暗中会話
ある家の中、この地では長らく失われていたやり取りがされていた。
「どう?」
音を使った本来の意味での会話だ。
その場にいるのは座っているノイ一人。
ともすれば独り言の様に見えるが――。
「集落内で動いてるのはごく僅かだ」
しかしノイと一緒に流れてきた箱から応じるように声が出る。
「念の為消音空間を展開して」
「了解した」
箱には色々と出来ることがある様だ。
「それじゃあ聞かせてもらおうか?」
「観測と計測結果が出た。半径約120km圏内に他集落規模の住居及び建造物などの痕跡は皆無だ」
「予想通りって言えば予想通りなんだけど、それどうやって調べたの?」
「高度1000mからの観測」
「んじゃ、他には?」
「鳥や獣以外の飛行物、移動物共にこちらも皆無。並びに規定電波の通信も皆無。こちらは観測時間は四十八時間」
箱の説明にノイの表情はどんどん曇っていく。
「……つまり?」
「想定されてた人類圏は再構築されてない」
「でしょうね。……満足? 自分が言った通りに計画が失敗して?」
「ワタシはオリジナルではないのでその問いには回答出来ない。むしろ君の方が分かるのではないか? ノイ」
「コピーが分かんないのにクローンなだけの私が分かる筈無いでしょ」
「コピーは語弊がある、ワタシにはオリジナルの人格は内包されていない」
「人格だけが個人の考え方の決定打じゃないでしょ」
「そういう物か?」
「そういう物らしいよ? 人格はあくまでも一要因大事なのは魂だとさ」
「ますますわからなくなったのだが?」
ノイの言い分に箱が困惑を示す。
「……話が進まないからそれは置いておこう」
「そうねえ建設的な話をしましょう。ここの住人、彼らカラーって言ってたけどあんなモデルいた? 私あんなの知らない」
「似たような種のデザインはあったが用途と外見が異なる」
「似たようなのって?」
「生体のみで光学迷彩、要は人型カメレオンだな。用途は言わなくとも分かろう」
「じゃあ見た目は?」
「そのまま爬虫類ベースだった筈だ」
その言葉にノイは首を傾げる。
「爬虫類? ……彼らどう見ても甲殻類に見えたけど?」
「改良か何かしらの手が加えられたのだろう。元デザインには生殖機能どころか雌雄が無かったからな」
「また種としては歪んだデザインね。交配による劣勢化抑止?」
「反乱と敵対者に懐柔されない為だったかな? どうやら想像以上に面倒な事態になってるらしい」
「計画は破綻。想定外の危険が闊歩してる可能性大……起こさないほうが良かったんじゃない?」
お手上げとばかりにノイは大の字でその場に寝転んだ。
「逆だ」
「逆?」
「計画通りであれば君達に自由などなく、機械と同じ様に与えられた事だけを死ぬまでさせられただろう」
「と、言われてもそれが最優先事項って刷り込まれてるからね……いきなり君は自由だって放逐されても困るんだけど?」
「人生とはままならないものだ」
「そういう物?」
「そういう物だ。しかし、ノイの場合は理不尽に晒されるよりいいではないか?」
「いやー、私にとってはこれこそ理不尽なんだけど、あんたやオリジナルに比べたらマシかぁ」
「ここには君を縛る者も命令する者も居ない、思うままにすればいい」
「思うままにねぇ……それじゃあ」
「それじゃあ?」
「カラーの中になんで人種ぽいのが一人いるのか調べようか」