力を発揮する際に出る体の変化なのである。簡単に言うと、リミッター解除の(しるし)の様なものだ。目の色が完全に赤くなると、力を解放する合図となる。

「ダブルクローバ、おやめ下さい。あなたがやると、間違いなく即死してしまいます」

 すかさずペットが歩み寄り、側でそう言うと、八重葉は歯を食いしばったまま、「殺しなんてしないわよ!」と返した。

 するとギャルは片手は胸ぐらを掴んだまま、「誰が誰を殺すってぇ!?」と、八重葉のみぞおちに思いっきり拳を入れた。鈍い「ドッ」という音が、近くにいたら聞こえたであろう程に響いた。

 ギャルの襟を掴んだまま(こうべ)を垂れる八重葉。動かない。

「ありゃ、痛すぎて失神しちゃったか?」

 ギャルがそう言うと、八重葉はゆっくりと顔を上げ、こう言い放った。

「痒くもねぇんだよ」

 その目は完全に紅くなっており、吸血鬼本来のそれとなっていた。

 八重葉は両手を放して拳を振りかぶる。

「パンチってのは、こうやんの、よっ!」

「くっ、ゼロ距離! ヤバい!」

 その拳は勢いよく放たれた。しかもそれは、人間の目では捉える事が出来ない程の拳速。

 ギャルのみぞおちに拳が当たる! 直前、ペットは「パチン!」と指を鳴らした。

 すると八重葉の拳は、ギャルのみぞおちに優しく「ポフンッ」と接地した。

「……」

「……」

 直前の凄まじさに、口をあんぐりと開けて八重葉を見下ろすギャル。それを見上げる八重葉。八重葉の瞳はすっかり黒くなっており、吸血鬼の力は完全に失われていた。

 八重葉は分かっていた。ペットの指パッチンにより力を抑えられた事を。故に、「アッチャー」という様な表情をしている。

 一度拳をみぞおちから離し、もう一度そこにゆっくりと当ててみる。

「……えい」

「……」

 そのまま硬直する二人。

 そして八重葉は切り出す。

「……ねえ、今のもう一回やらして」

 それを受けてギャルは、八重葉の突き出たままの腕を払い答える。

「させる訳ねーだろ」

 と、オマケにビンタを放った。「パンッ!」という乾いた音が響く。

「いったー!」

 頬を両手で抑え、飛び跳ねて痛がる八重葉。先程みぞおちに放った方がずっと痛かったはずなのに、と、ギャルは訝しげな表情を浮かべたが、遠くで聞こえるチャイムに反応して、すぐに立ち去ってしまった。

 八重葉は力を急に消された事をペットに問い詰めようとしたが、学校を遅刻してしまうと罰が待っている旨言われると、「ムキー!」とペットに噛みつきつつ学校へ急いだ。


「右手がズキズキする、あいつの体、鉛みたいに硬かったぞ」

 学校へ向かう途中、ギャルは走りながら自分の右手を眺めた。若干赤く腫れている。

「何なんだよまったく……ちくしょう」



ーー続く

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