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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

のどぼとけをつぶされて喘ぐ男が書きたかった

作者: めりい

教祖様は、いつだって正しい。


その美しい白い指はさながら柳の葉のようで。折れてしまうなんて手を伸ばしても、醜い自分には触れないダイヤに守られた神域に拒まれてしまう。

その華奢な柔らかな喉から発する単音は蜂蜜を溶かしてゆっくり固めた透明な響き。和音を発すれば僕はどうにかなってしまいそうで、そのくせ自分の好きに出来ないもどかしさに自分が昂っていくのを感じて恥辱が自分を責める。


嗚呼、これを誰が『正しくない』などと形容できようか。

そんな不埒とも取れぬ、そんな馬鹿げた言葉を発する人々を僕は。


切り捨てて生きてきた。言葉通り、彼らを。彼女らを、切り殺して。ぐちゃぐちゃにつぶしながら。

この胸の痛みは喪失なんかじゃない、これは。




『彼に、己を見てもらえる喜び』




前述したように、僕は彼の下僕で、犬で、生きたまま献上された奴隷だ。

汚い、汚い現実に押しつぶされて壊れそうになった操り人形を拾ったのは、まぎれもない教祖様だ。美しい彼に出会ってから自分はどれだけ救われたか。言葉には出来ない、形容しがたい思いがあふれていく。


白い部屋に彼と肩を並べて過ごす一瞬が好きだ。

いや、実際には肩を並べることは叶わない。彼の前では僕は犬なのだから、常に彼の足を眺めてその白い部屋で過ごす。否、這いつくばり教祖様のご寵愛だけを求めて人間を捨てている僕は、犬以下の獣ですらないのだろう。汚らわしいと眉を顰めたくなる。

だけど彼はそんな犬を眺めて女性とも男性とも見えない顔をアデ二ウムの花がほころぶように柔らかく開く。

それを見た犬は思うのだ。





『神様のようだ』




彼の顔を見るのが、幸福でそれから訪れる別れに、『またね』という言葉におびえた。

彼がこの部屋に来るのは一週間に一度だけだ、それまで何もないがらんどうの部屋で延々と彼を待つのが、苦痛で仕方がなくて。出して、と大声で言いたくなる自分がどうにも情けなかった。



ある日、彼は疲れた顔をして口を開いた。どうしたのかと、問うことも出来ない自分が本当に役立たずのように思えて奥歯で血の薫り高いにおいを味わった。

いつも以上に色香を漂わせて紡ぐ言葉は単調だった。




「ねぇ、××××……明日、世界が滅びるとしたら君はこの部屋をでるかい?」




言葉は、甘く濡れているようで。

そのくせ、僕を淡々と憎んだ。拒絶されたんだと、馬鹿なくせに変に感が良い自分は気づいてしまった。気づかせて、気づかされてしまったのだ。

彼は、自分を責めるようにして短い言の葉を呟いたあと、いつものように慈悲深い声でまたね、と言った。いつも同じように、僕は地を這いながら、それを聞いていた。



彼の瞳の色は何だっけ。



世界が滅びる、朝が来た。つまり、明日が今日になった。

今日から一週間、また無機物に囲まれて過ごすのだ。なんて悲しいことなんだ、教祖さま。教祖さまに会いたい。

逢いたい、会いたいのに。白い部屋には出口すら設けてはくれない。



もしも、教祖様が言ったように今日世界が滅びうるのなら。

もう一度、彼に合わせてほしい。

彼の瞳の色が知りたいのだから。一度だけ、彼と目を合わせてみたいのだから。





「君に名前をあげよう、良い名前だよ××××というんだ、気に入ったかい?」

「そんなに、緊張しなくてもここは安心だ。世界が滅びるまで僕と一緒にいよう」

「犬と飼い主は、ずっと一緒にいる、『運命』なんだ、だから安心してねむるといいよ」




嘘つき、嘘つきだ。教祖様は全然正しくなんかない。

だって、ならどうして世界が滅びるのに僕のもとへ来てくれないの?

うそつき、どうして。

嘘、嘘、嘘、戻ってきてよ。僕を『犬』と称するのなら。




「××××」





ねえ、そうでしょ?教祖さま、僕はきちんと人間を止められたのかな。

教祖様、貴方がもし僕の幻想じゃないのだったら。



『××××、終わったんだ。いっそ吐き捨てるように単純に、世界が……僕たちの世界は今日で終わる』



じゃあ、終わらせてください教祖様。

貴方の手で、全てを。



「ごめんね」



教祖様の手は折れそうな柳なんかじゃなかった。

きちんとした、男の手だった。



『一説によるとね、喉仏ってアダムが禁断の林檎を詰まらせた後とも言われているんだ、少し神々しい、なんて思わないかい?』



嗚呼、このセリフはいつ言われたものだったっけ。まず、僕は『アダム』が誰だか知らないのに。彼は時々僕の知らない言葉で、僕を惑わす。きりきりしめられる首と圧迫される不思議な感覚。

のどの突起物をアダムの林檎と例える彼はその林檎の欠片をつぶすかのように容赦なく痛めつける。

あまりの圧迫感に顔を歪ませた、教祖様は苦しそうなで漏らす。



「××××、ごめん。苦しいかい」



少し弱まった指の力に何とも言えない昂ぶりを感じ、ぞわぞわと焼け付く喉から漏れるのは、思ってもみない甘い声だった。なんだ、なんで、こんな。

久しぶりに出す声に不快感がぬぐえない、教祖様との約束をたがえてしまった自分はもう用済みだ。

弱まったと思える彼の力が、また強くなった。

もう、何も考えたくない。



もしも、違う出会い方をしていたら。

今度はもっと彼の瞳を見てみたい。


もしも、違う出会い方をしていたら。

今度はもっと自分の声を出して、彼を驚かせたい。


もしも、違う出会い方をしていたら。

今度は、




「ああ、ああああ、ごめんなさい、ごめん、××××……ゆるして、許しておくれ」




今度は、君を。

泣かせたくないなあ。




愛してる、愛してる。

愛してる、愛してる。




僕を、見つけてくれてありがとう。僕の為に泣いてくれて、ごめんね。

最期の力は、案外簡単に出てしまった。うつむいた顔を無理矢理に起こす。

透明な膜に覆われた彼の瞳と僕の瞳が混ざった。



やっと目があったね。





『教祖様』















補足

・教祖様は××××くんを誘拐した誘拐犯。

・もともとは金目的だったが、実は親がいない親無し子ということが判明、捨てるかどうか迷い犬のように使えてくれる下僕が欲しかったため、殺さずに『言葉をしゃべらない』ことを条件に部屋に詰め込む。





・『世界の滅びる』=『警察に誘拐がばれる』

・最後の最後で、彼は本当に××××君を愛したかどうかは、皆様の甘やかな夢にお任せします。

 




いつか教祖様サイド書きたいです。 

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