プロローグ
吸血鬼の住む星「ヴァンパニル」。ここに大草原にどっしりと腰を据える砦がある。端から端までは見上げる程に高い塀が走っており、これがぐるりと砦を囲んでいる。正面から見ると、その塀の端は遥か遠くまで続いており、中央に大きなお城が、その上半身だけを覗かせている。
数多くの軍がこの要塞を落とそうと試みたが、何れも大敗を喫している。
城へ辿り着く事は愚か、要塞の門を破った所で軍は崩壊寸前で、そこで待ち構える槍や爆破のトラップ、それに加えて数えきれない程の弓兵で全滅してしまう。それらを抜けたとしても、まだまだ数多くの兵士、それに更なるトラップが待ち受けている。どんな大軍が押し寄せようとも、この軍隊にはかすり傷をつける事すら不可能なのである。
このオクトーブル国の大要塞、誰が名付けたか、いつしか「ヴァンパニルの悪魔、サンリヴァーナ(無敵の)大要塞」と呼ばれるようになった。
荒い風が草原をなびかせ、一筋の緑の線を走らせる。
サンリヴァーナ大要塞を数キロ前にし、一人の少女がその大地を踏みしめる。身長は低めで幼く見えるが、歳は一七、八、を数える程。
腰に手を当て、その大要塞を見つめながら不敵に微笑む。と、今まで黒く大きかった瞳は、忽ちにして紅く、そして小さくなり目つきも鋭くなった。瞬間、大地を一蹴りすると、凄まじいスピードで正門へ急接近する。
「な、何だあれは?」
見張り役の兵士は、塀に設けられた塔からそれを発見するが、あまりのスピードに何かを特定出来ない。しかしこれだけは分かった。
「こ、攻撃ーーーー!! 敵軍の攻撃だぁーーーー!」
カンカンカン! 警鐘を力任せに鳴らせながら叫ぶ。
「おい! 敵軍なんてどこにも見えないぞ! 第一、現在休戦の協定中じゃないか!」
要塞内部を通した連絡洞から、警鐘を鳴らす兵士に他の塔の兵士から報告があった。それを受けた兵士は、
「俺にも敵軍なんて見えねえよ! と、とにかく大砲の弾だか何だか分かんねえけど、物凄いスピードで正門目掛けて向かってきてるんだよ! あんなに速い弾を飛ばせる大砲なんて実在すんのかよ!」
これまで静かだった要塞内部が、一気に騒がしくなる。それぞれに武器を取ると、兵士達は持ち場へと急いだ。
そうは言っても難攻不落の無敵要塞。常時門周りの守りは完璧で、兵士達はこの時も万全の体制を取っていた。幾千もの弓兵達による応酬で、通常であれば門を破る事さえ困難と言われている。
そしてその大砲の弾と思わしき物体が門の近くまで接近した時、見張りの兵士はまたしても警鐘を鳴らして叫んだ。
「お、女だ! 弓兵ー! 攻撃開始ー!」
それを合図に幾千もの矢が空を埋める。その矢の雨は少女の頭上を覆い尽くす。
少女はそれを見るや地に足をつけて急停止。それだけで地面はえぐれ、空気の振動で轟音と共に二つ三つと衝撃波が生まれた。
空を見上げる少女。矢が彼女に接近したその時、右手を勢い良く振った。すると、一瞬遅れて途轍もない風が吹き、その殆どの矢を吹き飛ばしてしまった。
改めて地面を蹴って急加速する少女。
「おいおい、なんかヤバいぞ……。門に激突するぞー! 備えろーーーー!」
兵士のその狂気に満ちた喚呼と共に、耳をつんざく爆音が鳴り響いた。門の爆破トラップが作動したらしく、辺りを火薬の煙が取り巻く。
その煙が晴れて現れた光景に、要塞の兵士達は愕然とした。門を破られていたどころか、その周りの、鉄で造られた塀ごとえぐり取られていたのだ。そしてそこに佇む少女。背中に若干かかる程の黒髪にティーシャツとジーンズ。その服は衝撃で破れてしまっている。
「こ、こんなにもあっさりと……この女、一体」
不意に一人の兵士が少女の背後から斬り掛かる。しかし少女は振り向き様にその剣に裏拳を入れると、いとも簡単に剣は折れてしまった。続けざまに正拳を突き当てる。すると兵士の甲冑はべこりと凹み、そのまま城壁を突き破って吹き飛ばされた。
それを皮切りに、周りの兵士達は少女に攻撃を仕掛ける。少女は素早い体捌きと凄まじい力で、兵士達を次々と押し払って行った。
数々のトラップも腕一本で破壊してしまったり、兵士はもちろん、戦闘用に飼育された巨大な虎の様なモンスターでさえも、ただのビンタで錐揉みの如く飛ばしてしまった。
「あの女……化け物か」
ーーーーーーーーーー
翌朝、陽も昇りきらない刻。薄暗い中、完全に潰れてしまった城の上で、唯一残しておいた暖炉で暖まる少女の姿があった。
「朝は冷えるわねぇ、やっぱ暖炉残しておいて正解だったわ」
瞳は大きく、そして黒く戻っている。
と、背後の瓦礫から、残された兵士が這い上がって来た。
「おいお前、名前は」
問われ、少女はニコッと微笑んで答える。
「ダブルクローバよ。あなたも早く行きなさい、置いてかれちゃうわよ」
少女が顎で促すと、その先には、要塞の兵士達が連なって次なる場所へと向かっていた。
「何故、一人も殺さなかった?」
「別に、暇だからやった事だし、殺す理由無いもん。それに殺しちゃったら、次に私の暇潰しする相手がいなくなっちゃうじゃない」
「フンッ、面白いやつだ。ダブルクローバか。覚えておこう」
そう言うと、兵士はゆっくりと瓦礫を下り始めた。
暖炉の煙突からは煙がもくもくと立っており、さながら狼煙の様にも見える。少女は身を震わせながら暖炉に近付く。
「ああ寒っ! ハックション!!」
可憐なクシャミが辺りに響いた。