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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冒涜の姉弟

作者: 神成泰三

何処で狂ってしまったんだろう。僕は薄暗く、石組みの壁に苔が繁殖する薄暗い地下室で、ただ一人虚ろな目で呟いた。もっと、もっと幸せな生活を送っていたんだ。綺麗な庭園に暖かい食事、勇ましい父に母そしてなにより………


とても優しくて、面倒見のいい頭脳明晰な姉さんがいたんだ。


僕は、姉さんが大好きだった。僕は色白で病弱だったから、よく同級生にいじめられていたから、友達もいなくてよく泣いていた。そんな時に、よく姉さんは優しく頭を撫でて、一緒に泣いてくれた。父と母に叱責された時も、僕のことを庇ってくれた。本当に、僕には出来すぎた姉だ。今だってそう思う。僕の誇り、それが姉さんだ。


「ブルーノ、いい子にしてた?」


透き通った聞き覚えのある声が、薄暗い地下室のドアが開くとともに聞こえる。間違いない、姉さんだ。優雅なドレスを着こなし、絹のようなきめ細かい指先が、僕の顔に触れる。まるで僕に自発的に動いて欲しい、反応が欲しいと言っているかのようだ。そんなこと、もう出来るわけがないのに。


「ブルーノ、貴方またご飯を残したのね。好き嫌いはしちゃダメだって言ってるのに………私の料理、食べたくないの?」


姉さんは、床に置いてある、腐臭を放ち蛆虫の湧くシチューを、残念そうな顔で眺めて呟いた。そんなことはない、姉さんの料理は凄く好きさ。だけど、僕にはもう、姉さんの料理を噛み砕く歯はないし、何より僕にはもう、必要ないんだよ。


「あっ………ブルーノ、もしかして、アレをして欲しいの? もう、ブルーノったら、いつまでたっても甘えん坊なんだから」


そういうと、姉さんは自慢の腰まで長い黒髪を掻き分けて、蛆虫の湧いたシチューを口につけると、グチャグチャと噛み砕き始めた。蛆虫の黄色い体液が、姉さんの白い歯を汚し、口の端から1本の筋を作った。僕には、耐えきれなかった。姉さんの顔が汚れていく様が、噛み砕かれて滴り落ちる、蛆虫の体液が。でも、僕には、目を閉じることも、逸らすこともかなわない。


「んぁぁ………んん………じゅる………んんん……ん」


姉さんが噛み砕いた蛆虫シチューが、僕の口の中に入っていく。味なんてわからない。味を感じる必要も無いからだ。あの日からずっとそうだ。あの日から、僕はおおよそ人として備えたものは、すべて必要なくなっているんだ。姉さんだって、わかっているでしょ?


「ふふふ、おいしい? ブルーノ、いつも美味しそうに私の料理、いつも食べてくれたものね。私、凄く嬉しかったんだから」


姉さんには、食べているように見えるのかい?

僕の口から、ぼとっほとっ……と零れる蛆虫シチューを見て、姉さんは凄く上機嫌だ。僕は悲しいのに、姉さんはもう泣いてくれないのかな。いや、僕にはもう流れる涙もないんだけどね。


「ブルーノは無口ね。もっと言いたいことを言わないから、学校の同級生からいじめられちゃうのよ? ねぇ、ブルーノは私に、何かして欲しい事はないの?」


ある、あるよ。


「アアア………アアアアア…………」


もう言葉も喋れないか。声帯はついているけど、舌が動かないから、仕方ないよね。


「ふふふ…おかしなブルーノ」


クスクスと、可愛らしく笑う姉さんだけど、目は笑ってない。もう、姉さんだってわかるはずだ。シチューを食べない。瞬きもしない。顔を動かしもしなければろくに口を動かすことが出来ず、出来ることがあるとすれば、うめき声を上げるくらい。当たり前だよ、だって僕はもう、死んでいるんだよ?

姉さんだって見たはずだよ。ベットの上で息絶える僕の姿を。動かない僕の亡骸にしがみついて泣き叫ぶ姉さんをみて、僕だって悲しかったさ。胸が張り裂けそうだったよ。でも仕方ないじゃないか、誰だって、死からは免れない。遅いか速いか、それだけなんだから。僕はあのまま、空に登るはずだった。光に包まれて、僕は消えるはずだった。はずだったんだよ、姉さんが、無理やり僕の亡骸に戻さなければ。


とてもよく覚えているよ、少し黒ずんだ僕の体を墓から掘り起こして、狂った目で僕を抱きしめたあの日のことを。嬉しそうだったね。僕は少し、姉さんのことを嫌いになったけど。


最初のうちは僕も体が動かせた。でも、そんなのは最初だけ。まず足が千切れて、腕が腐り落ちた。内臓がゲル状になって口やお尻から垂れ流しになって、姉さんは「まだ夜尿症が治らないの?」なんて言ってたけど、おしっこなんて、出しようがないよ。


父さんも母さんも、そんな汚物のような僕を見て、とても気味悪がってて、悲しかった。今となっては、慣れたけどね。


腐臭に耐えきれなくなった父さんと母さんは、僕を地下室に閉じ込めて、僕は光を見る事はもうないと思ったけど、まさか姉さんが地下室まで来るとは思わなかった。あの鍵、いつも父さんが持っていたはずなのに、どうして姉さんが持っているの?


そうして、気付けば今日だ。何故か目だけは腐らないでずっと見えるけど、なんでなんだろう。もしかしたら、神様から与えられた罰なのかな?


「あぁ……ブルーノ、愛しているわ。他の誰よりも、貴方を愛してる。神様にも、感謝しなきゃね。貴方を生き返らせてくれたんだもの」


姉さんは、僕を抱きしめて耳元で囁いた。ああ、僕にはもう耐えきれないよ。もう、僕を解放してよ、僕を……僕を!


「殺してよ」


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