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吸血界のオキテ

 陽も傾き、空一面が薄い紫に心奪われる頃、セプトンブル家では、躾役の雇われメイドであるペットが、退屈そうにダブルクローバへ説教をしていた。そしてダブルクローバもまた、頬杖をついてその退屈な説教を、こちらも退屈そうに聞いていた。

 目は半分閉じかかっているだろうか、口はへの字に返事も虚ろ。まるで興味の一欠片も示さない態度ではあるが、ペットはその“なっていない態度”へは一切関与しない。ただただ決められた言葉を並べるばかりの、形だけの説教だ。

 ダブルクローバは思う、一体この説教はいつまで続くのだろうかと。

 ペットは感情を表に出す事が出来ない。それは機械の様に、セリフを口に備え付けられているスピーカーから発せられているものではないだろうかとも疑うほどである。それ故退屈そうに説教をしている様に見えるし、この説教も怖くはなく、ただ単に不毛な時間となってしまっている。

 ふと時計を見ると、ダブルクローバがこの机に着席してから優に四時間は経過している。今の今まで説教だった訳ではなく、いつも通りの授業ではあったものの、途中、お母様の手回しの者が乱入し、ペットへ耳打ちをした後から、急遽この説教へと内容を変えてしまったのだ。

 ダブルクローバはこの小さな星を牛耳る国家、セプトンブル家の娘で、この星での暦で二〇〇歳を数える年となっている。

 二〇〇歳と言っても、この吸血鬼の集まる世界ではまだまだ青春を謳歌する年頃と言える。その若さ故、この説教の重みをイマイチ理解していない様子もある。

 大きな部屋には、大人が五人ほど雑魚寝が出来そうな、大きなお姫様ベッド、お洒落な金の施されたテーブル、それから、これまたその用途からは不必要な程に大きな化粧鏡が、それぞれ一箇所に設置してある。それらの物から扉までは十数メートルあり、丁度その中ほどにペットとダブルクローバが位置付けている。

 高級絨毯からはペットが歩く度に上質な落ち着いた音が鳴っている。ペットがダブルクローバの目の前を往復する度、彼女のノートの片隅の「正」という字が、一画ずつ完成されていき、二十個目が完成すると同時に、ペットの歩みが止まった。

 そして改めて切り出す。

「--と、言う訳でダブルクローバ、あなたも次の満月で二〇〇の歳を数えますので、人間界で修行をして頂きます」

「……めんどくさいなあ。大体何でこの国を治めているセプトンブル家の一人娘であるこの私が、修行なんてしなくちゃいけないのよ」

「国を治めているのがダブルクローバ、あなたではないからです」

 痛いところをついてくる。ダブルクローバはそう思った。ぐうの音も出ない彼女ではあったが、それなりに反論はしてみる。

「……そ、そりゃそうだけどさ。それにしても、役得というか、そういうのあるでしょ……普通」

 自分の言っている事が、若干苦し紛れだと言う事も分かっているせいか、半ば口ごもる。するとペットは、すかさずこう返した。

「はい、本来であればセプトンブル家の人間は、座学でのみ今回の修行を修了します。ですがダブルクローバ、あなたは先月に隣国のオクトーブル国を一人で潰してしまいました。いくら抗争中と言えども、休戦中の急襲は厳禁です。それにダブルクローバもまだ戦線に立てる歳ではないのです、処罰の対象になるのは当たり前です。そしてダブルクローバ、このやり取りももう五回目です。私の話、聞いていましたか?」

 また口を尖らせるダブルクローバ。正直な所、あまりに暇すぎて、ほとんど聞いていなかった。しかしそれは言えない。それを正直に言ってしまうと、また長い話が始まってしまうから。

 ダブルクローバは「き、聞いてたわよ!」の反論後、こう続けた。

「だって暇だったんだもん。大体あんな弱っちい国相手に、なに手をこまねいていたのよ、うちの兵士たちは」

 ダブルクローバは強い。この吸血界でもトップクラスの破壊力を、生まれつきにして持っているのだ。思い切り城へ拳を振るえば、その風圧だけで跡形も無く吹き飛ばしてしまう事さえ出来る。

 元々、吸血鬼というものは戦闘を好む民族で、戦争そのものもお遊び感覚で行っている所がある。しかしお遊びと言ってもそれは戦争そのもの、血が流れるのは当たり前だし、死者さえ出る事もある。

 ペットの話は続く。

「今回ダブルクローバには、人間界へ降り、人間の持つ特別な感情、“初恋”を吸って来てもらいます」

 それを聞いたダブルクローバは、目を細めて舌打ちをした。人間の甘ったるい恋愛云々の、そう言った感情を全く理解が出来ないのだ。故の舌打ちである。

 ダブルクローバは知っている、ペットも以前人間界へ降り修行をした事、そこで人間に恋をしてしまい、修行を失敗してしまった事を。ペットが現在無機質な感情しか持ち合わせていない理由は、その修行を失敗したからである事も。

 人間の起伏に富んだ感情を吸い、己のココロを豊かにする。それがこの吸血界での習わしなのである。

「ねえペット、この昔からの習慣……てかオキテ? っていつからあるの? もう適当にこっちだけでわちゃわちゃやってりゃいいじゃん。生きていくのに別に感情もいらないんだしさ」

「それはなりません」

「だから何でよ」

 ダブルクローバが聞くと、ペットは大きく息を吸い込み、そして語り始めた。

「それは遥か(いにしえ)(とき)より始まったとされております。我々吸血鬼にはココロが無いとされておりました。それ故に神々との意思の疎通が出来ず様々な天災を被る事に……。その為に人間のココロを吸う事がーー」

「な、何だか……長くなりそうね」

 余計な事を聞いてしまった。ダブルクローバがそう思った矢先、

「ーー大切なのです」

「あ終わり?」

「はい」

 終わった。

 それに加えて修行に関しての注意事項を数点教えられる事となった。

 ペットはおもむろに首の後ろへ手を回し、そこから、そこそこに厚い冊子を取り出した。一体どうやってそこに入れていたのか、そしていつから入れていたのか。すっかり生暖かくなった冊子の表題にはこう記されていた。


 ~ペットが教える! 修行を絶対に成功させる為に!(妙にリアルなドクロマーク)~


「ペット、このタイトル説得力有るわね。何より最後のドクロマークが意味深で怖いわ」

「恐縮でございます。それでは表紙をめくって下さい」

 ダブルクローバは、「褒めてはないんだけどねぇ~」と囁きながら表紙をめくる、そこには、



 禁止項目

 

 一、人間に恋をしない。

 二、人間に怪我をさせない。

 三、犯罪を犯さない。


 以下余白。



 というものが目に飛び込んできた。次のページも空白である。ダブルクローバは、不思議に思い更にページをパラパラとめくってみるが、以降は全て空白となっていた。

 ダブルクローバが目を丸くしてペットを見ると、ペットは、「メモ欄です」と返した。

「この三つしかない禁止項目で、私に一体何をメモしろっていうのよ!」

 ダブルクローバが投げた消しゴムがペットの額を直撃する。ペットは額をさすりながら消しゴムを拾いあげつつ、口を開く。

「これら禁止項目を一つでも破る事があれば、人間界での永住が決まってしまいますのでご注意を。しかし、初恋さえ吸えば、すぐにこちらへ帰って来ることができます」

「ふーん。で、私に初恋を吸い取られた人間はどうなるの?」

「はい、吸い取られた人間は、その人を好きだった感情そのものを失いますので、その恋は、はなから無かった事になります」

「元々、何とも思ってなかった人と同じ扱いになるって事?」

「その通りです」

「じゃあ、次好きになった人が初恋の人になるのね」

「いいえ、吸血鬼にココロを吸い取られた人間は、二度と恋をする事はありません」

「それって、私ってば超危険人物になっちゃうのね。ああ、私の周りで初恋は厳禁ってわけね、フフフ。人間の絶望する顔が浮かぶわ」

 ダブルクローバの顔がニヤニヤと(ほころ)ぶ。そしてその綻んだ表情は一変し、良からぬ事を思い付く。

「ね、ねえペット! ペットが恋をした人って、まだ生きてるんじゃない?」

 するとペットは手鏡でおでこを確認しつつ答える。

「ええ、まだご健在のはずです。私と同い年程かと」

 それを聞くや、ダブルクローバは目を細くして口元を引き、何かを企んでいる事があからさまな表情を浮かべる。

「ペット、私の代わりに人間界に行ってみない? 私は雲隠れして一人暮らししてるから。人間の絶望した表情も見たいけど、修行なんて面倒だし、何より一人暮らしもしてみたかったし」

「そうしたいのは山々ですが、奥様に知れたら--」

「だーいじょうぶだって! 絶っっっっっ対にバレないって! 私が言うんだから平気だって!」

 ダブルクローバは手鏡を奪い、ペットの両手を取りブンブンと上下に振りつつ説得をする。そしてペットは珍しく口をへの字にし、目には生気を宿らせた。

「そ、それでは、不肖(ふしょう)このペットが人間界へ降り、以前のリベンジを果たしてきます」

「イエース! それじゃあバッチリやりなさいよー!」


----------


九家月八重葉、吸血鬼により、初恋禁止!!


----------


 照りつける太陽は肌を焼く。しかしジリジリとした暑さの中にも吹く、爽やかな風が癒しとなっている。

 そして、アイスを片手にご満悦な表情のダブルクローバがここにいた。

「あーこのチョコミントとかいうアイス最っ高! この朝の涼しい風が更にミントの香りを引き立たせるわ。人間界も捨てたもんじゃないわねー、って、何で結局私も人間界に来てんのよ!」

 すぐ横に立つ、大きな麦わら帽を被ったペットは、相変わらず無機質な表情のまま答える。

「はい、ダブルクローバ、私たちの綿密なwinwin計画が、奥さまの耳に届いてしまったからでございます」

「正解。耳に届いてしまったどころか、あの時私たちが話してるのを直にあの部屋で聞かれてたっていうね。いつの間に入ってきてたのやら」

「産地直送でしたね」


 と、言う訳で、結局ダブルクローバも人間界に降りる事となってしまった。毎日通わなければいけない学校の地図と道具を一式渡されると、昨晩、大きな屋敷へと落とされた。

 そして今日は記念すべき人間界初日の朝となる。

 名前も、「セプトンブル・ダブルクローバ」から、日本の名前にし、名前にちなんで数字の九に、家、それから月日、の月、を連ねて「九家月」で、「くげつき」とし、下の名前はダブルクローバ、から「八重葉」と名付けた。

 そしてペットも、念願叶って一緒に人間界へ落とされた。が、彼女には単独行動禁止という厳しい制限が付いてきた。飽くまでダブルクローバの世話役、という訳だ。

 ここへ降りてきてすぐ、屋敷から出ようとして(いかずち)に体を貫かれた事は言うまでもない。

 そしてもう一つ、ペットはどうやら他の人には見えないらしく、八重葉の側をついて歩くだけの役立たずメイドとなってしまった。



ーー続く

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